GOD EATER2 ~Nam Oratorium~   作:〆渡

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第36話

『望んだ通りの結果は出たか?』

 

問いかけの声に、ラケルは浮かべたほほえみを深くした。

まるで、子供の見当違いを優しく窘めるような表情だ。

 

「いいえ。この結果は、私が望んだから出たものではありません。成るべくして成った。そういう類のものです」

 

当然の事と言って聞かせる声音に、相手は鼻で笑って見せた。

生意気盛りの子供のような調子だ。

 

『モノは言いようだよなぁ?その"成るべく"って部分だって、お前の仕込みだろ?そこへ至るまでに、何人死んだよ?』

 

無邪気にも聞こえる声に似合わない陰惨な内容。それを浴びせかけられても、ラケルの方は小揺るぎもしない。

 

「彼らもデイトも、そして貴方も。来るべき晩餐の為の大いなる滋養の一部でした。けれど、貴方達はそこから更に飛躍し、晩餐の主菜としても十分通用する存在になったわ…」

『…それで本気で褒めてるつもりなんだから、天災科学者の頭の中身はわかんねぇよな』

 

どう言っても、ラケルには何の痛痒も感じさせる事が出来ないと悟った相手は、憮然とした表情で乱暴に頭を掻いた。

 

「貴方もまた、彼の土と水でながらえるモノ。本当に、収穫の時が楽しみだわ…」

 

相手との通信を切り、聞こえない状態と解っている中で呟かれる言葉。そこにも、確かに相手への愛情が込められていた。

 

「お休みなさい、ディートリッヒ…」

 

ラケルの見ている画面の向こうで、金色の瞳がゆっくりと閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

検査を終えて、ラケル博士と対面している。

結果は問題無いとの事で、ホッとした。

けれど、「もう、こういう事をしてはいけませんよ」と、釘も刺されてしまった。

 

「そういえば。僕は大丈夫でしたけど、神機兵の方には問題なかったんですか?」

「ええ。お姉様も問題無いと仰っていたわ。それより、お姉様も貴方の事を心配していたわよ」

「レア博士が…?」

 

レア博士の名前を聞いて、何故か鼓動が早くなる。

やっぱり少しばかり後ろめたさがあるせいだろうか。

何しろ、レア博士と話した時に聞いた方法で神機兵に搭乗したのだ。

ブラッドのみんなやラケル博士の事ばかり心配していたけれど、レア博士にだって何か罰則が言われていてもおかしくは無かったかもしれない。以前会った時に、それと窺わせなかっただけで。

 

「それに、感謝もしていたわね」

「感謝…ですか?」

 

何故だろうか。あの時も思ったけれど、特に感謝されるような事をした記憶は、本当に無いのだけれど。

 

「貴方が搭乗した機体に、何か変化があったようなの。その変化を調べて見ることで、今後の研究も捗るかもしれないと言っていたわ」

「無理に搭乗して、悪影響が無かったのなら、よかったです」

 

家族を助ける為とはいえ、人が大切に作った物を壊してしまったりしていたら、やっぱり少し申し訳ない。影響が無かったと解って、これで一安心だ。

ラケル博士も忙しいだろうし、そろそろ部屋を辞そうとしたところで、声をかけられた。

 

「今回の検査で確信したのだけれど…貴方、ゴッドイーターになるまでは、あまり体が丈夫じゃなかったみたいね」

 

言われた言葉に戸惑う。

確かに、極東に居た時も、季節のちょっとした変わり目なんかに具合が悪くなった事はあるけれど、何かわざわざ博士が口に出すようだと、問題を引き起こす可能性があるのだろうか。

 

「はい…。その…、それで、何か問題が出たんですか?」

 

恐る恐る聞いてみると、博士はゆっくりと首を振った。その動きに会わせて、淡い金髪が揺れる。

 

「いいえ。ただ、試験で無理をさせてしまった事が、今更ながら心苦しくて…」

「そんなっ。そんな事気にしないでください…僕は、神機使いに成ることができて嬉しかった。アラガミを、どうにか出来るようになれて、本当に嬉しいんです」

 

すまなそうにそう言う博士。愁眉を結んだ顔をして欲しくなくて、何とか僕の思っている事を伝えようと言葉を続ける。

皆が笑えるように、アラガミを喰らう力を得られて嬉しかったと、その力をくれたのが博士なのだから、気にしないで欲しいと。

 

