GOD EATER2 ~Nam Oratorium~ 作:〆渡
暗い場所。
完全な暗闇というよりは、何かの保管場所のような管理された薄暗さだ。
そこで、誰かが座り込んでいる。
おじさんと呼んでも差し支えなさそうな年齢の人が、座り込んで肩を落としていた。
「どうしたんですか?」
「…………」
返事がない。聞こえていないのだろうか。
なにをそんなに落胆しているのかとのぞき込むと、おじさんの膝近くに人形が落ちていた。
中の詰め物がなくなった、外側だけの人形。いや、縫いぐるみと言った方が適切だろうか。
おじさん本人の持ち物とは思えないから、娘さんかだれかの物なのかもしれない。
「すまない……すまない……」と繰り返しているから、ひょっとしたらその子はもう居ないのかもしれなかった。
触れることも出来ずただ見ているしかできない。もどかしく思っていると、変化は唐突に現れた。
何の前触れもなく、おじさんが赤く染まる。
その変化に、本人は気づいていないようだ。
そのままどんどん赤くなっていくおじさん。上から下に。まるで上から液体か何かかけられてでもいるような変化だ。
そして今度は、最初に赤くなった方から、つまりは頭から欠け始めた。
「……え……?」
まるで何かの冗談のように消えていくおじさんの体。
欠けた縁が弧を描いて、徐々に体積を減らしていく。
残ったのは、真っ赤な水たまりと、それに浸かって同じ色に染まった、外側だけの縫いぐるみだった。
*****
何か、声が聞こえる。誰かを呼んでいるようだ。
「……ぃと。起きろってデイト!」
「……ぅ……」
明るさに目が渋くなりながらも何とか開く。すると、水色の目と目があった。
先輩だ。どうしてここに?
「どうしてって、もう朝飯の時間なのに何時までも起きてこないから、呼びに来たんだよ」
言われて端末のデジタル表示を見ると、確かにもういい時間だ。どうやら、寝過ごしてしまったらしい。
「すみません……直ぐに、支度しますね」
「おう。外で待ってるなー」
手を振って出ていく先輩を見送り、急いで支度する。
5分程で支度を終え、出た先にはもうみんなが揃っていた。
「デイトが寝坊とは、珍しいな」
「あはは……ちょっと、夢見が悪くて……」
具体的には覚えていないけれど、後味の悪い夢だった気がする。
起きたばかりということもあってか、少し頭が重い。大きいあくびが出そうになって、慌ててかみ殺す。
「あはは。デイト、本当に眠そうだね」
「はい……。元々、朝は苦手なんです」
そんな他愛ない会話を交わしながらラウンジへ行き、朝食をとる。
けれど、寝不足で味覚まで寝ているのか、何時も美味しかった筈の食事も味気ない。
それでも残さず食べ、「ごちそうさま」とラウンジを後にする。
「いやー、今日もおいしかったなぁ」
そう言う先輩に、みんながそれぞれに同意。僕も、「そうですね」と追従しておいた。
*****
突発的な任務発生が多い極東では、フライアのような詳細な予定は組まれない。
リーゼロッテは、エントランス下部のカウンター近いソファーで、ぼんやりとモニターを眺めていた。
すると、制服を着た職員がカウンターに向かっていく。
いつもの半眼でそれを見ていると、どうにも空気が不穏になってきた。怒鳴ることこそ無いものの、険悪な空気が漂い始めたのがよく解る。
周囲の声と距離が重なって内容は解らない。けれど、オペレーターのヒバリが困った様子だったので、リーゼは間に入る事にした。
「どうかしたか?」
「あ、リーゼさん」
ヒバリの若干困ったような表情。そして、二人組の堅い表情。両方を交互に見て、リーゼは首を傾げた。
二人は、間に入ったリーゼロッテを軽く見たものの、結局ヒバリに向き直る。
「柊に面会できないっていうのは、どういう事ですか?」
「先程も申し上げた通り、柊さんには『必要物資の横領』などの嫌疑が掛けられています。処分が決定されるまで、面会は出来ないと通達がありました」
「ほう、凄いな」
リーゼの不用意な発言に、目の角度をつり上げる二人の職員。それを気にせず、リーゼロッテは「それで?」と言わんばかりに目を合わせている。
「……それは、本当にソイツだけがやったのか?」
必要物資の横領に、横流し。そんな事を実際にやっていたのだとしたら、様々な部署を通過している分、個人では難しい。
ちなみにリーゼロッテはそこまで考えておらず、『悪党はつるんでいるもの』という、彼女なりの常識に基づいてだけの発言だ。
その発言で、場が静まる。
「私たちまで疑うんですか?」
冷静に、それでも確実に怒っていることが解る声だ。けれど、発言したリーゼロッテはまた首を傾げる。
「疑うも何も、あたしは君たちを知らない。それより、処罰を決定したのはメガネのサカキだろう?なら、ヒバリよりも、サカキに聞いた方が早い」
「それは、そうですけど……」
リーゼロッテから初めて聞いた長い言葉。その内容に相手が驚く。
輸送班に所属していると、直接支部長と会話する機会はそう多くない。
前支部長、前々支部長と比べると比較的親しみやすさはあるものの、そういう発想は無かった。
