GOD EATER2 ~Nam Oratorium~ 作:〆渡
第39話
問題点を自覚した、とは言っても。それが僕単体で止まっていては進展があったとは言えないわけで。
かと言って意志の疎通を三度計るのも、それはそれで押し付けがましくはないだろうかと思えてくる。
ならばと、言葉よりも時に雄弁に意志を表す行動で示してみようと思っても、直ぐ答えが出る訳ではない分それはそれで先の見えない迷路に足を踏み入れたような心持ちになる。
仲間に頼るべき所、一人で起つべき所。その境界を、例え自分なりにでも引く時期が、今なのだろうか。
「デイトさん?どうか、しましたか」
「え?…あぁ、いえ。考え事をしていただけです」
「考え事…ですか」
シエルさんの反問に、頷く。これは、まだ自分の内に留めて置くという線引きだ。
「それより、何かありましたか?」
「あ、いえ。そろそろ極東支部の方に到着するので、ブラッド全員に召集がかかりました」
「…あぁ。そうか、挨拶は僕たちが行うんでしたね」
ラケル、レア、両博士や、クジョウ博士に局長。本来挨拶に向かうべき人たちは忙しく、事前に通信での挨拶を交わしておいて、後々お互い時間が取れた所で改めて、という事らしい。
現地で直接着任の挨拶を行うのは、僕たちだけのようだ。そこには、極東滞在中、同支部の管轄に僕たちブラッドが置かれるという事の他に、『ブラッド』という存在を、極東…というか、フライアの外部に見せておくという考えもあるのだろうと思われた。
「…懐かしいと、思いますか?」
そんなシエルさんからの問いに、僕は首を傾げざるを得なかった。
「…どう、でしょうか。ここに来て、ブラッドになってからの日数で考えると、まだそこまで長い期間ではないんですよね…」
思い返してみても。この黒い腕輪をつけてから、せいぜい1月、2月程度しか経過していない。そう考えると、ずいぶんと濃い時間だった。
極東に向かうのだと聞いて以来、どこかそわそわと落ち着かないような感覚を覚えはしていたものの、それが"懐かしい"というものなのかどうか、比較する経験が無いために解らなかった。
もう一月と見るのか、まだ一月と見るのか。
そんな風に、余計な思考が膨らみ始めた僕を、シエルさんの声が引き戻す。
「…時間は、あまり関係無いのではないでしょうか」
と、そんな事を言った。
「例えば、時間にだけ比例して感情が大きくなっていくのであれば。私はまだ、今の私になっていたかったと推測できます」
「今の、シエルさん…」
「はい。ですから、移った期間を問わず、貴方が懐かしいと感じるのなら、それは決して間違ってはいないと、私は思います」
最初に会った時から変わらない、静かで深い蒼の目が僕をみている。
あの時は気恥ずかしさが勝ったけれど、今その目を見ていると、何故か落ち着けた。
「…そう、ですね。ありがとうございますシエルさん」
この、そわそわと落ち着かなくて、どこか浮き立つような感情が"懐かしい"なのかは解らないけれど、それでも僕自身の感情だというのは、間違いではない。なら、細かい事は置いておいて、それで良いのだと思えた。
ロビーでみんなと合流する。
極東支部とこのフライアを接続し、そこから直接支部内にいけるようになるという事だ。
「向こうはやはり多忙なようでな、直接支部長室に向かう事になりそうだ」
「直接…って、いきなり向こうのお偉いさんとご対面って事!?」
隊長の言葉に、あからさまに慌てた様子の先輩。きっと、局長のような人物が部屋で待ちかまえていると想像しているんだろう。
「大丈夫ですよ。そんなに厳しい人じゃないですから」
むしろ、どちらかと言えば緩い部類だろう。秘書のような仕事をしている人がきっちりしているので、バランスは取れている。フライアと比べると、極東は規則や部隊の人数なども、流動的で緩やかだったように思う。
そういう意味では、ナナさんやロミオ先輩は極東でもすぐに馴染めそうだ。
「そろそろ時間だ。行くぞ」
隊長に促され、極東支部へ向かう。
フライアと支部を繋ぐように、ハッチから延びる通路を進むと、エントランス近くの廊下へでた。ここから右へ進んでいくと、エントランスの入り口に行けるはずだ。
「そういえば。デイトは当然だけど、ジュリウスも前にここ来たんだろ?」
と、中程を歩いていた先輩が口を開く。
確かに、サカキ支部長と話をしに来たラケル博士に付き添って来ていた。
「ああ。以前はヘリでの移動だったがな」
ヘリで来たと言うことは、屋上のエレベーターから真っ直ぐエントランスへ向かい、支部長室へ向かったのだろう。
「ここからだと、右へ行って一度エントランスに出てからエレベーターで移動する事になりますね」
そう行って、僅かに曲がっている通路を指す。
「いくらデイトが一緒だからって、案内してくれる人とか居ないワケ?」
「そういうな、ロミオ。最前線で、人員が足りていないという話だからな」
当然と言えば当然の不満を口にする先輩を、隊長が軽くたしなめる。
