GOD EATER2 ~Nam Oratorium~   作:〆渡

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第37話

「…ごめんなさい…」

 

ぎすぎすした空気。これが僕自身に要因があるのだという事はわかる。

けれど、その具体的な内容が解らない。

解らないままではあるけれど、これ以上この空気に晒される事に耐えられなくて、謝罪を口にしてしまった。

二人とも、まだ十分な納得はしていない表情だったけれど、ひとまず頷いてくれる。その事にホッとした。

 

 

 

「失礼しまーす」

「失礼します」

 

二人に連れられて入った医務室。薬品の臭いが立ちこめるそこに、思わぬ先客がいた。

 

「あら?貴方達」

 

そこに居たのは、レア博士だった。

いつも通り、余裕のある大人の女性らしい雰囲気で僕たちに微笑んでいる。その微笑みが、僕の頬を見て驚きに変わった。

 

「一体どうしたの?救援は無事に終わったと聞いたけど…」

「あ、これは…」

 

まさか、仲間内での諍いでちょっと、なんて言えない。

ナナさんや先輩も、どう説明したものかと視線が泳いでいる。

 

「これは…ちょっと、訓練をしている時に、不注意で…」

 

僕のぎこちない説明に、レア博士が怪訝そうな顔をする。けれど、特別追求は無かった。

 

「そう…取りあえず、そこに座りなさい」

 

その言葉に、僕だけじゃなくナナさんと先輩も首を傾げる。まるで、レア博士が手当してくれるような台詞だ。

 

「あの…、レア博士?」

「どうかした?」

 

僕たちの戸惑いを気にした風も無く、テキパキとした動作で薬品類を用意する博士。

どうやら、本当に手当して貰えるらしい。

「そこに座って頂戴」と示された丸イスに座り、若干落ち着かない気分で待つ。

ナナさんと先輩は、動くタイミングを逸したのかそのままこちらを見守っている状態だ。

 

「動かないでね…」

「…っ」

 

ひやりとした指が触れて、痛みと、それ以外の何かで僅かに肩が跳ねる。

 

「ごめんなさい、痛かったかしら?」

「あ、いえ。大丈夫です…」

 

誤魔化すように、ゴニョゴニョと答える。

「そう?」と言いながら、傷を検分する博士が、大きさを測りながら口を開いた。

 

「それで、本当の理由は何なのかしら?」

「!?」

 

その言葉に、僕だけでなく二人も驚いている。

そんな僕たちを見て、レア博士は心外とばかりに言葉を続けた。

 

「あれで誤魔化せたと、本気で思っていたの?様子もおかしいし、傷も訓練で負ったものにしては不自然だもの」

 

言いながら腕を組み、僕たちを見回す。

まるで、喧嘩したところを叱られてでも居るみたいだ。

実状も、似たようなものだろう。

博士の、咎めるような視線に負けて、とうとう僕たちは博士にこれまでの流れを打ち明けた。

 

 

 

「それは…確かにデイトに非があるみたいね」

「…はい…ごめんなさい…」

 

レア博士にもそう言われ、素直に謝罪しておく。

博士の方はと言えば、困ったような色を混ぜた微笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 

「人の事ばかりで、自分の事には無頓着なのね…けれど、それも過ぎると毒よ。貴方の周りにとってのね」

 

博士の言葉に、軽く首を傾げてしまう。そんな僕の頬に適切な大きさに切られた湿布を貼りながら、博士は続けた。

 

「想像してみなさい。貴方が言った事を、ナナやロミオに言われたらって」

「僕が言った事…」

 

ギルさんに無茶をするなと言われた時の返事。

自分の命に、価値なんて無いと言った。それを、もしみんなが僕に言ったら?

みんなが、自分の命なんて意味の無いものだと言ったら?

 

「そんなの…。……そんなの…」

 

仮定からしてあり得ない。僕と皆の命は、決して等価では無いのだから。

けれど、何故なのだろうか。

明確には想像すら出来ないのに、そんな状態ですら心臓の当たりに酷く重い感覚を覚える。

その重苦しさに、呼吸まで押さえつけられているようだ。

これと似た感覚を、ギルさんやナナさん。先輩に味合わせてしまったのだろうか?

だとしたらそれは、確かに皆が怒っても仕方無い。

改めて、申し訳なさを覚えてしまい、立っている二人の顔をまともに見る事ができない。

顔ではなく、床の一点を見る事で視線を逸らす。

その視界に、二人の足が入り込んで近づいてくる。

それは、丁度僕の前で止まった。けれど、それでも。

だからこそ、ますます直視出来ない。

そんな僕の頭が、コツ、と揺れた。

見上げると、拳を突き出した状態の先輩が口をへの字に曲げて見下ろしている。

隣には、同じ様な表情のナナさんが立っている。

 

「…解ったか?」

「…はい。すみませんでした、お二人とも…」

 

今度は、理解した上で謝罪する。それで許しては貰えなくても、これは謝らなければならない。それだけの事をしていたのだ。

やっぱり、二人の表情は晴れているとは言えない様子で、その様子に、予想していた事とはいえまた胸が重くなる。

 

「…もう、あんな事言ったらイヤだよ?」

「はい…」

 

眉尻を下げたナナさん。こんな表情は、初めて見た。

改めて、自分の言動の軽率さが恨めしかった。

例え、自分の価値なんて認められなくても、そのせいで皆に嫌な思いをさせる事なんてあってはならなかったのに。

 

「本当に…ごめんなさい」

 

