GOD EATER2 ~Nam Oratorium~   作:〆渡

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後半、主人公についてキャラの心情が語られるようなシーンがあります。
苦手な方は御注意ください。


第50話

幾分復調してきた所でエントランスに戻る。

 

「あ、デイトお帰り!ラケル先生とリッカさん、なんの用事だったの?」

「あ……その……」

 

屈託無く聞いてくるナナさん。その問いに、やっぱりまだ直ぐには答えられない。首を傾げるナナさんになんと答えようか考えていると、隊長が見かねたのか声をかけてくれた。

 

「体調が優れないのか?顔色が良くないが」

「あ、はい。ちょっと頭痛が……薬は飲んだので、直ぐ良くなるとは思います」

「そうか」

 

小さく頷く隊長。僕は、今度こそちゃんと笑えていたようで、その表情からは今言った言葉以外に対する表情は伺えない。

内心でほっと息をつく。

みんなには関わりのない事で心配をかける訳にいかない。それを任務にまで持ち込むことが無いようにしなくては。

 

「現状、緊急性の高い任務は無さそうだ。休息をとっておくと良い」

休息か。しかし、まだじっとしているのは辛い。

そういえば、以前フライアで、みんなに極東を案内する、と言っていた。逃げ場所にするのは申し訳ないけれど、時間があるのならどうだろうか。

 

「時間があるのでしたら、支部の外にでも行きませんか?数ブロック程度の距離なら、特別、申請もいりませんし」

「いいの?」

「大丈夫か?」

 

若干心配そうな二人に頷き、ここに居ないシエルさん達にも声をかける事にした。

その結果、ギルさん以外で外部居住区を回る事になった。どうやら、ギルさんとハルオミさんは顔見知りだったようで、積もる話しもあるだろうと、そちらを優先してもらう事にしたのだった。

 

「それにしても。あの時は暗くて解んなかったけど……なんていうか……さ」

 

周囲を見回して言い淀む先輩。言いたいことは推測できる。フライアしか見たことのない先輩にとっては、映像の中にしか存在しなかった風景だろう。

 

「ここが、外部居住区になります。僕も、フライアに行くまではこちらで暮らしていました」

「……? フェンリル職員は、支部内に優先的に部屋が用意されると聞いているが?」

 

隊長の不思議そうな声に、僕も頷く。確かに、フェンリルに勤めている人は優先的に部屋が用意される。その方が効率的だし、有職者と無職者の軋轢も考えられての事だとおもう。

けれど、極東支部はまだ拡張途中の建造物でもある。そのため、僕が保護された時は部屋の余裕が無かった。

それに、色々な事情で部屋が空いても、優先的に入れるのはゴッドイーターの人たちだ。だから、普通の職員さん達なんかは、外部居住区に住んでいる人も決して少なくはない。

コウタさんみたいに、本人は中、家族は外という例も珍しいものではない。

 

「成る程な……」

 

呟いて外部居住区を見渡す隊長。静かな横顔からは、なにを考えているかまでは伺えない。

他のみんなも、それぞれに居住区を見ていた。

ふと、ナナさんが何か匂いを嗅ぐような仕草を見せる。

 

「どうかしましたか、ナナさん?」

「うーん……、なんだか、美味しそうな匂いがする」

 

そう言いながら、匂いがしてくるらしい方に歩いていくナナさん。確かに、お店が並んでいる場所にはちょっとした軽食を出している店もある。そこからの匂いだろう。

ふらふらと歩いていくナナさんの後を付いていくと、やっぱりお店が並んでいる場所に出た。

 

「こういう場所もあるんだぁ……」

 

場の賑やかさに影響されてか、楽しげな表情になる先輩。物珍しそうに周りを見回している。

シエルさんも、やっぱり珍しそうにしていた。

 

「ここは、見ての通りですね。支部内に来るよろず屋さん以外にも、ここまで来れば買い物が出来ます。食べ物屋さんや、雑貨類。趣味の品といえるものを扱っているお店もあります」

