GOD EATER2 ~Nam Oratorium~   作:〆渡

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今回は"ぶらり、極東支部の旅"な内容になっております。
読み飛ばれても特に支障の出る回ではありません。


第42話

「ちょ、それ早く言えよ!」

 

シャワー室へ向かう途中の廊下に、そんな先輩の声が響く。

自販機と数脚のイスが置かれた場所で、先輩は大いにうなだれていた。

 

「いえ、一応言いましたよ?」

 

僕の反論に続いて、隊長以下皆さんの「言った」という声が先輩に降り注いだ。

 

「うぅ…」

喜びが大きかった分、落ち込みようが半端ではなかった。

床に四つん這いになり、周囲の空気まで重たくなったような気がしてくる。

 

「ほら、立てロミオ。さっさと終わらせるぞ」

 

ギルさんに腕を捕まれ立たされる先輩。それに文句を言う気力もあらがう気力も無いらしい。

そんな先輩を連れてシャワー室に向かう。

扉の脇を見ても、今は誰も使用していない事が解ったのでそのまま扉を開けた。

中には、整然と並んだシャワー台がある。

簡単な仕切で区切られただけのその場所に、みんなは驚いたようだ。

 

「これだけ?極東のオンセンは?」

「サカキ支部長の趣味で、オンセンを作るという案も出たそうですが、費用や面積なんかの問題で実現はしなかったそうですよ」

 

と、先輩の微妙にずれた質問に答えると、ギルさんがポツリと「作る気だったのか…」とつぶやいた。

 

「基本的に、私物は各ブースに持ち込むことになります。一応、私物を入れるカゴは用意されていますので、使った場合は所定の場所に戻しておいてくださいね」

 

石鹸などの備品は各ブースに備えられていること、基本的に清掃時に補充されているけれど、一応入る前に確認した方が良いことなどを説明して外にでる。

 

「シャワー室っても、部屋にも着いてるんだろ?別に、わざわざこっちを使う必要とか無くないか?」

「いえ、極東では個室にシャワーはありませんよ。水場と言えば、流し台くらいです」

 

僕の答えに、先輩だけでなくギルさん以外のみんなが驚いたような顔をした。

「まあ、普通だな」とはギルさんの意見だ。

 

「水周りの管理というのは、結構難しいものなのだそうで、口に入れる可能性のある水と、それ以外の水は別のラインで管理されているようです。その管理も、一括の方が色々都合がいいようで、こういった形態になっていると、以前聞きました」

「成る程。合理的な管理体制の元の、当然の帰結という事か」

 

ふむと頷き、納得した様子の隊長。他の皆さんも納得してくれたようだ。

 

「後、夕方以降入る時は時間に気をつけてください。男女の区別は時間で付けられます」

「それは、どう把握すればいいのでしょう?」

「端末やターミナルからアクセスできますよ。…特に男性は気を付けてください。平均値から外れたあの人に見つかると、問答無用ですから」

 

僕が指しているのが誰なのか解ったんだろう。

みんなが首を傾げる。そんな失敗やうっかりをする人は、まず居ないだろうし、相手は女性だというのもあるんだろう。

 

「どう言うことだ?」

「何というか…物理的にではなく、心にダメージを負います」

 

僕自身はそんな目に遭ったことは無いけれど、あの半眼で淡々とねちねち言われるか、逆セクハラを受けるらしい。

らしいというのは、人づてに聞いたからなのだけれど、あの人なら遣りかねない。とく後者を。

 

「―――と、まあ。そういうことなので、気を付けてください」

 

まだシエルさんに後ろから抱きついた記憶は新しい。

みんなが神妙な様子で頷いてくれた事にホッとした。

 

「3時迄は、清掃時間以外は自由に入れます。その時は、ここのプレートで、男性か女性かを表示しておくようにしてください」

 

と、入り口の脇にまとめてかけられているプレートを示した。これをホルダーに入れておけばそれでいい。

シャワー室の説明はこんなところだろう。

 

 

次は神機保管庫だ。

またエントランスに戻り、今度は出撃ゲートから神機保管庫へ向かう。

独特の臭いが立ちこめ、大勢の人が動いている気配が伝わってきた。

蒸気が立ち上り、視界が判然としない中、下までは降りずに説明する。

 

「ここが神機保管庫になります。極東滞在中は、こちらのお世話になると思います」

 

保管庫と言っても、保管だけでなくメンテナンスなども一通り以上にこなしてくれる、頼れる人たちが集まっている場所だ。

 

「あれ、日暮くんじゃない?」

 

カンカンと、金属製の階段を上ってくる音がして、そう声がかけられる。

振り返ると、機械油に汚れたツナギを着て、灰色の髪を一つに括った女の人が居た。

 

「リッカさん」

 

「やあ」と気さくに声をかけてくれる。

 

「いやぁ、ブラッドの神機を見せてもらったけどあれは凄いね。まだ本格的に見たわけじゃないけど、これからの整備が楽しみだよ」

 

そう上機嫌で言うリッカさん。これから休憩らしく、その手には冷やしカレードリンクが握られていた。

 

