GOD EATER2 ~Nam Oratorium~ 作:〆渡
ラケル博士の研究室。もう通い慣れたその場所で、信じられない。信じたくない事を知らされた。
「……ソウ先生が……?」
「ええ……ロシア支部から発った後、消息が解らないそうなの……」
博士からの肯定を聞いて、何も考えられなくなる。
今僕は真っ直ぐ立っているだろうか?
判然としない感覚と同じく、現実味の感じられない意識ではそれすら解らない。
いつの間にかきつく握りしめていたらしい手に、そっと何かが触れた。
「ごめんなさい。貴方には、知らせた方がいいかと思ったのですが……考えが至らなかったようね」
そう、すまなそうに目を伏せる博士。触れた手から、労りが伝わってくる。
「……いえ。何時かは、解ることですから。……教えて下さって有り難うございます」
今僕は、ちゃんと笑えているだろうか。
心配されないような表情が、できているだろうか。
博士の表情を見るに、僕の行動は失敗しているようだ。これじゃあ、余計心配をかけたも同然だ。
「無理はしなくていいのよ?」
「いえ。大丈夫です」
そう言って、やんわりと博士の手から離れる。今は、無理にでも強がっていないと、どうにかなってしまいそうだった。
博士は気を使って"消息不明"という言葉を使ってくれたけれど、今の時代消息不明は死亡と同義だ。つまり、もうソウ先生と会うことは無い。
「……っ」
目の奥が熱い。喉が意志と関係なく動く。頭も痛い。
初めての感覚に戸惑い、なんとかしないとと思っても、思考が纏まらなくなる。
「……今日はゆっくり休みなさい。私から、サカキ支部長に連絡しておきましょう」
「いえ。本当に、大丈夫です。……失礼します」
博士の言葉は有り難かったけれど、それを断って退室する。今は、ゆっくり休んであれこれ考えてしまうより。なにも考えなくて済むように、動いていたかった。
*
目を覚ました時、最初に目に入ったのは白い天井と幾つかの見知った顔だった。それでも彼は目を覚ます直前を思い出し急いで体を起こす。
「―――ってぇ……」
けれど、半ばほど体を起こした時に走った鈍痛に、眉をしかめて止まらざるを得なかった。
「おい、無茶すんなって」
「私、ヤエさん呼んでくるっ」
周囲が俄かに慌しくなるのを感じ、改めて周囲を見回す。
白い内装に、幾つも並んだベッド。どうやら、自分はあの後無事に救助されたらしい。ほっとした表情の知り合い達が、口々に「よかった…」と言うのを見て、そんなにひどい怪我を負ったのかと聞く。すると、想像とは裏腹に皆首を横に振った。
「いや。怪我自体は大したこと無かった……と言っても、ちゃんと治るって意味ではだけどな」
「ただ、ね。救助されてから、全然目を覚まさなかったから……」
「そうだったのか……」
確かに、体がどこか自分のものではないような感覚があるから、心配されるだけの期間は意識不明のままだったのだろう。
今も心配そうな表情を向ける知り合い達に、彼は苦笑を漏らした。
「心配かけて悪いな」
「良いって、お前が無事でホント良かったよ」
心からそう言ってくれる相手に嬉しさを覚える。
「そうだ。今はまだ良いけど、動けるようになったら助けてくれた人にもお礼言っとけよ。仕事とはいえ、一応命の恩人になるわけだしさ」
「ああ、そうだな。誰が救助に来てくれたのか知ってるか?」
彼の言葉に、知り合いの女が頷く。それに併せて短く整えられた髪が揺れた。
けれど、彼女が口を開くより先に、隣の男が口を開く。
お調子者のその男は、隣で遮られた彼女が睨んでいるのも気づかず、楽しそうに助けてくれたゴッドイーターの事を話し始めた。
「銀髪の、可愛い子だったぜ?胸も、でかかったし」
「サイテー」
半眼でそう言われ、慌てる男。反論するが、ムキになっているのが丸分かりだ。
「な、なんだよ。お前だって、もう一人の奴の事『可愛いー』とか言ってただろ?」
途中に似ていない物まねも交えてそう言う男に、しかし彼女は平静な態度を失わず「はいはい」と流している。
「リツくんは知ってるかな?前極東に居た男の子なんだけど」