「…ありがとう、デイト。…そうね。ヒトが全ての試練を越えることができるように…。…期待していますよ、貴方達に…」

「はい」

 

やっと微笑んでくれた博士。その表情にホッとした。

 

 

 

研究室を出てロビーへ向かう。

ギルさんが帰ってきているとしたら、多分ここに居るだろうと考えて。

そして。予想通りの長身が、階段前の手すりに凭れるように立っているのを確認すると、そちらに向かった。

 

「ギルさん。お疲れさまです」

「おう」

 

傍の自販機で買ったんだろう飲み物を持って立っているだけなのに、何となく雰囲気が格好いい。いつかはあんな風になってみたい。

 

「それで、お話ってなんですか?」

「ん…あぁ…」

 

少しばかり、言いにくそうというか、気が重そうというか、そんな様子を見せるギルさん。

けれど、振り切るように口を開いた。

言われた内容は、僕には、よく解らなかったのだけれど。

 

 

 

 

 

 

医療班を乗せたヘリの護衛を終え帰投したギルは、ロビーでデイトの姿を探した。けれど、相手の姿はどこにも無い。目立つ髪の色だから、そうそう見落とすという事は無いはずだ。

と、カウンターの向こうに立つフランが、デイトは今ラケル博士の検査を受けている、と教えてくれた。

その事に対して、ギルは怪訝な表情を隠そうとしない。

何だかんだと、ゴッドイーターは体が資本。定期検査が必要なのは、身に染みて理解している。しかし、それにしてもデイトの検査回数は多すぎた。

 

(どうにも、胡散臭いな…)

 

当初は、メンタルケアを受けている影響だと考えていたが、それにしたって検査の間隔が短すぎる。

ギルは、最初に顔を合わせた時のラケル博士を思い出した。

少女のような風貌で儚げ。一般的には優しげと称される微笑みを常に浮かべていた。

けれど、どうにも底がしれない。

感謝すべき点はあるが、それでも完全な払拭はできない不信が感じられた。それは理論的な理由ではない。あえていうなら、ゴッドイーターとして過ごしてきた中で培われた勘だ。

なにを考えるでもなく、殆ど自動的な動きで自販機から飲み物を買う。

口を開けて一口飲むと、濃い苦みが口の中に広がった。その苦みで、もやもやとしていた気分が払われていく。

多少力技の感が否め無いが、堂々巡りに陥りそうな思考を断ち切るには、時にこういった方法も必要だ。

そうしてぼんやりと、なにを眺めるでもなく立っていると、缶の中身が半分にもならない内に待ち人が来た。

 

「ギルさん、お疲れさまです」

「おう」

 

小走りに近寄ってくる様は、話に聞く犬の様だ。仮に犬だとすると、かなりの大型犬に分類されるのだろうが。

近寄って来たデイトは、帰って直ぐに検査に向かったらしく、怪我の手当も応急だけで、服も所々解れや破損が伺える状態だ。しかし、本人は全く頓着せずに「それで、お話ってなんですか?」と聞いてきた。

コーヒーの苦みで払った筈のモヤモヤとした気分がまた膨らんでいく。

意味のない音で間を稼ぎ、少しばかりではあるが気持ちを落ち着けてから口を開く。

 

「…前の話になるがな。デイト、シエルを助けに行った件…なんで、あんな無茶をした?」

「無茶…ですか?」

 

ギルの言葉にきょとんとした表情で首を傾げるデイト。まるで、言葉の意味そのものが理解できていない様子だ。

デイトにとっては無茶では無かったのかもしれない、しかし、ギルや、他の二人にとっては紛れもない無謀な行為だった。下手をしたら、ジュリウスの見立てとは裏腹に、誰も帰ってこない事もありえたのだ。

しかし、デイトの反応からはその危機に思い至っていない事が解る。

その事に軽いため息を吐く、無茶を無茶と思わないのも、若い時分の特権だ。

 

「…何にせよ、あんまり独断で無茶はするな…万が一が会った場合。残されたヤツは一生、おまえの命を背負い続けるんだ」

 