「あ、そうだ。後でちょっと頼みたい事があるから、時間を作っておいて貰えると嬉しいな」

「あ、はい」

 

僕の返事を聞いてか聞かずかのタイミングで、リッカさんは保管庫を出ていく。どうやら、よほどご機嫌のようだ。

 

「今の、誰?」

「楠リッカさん。神機整備班の人です。なんでも、腕は良いという事ですよ」

 

伝聞でそう聞き、実際の手伝いなどでもテキパキと指示を出してくれてとてもやりやすかった。実際に能力が無いと、ああいう事は出来ないのだろうな、と素直に思える位だ。

 

「そうなのですか…。なら、安心ですね」

 

ふむふむと頷くナナさんの隣で、生真面目に言うシエルさん。

フライアと同じように、任務に際しては自動で持ち出し手続きが取られること。定期メンテナンス以外でも、調子が悪いときは言えば調整して貰える事を一応伝えて、保管庫を後にした。

時間にして1時間もかかっていないけれど、先輩はやはり気落ちしたままだ。

ひとまず、中継点にもなるエントランスに戻ることにする。

その間「大丈夫ですか?」と声をかけても、「あぁ…」と全く大丈夫ではない返事が返ってくるばかりだ。

同じ支部内に居るのだし、会おうと思えば幾らでも会えると思うのだけど。

そう言おうとして、エントランスからの声に押し止められる形になった。

別段、僕たちに何か言ってきた訳ではないのだけれど。

騒ぎの中心は、ここからだとよく見えない。

けれど。

 

「やっぱユノ可愛いなぁ…」

 

という誰かの声に先輩が反応した。

それまでうなだれていた背筋が伸びて、目に輝きと力が戻る。

ここまで変わると、いっそ拍手したい位だ。

 

「ユノ!?マジで?」

 

と、あっと言う間に人混みに消えていく。

元気が出たのは何よりだ。

人混みが割れ、そこからユノさんが楚々とした様子で出てくる。周りには、サツキさんと先輩。それに、エミールさんと不機嫌そうなエリナちゃんも居た。

 

「あ、お疲れさまです皆さん」

「時間とか言われてなかったから、エントランスで待ってようって、ユノがね」

 

若干苦々しくそういうサツキさん。ユノさんがイタズラっぽく「ごめんね、サツキ」と取りなすように言う。

そのやり取りにも周囲がどよめく。

ユノさんは相変わらず人気だ。

中には「いや。俺はアリサ先輩一筋なんだ…っ」とか、葛藤するような声も聞こえてきたりするけれど。

 

「それで、お茶会なんだけどね。ラウンジは今使えないみたいだから、結局はここで、って事になりそうなんだけど」

「勿論いいよな?な?」

 

舞い上がった先輩。周りは見えていないらしい。嫉妬混じりの視線を受けてもものともしない先輩は、今とても輝いて見えた。

 

「うわっ、なんだよこの人だかり…」

 

エレベーターから降りてきたコウタさんが、あまりの人だかりに驚き、解散するように言う。

人だかりの中心がユノさんだと解った時は、少しばかり「仕方ないか」という表情を見せたものの、手際よく人だかりを崩していった。

どうやら、コウタさんはエミールさんとエリナさんを任務に呼びに来たらしい。報告で飛び回り、任務にも精を出す。久しぶりに感じたけれど、やはり極東の忙しさは変わっていないようだ。

「我々も手伝いを」と、申し出た隊長に。コウタさんは笑って「いいから、ゆっくりしててよ」と手を振る。そのまま出撃ゲートではなく、何故かラウンジへ向かった。出て来た時には、成程。リーゼさんの手を引っ張っている。

身長差もあってか、半ば引きずるようになっているけれど、どちらも気にした様子もなく。むしろリーゼさんは楽しげに出撃していった。

ゲートが閉まる直前、エリナちゃんが僕たちをチラッと見たようだったけれど、一体どうしたのだろうか。

どうにも、極東へ来てからエリナちゃんの様子がおかしい。前は、確かに素直という程では無かったけれど、もう少し懐いていてくれたと思っていたんだけれど。

 

「デイトは何飲む?今日は俺が奢るぞーっ」

 

ゲートを見ていると、先輩にそう聞かれた。

少しばかり悩んで、フライアでは扱っていなかった飲み物の名前を告げる。

 

「じゃあ、初恋ドリンクをお願いします」

「オッケー」

 

意気揚々と、鼻歌まで歌いながら自販機に向かう先輩。

流石に人数分は一人で持てないだろうと、一緒に向かう事にする。

 

「そういえば、さっきデイトが言ってた初恋ジュースって、美味いのか?」

「そうですね。僕は美味しいと思いますよ」

 