「思ったより、商店も種類がありますね。……見ているだけでも楽しめそうです」

 

シエルさんの言葉に、先輩も頷く。気に入ってもらえたみたいでなによりだ。

ナナさんは、少し離れた所の露店前にいた。匂いの元が見つかったのだろうか。

 

「みんなー、こっちこっちー!」

 

そう言って元気に手招くナナさん。いったい何を見つけたのだろう。

言われるままに近寄っていくと、どうやら軽食の露店だったようだ。

円形の鉄板の上で薄くのばした生地を焼いている。

 

「これは……クレープ、ですか?」

「あら、よく知ってるわね。そうよ、クレープを売ってるの食べていく?」

 

お店の人の言葉に、ナナさんの目が輝く。そんな表情で見つめられては、駄目だと僕は言えない。

みんなも同じだったようで、クレープを頼んでみる事にした。

それぞれにfcを払って、注文したものを受け取る。

薄い生地を円錐形に纏め、その中にいろんな具が入っていた。初めて食べるものだ。

名前を知っていたシエルさんも、渡されたものを見て驚いていた。

 

「これは……私の知っているクレープとは違いますね……」

「そうなの?まあ、私もおばあちゃんに聞いて、見よう見まねで作ってるだけだからねー」

 

そう良いながら、僕の分を渡してくる店員さん。ぎりぎりまでクリームが塗られて、あふれそうになっている。

 

「ちょっとサービスよ。ゴッドイーターさん達に、昨日のお礼も兼ねてね」

 

そう言って、不器用なウインクをした。

 

「ありがとうございます!」

 

お礼を言うやいなや、早速かぶりつくナナさん。その表情が、満足そうな笑みに変わる。

 

「んんーっ、おいしーい!」

 

もぐもぐとクレープを頬張るナナさん。その様子に、店員さんもまんざらでもない様子だ。

僕も一口かじってみる。

仄かに甘い生地と、甘さ控えめのクリームに、ビターなチョコソース。果物が缶詰なのは仕方ない。生の果物はなかなか出回らない貴重品だ。

露店で食べるものとしても、美味しい。

 

「私の知っているクレープとは違いますが、極東のものも美味しいですね」

 

シエルさんと隊長は、こういう食べ方に慣れていないのか、少しばかりぎこちない。けれど、味の方は問題ないようだった。

お会計をすませて、食べながら歩く。みんなでこう言うことをするのも初めてだ。

それはみんなも同じだったようで。何となく、話に聞くだけの"学校生活"というのは、こういう感じなのかと思った。

店先を冷やかしながら通りを歩いていると、クレープを食べ終わる頃に、丁度よく商店の通りが終わった。

 

「ここから先は、本当に居住の為の場所になります」

 

お店が全くない訳ではないけれど、自宅と兼用になっているものが殆どだ。

どう回ったものかと考えていると、遠くから誰かを呼ぶ声が聞こえた。どうやら、まだ小さい子供の声だ。

 

「でーとー!」

 

舌足らずな調子で呼ばれているのは、どうやら僕らしい。

僕たちの視線が向けられた先から、声に違わない小さな女の子が走ってきた。まだ3、4歳というところだろうか。

足に激突するような勢いで走りよってくるその子を、ぶつかる前に抱き上げる。

 

「エマちゃん。お久しぶりです」

「でーと、おかえり!」

 

楽しそうに笑いながらそう言ってくれるエマちゃんに、「ただいま」と返す。

 

「デイト、その子は?」

「ああ、すみません。この子はエマちゃん、近くに住んでいる子です。この子のお母さんに、以前お世話になってまして」

 

僕の説明に「成る程」とみんな納得する。

興味津々と言った様子でみんなを見ているエマちゃん。とくにナナさんに注目しているようだ。

 