そう言って頭を下げる。

顔を上げ。少し怖いけれど二人を見る。

まだ少し複雑な表情だったけれど、最初の頃の重苦しい空気は無くなっていた。情けない話だけれど、その事にほっとする。

クスッと笑う音がして、レア博士の方を見る。何故か、博士は笑っていた。

今、何かおかしい所があっただろうかと、居心地が悪くなる。

二人も怪訝そうな顔を浮かべているのを見る限り、なぜ博士が笑ったのか解らないのは、僕だけじゃないらしい。

 

「ああ、ごめんなさい?何というのかしら…少し、安心したの」

「「「安心?」」」

 

僕たち三人の声に、博士は小さく頷く。けれど明確な答えを口にすることはなく、今度は消毒液を取り出した。

 

「さ、他の傷も見せてちょうだい。応急処置はしてあるでしょうけど、念のためきちんと消毒しておくに越したことはないわ」

 

そういえば、救援時に付いた傷を負っていたのだった。

かすり傷程度のものだし、特に動作の邪魔になるわけでもなかったからすっかり忘れてしまっていた。

傷口に脱脂綿が当てられ、微かにピリリとした刺激が来る。

血は止まっていたので、傷口を清拭するだけで終わった。下手に傷を覆うと、逆に治りが遅くなってしまうからだろう。

 

「はい。これでいいわ」

 

そう言って、博士は道具や薬品を片づけ始めた。

かちゃんと涼しげな金属音が響き、使われたピンセットが

使用済み器具の入れ物に立てられる。

長い爪があるのに、随分器用なのだなと、少しばかりずれているんだろう感想を抱いた。

 

「新種のアラガミと何の準備も無しに戦って、無事に帰ってこれたのは凄い事だけれど、もう少しでいいから、自分も大切になさい」

「…自分も」

 

確かに、ブラッドの皆や、それ以外の人たちを守っていきたいと思うなら、自分自身もそれなりに動ける状態を維持しておかなくてはならない。

けれど、レア博士の言う"大切に"は、そういう意味合いでは無さそうだった。

 

「これで処置はおしまい。私はそろそろ行くわ」

「あ、はい。有り難うございました、レア博士」

 

軽く手を振って颯爽とした足取りで医務室を出ていった博士。

 

「それにしても、なんでこんなトコに居たんだろうな?」

「そういえば、そうだねえ」

 

確かに。

怪我をしたとか、そういう様子でも無かった。一体どうしたのだろうか。

3人で、そろって首を傾げる。けれど、これだ、という閃きは無かった。

 

「さてと。それじゃあ、僕もそろそろ行きます」

「ああ。ちゃんと謝ってこいよー?」

 

若干呆れた様子で言う先輩。ナナさんも隣で頷いている。

 

「…なんで解ったんですか?」

 

驚きながらそう聞くと、二人は目を見合わせて笑った。

 

「だって、なあ?」

「うん。顔に書いてあるよ。『早く謝らなくちゃ』って」

「え!?」

 

顔に書いてある、というのが例えなのは知っている。けれど、そんなに分かりやすい表情を浮かべていたのかと思うと、さすがに少し恥ずかしい。

顔を押さえる僕を見て、また二人が笑う。

 

「ジョーダンだって」

「ほらほら、行ってらっしゃい」

 

ナナさんに送り出され、医務室を後にする。

何となく腑に落ちないけれど、今はそれを追求するよりも先にする事がある。

 

「はい。それじゃあ、失礼します」

 

慌ただしく頭を下げ、廊下を走っていく。

ギルさんは今、何処にいるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

デイトが慌ただしく去っていく。それが見えなくなると、ナナの表情にまた寂しさに似たものが浮かんだ。

はあ、と。小さいため息が口を吐いて出る。

 

「なんだよ、ナナ。ため息なんか吐いて」

「だって…」

 

口を尖らせ目を伏せる。

表面を取り繕う事は出来ていたが、やはりデイトのあの表現はショックが大きかった。

 

「先輩は平気なの?怒ってたけど」

 

ナナのそんな質問に、ロミオは目をあらぬ方向へ逸らし頬を掻く。

 

「そりゃ…、俺だってショックだよ?あの時俺がギルの立場だって、やっぱり手が出ちゃってた気がするし」

 

「じゃあ、なんで?」と言いたそうなナナから、今度は体毎視線を外す。

ロミオ自身、確証があるわけでもなんでもない、言ってしまうならばただの勘の様なものなのだ。

けれど、只の勘、と言っただけでは、今のナナはちょっと納得しそうに無い。

 

「何となくだぞ?何となくなんだけど…あいつが、自分の事を意味ないって言った時の顔さ、覚えてるだろ?」

 

そう聞かれて、ナナは頷いた。

内容も衝撃を受けたし、暫くは忘れられないだろう。

 

「うん。なんて言うか、当然の事、って感じだった…」

 

思いだし、また表情を暗くするナナ。そのナナの隣で、ロミオはうん、と頷く。

 

「デイトってさ、他の人間から聞いた"常識"を話すときも、あんな顔なんだよな。なんて言うのかな…"これが当たり前"とか、そんな風に思ってる顔」

 

ロミオの言葉に、ナナが大きな目を更に大きくした。

確かに、言い聞かされたことを語るときと似た雰囲気だった。

それに同意し、頷くナナ。

 

「だからさ、あの言葉も…ひょっとして誰かに言われたのかな…とか」

 

歯切れ悪く吐き出される言葉。

それが医務室全体に行き渡り、空気が粘度を帯びたように停滞する。

それは、あまり想像したくはない事だ。デイトを見知る依然か以後かに関わらず、知っている人間が誰かににそう言われている所を想像するのはあまり愉快な事ではなかった。

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