GOD EATER2 ~Nam Oratorium~ 作:〆渡
懲罰房に入れられて6日目。折り返し地点だ。
ふと思ったのだけれど、この扉はどこまで頑丈なのだろうか。
無拘束で入れられている位なのだから、当然ゴッドイーターでも容易に破壊できない程度の強度にはなっているのだろうけれど。では、それはどの程度なのだろうか。
時間が有りすぎるというのも考えものだ。余計な事に興味が沸いてきてしまう。
皆への心配から意識を逸らしたいという気持ちも否定は出来ない材料なんだろう。一度気になったら止まらなくなってきた。
理性が止めようと囁く。
『態度如何で期間が延びる』と言われたのだから、大人しくしているべきだ、と。
けれど理性があれば煩悩もまた有るもの。
これは単なる知的好奇心だ。その好奇心で人は文明を築いてきた。それを満たすことのなにがいけない?そんな誘惑をかけてくる。
ちょうど昼食も下げられ、しばらく人が訪れる予定はない時間帯。
最初こそ、気にしないようにしていた。寝台の板を支えに、腹筋やらの運動をする事で気を紛らわせていた。
けれど、小休止を挟む度に目が扉に向かってしまう。
気にしない。気にしない。
頭を振って煩悩を追い払う。
……。
一度くらいならいいだろうか?
いや、命令違反に上乗せして器物損壊なんて事になったらどれだけ懲罰期間が延びるのか。
いや、そもそも壊れないからこそ拘束も無く入れられているのではないだろうか?
立ち上がると、小窓が目線より下にくる。この状態から掌底を入れた場合、丁度扉の中心に当たるだろう。
仮に破壊してしまった場合、中心に打痕が確認されたらどうだろうか。脱走するために破壊したと取られるだろうか。
いや、落ち着け僕。
打痕の位置が何処であれ、破壊まで至っていたら何をどう主張しても、どう考えても脱走プラス器物損壊になる。
どうにも物騒な事を考えてしまっている。
運動量が足りないのだろうか。
疲れ果ててしまえば、余計な事を考える余裕も無くなる。もう1セット筋トレでもしたら、きっと落ち着くだろう。
そうだ、それがいい。どうにも筋肉が付きにくい体質のようだし、丁度いいに違いない。
目標はリンドウさんや東雲さん、ソーマさん。身近な所ならギルさんみたいな、しっかりとした体格だ。
そう、目標を目指していれば、余計な事は考えなくてすむ。
…済むはずだ。
……済むだろう。
………。
『血の力』まで使ったら流石にまずいだろうか?
本当にどうしようもない思考に陥りそうになった時、通路の奥から複数人の足音が聞こえた。
多分、3人だろうか。
足音はまた、扉の前で止まった。
「日暮君」
外から聞こえて来た声は、
「ソウ先生?」
慌てて立ち上がり、小窓の向こうを見る。
そこには、やっぱりソウ先生が居た。その後ろに、2人の職員さんがいる。
「どうしてここに?」
薬なら博士経由でシエルさんが届けてくれたし、数が足りないという事も無かった筈だ。
カウンセリングというなら、これほど向いていない場所もないだろう。
先生は僕の様子に少し微笑んで口を開いた。
「海を渡り始める前にフライアを発つ必要があるからね。明日、本部へ向かう事になったんだ」
「明日…?」
本部へ向かう事は聞いていた。けれど、それでも出発が突然に感じられて動揺してしまう。
それに、明日じゃ見送る事もできない。
「そんな顔をするものじゃないよ。君は、自分の意志で仲間を助けたんだろう?」
「…はい」
解っている。
その事を後悔はしないし、自分のしたことに責任を取り、罰が与えられるのも当然だ。
それでも。それが解ってはいても、割り切るのには時間が必要そうだった。
けれど、面会時間はどんどん無くなっていく。僕が割り切るのを待ってなんてくれない。
だから、今は演技で良い。先生が心配しなくて済むようにしよう。
「…お気をつけて」
「うん。…ありがとう」
それで、先生との面会は終わった。
遠ざかっていく足音。遠くで、扉が閉められる音がした。
10日目。朝食を運んできてくれた職員さんが、手続きが終了しだい出られる事を教えてくれた。
だいたい、食器を下げに来るとき一緒に出られるだろう、という事だった。