「みんな、でーとのおともだち?ねこさんも?」

 

猫?とみんな首を傾げるけれど。エマちゃんの視線は、ナナさんに固定されている。きっと、ナナさんの髪型で"猫さん"と呼んだのだろう。子供の想像力で、ナナさんの正体が猫なんだ!と思っている可能性も無いではないけれど。

 

「そうだよ!よろしくね、エマちゃん」

 

首を傾げつつもそう言ってくれるナナさん。隊長やシエルさん。先輩も、エマちゃんの問いに同意してくれた。

 

「エマちゃん、今日カオルさんはどうしたんですか?」

「ん?かおるは、みんなといっしょ!」

 

つまり、カオルさんはエマちゃんの"兄弟"と一緒にいるようだ。まだ他にも手の掛かる年の子は沢山いるから、しょうがないといえばしょうがない。

こっちに住んでいた時は、時間を見てお手伝いをしたりもいていたんだけど、今は大丈夫だろうか。

 

「すみません皆さん。エマちゃんをお家に送ってきてもいいですか?」

「ああ。俺たちも行こう。元から、居住区を見て回る予定だった訳だしな」

 

みんな一緒!と喜ぶエマちゃんを連れて、記憶を頼りに道を歩く。

道中エマちゃんは、先輩に肩車してもらいご満悦だ。先輩も、お兄ちゃんと呼ばれて満更でもなさそうだし、予想外の事だったけれどこれはこれで良かったのかもしれない。

先導しながらも、今の道がどう繋がっているかなんて事を話ながら進む。

記憶を頼りに進んでいくと、そこには変わらないエマちゃんの家があった。

飾られた花こそ変わっているけれど、他は殆ど変わりない。

中から聞こえてくる子供たちの声も、変わっていないようだった。

僕たちが来たことに気づいて、何人かの子供が外に出てくる。

 

「エマ!」「デイトだ!」「兄ちゃん帰ってたのか?」「でーと!」「えまずるいーっ」

 

慣れていない隊長たちは、子供たちの勢いに押されている。僕もそこまで慣れている訳じゃないけれど、ここは僕が押さえるべきだろう。

 

「みんな、カオルさんは?」

 

「カオルは中ー」「なんだでーと、カオルにあいにきたのかよー」「あそべよー」「かおるー、デイトが呼んでるーっ!」

 

「賑やかだな…」

 

「お、なんだーしんじんか?」「あ、ねーちゃんもいるー」「にーちゃん、背ぇたけーっ」

 

本当に賑やかだ。

その賑やかさを分けて、家から女性が出てくる。

若干ふくよかななその女性は、包容力を感じさせる笑顔を僕たちに向けると、子供たちに家に戻るように言った。

けれど、まだやんちゃ盛りの子も居て、なかなか言うことを聞かない。

 

「なー、デイト遊ぼうぜー?」「あそべよー、でいとー」

 

「こーら。デイト君たちだって暇じゃないんだから、あんまりわがまま言わないの」

 

カオルさんの注意にも、子供たちは怯まない。それどころか、ますます僕たちの周りに増えてきているような気がする。

 

「えまばっかりずるいー、あたしもおんぶーっ」「でっけー。やっぱゴッドイーターってデカくなんの?」「おねーちゃんのカミ、きれー」

 

収集が付かなくなり始めそうになったとき、先輩が「よしっ」と、しゃがんだ。周りにいた男の子二人に、何かを話しかけている。

何をするのかと見ていると、急に立ち上がる。その腕には、一人づつ男の子がぶら下がっていた。

 

「すげー!にいちゃん以外と力持ちーっ」「すっげー!あはははっ」

 

「しっかり掴まってろよーっ」

 

言うなり、加減して揺れを加える。

ぶら下がった男の子たちは、更に楽しそうに笑いだした。肩車されているエマちゃんも、つられたように笑っている。

 

