GOD EATER2 ~Nam Oratorium~   作:〆渡

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第43話

数分後の医務室。

ベッドの一つに、ぐったりとした様相の先輩がいる。

体を起こしてこそいるものの、その表情はまだ十全とはいえない。

 

「大丈夫ですか、先輩?」

「全然大丈夫じゃない…」

 

今にも備え付けのテーブルに突っ伏してしまいそうな先輩。

顔色はもういいようだけれど。表情が冴えないだけで。

 

「目が覚めました?」

「ヤエさん」

 

極東の医務室を任されているヤエさんが、慣れた動作で先輩のチェックを進める。

どうやら。やっぱり言うべきか、特に問題も無いようで「もう大丈夫です」と太鼓判を押された。

 

「あー…それにしても、まだ舌がびりびりしてる…」

「大丈夫ですか?」

 

医務室前の廊下を歩きながらのそんな会話。先輩は舌を少し出して、まるで辛いものでも食べたように扇いでいた。

 

「それにしても、お前。よくあれ平気だな…」

「うーん…僕にとっては、美味しいんですけど…」

 

そういうと、先輩は"信じられない"という顔をする。さすがに、少しばかり傷つく。

 

「そう言えば、みんなは?」

「流石に病室には入りきれないので、皆さん外で待っている筈です」

 

と、廊下の突き当たりにみんなが立っているのが見えた。

先輩が手を振ると、一斉にほっとしたような雰囲気になる。

 

「良かったよー。…それにしても、いきなり倒れるって、どんな味のジュースだったの?」

 

そう、気にはなりつつも、みなさん飲むまでは至らず。腫れ物扱いのジュースは、どうやらサツキさんの方で処分してくれたらしい。

 

「どんな…って…。あれが初恋とは認められない味?」

 

そういうものだろうか。

甘酸っぱくてほろ苦くて、僅かなしょっぱさがそれらを引き立てて、とても美味しいのに。

まあ、確かにそれが初恋の味かと言われると、僕にもよく分からないけれど。

 

「よくは解らないが、ひとまず体調も良くなったようで、何よりだ」

「そうそう。コウタさん達も戻ってきて、そろそろ歓迎会だって言ってたし!」

 

ナナさんが嬉しそうに言うと、先輩もパッと目を輝かせた。

 

「おぉ、そうだった!」

 

楽しみにしてたんだろう、軽くガッツポーズを取る先輩。そこに、エレベーターが開いて、エリナちゃんが現れた。

 

「ここに居たんですね。そろそろ始めるんで、付いてきてください」

「ああ。すまないが案内を頼む」

 

隊長の言葉に、つんとしたまま頷くエリナちゃん。やはり、様子がおかしい気がする。

後で着いたら、それとなく聞いてみようか。

 

 

 

ラウンジ。

普段から賑やかだったここが、今は一段と喧噪を増している。

半立食式とでも言えば良いのだろうか。自由に料理や飲み物を取って、席を探しても良いし、可能ならその場で食べてもいいようなスタイルだ。

 

「エリナちゃん。何かあったんですか?」

「…いきなり何よ。何もないわ」

 

そう言って一気にジュースを飲み干すエリナちゃん。

勢いが良すぎて気管に入ったのか、むせる彼女の背中をさする。

 

「大丈夫ですか?」

「あ…あたりまえでしょ…っ」

 

まだ軽くせき込みながらも、切れ切れな息の中で無理に答えるエリナちゃん。

しばらく背中をさすっていると、ふと笑いがこみ上げてきた。

 

「…何笑ってるのよ」

 

憮然とした顔でそう言うエリナちゃん。謝ってから理由を言った。

 

「ちょっと、ここに居た時の事を思い出して」

「極東に?」

 

エリナちゃんの言葉に頷く。伝わる背中の感触は、そう変わっていなかった。

 

 

 

 

 

 

