GOD EATER2 ~Nam Oratorium~ 作:〆渡
あの面会の時に感じた違和感、それがずっと引っかかっていたシエルは、機会を得てデイトを観察する事にした。
些末な事を気にするものだと、自分でも思っていた。
何故こんなに気になるのか、自問しても答えはでない。
かといって、まるで仲間を疑っているような事は軽々しく聞けない。
そんなわけで、シエルはデイトが懲罰房から出て、元隊復帰するまでの間、一人悩み続けていたのだった。
とうとうデイトが復帰する日になり、復帰を喜ぶロミオ達から一歩距離を置き観察してみた。
結果は、やはりわずかな違和感を感じる、という物だった。
ただ、常にそういう訳ではない事も判った。
どうやら、デイト自身へ他者の心配が向けられた時にそう感じるようだ。
(最初は、心配される事を厭っているのかとも思ったのですが…)
大切な相手を失った人間が、程度の差こそあれ自暴自棄になることを、知識としてシエルは知っている。
けれど、自暴自棄とも違う気がするのだ。
だから、観察してみる事にしたのだった。
客観視には少しばかり自信があるシエルにとって、この方法は良策に思えた。
そういう訳で、このミッションにも誘ってみたのだ。
勿論、デイトに説明したことが全くの作り話では無い証拠に、試作バレットも持ってきた。
小型アラガミを全滅させ、ヤクシャに当たる二人。
そこまでは、いつものデイトだった。それは断言できる。
けれど、ヤクシャの注意を引きつけているデイトを、スコープ越しに見ていて気づいた。
デイトが、とても冷めた目でヤクシャを見ている事に。
冷めた目、と一言で言っても。ジュリウスやギル、そしてシエル自身の様に、状況を把握し、冷静な判断をしているようでは無い。
ただただ、落胆し、失望したような冷淡な表情だ。
何故デイトがそんな表情を浮かべるのか、推察することも出来ない。
ただ、何故かそんな表情をさせてはいけないと感じた。
全く合理的ではない、感情に依った直感。
以前なら切り捨てていたその勘を、今のシエルは切り捨てられなかった。
体は訓練の成果か、覚えた行動をなぞる。
そうして放たれたバレットが、シエルの想定とは違う挙動を見せた。
気のせいかと思い、もう一度同じバレットを試す。
けれどやはり、想定とは違う動きをバレットは示した。
シエルの動きの気づき、心配したデイトが、ヤクシャに止めを刺した上で駆け寄ってくる。
その表情は、いつものデイト。
実年齢よりも僅かに幼さを感じさせる、素直な心配を浮かべたものだった。
「大丈夫ですか。シエルさん」
直前に見ていた表情とあまりにも違って見え、シエルは直ぐに反応できない。
それを勘違いしたデイトは、さらに「体調でも悪くなったんですか?」と心配の度合いを深める。
「い、いえ。私の体調の方は大丈夫ですよ。ただ、神機の調子が、悪いというか…」
そう言って、軽く神機を示す。
デイトが異変に気づいた理由は、おそらくバレットの挙動に戸惑っていた事に気づいてのものだろうから、嘘は言っていない。
「いえ、そうではありませんね。神機の影響なのかはわからないのですが、いくつかのバレットの挙動が、想定と違っているんです。それも…悪くない方向に…」
「そう、なんですか?」
きょとん、と音がしそうな表情で聞き返すデイトに頷くと、シエルは言葉を続けた。
「ええ。その分、発射時の挙動にも、少し違いが出ているので。反動制御をしなければいけないんですが…」
その言葉に、純粋にデイトは尊敬を抱いたようだった。
自分でもスナイパーを扱う事ができるため、余計にシエルの狙撃技術を理解できるのもその要因だったろう。「シエルさんの射撃技術、本当に凄いですよね」と言った。
言った本人ししてみれば、まだまだ自分はそこまで気を回せそうにない故の、純粋な尊敬の念だったのだけれど、シエルは何故か謝る。
「あっ…自慢っぽく聞こえたらすみません…。違うんです…銃を扱って長いので、つい、癖で…」
申し訳なさそうにそう言うシエルの目に、デイトの怪訝そうな表情が移る。
それを見て、さらに言葉を続けようとするのを遮るような形で、デイトが口を開いた。
「どうして謝るんですか?本当に凄いんですから、むしろ自慢しても良いくらいですよ」
「…デイトさん…」
にこりと笑って手を差し出してくるデイト。その手を取り、シエルは感謝を口にした。
「ありがとう、デイトさん」
「いいえ、こちらこそ。…一応、神機の方の異変だったら問題ですから、帰ってから整備班の人たち