「でーと、俺らもあれやりたいーっ」「でいとー、やってー!」「にーちゃんもやってー!」「にーちゃんイチバンでかいから、すごそーっ!」

 

そんな風に、僕と隊長の周りにも男の子たちが集まりだした。戸惑いながらも、先輩の見よう見まねで子供達を持ち上げる。

あっと言う間に、子供達に遊ばれる体勢が整った。こうなっては、カオルさんの制止も届かない。

ナナさんやシエルさん達は、年長の女の子で固まって何かをしているようだ。さすがにそちらは平和そうだった。

1時間ほど、子供達の相手をする事になった。これはこれで、アラガミ討伐とは別の疲労感を覚える。

 

「……ゴメンなさいね。久しぶりにデイトくんとあったら、みんなもう歯止めがきかなくて……」

 

そう言って、お茶を出してくれるカオルさん。子供達は、僕たちへの興味が落ち着いたのか今は子供同士で遊んでいる。

 

「はぁー……。子供って、結構体力あるんだなあ」

「そうだな。新しい発見だった」

 

出されたお茶に口を付ける。適度に温いお茶が乾いた喉に染み渡る。

ナナさん達のほうは、お茶を飲みながらまだ続いているようだ。

髪の毛をいじったり、僕たちの方を見ながら何かを話していたり。女の子同士は一体どういう話をするのだろうか。

 

「ありがとうね。私だけじゃ、正直全員の相手はしてあげられないから……」

 

確かに、この数を相手にカオルさん一人では全員を相手にするのは難しいだろう。かくれんぼや鬼ごっこだと、いざアラガミが出現したときに、子供達が危ない。そう考えると、ここの子達は元気が有り余っている状態なんだろう。確かに、何度かここを訪れたときも遊ばれた。

その時は、両手に子供をぶら下げるような事は出来なかったから、今日こうして遊んであげる事が出来て、よかったのかもしれない。

僕の後ろをパタパタと、軽い音をたてて女の子達が走っていく。どうやら、二人も解放されたみたいだ。

 

「はあー。久しぶりに年下の子達と遊んだよー」

 

大きく延びをするナナさん。お茶を受け取って一気に飲み干す。

その横ではシエルさんもお茶を口に含んでいた。

ナナさんよりはぎこちない様子だったけれど、それでも女の子達に慕われていたようだ。

 

「シエルさん。それは?」

「あ……、あの子達から頂いたんです」

 

シエルさんの手には、押し花の栞が乗っていた。

旨く乾燥させることができなかったようで、白い花の端が少し茶色になってしまっているものの、それが返って微笑ましい。

手の中の栞を見るシエルさんの表情が、柔らかく微笑んだ。

 

「ナナさんは……別のお花ですか」

「うん!」

 

ナナさんの手には、薄い桃色の花を挟んだ栞があった。

 

 

 

子供達とカオルさんに別れを告げて、元通り居住区の案内を再開する事にした。

別れ際はやっぱり引き留められたけれど、あんまり長居するのも逆に良くない。

 

「うーん。なんか懐かしい気分になったなぁ」

「そうだねえ」

 

先輩とナナさんは、以前いたというマグノリア・コンパスでの事を思い出しているんだろう。

でも、そうすると、隊長やシエルさんも同じはずなのだけれど。

 

「隊長やシエルさんも、懐かしかったりしました?」

「いや。俺やシエルは、個別に教育されていたからな。ああ言った集団生活には縁がなかった」

「はい。ですので、今回の体験は非常に興味深かったです」

「そうなんですか」

 

シエルさんは、確かに入隊時にそんな話をきいたけれど、まさか集団生活ではなかったなんて思ってもいなかった。

先に、カオルさん達の存在が頭にあったからだろう。

 

「デイトも、あの人のお世話になっていたんですか?」

 

シエルさんに聞かれ、首を振る。そういえば、あのバレットの試射から帰って以来、名前を呼ぶ時に"さん"が取れた。より身近になったようで嬉しい。

 