目を覚まして数日。ベッドの上で特にすることもなく過ごしていた僕の耳に、小さく、押し殺すように咳をする音が聞こえた。

とても苦しそうに聞こえるその音が気になって、ゆっくりベッドを降りた。

看護師と言う人たちは、まだ安静にと言っていたけれど、どうやら動くことに支障はないようだった。

それでも一応ゆっくりと動いて、音の方向に進む。

どうやら、部屋の入り口近いベッドを包むカーテンから聞こえてくるようだ。

少し開いた隙間から中を覗くと、女の子が体を丸めて苦しそうにしている様子が見えた。

扉を開けて廊下を見ても、近くには誰も居ない。

「大丈夫?」と声をかけても、当然というか、答えられるような状態では無かった。

出来ることを、と言っても、今の僕に出来ることはそう多くない。

とりあえず、背中をさすりながらコールボタンを探した。

壁から延びるコードを見ると、どうやらベッドの下に落ちてしまっているようだ。

押そうと手探りしている内に、落としてしまったんだろう。

何とか手繰り寄せてコールを押す。これで、そう立たない内に人が来てくれるだろう。

 

「もうすぐ、ひとがきてくれますよ」

 

そう言いながら、背中をさする位しか出来なかったのだけれど。女の子が小さくでも頷いてくれた事にほっとした。

ぱたぱたと足音が聞こえて、カーテンの内側に人が入ってくる。

慌ただしく処置が始められて、カーテンの外に出された僕は大人しく自分のベッドに戻ることにした。

どれだけ経ったのかはわからないけれど、隣のベッドは落ち着いたようだった。

 

「日暮君。安静にしてなさいって言ったでしょう?」

「はい。すみません」

 

素直に謝る僕に、そのひとはやれやれと言いたげな様子で腰に手を当てた。

 

「……何か、思い出せたことはある?」

 

聞かれて、首を横に振る。

現状、僕の記憶はこの部屋から始まっている。

いろいろ専門用語で糸目の人が説明していた気もするけれど、よく覚えていなかった。

 

「まあ、ゆっくり時間をかけていくしかないわね。それと……」

「なんでしょうか?」

「隣の子の事、知らせてくれて有り難う」

 

そう言って、笑いながら去っていく。

それを見送りベッドに横になると、隣から声が聞こえた。

声の聞こえた方を見ると、さっきの女の子がカーテンの隙間から僕の方を見ていた。

少しばかり不機嫌そうというか、そんな表情だ。

 

「……ありがと……」

「…………」

 

一瞬、なんと言われたのか解らなかった。

表情と一致しなかったように見えたというのもあるだろうし、声が小さかったというのも、一つの原因ではあるだろう。

なんの反応も返せない僕に、照れたのか怒ったのか顔を赤くして「お礼は言ったからね!」と、多少乱暴にカーテンを閉める女の子。

その勢いに驚きつつ、何故か僕は笑っていた。

 

 

 

 

 

 

「あの後、エリナちゃんに『何笑ってるのよ!』って怒られましたっけ」

「い、いつまでそんな昔の事覚えてるのよっ」

 

噎せた時のまま赤い顔で怒るエリナちゃん。今度は宥める為に「まあまあ」とその背中を軽く叩く。

 

「あれから、病室に居ても楽しくなったんですよ。ちょくちょく遊びにも来てくれましたし」

「……そういう事にしといてあげる」

 

そう言うと、またそっぽを向いてしまうエリナちゃん。出会った頃と比べると、少しばかりその顔は遠くなった。

ちょっとの間に、女の子は変わってしまうもののようだ。といっても、一つ下なだけだから、そう年は変わらないのだけれど。

実際あの後、よく病室に遊びに来るようになったエリナちゃん。

僕の記憶が戻らず、これからどうするかというような話をどこかで聞いてきたらしい時には、「行くところが無いなら、家で雇ってあげてもいい」と言ってくれた。

その後結局、ゴッドイーターとしての適正を見いだされて、極東支部内で働く事に落ち着いてのだけれど。

 