に相談してみましょう」
「そうですね…挙動の変化も含めて、詳しく調べて頂こうと思います」
*
ジープのところまでの帰り道。
手を繋いだままだった事に気づいて、謝罪しながら慌てて放す。そんな僕を、何故かシエルさんは笑って見ていた。
「今日はありがとうございました。また、よろしくお願いしますね」
そう言って、軽くお辞儀をするシエルさん。「こちらこそ」と僕も頭を下げてから、ジープに乗って帰還した。
何故だろう。何でもないやりとりの筈なのに、背中がむずむずして落ち着かなかった。
誤魔化すようにジープに乗り込み、シエルさんが席に着いたことを確認して出発する。
フライアまで半分ほど来たとき。モニタが切り替わり、それまでの地図表示から、緊急通信が表示された。
『デイトさん、シエルさん。聞こえますか』
「はい、なんでしょうか」
運転中の僕に代わって、シエルさんが対応してくれている。
『民間からの救援信号が検知されました。そこから北東に10キロ程。急行してください』
「解りました。…副隊長」
「ですが、シエルさんの神機は今…」
躊躇う僕の言葉に、シエルさんは首を横に振る。
「いえ。実戦で問題になるようなレベルではありません。今は、救援に急ぐべきです」
やっぱり真っ直ぐな眼でそう言うシエルさん。
無謀な過信は見られないその表情に、躊躇いを捨てきれず頷いた。確かに、対応可能な救援要請を無碍にする事なんて許されることじゃない。
「…解りました。掴まっていてくださいっ」
言ってブレーキを踏み、土煙とゴムが削れる音耳障りな音を立てて反転するジープを制御する。
そのままアクセルを踏み込んで加速する。
吹き付ける風をものともせずに神機を持つシエルさん。油断なく周囲を確認し、何時でも反応出来るように保持している。
視界の先、荒野の果てに黒い点が見え始めた。
恐らくあれが救援信号のポイントだろう。
『! 急いでください日暮さんっ、通信が途絶えましたっ』
モニターからの通信に、更に深くアクセルを踏み込む。
速度の上昇と共に揺れも大きくなるけれど、そんな事を気にしている場合じゃない。
徐々に大きくなる陰、救援信号を発したと考えられるトラックが煙を上げている。襲ってきたのは、トラックと比較して相当大きなアラガミのようだ。
「デイトさん。スピードを落とさないで、私の合図で車体の脇を向けてください」
「わかりました」と頷いて、合図に備える。
アラガミとの距離がどんどん縮んでいき、とうとうこちらの駆動音に気付いた。
「今ですっ」
「―っ」
シエルさんの合図と同時にハンドルを切り、後部タイヤを滑らせるように制動をかけ車体の脇を晒す。
その慣性を利用して、シエルさんが飛んだ。
放物線の頂点までに体勢を整えアラガミに神機を振るう。
幸いと言うべきだろうか。この一体を討伐、もしくは逃走させることができればいい。
しかし、見たことのないアラガミだ。
4足で、仮面のような顔というところはプリティヴィ・マータにも似ているといえるけれど…。
『二人とも、データベースに無いオラクル反応です。注意してください』
と、言うことは。
「新種ですか…」
「そのようです」
先制し、一度下がってきたシエルさん。彼女の神機の先では、新種のアラガミが僕たちを見下ろしている。
「僕がアラガミを引き受けます。シエルさんは民間人の保護、負傷しているなら手当をお願いします」
通信の途切れが、単に機材部分を破壊されただけなら問題ないけれど、負傷していた場合応急処置しなければならない。
そういう意味では、僕よりシエルさんの方が適任だ。
「解りました」
返事を受けて、シエルさんの方を向いているアラガミの意識を逸らそうと、ひとまず攻撃。当たりやすそうな足を狙う。それで機動力を殺ぐ事ができれば幸運、くらいのものだ。
「―っつぅ」
けれど、鈍く金属の噛み合う音と共に神機が弾かれた。衝撃が伝わり、軽く手が痺れる程だ。
今更当然ではあるけれど、やっぱりザイゴートの様にはいかせてもらえない。
そして、痛くも痒くもない攻撃では、当然意識を逸らす事なんてできない。
なら、もっと直接的に顔に見える部分を狙えばいいのではないだろうか。
トラックに向かって後退するシエルさん、それを見ているアラガミの視覚を塞ぐように飛び上がり、仮面部分に切りつけた。
足場が無いために浅くなったけれど、先ほどの足よりは手応えがある。
それを示すように、人の声の下手な模倣をしたような、空洞を空気が流れていくような、背筋がぞっとする鳴き声をあげた。