それは、ギルバートの経験から紡がれた、悔恨混じりの言葉だった。

ギルバートの想像通りであれば、デイトはそれを察し、殊勝に頷いてみせただろう。

しかし、その想像に反してデイトは首を横に振る。その顔は、苦笑を浮かべていた。まるで、笑えない冗談を聞いて、それでもお愛想で無理に笑ったような表情だ。

 

「僕の命を背負うなんて、そんな必要ありませんよ。そんな価値のある物じゃありませんから」

 

卑屈になるでもなく、悲しむでもなく、淡々とするでもなく、只々事実を説くような声。もしくは、何も知らない幼児に教え聞かせるような声だろうか。

今度は、ギルバートの方がその言葉の意味を理解できず、反応が遅れた。

遅れて頭に染みる言葉の意味が、何処かへ続く導線に火を着ける。

 

「…どういう意味だ?」

「どういう…って、そのままの意味ですよ?仮に僕が死んだとして、それを気にして背負うまでの価値は、僕の命には認められません」

 

あるいは、その言葉が悲嘆と共に語られていればまだ違っていたのだろうか。

それとも、いっそ機械のように無機質な声と表情ならばよかったのだろうか。

けれど、何も知らない子供に事実を教えるような穏やかな口調で、自身を無価値と断じた声は。火の着いた導火線を瞬時に焼き付くしてギルバートの怒りを爆発させるにふさわしい愚かさを持っていた。

ロビーに鈍い音が響き、デイトが後ろに倒れ込む。

何が起きたのか理解出来ていないその顔は、いっそあどけないと言ってよかった。

上げられた視線に、肩で息をしているギルバートが映る。

 

「ギル、さん…―っ!」

 

呆然と相手の名を呼ぶと同時に、胸ぐらを捕まれ無理に引き立てられた。怒りをどうにか抑えているピーコックグリーンの目とかち合い、その強さに呑まれ動けなくなる。

 

「てめえは、今。てめえ自身が、いつも"仲間"だ"家族"だ言ってる連中を否定したんだ」

「……」

 

ギルバートの静かな声に、デイトの瞳が揺れる。まるで、気づいていなかった事を指摘されたような反応だ。

 

「ちょ、ちょっと二人とも。一体どうしたの?」

 

エレベーターで移動してきたナナの声に、ギルバートが短く舌打ちしてデイトから手を離す。

そのまま尻餅を着く形で再び床に座り込んだデイトを放って、ギルバートはナナ達とは逆に、エレベーターへ乗り込んでいった。

 

「お、おい。待てよギル!」

 

呼び止めるロミオを振り切るように、エレベーターの扉が閉められる。

なんとも言えない空気のなか、ナナがデイトを助け起こし、赤くなった頬を見て「痛そー…」と呟いた。

 

「取りあえず、医務室行こうぜ?冷やすとかしとかないと」

「うん。行こう、デイト」

 

そう言って、半ば自失したような状態のデイトの手を引いて医務室まで連れていく。

その途中でデイトの口から理由を聞いた二人は、異口同音に「デイトが悪い」と言った。

 

「それは怒るだろ、俺でも殴るぞ?さすがに、今はやんないけど」

「そうだよ、デイト」

 

二人の声に、「でも…」と反駁しようとするデイト。しかし、それを二人が遮り、またも異口同音に

 

「「でもじゃない!」」

 

と言い切った。

そう断ぜられたデイトの方は、迷子の様な頼りない風情でおろおろとしている。

 

「大体なぁ。お前だって、俺たちがそんな事言ったら怒るだろ?」

「それは…でも、皆さんは―」

 

また反駁しようと口を開いて、何も言い返せずに終わる。

彼にとって、自分の命は即ち人々の盾である。

その中で、大切な相手を守る為に立ちはだかり、例え打ち破られたとしても、それは正しく本望であり、破られた事を罵られこそすれ、悼んで貰える等というのは想像する事すらあり得ない事だった。

デイトにとって重要なのは、自分以外の全てが生き残るという結果。

これでは、彼が家族と呼んだ人々の怒りを買うのも無理は無い。

先ほどギルバートが指摘した通り、自身を価値が無いと断じるのは、デイトを大切な家族だと認めている仲間の感情と意志を否定している事に他なら無いのだから。

けれど、デイトにはそれがどうしても理解できなかった。

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