と、そこまで聞いてベッドの上の彼。柊リツは嫌な予感を覚えた。それは、もう確信と言っても良い。
やめろと言いたかったけれど、意に反して口が動かない。
その間にも、彼女は決定的な名を口にした。
「日暮デイトくんって言うんだけどね。知らないかな?」
「……っ」
柊の無言をどう解釈したのか、彼女は小さく頷き「知らないか」と言った。
彼女の隣に立つ男も、こちらは本当に知らないのだろう、首を傾げている。
「日暮って、そんな奴居たっけ?」
「ほら、一年くらい前に保護された男の子だよ」
そう言われて男も思いだしたようだ。「あー。あったなぁそんなこと」と、さして興味は無さそうな様子で言った。
「確か、アラキ達が保護したんだっけ?」
「そうそう。たまたま東雲くん達が帰ってきてる時で良かったよねぇ」
そのまま、当時の思いで話に話題が移っていく。けれど、それに加わる余裕は柊には無かった。
苦しめてやりたい。復讐してやりたい。
そう思っていた相手に、命を救われた。その事実は、彼にとって受け入れ難いものだ。
堅い顔で黙ってしまった柊を、まだ体調が完全に戻っていない為だと誤解した二人は、今度こそ看護師を呼びにいくために病室を後にした。
一人残された病室で、柊は小さく悪態をつく。その矛先は、あの少年ではなく、自分に向かっていた。
*
何時の間に極東支部まで戻ってきたのだろうか。人とぶつかってしまってから、やっと自分がどこにいるか認識する。
人で賑わうエントランス。みんな、忙しそうにしている。
その事実が、何となく遠い気がして、居心地が悪い。けれど、そう感じるのも何となく鈍かった。
とにかく頭が痛い。けれど、休んでいたくはない。
「……医務室……」
そうだ。医務室で頭痛薬でも貰ってこよう。それを飲めば、この頭痛も少しは楽になってくれるかもしれない。
そう思って医務室へ向かう。普段比較的静かなこのフロアは、何故か今日、少しばかり賑やかだった。
いったいどうしたのだろうかと思っていると、病室の方から人が出てくる。お見舞いの人だろうか。
いや、あの人達には見覚えがある。以前柊さんを搬送する時に会った人たちだ。
向こうも僕に気づいたのか、手を振ってきた。
「日暮くん。どうしたの?」
「あ……こんにちは。ちょっと頭痛薬を貰おうと思って」
そう言うと、女の人は少し心配そうな表情になって「あんまり無理しないようにね」と言ってくれた。曖昧に笑って頷いておく。
会釈しながら横を通り過ぎようとしたとき呼び止められた。何かと思って振り返ると、柊さんが目を覚ました事を教えられた。
「……本当ですか?」
「うん。ありがとね、日暮くん」
「それじゃあまたね」と、一緒に居た男の人と立ち去っていった。
柊さんが目を覚ました。その事を喜んでいる自分が居たことに驚く。
苦手だと思っていたし、今でもきっとそう感じるだろう。けれど、自分が誰かを助けられるのだと解って、とても安心できた。
何故だろう。ここまで何とも無かったのに、足が震えて上手く立っていられない。このまま入っていったら、何事かと思われてしまうだろう。
人があまり通らない場所で良かった。こうして座り込んでしまっても、誰かに見られる心配がない。本当なら、自分の部屋が一番いいのだろうけれど、そこまで保つ自信が今は無い。
エレベーター脇のベンチに腰を下ろす。見てみれば、震えているのは足だけじゃなかった。
そのまま、震えた手で自分を抱いて、壁にもたれ掛かる。
冷えた壁が心地よく熱を吸収してくれて、少し、落ち着いた。
それでも、震えが完全に収まるまでそうしている。
人が通らなかったから、それほど時間は経っていないのだろうか。軽傷者の手当をする部屋に入り、中にいた女医さんに頭痛薬を貰った。
つなぎに白衣という変わった格好の女医さんは、「あんまり薬に頼りすぎても駄目だよ?」と言いつつも、頓服分を含めた量の錠剤を渡してくれた。
お礼を言って、ひとまず一回分を医務室で飲ませてもらい、そこを後にする。
頭痛は完全に収まった訳ではないけれど、大分軽くなっていた。