「いえ。僕は、保護された時のメディカルチェックで適正が判明していましたから。そのまま極東支

部で雑用なんかをしてましたね。家も、支部の方で用意してくれましたし」

 

ただ、今でも少し羨ましいと思う事はある。

記憶が無いから両親の事も解らないし、他の親戚が居たのかも不明だ。

だから、血は繋がっていなくても親子のようなあの家に、ちょっとした憧れのようなものはあった。だから、ここで暮らしている間も、なにくれと理由をつけて遊びにいっていたんだろう。

 

「そうだったんですか……」

「ええ。昔住んでいた場所は、もうちょっと支部に近い場所でしたね」

 

行き来がしやすいように、その場所が用意されたのだろう。職員さん達が多く暮らしている区画と、一般の人達が多い区画の中間位の場所だった。

そんな話をしながら歩いていると、だんだんと道案内のようになってきた。

どういう経路で移動すれば一番早いのかという事を知っておくのは、いざというときに大切なので別に無駄ではない。

途中で、極東支部のジープ数台に追い抜かれる。資材を積んでいたから、破損した装甲壁の修理に向かうんだろう。

その後を、元気な子供達が追いかけていく。

 

「……これが、守るべきものか」

 

そう呟いた隊長の言葉が、やけに耳に残った。

 

 

 

 

 

 

極東支部外に形成された外部居住区を見て回ろうと誘われたとき、ギルバートは躊躇した。

その時、知己であるハルオミに誘われていたというのもあるし、そにはデイトが居る事が明らかだったからだ。

相手の言に過去の事やらを触発されたからといって、いきなり殴ってしまった事は事実だ。

らしくなく、それから顔を合わせづらい。

しかし、ハルオミもハルオミで、居たたまれない理由はあった。だから、今こうして二人で飲みながら話しているのは、単純な弾みのようなものでもあった。

久しぶりに再会した元上官に対してその感想は失礼だが、

"元"が付いた理由を今以上に鮮明に思い出すきっかけにはなってしまう。

どちらとの行動も積極的には慣れない今の状態では、比較してどちらが良いかというものだった。

ギルバート本人も、事の失礼さは理解している。

だからこそ、普段以上に口を噤んでいる時間が多かった。

一方、誘ったハルオミの方は、そんなギルバートの内心を知ってか知らずか、機嫌良さそうに飲み、話していた。

 

「いやー。まさかお前もブラッドになってたとはなぁ。世間ってのは狭いもんだね」

「そうっすね」

 

相づちを打ち、コーヒーを呷るギルバート。ハルオミも、昼日中から酒を飲もうとは流石に言い出さなかった。

けれど、いっそ酒の席の方が良かったような気もする。酒が入っていれば。強か酔うことが出来れば。そう思わないこともない。

 

「ほんと、狭いなぁ……。新規で立ち上げられたチームに知り合いが二人も居るなんて、思わなかったぜ」

 

その言葉を一瞬怪訝に思うが、何のことはない。極東からきたデイトと、極東で働いていたハルオミ。知り合いだとしても、なんの不思議もなかった。

 

「デイトですか」

「そうそう。あいつも変わった奴だよなぁ」

 

ハルオミのその言葉に、ギルバートは頷く事を躊躇った。

けれど、それを気にした風もなくハルオミは笑顔でコーヒーを流し込む。

 

「あいつと何かあったか?」

「……まあ、少し」

 

「そっか」と頷くハルオミ。その表情は相変わらず飄々としているが、それきり彼から話題を出す事は無かった。まるで、「話したいことがあるなら聞く」とでも言うように。

それは、グラスゴー以来変わらないハルオミなりの気遣いでもあった。

だからだろうか。胸のつかえを吐き出すことが出来たのは。

 

「あいつは……何なんですかね」

「んー?デイトの事か。さあなあ……」

「さあなって……なんすかそれ」

 