何故か僕以外に買っている人を見たことは無いけれど。

そんな僕の意見に、先輩は「じゃあ俺も試してみるかな」と計2本の初恋ジュースを買った。

半分ずつ持って戻り、それぞれに飲み物を配る。

先輩が確保していた紅茶は、どうやらユノさんの分だったようだ。

成る程、と納得しながらも飲み物を配り終え、コの字型に設置されたソファーの端に座る。先輩はと言えば、ユノさんに紅茶を渡す時にちゃっかり内側に収まっていた。

ここでもやっぱりユノさんに猛然と迫る先輩。隣の隊長が嗜め、ユノさんの逆隣に座っているサツキさんがそれとなく庇っている。

なんとなく心配になりながらも、初恋ジュースに口を付ける。…うん、変わらず美味しい。

人の出入りが激しいエントランスでは、段々と僕たちを露骨に気にする人も減り、みんなも普段とそう変わらない調子を取り戻し始めたようだった。

 

「日暮?」

 

背後から、女性にしてはハスキーで、凛とした声がかけられる。心当たりの人が脳裏にに浮かび、反射的に起立。敬礼の姿勢を取ることはなんとか抑えて、その人に向き直る。

 

「お久しぶりです、ツバキさん」

「ああ、久しぶりだな」

 

自分を律するように厳しく引き締められている表情が、僅かに緩む。

優しさと頼もしさが同居したようなその笑みが懐かしく、そのせいか胸辺りが暖かくなった。

 

「彼らがそうか?」

「あ、はい。皆さんが"ブラッド"です」

 

それまでユノさんを交えたおしゃべりに興じていたみんなが、ツバキさんを見る。

先輩なんかは、何となく苦手そうなタイプだろうな、と思いつつ。そう紹介した。

個別で自己紹介をするような流れではなかったので、僕が簡単に名前だけ紹介する形になる。

みんながそれに併せて黙礼やお辞儀をするのだけれど、先輩は案の定というべきか、ちょっと腰が引けていた。

簡潔にお互い名乗るだけの自己紹介を終えた所で、ツバキさんも一緒にお茶をどうかと誘ってみる。

 

「いや。悪いが、まだ片づけなくてはいけないことがあってな」

「そうですか…。では、お疲れの出ないようになさってください」

「ああ、有り難う」

 

そういうと、ツバキさんは颯爽と去っていった。

人として斯くありたいと、そう思わせてくれる人だ。

その背を追っていると、「おーい…デイトー?」と声をかけられる。

 

「あ、はい。何ですか?」

「いやあ?」

 

と、はぐらかすような返事の先輩。何故かその表情がニヤニヤしている。他にも、サツキさんやナナさんが似たような表情だ。

一体どうしたというのだろうか。

 

「どうかしましたか?」

「別にー?」

「何でもないわよ、日暮くん」

「そうそう」

 

明らかに、何でもない事はなさそうな反応だ。釈然とはしないけれど、ずっとこのまま立っている訳にもいかず座り直す。

 

「いやー。なんだかんだ言って、お前も…」

 

と、途中で不自然に途切れる先輩の声。

何事かとみんなが見ている中で、先輩は必死の形相で口を押さえていた。

一気に悪くなる顔色、その下で喉が嚥下の動きをすると同時に、テーブルに倒れ込む先輩。

「ロミオ!?」「ロミオさん!?」「先輩!?」と僕たちが驚く中、隊長が手早く先輩の様子を確認。

 

「…どうやら、気絶しているだけのようだが…」

 

その言葉に、ホッと空気が弛緩する。

 

「けれど、どうして突然…」

「確か、その飲み物を飲んだ直後だったな?」

 

と、その言葉でサツキさんが慎重な手つきで缶を確認しようと手を伸ばす仕草を見せる。けれど、触れることなく納得したような顔をした。

 

「サツキ?」

「これじゃあ、無理も無いわね。寧ろ吐き出さなかっただけ頑張ったわ、その子」

 

サツキさんの言葉に、どう言うことかと訪ねる隊長。

 

「この初恋ジュースって、その…」

 

一度切って、僕に。正確には僕の手の中に目を向けるサツキさん。

 

「あー…。そう。人によって、評価が分かれる味なのよ」

 

普段と違う歯切れの悪さを隠しきれない台詞に首を傾げる。

 

「しかし、まさか飲み物一つで…」

 

まだ信じきれない様子の隊長。僕も、まさか初恋ジュースのせいだとは思えない。美味しいのに。

 

「とにかく、医務室へ運びましょう。こうしているより、確実な筈です」

「そうだな」

 

一番近い隊長が先輩を背負い、エントランスを後にする。サツキさんとユノさんに慌ただしく謝罪し、僕たちもその後を追った。

 

 

 

 

 

 

慌ただしく駆けてゆくブラッドのメンバーを見送り、サツキはため息をついた。

デイトはいつもの事だったが、ロミオまで初恋ジュースを持っている時点で、やはり止めておくべきだったようだ。

もしや、ブラッドにとっては美味しいものなのかと思っていたのんだが。やはり普通の味覚の持ち主にとっては、非常にキツイものだったようだ。

 

「…大丈夫かしら、ロミオさん…」

「…まあ、初恋ジュースで死んだって言う話は聞かないし。大丈夫じゃないかしら」

 

怖いもの見たさや、罰ゲームなどで、そこそこの需要がある初恋ジュースは、発売から数年たった今でも、自販機から消えていなかったのだった。

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