GOD EATER2 ~Nam Oratorium~ 作:〆渡
ノックをすると、中から「どうぞ」と声がする。
「ブラッド第2期候補生日暮デイト、入ります」
重厚な木の扉を開くと、小さいながらに圧倒されそうな部屋があった。
右手側には研究に関する書籍の入った本棚。
左手側には複数のモニターと、何かの計器。
本棚がある方は、女性らしさと上品さを感じるのだけれど、モニターの方は配線やら何かの管やらで、サカキ博士の研究室といい勝負だ。
けれど、曲線が多用されているせいなのか、そこまであからさまに無骨な感じは受けなかった。
「どうか、しましたか?」
「あ、いえ。先輩方とお話する内に、博士にお聞きしたい事ができまして。…今、お時間は大丈夫でしょうか?」
「そんなに固くならなくていいのよ。私たちはもう、『家族』なんですから」
「はい…。それも、お聞きできればと思います」
僕の言葉に、ラケル博士が軽く首を傾げる。それに併せて、薄い金色の髪と、顔を覆うベールが揺れた。
「それで、聞きたい事とは?」
「あ、はい。えっと、博士からもお聞きしましたけど、『血の力』とは、具体的にどういうものなのですか?」
僕の質問に、ラケル博士は目を細めて中空を見つめた。その方向には、部屋の壁さえなければ、あのステンドグラスが見えるだろう。
何か、思い入れのあるモチーフなのだろうか?
しばらくそうしていたけれど、すっと静かに目を閉じると、また僕に向かいあった。
「そうですね。そろそろ、お話しておきましょうか。ですが、ナナとロミオの二人も呼びましょう。あの二人にも話しておかなければと、思っていたところですし。私も、かわいい子供たちの顔を、そろそろみたいですから」
「子供?」
「ええ。ジュリウスも含め、彼らは同じ場所でそだった私の可愛い子供達」
そう言って目を細めるラケル博士からは、確かな慈しみを感じ取れた。
その事に、なぜか落ち着かない気分を覚えて、少しばかり身じろいでしまう。
それに気づいたラケル博士が、小さく笑みを深めた。
「もちろん、彼らだけではありませんよ。貴方も、私の可愛い子供の一人」
そう言って、僕の手を取り微笑みかける。その表情が、最初にあった日と重なった。
「外から帰ってきた貴方は、どんな風を連れてくるのかしらね」
「?」
相変わらず、ラケル博士の言うことはよく解らない。けれど、不快ではなかった。
母親、というのはこんな存在なのだろうか。
少し赤くなっていそうな頬をかくと、博士がモニターの前まで移動して、コンソールからなにやら指示を出している。
多分、さっき言っていたようにロミオ先輩やナナさんを呼んでいるのだろう。
ロミオ先輩はともかく、ナナさんは訓練中だ、暫くは待つことになるだろう。
「あ、あの。お茶でも、煎れましょうか」
「まあ、素敵ね。では、お願いしようかしら」
「はい」
手持無沙汰を紛らわす為の提案だったのだけれど、快く承諾して貰えてほっとする。
殆どこの部屋を出ることが無いからだろうか。簡単な飲食物が作れる程度のキッチンが、コード類に紛れるような扉の向こうにあった。
博士の私物なのか、繊細な装飾の施された茶器を使って紅茶を煎れる。
十分に蒸らされた紅茶を、予め暖めておいたカップに注げは終わりだ。
極東に居た頃も、ムツミちゃんを手伝って飲み物位ならサーブしていた経験が生かせた。
もっとも、あまりお茶の類を注文する人は居なかったのだけれど。
トレイに2組、湯気と香りを立ち上らせるカップを持って研究室へ戻る。
するとそこには、すでにロミオ先輩が到着していた。
若干緊張した面もちで、壁際に設置されたソファーに座っている。
「ラケル博士、入りました。ロミオ先輩も良かったらどうぞ」
「へ?デイト?って、うわ、何コレ、お前がいれたの?」
「ありがとう、デイト」
机が無いので、ソーサー毎二人に渡す。本当は、博士に許可をとって煎れた自分の分だったのだけれど、まあそれはどうでもいい。
「お茶の葉も、茶器も、すべて博士のものですけどね」
トレイを持ったまま、ソファーの端に腰掛ける。
同時に、紅茶から口を離した二人がほっ、と息をつく。
その表情が、どんな言葉よりも雄弁に感想を語る。
僕は、人のそんな表情を見るのが、何よりも好きだった。
「おいしいわ。ありがとう、デイト」
「俺、正直紅茶の味とかよく解んないけど、これは美味いよ」
「いえ。博士の茶葉が良かったからですよ。だから、僕でも美味しく煎れられるんです」
「いやいや。実際お茶もいいもんなんだろうけど、それを美味く煎れるのだって十分凄いって」
そう言って軽く肩を叩いてくるロミオ先輩。それを微笑ましく見ているラケル博士。
そして、その空気に戸惑いつつ決して不快ではない僕。
あまり経験の無い空気は、訓練を終えたナナさんが来るまで続いた。
紅茶がすっかり冷め、新しく入れ直そうかと、二人からソーサーを受け取った時、部屋の扉がノックされた。
「失礼します」と入ってきたのは、やはりナナさんだ。
「ブラッド第2期候補生、香月ナナ入ります」
少しおっとりとした調子でそう言う彼女の目が、大きく見開かれる。
どうやら、僕たちも呼ばれたとまでは聞いていなかったらしい。