ハルオミの適当な答えにつっかかるギルバート。半ば八つ当たりだが、ハルオミの方は気にした様子を見せず、「まあ落ち着けって」と、手のひらを向けるジェスチャーをする。

 

「最初はなぁ……このご時世で、それでも一生懸命前向きながら踏ん張ってる奴だと思ってたんだよ」

「はい……」

 

ギルバートの第一印象も、概ね違わない。

頼りない部分は見えるものの、それを何とかしようとする姿勢は見えたし、その懸命さをそこそこ希な資質と見ていた。

いや、それは今も変わってはいないのかもしれない。ただ、ギルバートの意識が変わっただけで。

 

「保護されて、適正が見つかって、ここで働くようになって……まあ、まめに仕事はこなすし、文句も言わないしで、周りの評判は良かったな」

「そうすか……」

「ああ。でもなあ……」

 

そこで歯切れが悪くなった。どうしたのかと見れば、自分の気持ちを掴み切れていないような、すっきりとしない表情を浮かべている。

 

「……なんていえば良いんだろうな。俺の気のせいなのかも知れないけど、なんっか妙なんだよなぁ……」

「妙?」

「ああ。なんか、こう……変に厭世的って言うのか?人付き合いも愛想も悪くないんだけど、違和感があったんだよなぁ……」

 

今のギルバートも、似たような印象を感じていた。実際に言葉を交わして知った分、ハルオミの言う"違和感"より明確な形で捉えている事は違うが。

長い付き合いとは言えないけれど、それでも見えてくるものはある。

最近では若干変わってきたようだけれど、それでもどうにも許容できないと感じざるを得ないものだ、という事だ。

だからと言って、カッとなって殴ったのはやりすぎた感もある。

年長者として、言葉で諭すことも出来たのではないかと思う反面、あの時の反応を見るに、言葉では理解させることが難しいとも思えた。

考え込んでしまった様子のギルバートに、気づかれず小さく笑むハルオミ。

 

「お前も、後輩の事考えるようになったんだなぁ……」

「はあ……?いきなりなに言ってんすか、ハルさん」

 

うんうんと頷くハルオミに、怪訝そうな目を向けるギルバート。今までの話の流れでどうしてそういう思考に至ったのか、といった様子だ。

 

「何って……だってお前、結局デイトの事心配してんだろ?」

 

あっさりとそう言われて、一瞬言葉の意味が理解出来なかった。ハルオミの方は、何を今更とでも言いたげな表情だ。

 

(心配……?)

 

これを心配と言うのだろうか。

予想もしなかった言葉を聞かされて、動きが止まるギルバート。言った本人であるハルオミは、何故かうんうんと頷いている。

 

「心配ってか、殴って説教じみたことを言っただけですけど……」

「殴ったって……短気なトコは変わんないなぁ、お前……。でもまあ、そんなコトしたってんなら、余計だろ。そんな労力使うこと、わざわざしたんだから」

 

自分一人では全く思いもつかなかった事を言われ、目を見開くギルバート。そんな彼に若干呆れた様子を見せるハルオミ。

 

「心配……なんすかね……これが……」

「俺はそうだと思うけどな」

 

言って、空いたコーヒーのカップをカウンターにもどすハルオミ。そこにお代わりが注がれる。

湯気を立てる黒い液体。自分のカップに残るそれを飲み干しても、ギルバートの中に蟠る判然としない感覚は消えなかった。

ハルオミの方にミッションが入り、一人になったギルバートは、最後まで口に出せなかった言葉を、胸中で問う。

 

(ハルさんは、あいつを信頼出来ますか……?)

 

ハルオミに言われ気づいた心配と、デイトに直接ぶつけた怒りと。それ以外に、拭いきれない不信感と。

他者と話すことで区別して認識できた感覚、その最後の一つは、彼がそれまで頼りにする事も多かった、神機使いとしての直感から来ているものだった。

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