僕としても、そこは疑問だったのだ。
支部長自身はともかく、あの人がそういうところを疎かにするとはあまり考えられない。
微かな違和感に首を傾げていると、通路の前方から誰かが歩いてくるのが見えた。
ここからでも解るくらい小さなその人。右手に腕輪が見えるから、どうやらゴッドイーターみたいだ。
だんだんとはっきりしてくるその姿。彼女を見て、唯一、僕だけが固まった。
「? デイトさん、どうしました?」
隣を歩いていたシエルさんが不思議そうに僕を見ている。けれど、それに答える余裕が持てない。
必死に不用意な声を出さないように、できるだけ相手に気づかれないように、目立たないで居る事だけを優先する。
「んー?キミ達がブラッド?」
「ええ。貴方は?」
「あたしはリーゼロッテ。きょーかんから、キミ達を案内するようにって言われて来たのさー」
あいも変わらず、間延びした調子でそう言うリーゼさん。
案内の人がどうして遅れてくるのかとか、そういうことは言いたくても言えない。
「私はジュリウス・ヴィスコンティ。フェンリル極地化技術開発局所属、ブラッドの隊長を勤めています」
隊長の自己紹介に、無言でコクコク頷くリーゼさん。
隊長が、順に僕たちの事を紹介していく。
そうすると、当然僕の名前も呼ばれる事になるわけだ。
「デイト…彼には、副隊長を努めて貰っています」
「副隊長…?」
と、緑の半眼が僕に向けられる。因みに睨んでいるワケではない。彼女は普段から、眠そうな半眼だ。
ともかく、その視線からできるだけ直視されないような位置に、じりじりと移動する。
けれど、そんな僕にずかずかと近寄り、下から堂々とのぞき込んできた。
「あぁ。デイトか。キミか」
「…お久しぶりです、リーゼさん」
相変わらず特徴のある喋り方だ。
「んむ。しかし、副たいちょーとは随分偉くなったな?」
「いえ、あまり偉くはないですよ?」
僕の答えにも聞く耳持たず、一人でうんうん頷いている。
この小さい人は、基本的に人の話を聞かない。
「それより、ツバキさんに言われたんでしょう?そろそろ支部長室に案内してください」
「んむ。それじゃあキミたち、こっちだ」
言うなり、今度は僕たちがきちんと着いてきているかも確認せず、一人で歩いていってしまう。
「…なんて言うか、変わった子だな…」
「安心してください。あの人が極東の平均的な女性という事はありませんから」
先輩の感想に、これだけは言って置かなくてはならない。
先輩のほうも、少しばかり安心したようにホッと息を吐いた。
リーゼさんがかなり先行しているせいで、殆ど当初と同じく僕たちだけで進んでいるようなものだった。
変なところで律儀なのも変わらず、エントランスの扉の前で僕たちを待っていたリーゼさん。
片側に結い上げた金髪を揺らして立ち上がり、こっちだ。とも何とも言わずに扉を潜っていく。
彼女に続いて扉を潜ると、とたんに喧噪が耳に飛び込んできた。
個々には外部居住区の人たちも立ち入る事が出来るから、極東支部の中でも特ににぎやかな場所だ。
仲間内で何かを話している人、モニターから流れる映像を見ている人、よろず屋さんで買い物をしている人に、ヒバリさんからミッションを受注している人の姿もあった。
その内の何割かが、僕たちに向けられる。
僅かに賑やかさがなりを潜め、そこかしこで囁きが交わされた。
「…なんだか、ちょっと緊張するなぁ…」
「うん…」
周囲の視線に、ナナさんと先輩は敏感に反応した。
ギルさん、シエルさん、隊長の三人は、特に反応を見せず堂々としている。
リーゼさんは…よくわからない。
そのままカウンター脇の階段を上り、館内移動用のエレベーターに乗り込むと、やっと喧噪から解放され、二人が小さく息を吐いた。
「あー、緊張したー」
ニット帽の上から、強めに頭を押さえる先輩。
それをじっと見ているリーゼさんに気づいたのか、僅かに照れた様子で姿勢を正した。
それを特に見ていたワケでもないのだろうか。気まぐれになのか自然となのか、視線を自分の正面、何もない空中に据えて口を開く。
「…みんな、ブラッドが来るって聞いてから、気にしてた。どんな奴らだろうって」
何となく想像は出来る。新しく設立された部隊が派遣されてくるとなれば、支部でその話が出ない事はまずないんだろう。
「どんな風に戦うのか、とか。気にしてた。そこは、あたしも気になる」
そこで、初めてリーゼさんが笑みを見せた。
見ようによっては挑発的にも見える、不適な笑顔だ。
空気が張り詰めて、緊張を帯びる。
「その点は、今後の我々を見て頂ければと思います」
エレベーター内で高まった緊張を、隊長の冷静な声が落ち着けた。
ぴりぴりとした空気が解けて弛緩し、元に戻っていく。
その発端となったリーゼさんはといえば、それを意に介した風もなく、階表示を見上げていた。こういう人なのだ。
数階下がりーと言っても、距離にすると数階どころでは無いのだけれどーエレベーターを降りると、緑の絨毯が敷かれた廊下が目に入った。