「ロミオ先輩に、デイトも呼ばれてたんだー」
そのままぱたぱたと走ってきて、僕とロミオ先輩の間に腰を下ろす。
少しばかり無防備すぎではないだろうかと、余計な心配をしてしまう。
案の定、ロミオ先輩は軽く仰け反った後に、じわじわと後退し始めた。
「ごめんなさいね、デイト。今度は彼女と貴方の分もお願いできるかしら」
「はい。少し、待っていてください」
それぞれにお茶が行き渡ってから僕たちを順に見て、ラケル博士が口を開いた。
「ようこそ、ブラッド候補生の皆さん。本来なら、正式な晩餐会を催したいところですが…」
「あれ?ロミオ先輩も候補生なの?」
「そうだったんですか?」
「う、うるさいよ、お前ら」
「ふふっ…。すっかり仲良くなって、うれしいわ」
話を遮られたにも関わらず、僕たちのじゃれあいに笑みを浮かべるラケル博士。
けれど、続く言葉に僕たちは姿勢を正す。
「それでね、今日は皆さんに、ブラッドとしての心得をお伝えしておきたくて」
「よろしく、お願いしますっ!」
僕たちを代表するように、ロミオ先輩は緊張した挨拶を返すと、そのまま紅茶を一息に飲んでしまった。どうやら、よほど緊張しているらしい。
はたから見ていると、ロミオ先輩は緊張しすぎな気がするけれど、確かに気を抜いていい場でもないか。
ラケル博士が口を開き、この世界の事、アラガミと人の関係、ゴッドイーターの事を語る。
「…そして今、ゴッドイーターを越える『ブラッド』が、新たな時代を切り拓こうとしています」
そこで一度言葉を切って、優雅に紅茶を含むと、また言葉を続けた。
僕たちは、その空気に呑まれたように身じろぎ一つ出来ない。
「ブラッドに選ばれた者の中には、『血の力』が眠っています。『血の力』は、意志の力…。『血の目覚め』を迎えたブラッドは、その強い感応の力であまねくゴッドイーターたちを高め、導く…」
血の力、イコール意志の力とは、どういう意味なのだろう。
例えば、強い怒りや悲しみが、血の力そのものなのだろうか?
「ロミオ…ナナ…そして、デイトとジュリウス…。皆さんは、ブラッドとして、ゴッドイーターの先頭に立ち、彼らを教導する存在なのです。今はまだ眠れる種ですが…強い願いが、強い意志の力を生み、やがて『血の力』を目覚めさせるでしょう。その日を、楽しみにしていますよ…」
最後に、僕たちを見て微笑みながら博士はそう締めくくった。
ラケル博士からの言葉に意気込むロミオ先輩に、ナナさんが少しずれた応援をする。
それを微笑んで見守る僕とラケル博士。
僕にとっての強い願いは何だと言えるだろうか。
「さて、それでは、他に何か聞きたいことはありますか?」
二人がじゃれあいを止めて、何かを考えるような顔になる。
その横で、僕は手を挙げた。
「何が聞きたいのかしら、デイト」
「…その、ジュリウス隊長やラケル博士が仰る『家族』って、なんですか?」
そこまで言って、この部屋にいる全員の視線が自分に集まっているのが解って、頭に血が上る。
「あ、あの。データベースで調べられる限りでの意味は把握しているんですが、僕たちは親戚関係なんかの血の繋がりは無いですし、まして、婚姻関係を結んでいる訳でもないです。…なのに、どうして『家族』って呼んで貰えるんですか?」
自分でも何を言っているのか段々把握出来なくなってきた。
混乱が頂点に達しそうな思考に、笑い声が混ざる。
見れば、三人ともそれぞれに笑っていた。
それが嫌な笑みではないのが、また僕の混乱をさそう。
「お前って、やっぱ真面目くんなんだなぁ」
「そうだねぇ」
「え…ど…、えぇ?」
「そういう血の繋がりは無くたって、俺たちは『ブラッド』っていうチームで、『家族』なんだよ」
「そうそう。一緒にいて、楽しいことしたり、たまーにケンカしたり、そういうのも、これからしてこうよ」
「……」
「デイト。さっき、あなたが煎れてくれたこの紅茶、とても美味しいわ。それは、貴方が私たちを思って煎れてくれたお茶だからよ。そして、私たちがこれを最初に飲んだとき、貴方もとても嬉しそうな顔をしていましたね。その循環が、貴方たちの『血の繋がり』を表すものではないかしら」
何故だろう、何を言えば良いのか解らない位、頭が真っ白になっている。
自分の中の語彙に当てはまるものが無い何かが、体の中を高速で動き回っているみたいだ。
勝手に変わろうとする表情を押し止める事を止める。
きっと、僕は今、ここに来てから一番の締まりのない笑顔を浮かべているに違いなかった。
*
難しい顔をしたデイトが、なんだか早口でガーッと喋っていたけれど、最後の言葉が全部を表してたんだと思う。
それは、私の後からマグノリア・コンパスに来た子達ととてもよく。そして私自身にも少し似ていたからすぐ解った。
私と同じところに居たって前に言ってたロミオ先輩も、すぐ解ったんだろう。いつもと同じ調子で、何でもない事みたいに励ます。
そうするとデイトは、さっきロビーで会ったときみたいな大人っぽさは無くなって、あわあわ慌てたり、何か言いたそうに口をパクパクさせたり、忙しく表情を変える。
最後に、ラケル博士が綺麗に纏めると、ふにゃっ、って音がしそうな感じで小さい子みたいに笑った。