「そこは利くみたいですね…」
弱点が判明してのはいいけれど、高い位置にあるのが痛い。
ならば倒して地面に近づければいいのだけれど、先ほどの手応えではそれも厳しそうだ。
と、ここまで考えてふと気づいた。
これはあくまで救援任務。最初そう考えていたように、無理に討伐する必要はない。
軽く頭を振って落ち着ける。
アラガミを挟むようにトラックの対角線へ移動、体毎こちらを向いたのを確認して、今度は長い首の付け根を切りつけた。
今度はゴムを切ったような感触が伝わってくる。先ほどの足と同じく、効果は薄そうだ。
そんな僕の行動が煩わしかったのか、アラガミが僕を抱き込むように前足を引き寄せる。
長く延ばされた前足。筋繊維の中に、何かのレンズ体が埋め込まれたような部分がむき出しになっている。
明らかに柔らかそうなそこに神機をふるうと、他の部分の堅さが嘘のように、あっさりと斬撃が通った。
「ここですか…」
けれど、喜んでばかりもいられない。ここが露出していない時には攻撃を加えられないのだから、この体勢で固まっている今の内に少しでもダメージを蓄積させて置かなければ。
そう考えて神機を引き、レンズ体を貫こうとした時。
「え?」
丸太のようになっていた腕が凄まじい速度で振り抜かれた。
地面と水平に飛んでいる。
右半身から接地、1度回転して地面に手を着くき。慣性も利用して飛び起きる。
着地した足が地面を僅かに削り、やっとの事で止まった。
一瞬の出来事と思っていたのに、アラガミとの距離は大きく開いてしまっている。
けれど、幸いな事にアラガミの意識は僕に向いたままだ。
「あいたた…。ちょっと、油断してましたね…」
『大丈夫ですか、日暮さんっ』
通信の向こうから、フランさんの声が聞こえる。
「大丈夫です、大事ありません」
『あまり、無茶はしないでください』
ざわつく音を背景に届いた、心配そうにも聞こえる声に返答し、改めてアラガミに向き直る。
動きが鈍かったから、攻撃動作も鈍いものと思いこんでしまっていた。
とっさに神機を動かして直撃を防ぐことはできたものの、もしあれが綺麗に入っていたらと思うと冷や汗が流れる。
地響きを立てて、ゆっくりと。それでも存外に早い動きで
僕へと向かってくるアラガミ。
ギリギリ一息で踏み込めるような距離で止まると、また前足から筋繊維を露出させた。
今度は、そこのレンズ体が光を帯びる。
その輝きが増すのに比例して、周囲の温度が低くなっていくようだ。
両足のレンズ体に集まった冷気がどんどん強くなり、吐く息も僅かに白くなった。
そうなったところで、レンズ体が一際強く輝く。
同時に射出された零下のオラクルが、螺旋状の空気を纏って両脇をすり抜けていった。
その時、形成されたかまいたちが僕の服や髪を刈り取り、肌も浅く切っていく。
気にせず踏み込み、ショートブレードを横薙ぎに払う。
発生させた赤いオラクルの刃が、左前足を破壊。右前足の筋繊維も、僅かに削いでいった。
今度は、顔を切りつけた時よりもさらに大きく吠える。
ビリビリと、空洞を風が通る音を響かせる。
『気をつけてください!アラガミが活性化しています』
「解りました」
未知のアラガミで、しかも活性状態となったら、素直に防御に徹した方が賢明だ。
破壊部位が硬化する事もあるし、何より攻撃的になる。
四肢の筋繊維を露出させ、重戦車さながらに僕へと向かってくるアラガミ。
土煙を浴びながらもそれを回避、今度は結構な距離を取ってアラガミの方が止まった。
通った跡とその周囲の地面は、深く抉られている。
「正面からぶつかったら、ミンチですかね…」
いや、そのまま地面と同化されてしまうだろうか。どちらにしても、そんな事はごめんなのだけれど。
ゆっくりと向きを変えるアラガミに、神機の先を振るう。
今度は、あえて足の硬化している部分を狙った。
別に、あわよくば露出する筋繊維を狙った訳ではない。ただの挑発だ。
アラガミの行動も、(見た目は別として)行動は動物と大きくは変わらない。
興奮すればするほど一撃一撃は早く重くなるけれど、行動自体は単調になる。
『日暮さんっ、アラガミの活性を表す波が大きくなっていますっ。今は慎重な行動をとってくださいっ』
「了解です、フランさん」
フランさんからの通信で、想定通りの効果が現れたことがわかった。
苛ついたように足を踏みならすアラガミ。振り回される腕に当たらないように移動する。
正面より、少し左にずれた場所。そこに立つ僕にアラガミが狙いを定める。