「結局、極東じゃなくて別の支部に行っちゃうし…」

 

唇を尖らせそういうエリナちゃん。何故か不満そうな顔だ。

謝るのも違うような気がして、黙り込んでしまう。一体どうするのが正解なのだろう。

 

「よっ!どうした、二人だけでそんなにくっついて」

「くっついてません!」

 

かけられた声に、反射的にだろうそう返すエリナちゃん。

顔を上げれば、そこに居たのは黒いライダースジャケットを着た男性が居た。

 

「ハルオミさん。お久しぶりです」

「よ!デイト。帰って早々女の子と仲良くしてるなんて、お前も隅におけないなぁ」

 

楽しそうにいうハルオミさん。ざっとみたところお酒類は出ていなかったから、今は素面だ。

 

「からかわないでください。エリナちゃんにも失礼ですよ」

 

そう言うと、何故か頭をかくハルオミさん。ばつが悪そうにも見えるから、反省したのだろうか。らしくはないけれど。

 

「そういや、あの隅にいる奴。あいつもブラッドなのか?」

 

そう言ってハルオミさんが示す先に居るのは、ビリヤード台の脇に立つギルさんだ。

グラス片手に佇む姿は、何というかアウトローな格好良さがある。

 

「そうですよ。ギルバートさんです」

「……そうか」

 

ギルさんの方を見ているハルオミさんの横顔は本当に真剣で、声をかけるのが少しばかり躊躇われる。ギルさんがブラッドに来るより前に、何かあったのだろうか。

エリナちゃんも同じだったようで、それでもおずおずとハルオミさんに声をかけた。

 

「…あの、ハルオミさん?」

「ん?あー、悪い悪い。知り合いに似てると思ったら、本人だったもんでな。世間ってのは、意外と狭いもんだな」

「そうだったんですか」

 

確かに、ハルオミさんも移籍してきたようだったし、ギルさんもフライアに移籍してブラッドに加わった。以前どこかの支部で一緒になっていてもおかしくない。

揚々と人混みに消えていくハルオミさんを見送ると、コウタさんがピアノの置かれている壇上に上がった。その手前には、スタンド付きのマイクが用意されている。

スイッチを入れたんだろう、特有のハウリングじみた音が響き、次いでコウタさんの声がマイクを通して聞こえてきた。

 

「はーい、皆さんご注目ー!」

 

と、マイクを通した快活な声が聞こえる。

そう広くはないとはいえ、今は人数分の賑やかさになっているから、マイクは必要な道具だ。

そういえば、と不安材料でもあるリーゼさんを探す。

窓に面した部分で隊長達と話している様子が伺える。どうやら、今のところ問題を起こすことは無いようだ。

その事に少しばかりほっとする。

こういう場でまで彼女の心配をしていたのでは、さすがに疲れてしまう。

軽快に流れるコウタさんの司会の声を聞きながら、今更ではあるものの懐かしさというものを感じていた。

途中、隊長が挨拶を促されたり、ユノさんが歌ってくれたり、いろんな意味でのサプライズがあったものの、それらも恙無く終了して、今は雑談しながらの食事会になっていた。

それにしても、改めて直に歌声を聴くとやっぱり凄く響いてくる。

なんというか、放送で流れた曲と同じもので、同じ人が歌っている筈なのに、エネルギーというのだろうか?そういう、目には見えないものが、より伝わってくるような感覚を覚えた。

 

「こ…これが極東支部…。人類の理想郷じゃないですかーっ」

 

そう言いながら両手に料理の満載されたお皿を持っているナナさんや、先輩とコウタさんがユノさんに話しかけ、それらをさりげなくガードするサツキさん。けれど、先程倒れた事を心配してなのか、最初に会った時ほどあからさまではない。