それでも。そのやりとりで頭が冷えた二人は、ヒバリに謝罪した上で、支部長に対する意見書を提出しようと考えた。
「竹田さん、ごめ―――」
「ヒバリ、サカキは今支部長室だな?」
「え?あ、はい。今の時間なら支部長室に居ると思いますけど……」
割り込む形のリーゼロッテの発言に面くらい、一度三人の男女を見てから、それでも聞かれたことに答えるヒバリ。
その答えに満足したように頷いたリーゼロッテは、輸送班の二人に向かって、「行くぞ」と手招いた。
「え?ちょっとあなた、どこに」
「おいおい、ちょっと待ってくれよ」
困惑した様子を見せる二人の手を引き、殆ど強引に進ませる。
背丈が小さいとは言っても、強化された身体能力を持つゴッドイーターに、常人が抵抗出来るはずもない。
「ちょっと、あなたどういうつもりなの?」
エレベーターの中で、女性がリーゼロッテに問う。
当の本人は、首を傾げて「何が?」とでも言いたげだ。
その態度に、強いため息を吐く女性を隣の男が「まあまあ」と宥めている。
「俺たちが書類を提出しても、直ぐに答えが貰える訳じゃないし。答えが貰えても、その前に確定してたらどうにも出来ないだろ?」
「それは解ってるわ。でも……」
そう言ってリーゼロッテを見る。
半眼で何を考えているか解りにくい相手の表情は、二人の会話に興味を示す様子を見せず、移っていく階表示を見上げていた。
緑の絨毯が敷かれ、他のフロアとは違った空気に満たされる役員区画。
その通路正面にある扉の前で、二人は若干緊張していた。
目の前ではリーゼロッテが遠慮なく扉を叩いている。
「サカキ、お客だ」
「やあ、リーゼ君」
「お客?」と僅かに首を傾げて見せたサカキ。輸送班の制服を着た男女を視界に納め、メガネのツルを持ち上げる。
「失礼しますサカキ支部長」
堅い表情の男女、制服が輸送班である所から想像できたのか、サカキの表情もそれまでの緩いものから、引き締まったものに変わる。
「支部長に、直接お伺いしたいことがあります」
リーゼロッテに引っ張られてだったものの、ここまで来たらと腹をくくったのだろう。表情も変わらない、堅い声で友人の処罰を問いただした。
「あいつは確かに、彼女が死んでから自棄になってた時期がありました。けど、物資の横流しとかそんな事をする奴じゃないし、そんな理由も無いです」
「そうですよ。だいたい、どこに横流しするって言うんですか。今は、サテライト拠点だって流通先に含まれてる。"横流し"なんてしなくても、きちんと物資は届けられるじゃないですか」
二人の言葉を、サカキは黙って聞いていた。
この状況の元凶と言えるリーゼロッテは、さも興味なさそうに部屋のソファーに座っている。
二人が口を閉じた所で、サカキは口を開いた。
「君たちの言い分は、良く解った」
そのまま立ち上がり、机を迂回してリーゼロッテ達の方まで歩いてくる。
緊張したままの二人を通り過ぎ、リーゼロッテの座っているソファー近くまで歩き、そこでやっと振り返った。
「実は、私も不思議に思っていたんだ」
サカキのその台詞に、男女が固まりリーゼロッテが彼を見る。
「物資だって、一人で梱包されて、勝手にトレーラーに積み込まれる訳じゃない。なのに、うちから
の容疑者は柊君一人。仮に彼が単独で物資の横流しや何かを出来たとしよう。けれど、それだけの能力を持った相手があそこまで証拠を残すなんて事はしないだろう」
「ちょっと待って下さいっ、証拠……あったんですか……?」
呆然とした調子で言う女性に、サカキは神妙に頷いた。
「ああ。それこそ、処罰しなくては逆に問題があるくらいにね」
その答えに、「そんな……」と口元に手を当てる。
顔色が良くない女性を、傍らの男がそっと支え心配していた。
「……はめられたか?」
「そう思うような状態なんだが……何しろそっちは証拠がない」
「「そんな……っ」」
ため息混じりの声に、男女の必死な声が重なった。
けれど、二人が見たのはいつもの笑みを浮かべたサカキだった。
「だから、そちらの証拠も集めてみようと思うんだ」
あっけに取られていた二人は、サカキの言葉を聞いて更に驚いた。二人の中では、サカキは友人を犯罪にした信用できない相手であった筈だったのに、今目の前で少女と話している支部長は、その友人の容疑こそおかしいと感じたと言い、それを否定する材料を探そうとまで言い出した。
「とは言っても、私自身が動くと直ぐに填めようとした相手にも解ってしまうから、実質的に動くのは君たちという事になるけれどね」
その表情は、「それでもやるかい?」と言っているようだ。
「私たちは、それでかまいませんが……」
そう言って、男はリーゼロッテを見る。
彼女は、元々関係ないのだ。
自分達を多少強引にとはいえ、ここまで連れてきてくれた事には感謝する。けれど、だからこそこれ以上巻き込むほはどうかと思っていた。
「もう。関わらないとか、ムリ」
「そうだね。話も聞かれた事だし、リーゼ君にも協力してもらおうか。いろいろ、外での行動も必要になるだろうしね」
自信満々で頷くリーゼロッテに、普段と同じく飄々とした顔でそう宣うサカキ。
あまり緊張感は感じられない二人を前に、お互い目を見合わせ固まってしまうのだった。