その更に後方、トラックとの距離は、まだ安全とは言えない。
それを確認した僕の上に陰が落ちる。
目視するより先に、更に後ろに下がる。
鈍く地面を叩く音と共に振り下ろされたのは、筋繊維が延びきった前足だ。
叩く様に下ろされた足を、今度は回収せずに後ろで小さくなっている。
「…?」
ミシリ、と。繊維が動く音がすると同時に筋繊維が縮められ、恐らく後ろ足も同時に延ばしたのだろう。
今度はアラガミの巨躯が、大砲となって解き放たれた。
これをまともに受けたら装甲ごと持って行かれる。回避するしかない。
離れ過ぎないように、ギリギリの位置で避ける。
巨体に追従する気流に流されそうになる体を、その流れに逆らわないように流し、半分ほど余計に回転。まるで、ターミナルで見た闘牛師にでもなった気分だ。
地面との摩擦で止まったアラガミ。その弱点である顔部分が、倒れたまま地面に近い部分にある。このチャンスを逃すのは惜しい。
急いで開いた距離を詰める。アラガミの方も、何とか起きあがろうともがくけれど、巨体に対しての足の短さのせいか、うまくいっていないようだ。
もがく動きに釣られて揺れる顔に、神機を突き込む。
丁度助走を付ける形になった刺突は、罅が入ってた仮面を今度こそ砕いた。
「ゴオォオオォオオオッ」
洞窟を吹く風のような鳴き声も、少しばかり弱くなってきた。あと一息というところだろうか。
「あっ」
しかし、そうなった所でアラガミが僕に背を向けた。
通常、アラガミのこの行動は何かを捕食しに行くものだけれど、その行き先にはなにも無い荒野が広がっているだけだ。
トラックの方へ向かう気配もない、純粋な逃亡。
『アラガミが逃亡を開始。救援が目的ですので、無理な深追いはしないでください』
フランさんの言うとおりだ。
幾ら目視で確認できたのがこの一体だからといって、他にアラガミが近寄って来ないとは限らない。
負傷者を庇って戦うのは、いくらシエルさんでも厳しいだろう。戻らなければ。
頭ではそう理解出来るのに、どうしてこんなにも強い拒否感を感じるのだろう。
逃げていようが、現状戦意が無かろうが、アラガミは喰らい尽くせと。どうしてそう感じるのだろうか。
『日暮さん?聞こえていますか?』
「え?あ、はい。すみません、アラガミの逃走を確認しました。シエルさんと合流します」
『お願いします』
周囲を警戒しながら、出来るだけ早くトラックが止まっていた場所へ戻る。
シエルさんがトラックの外に立っていた。その手には神機が握られている。
「デイトさん! 怪我をしていますね、治療しましょう」
「いえ、かすり傷ですから。…それより、中の人は…?」
僕の質問に、シエルさんが答えを躊躇う。まさか、間に合わなかったのかと狼狽したのが手に取るように解ったのだろう。シエルさんが慌てて口を開いた。
「今すぐどうにかなる訳ではありません。…ただ、思ったよりも出血が激しく、早く輸血を行わなければならない状態です。フランさんにも伝え、医療班を回して貰えるように伝達はしましたが…」
ちらりとトラックの中を見るシエルさん。
後部の扉が壊されひしゃげた状態で、荷台部分は解放されている。散乱した積み荷や床に、赤黒い染みが見て取れた。
その中心、荷物が退かされた場所に横たえられていたのは2人の人。内一人は、知った顔だった。
「…柊さん…っ」
「? お知り合いですか?」
僕に質問してくるシエルさんに、以前極東から来た事があるのだと答える。
その間にも、目は柊さんから離れない。
「局長が依頼したという…では、この方達は極東支部の…?」
「そう、なる筈です…」
柊さんに関しては、それで間違いない筈だ。
服も、血で汚れてはいるものの、支給される制服だし。何より、そうでなければわざわざ極東からのゴッドイーターを連れてくる仕事なんて割り振られなかっただろう。
でも、それじゃあもう一人の人はいったい誰なんだろう。
『無事か、お前ら』
「ギルさん」
「どうやら、ヘリが到着したようですね」
バラバラと空気を叩く音が上空から聞こえる音に混じって、耳元のインカムから通信が入る。ヘリの護衛はギルさんだったようだ。
医療班の人達も到着した事だし。とりあえず、考えるのは二人が助かってからにしよう。それからでも遅くはないだろうから。
ジープを放っておく訳にもいかず、僕たちは陸路でフライアへ帰投した。
ギルさんが、帰ったら話がある、と言っていたけれど。どうやら医療班はまだ現地にいるらしい。
帰るまでにはもう少し時間がありそうなので、先にラケル博士の部屋に向かう事にした。