GOD EATER2 ~Nam Oratorium~ 作:〆渡
耳元で鳴るバイブレーションと合成の鈴の音に起こされて目を開ける。いつも通りの時間だ。
埃っぽさに眉を顰め、シャワー室へ向かうことにした。
早朝のシャワー室はまだ誰も居ないだろうと思っていたのだけれど、中からは既に水音がする。かけられているプレートには"女"と書かれており、その下には分かりやすく女性を示すマークが表示されている。
ここまで来てしまったし、そう長い時間もかからないだろうからと、エレベーター近くのソファーに座って待つことにした。
ぼんやりと、今日のご飯はなんだろうかとか、そんな取り留めの無いことを考えていると、シャワー室の扉が開けられた。出てきたのは―――。
「いよぅ」
「……リーゼさん」
濡れたままの髪を下ろしたリーゼさんだった。
いつもの半眼で、ブカブカの袖に隠れた手を挙げている。
朝から何を言われるのか、それとも逆セクハラをされるのかと、若干憂鬱になる僕の考えとは裏腹に、何をするでもなく「またなー」と去っていった。
ぽかんと、ただそれを見送る僕。絡まれるとの予想は、運良く外れたようだった。
手早くシャワーを浴びて昨夜の汚れを落とすと、部屋に戻った。
それでもまだ、一般的な朝食の時間までは1時間程ある。
埃のついたシーツを不器用に換え終わった頃、やっと早朝から朝になった。
外でも動き出す音が聞こえ始め、本格的な活動の開始を感じさせる。
コンコン、とノックの音が聞こえ、扉を開けるとそこには先輩が居た。
「今から朝メシ食いに行くんだけど、デイトも行こうぜ?」
先輩の背後には、ユノさんとサツキさんを含めた皆が揃っている。
このメンバーでの朝食は、けっこうな人目を集めることになるだろうな、とは思ったけれど、皆と食事を取ることに異存はない。
揃って移動していると、特にユノさんあたりに視線が集まる。けれど、昨日とは変わって、女性の視線は主に隊長にも注がれていた。
昨夜の襲撃があったおかげ―――というべきではないのかもしれないけれど。あれから好意的な視線が増えたようだった。
ラウンジには、既にご飯のいい匂いが漂っている。
何人かの人たちが食事を取っており、その中に空気にはとけ込んでいない物を発見した。
いや、物というのは中の人に失礼だろうか。皆も、そちらに視線が向いているのがわかる。
「……なあ、デイト。あれ……なに……?」
先輩が指しているのは、やはり風景にとけ込めていない存在だ。
紫がメインカラーの、ウサギの着ぐるみ。
「ああ、キグルミさんですよ」
「いや、そうじゃなくて……」
説明不足だった事に気づいて、補足する。
正体は誰も知らない事。名前も解らないので、便宜的にキグルミと呼ばれている事などを話した。
「……マジかよ」
「はい。何となくですが言いたいことは伝わりますし、そこまで支障はないですよ」
「マジかよ」
何故か二度の確認。否定する要素は無いので頷くと、感心しているのか呆れているのか判別しにくい反応を見せた。
キグルミさんの方を気にしながらも、カウンターに着いて食事を頼む。
今日の朝は、白米にお味噌汁。焼いた魚に二切れの卵焼き。素晴らしい極東の朝食だ。
「いただきます」とみんな揃って言うと、ムツミちゃんが少し驚いて、でもすぐに笑って「召し上がれ」と言ってくれた。
「……にしても、フライアの料理も美味かったけど、極東のご飯も負けてないなぁ」
「ロミオ先輩。ちゃんと飲み込んでから喋りなよー」
罰が悪そうに頭をかく先輩。口元に、いわゆるお弁当が付いている。
ユノさんも気づいたようで、小さく笑いがこぼれていた。
和やかに朝食が進んでいく中、僕の端末が受信を告げて震える。けれど、どうやら僕の端末にだけ情報が送信されたようで、他のみんなは何事も無くご飯を食べていた。
念のため受信した2件のファイルを開く。
最初のファイルはラケル博士からの呼び出しで、フライアの方へ一度戻るようにとの事だった。
それから、リッカさんから直接、整備室に顔を出すようにとの事だ。
ラケル博士は、隊長ではなく、僕に何の用だろうか。まあ、それも行けば解るだろうし、今はこの美味しいご飯を食べよう。
*
「……」
支部長室で、昨夜送られてきた情報を照合しているサカキ。あまり信じたくはない情報だけれど、これが事実であるなら早急に手を打たなくてはならない。
そしてその"手を打つ"対象は、人間も含まれる。
それが解っているから、慎重を期して、こうして照合と検証を重ねているのだけれど。
そうすればするほど、ますます情報の裏付けをする事になった。
ため息を吐くサカキ。
支部長に就任して以来、様々な案件を片づけては来たものの、やはりこう言った仕事は性に合わないと思わざるを得なかった。
*
ラケル博士に指定された時間にはまだ余裕があるので、先にリッカさんの呼び出しに応じることにした。
けれど、入り口からでも解る位、リッカさんの表情が厳しい。それが僕に関する事ではないと思えるほど、僕は楽天的な性分では無かった。
それでも恐る恐るリッカさんに近づく。
「……あの、リッカさん。一体なんのご用でしょうか?」
「日暮くん……」
振り返ったリッカさん。その眉間に、更に深い皺が刻まれる。
「君の神機。一体どういう使い方したの?歪んではいないけど、近接用のジョイント部分が随分緩んでたよ?」
「あ……その……」
静かな迫力にしどろもどろになりながらも、昨夜の事を説明した。
チャージ状態のスピアを投げたと言ったときもリッカさんの表情は、しばらく忘れられそうにない。
「……はあ……。まあ、君たちも外部居住区も無事に済んでよかったけど。あんまり無茶はしないでね?」
「はい……。以後気をつけます……」
正座の僕に、「うん」と頷くリッカさん。
神機に関してのリッカさんの情熱は半端なものじゃない。ひょっとしたら、神機を使う立場の僕らよりも調子が詳しく解るかもしれない。
そんなリッカさんは、言うべき事を言い終えて落ち着いてくれたようだ。
「そうそう。君を呼んだのは、それだけが理由じゃないんだよ」
そう言って、なにかの部品を取り出した。留め具が付いてちょうど神機に取り付けられそうになっているそれは、リンクサポートデバイスの試作品だ。
確か、僕が居るときから実験と模索を繰り返していたはずで、開発の方は難航していたと思ったけれど。
「リンクサポートデバイスが、どうかしたんですか?」
「君にも、これの実験につき合って貰いたいんだよ」
そう言うリッカさんの表情は、とても楽しそうでさっきまでの怒りは見受けられない。
「でも……これって神機と併用出来るタイプですよね?殆どの方に試して貰って無理だったんじゃ」
僕の言葉に、頭をかきつつ「そうなんだけどね」というリッカさん。何か、新しい理論を思いついたのだろうか。
「ちょっと、試したいことがあってさ。ね?」
拝むようにされては断れない。僕が引き受けることで何かのきっかけになるかもしれないし、引き受けてみよう。
「解りました。それじゃあ、次回の任務以降試してみますね」
「ありがとう!助かるよ」
そう言って、心から嬉しそうに笑うリッカさん。そんな笑顔を浮かべて貰う事が出来てよかった。自業自得な部分があるとはいえ、呼び出されて怒った顔だけを見るのは心苦しい。
「じゃあ、装着はこっちでやっておくから」というリッカさんと別れて、整備室を後にする。
そろそろ、ラケル博士から言われた時間だ。フライアに向かっておこう。