とりあえず、コウタさんが後でライブ料金を請求されないように祈っておこう。

 

「よ!さっきはバタバタしてて、悪かったな」

「コウタさん。いえ、お疲れさまです」

 

司会の仕事もひと段落したコウタさんが、ユノさん達から離れてこちらへ向かってきた。

任務に続いて準備と司会もこなしていたというのに、その表情からは疲れが伺えない。

 

「コウタ隊長、ブラッドの隊長さんを見習って見たらどうですか?」

「エリナ…」

 

エリナちゃんの苦言というか、お小言というか。それに半眼になってしまうコウタさん。

エリナちゃんの方は、そんなコウタさんを意に介した様子を見せず、ツンとしたいつもの澄まし顔だ。

 

「そうだ。さっきは言えなかったけど…お帰り、デイト」

「…え、あ…はい。…ただいま、戻りました」

「そんな畏まんなって」

 

そう言って、ばしばし肩を叩かれる。

それをエリナちゃんがキツメに窘め、頭に手をやりつつ謝るコウタさん。

少し、エリナちゃんが強気になっただろうか?ゴッドイーターとして活動していく間に、いろいろあったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

極東のメンバーと会話しているデイト。

一月程とは言え、つもる話もあるだろうからと見守っているブラッドに、リーゼロッテが近づいてきた。

反射的に身構えてしまうシエル。けれど、そんな反応を気にした様子を見せず、彼らに近寄っていった。

 

「いよーぅ」

「確か…リーゼロッテだったか」

 

ジュリウスの問いに、「うむ」と頷きながら近寄るリーゼロッテ。

 

「リーゼでも、ロッテでも、好きなように呼んでくれ」

 

ぶっきらぼうとも取れる口調だけれど、突き放したような感じは受けず、なんとも変わった雰囲気の少女だ。

いや、少女なのかどうかも解らない。

10代半ばから20代前半までなら、何歳と言われても納得してしまうような雰囲気の持ち主だった。

 

「楽しんでるか?」

「ええ。こんな風に歓待していただいて、とてもありがたいです」

 

シエルの答えに、リーゼロッテは満足そうな表情を見せる。大きく表情が動く訳ではないが、何となく伝わってくるのだ。

 

「なら、いい。あたしも満足だ」

 

大きくうなずくリーゼロッテ。その視線が、不意にそらされる。

それを追えば、デイト達に行き着いた。

 

「……デイトは、向こうでちゃんとやってるかね」

「ああ。副隊長としても、懸命に勤めてくれている」

 

ジュリウスの保証に、リーゼロッテは首を横にふった。

 

「そこら辺は、気にしてない。バカ真面目だし。だから、もっと他の事聞きたい」

「他の事……?それなら、我々より本人に聞いた方が…」

 

そんな真っ当な意見に、しかしリーゼロッテは首を横に振った。

 

「自分の事、気にしてないから。だから、他の奴に聞いた方が早い」

 

そう言って、呆れたようにため息をつくリーゼロッテ。

その様子は、出来の悪い兄弟を心配しているようにも見える。それに、彼女の意見には、多々うなずけるところもあった。

それも手伝い、特に深くは考えず当たり障りのない範囲でデイトの近況を教える。

それを察したのか、物足りなさそうな様子だったものの、リーゼは礼を言った。

 

「ありがとう。助かる」

「助かるとは?」

 

知りたかった事を教えてもらっただけにしては、その言葉はどこかずれを感じさせる。単純に疑問を感じたジュリウスの言葉に、リーゼはなにやら不敵な笑みを返した。

 

「ここに来られる人以外にも、デイトを気にしてる存在はいる。それだけ」

「……そうか」

 

そんな答えに、ほほえむジュリウス。そんな彼に背を向けて去ってゆくリーゼロッテの顔は、当然ながら伺えなかった。

世の中には、知らぬが仏、という事もあるのだ。

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