その日を迎えてみても、長かったのか短かったのか解らない。
扉の誘惑や、ソウ先生の事を振り切る為に筋トレを欠かさなかったから、体力なんかは大きく変わっていないはずだ。筋肉が増えた実感も無いのが、少しばかり悲しいけれど。
そう、いろいろとしておかなければならないこともある。
シャワーと着替えだ。
いくら清拭用の蒸しタオルが貰えても、やはりシャワーとはぜんぜん違う。
みんなに会う前に、最低限の身だしなみは整えておきたい。
言われていた通り、食器を下げに来た職員さんと一緒に懲罰房を出る。
フロアを出れば、完全に自由。
まあ、後から何か呼び出しを受けて直接反省の態度を示す可能性もあるけれど、今は素直に喜ぼう。
いや、その前に。
「最後ですから、食器も自分で戻しますよ」
きっとこの後、職員さんは食堂の方まで戻しに行くのだろう。もう自由に動けるのだから、それくらい自分でしても罰は当たらないはずだ。
けれど、職員さんは「いいから」と苦笑している。
「いくら毎日清拭してたって、お風呂入りたいでしょ?俺だって3日が限界だもん」
そうでした。
「早くさっぱりしておいで。お疲れさま」と言ってくれた職員さんと別れて自室へ向かう。
途中ロビーを通らなくてはならなかったけれど、運良くフランさん以外とは合わなかった。
フランさんは普段から常にオペレーションをしているのだから仕方ない。
自室に備え付けられている簡易シャワーを浴びたときの気持ちは、ちょっと一言では言い表せない。
すっかりさっぱりしてシャワールームを出ると、端末に連絡が入っていた。
原隊復帰の報告は、1100にするらしい。それまではゆっくりしておくように、との事だ。
それを読みながら久しぶりにベッドに腰掛ける。以前と変わらない筈なのに、とても柔らかく感じられた。
そのまま横になりたくなるのを我慢する。今横になったら寝てしまうだろう。
時間まで余裕があるので、着ていた服をランドリーまで出しにいく。着替えまで制限されていたら、もっと悲惨だっただろう。
ランドリーから戻り洗濯済みの服をしまい終えると、少しばかり早いけれど、もうロビーに向かってもいい時間になっていた。
遅れるのも何だし、もう行っていよう。
そう考えてロビーに向かったのだけれど、そこにはもう隊長以外の皆が居た。
ナナさんが僕に気づいて手を振り、それをきっかけに他のみんなもこちらを振り返る。
久しぶりにみんなの顔を見て、自然と顔がほころんだ。
「デイト、久しぶり!」
「面会の申請もできないから、心配してたんだぞ」
「心配をおかけしてすみません。お久しぶりです」
みんなの表情に、少しほっとしたような感情が伺えた。本当に申し訳ない。
ギルさんに乱暴に髪を混ぜられるけれど、あまり気にならない。
けれど、一人だけその後ろで立っている。
「……」
シエルさんだ。
こういう空気だと、やはりまだ混ざりにくいのだろうかと思って彼女を見るけれど、じっと観察するようにこちらを。いや、僕を見ている。その様子からは、この雰囲気に対する引け目や戸惑いは見られない。
「シエルさん?」
「ぁ、すみません。…お帰りなさい」
声をかけると、はっとした様子で軽く頭を下げる。
顔が上げられた時、そこにもう観察しているような気配は伺えなかった。
「…私を助けに来てくれて、ありがとうございました」
「いいえ。あなたが無事で良かったです」
そう、懲罰房の時と同じことを言ったら、横から先輩の声が入ってくる。
「違うだろ?シエルだけじゃなくて、おまえだって無事でよかったよ、ホント」
「もうああいうどきどきはカンベンしてくれよ?」という先輩。
随分と奇妙なことを言うものだ。
けれど、どうしてそんな事を言うのかと質問する前に、隊長が合流した。
「早いな、お前達」
確かに、ロビーの時計が正確なら時間まで5分以上はある。
隊長も、仕事が早めに終わったのだろう。
「改めてになるが、デイトが今日この時間から復帰する事になった」
「はい。今日からまた、宜しくお願いします」
言いながら頭を下げる。
こういう時は、きっちりとしなくては。
「期間中の様子から、皆異論は無いと思う。宜しくな、デイト」
「はいっ」