GOD EATER2 ~Nam Oratorium~ 作:〆渡
フライアと極東支部を行き来する生活にも慣れ始めた頃、一緒に定期検査を受けに来たナナさんとラケル博士の部屋を出る。
「んーっ、終わったー」
「お疲れさまです」
大きくのびをするナナさんを労い、歩き出す。
向かう先は同じなので、自然隣を歩く形になるナナさんは、頻りに目を擦っていて眠そうだ。
「何だか、まだ目が完全に開かない感じ……デイトは平気なの?」
「はい。……何でしょうね?お薬が合ってないんでしょうか?」
「そうなのかなー。デイトは大丈夫なんだもんね?」
「はい。個人差の大きいお薬なのかもしれませんね」
また「そうなのかなー」と言った側から、ナナさんが欠伸を漏らす。
今日は任務が入るまでゆっくりしていた方が良いと言うと、いたずらっぽく「了解です、副隊長」と言われた。
「じゃあ、ちょっと部屋で休んでるね」
「はい。ゆっくりなさってください」
「ありがと」
元気に手を振ってエレベーターに乗り込むナナさんを見送り、どうするかと思っていると、なにやら下のオペレーションカウンター付近が騒がしくなった。
見ると誰も居ないので、緊急性の高い情報が入ってきたんだろう。
「感応種……!?確かですか?」
「!」
聞こえた言葉に階段をかけ降りる。
「ヒバリさん、感応種が確認されたんですか?」
「そう報告が入ったんですが……観測された偏食場パルスの数値の波形が大きすぎて、そうとは確定できない状態なんです」
「数値が……?」
確かに、画面を見ても大きな波が入り乱れるばかりで、判断がつかなかった。
「……ともかく、感応種だとしたら大変です。出ますね」
「あ、待ってください、一人では危険です。他に、空いているブラッドのメンバーは……」
「いえ、ナナさんは今万全ではありませんから。保管庫への連絡、お願いします」
そう言って、背後から聞こえてくるヒバリさんの声を置き去りに出撃用エレベーターに乗り込む。
神機を受け取ってジープへ。
画面に表示された地点へ近づくと、交戦音が聞こえてきた。
『デイトさん、サテライト拠点から交戦開始との連絡が入りました』
「はい。こちらでも音を確認しました、至急向かいます」
『お願いします』
*****
砂埃の舞う荒野に、数人の悲鳴が響く。
割れた氷の破片が肌を掠め、幾つもの細かい傷が作られた。
直撃こそ避けたものの、数分の戦闘で傷がない箇所を探す方が難しくなっている。
けれど、そんな事でアラガミからの攻撃が緩まる筈もなく、寧ろより激しく責め立ててくる有様だ。
怖じ気づき、無意識に足が下がりそうになる。
顔を向ける先には、翡翠色の柔らかそうな体毛に覆われた、オウガテイルと似た姿形のアラガミ。
そしてその中心に立つ、妖艶な女性を模したアラガミ。女性型のものがイェン・ツィー。従者か取り巻きの様に周囲の囲むのが、チョウワンと命名されていたはずだ。
感応種と呼称されるそれらのアラガミの前では、一般的な神機は作動不良を起こす。そのため、通常は拠点などから十分引き離してから、スタングレネードを用いて攪乱。神機使いも退避。という対応マニュアルが配られた。
彼らも、たまたまサテライトに訪れていた極東所属のゴッドイーターの手を借りながら、そのマニュアル通りに事を運ぼうとしていた。しかし、ある一定の距離を移動してから、アラガミが引きつけられなくなっていた。
満足に神機が作動しないため、対基本種や堕天種時のような運動能力も発揮できない。
「皆さん!無理はしないで、前に出すぎないでくださいっ」
「―――っは、はい!」
銀髪の女性の言葉に、なんとか頷くサテライト護衛の面々。
彼女こそ、一番アラガミ達の注意を引きつけて、傷も負っているというのに、その目はまだ挫かれていなかった。
けれど、内心では焦ってもいる。
(どうしてこれ以上離れないの……?仮に、サテライトの資材目当てだったとしても、今目の前に私たちが居るのに……)
幾らリソース目当てだったとしても、アラガミというのは基本的に手近な"エサ"を優先する。
例えば"エサ"自体が抵抗し、諦めた場合などは別だが、今の自分たちは客観的に見ても十分な抵抗などできていない。攻撃を何とか避けているだけだ。
だというのに、何故か拠点に固執しているような素振りを見せるのが解せなかった。
(それとも、感応種には従来のアラガミには見られなかった、そういう判断力も備わっているの……?)
知能のあるアラガミ。その存在を見知っている彼女にとっては、その想像はけっして突飛なものではなかった。
元より、アラガミの進化速度はありえない早さなのだ。
そう思考しながらも、飛びかかってきたチョウワンの顎を避け、氷結した羽根の矢を防ぐ。
波が迫るような連携に対処し、なんとか凌ぐことが出来た。
それに安堵して短い息を吐いた時、ふいに視界が薄暗くなった。
培われた直感に従って、体を横に投げ出す。
転がりながら見たのは、先ほどまで自分が立っていた場所に、土煙を上げて着地したチョウワンだ。
留まっていれば勿論、前方に転がっていても、鋭い爪の餌食になっていただろう。
ゾッとする間もなく、チョウワンから零下のトゲが飛ばされる。
連続する攻撃。周囲の神機使い達も似たような状況で、援護は望めそうにない。行動可能な範囲の負傷で済んでいる事が誉められてもいい状況だ。
歯噛みしたくなる状況を打つように、通信機がノイズと共に受信を告げる。
『第7サテライト防衛班、無事ですか?間もなく救援が到着します。それまで、持ちこたえてくださいっ』
「救援……?」
緊張した声で告げるヒバリの言葉に首を傾げそうになる。
唯一、感応種と対峙してもなんとか神機を扱えるソーマは、研究資材の収集で極東には居ない筈だ。
それとも、早々に戻ってこれたのだろうか。
「皆さん、聞こえましたね?もう少し堪えてくださいっ!」
「はいっ」
「は、はい!」
今はあれこれ考えていても仕方ない。ヒバリは、"救助"ではなく"救援"と言った。つまり、このアラガミを打破する手だてを手配してくれたという事に他ならない。ならば、それを信じていよう。
見据える先ではアラガミが動き始めている。
中心に立つイェン・ツィーの優美さを象った唇が笑みを深めたように見えた。
余裕の現れか、高位種の挑発か。
油断なく構える彼女に対して、後方に位置する彼らは、その表情に及び腰になる。
そこへ付け入る様に、イェン・ツィーが飛翔、鉤爪を向けて滑空した。
後方に立つ自分が狙われたと解った時には、白い鉤爪がそこまで迫っている。
神機を盾にする事すら思いもつかず、目を閉じることも出来ず、やけにゆっくりと迫る白いつま先に見入っていると、それを赤い光が遮断した。
呆気に取られている内に、白、黄土、また赤と、色が変わっていく。
彼がやっと普通の時間の流れに戻ってきたとき、目の前にはそれまで居なかった筈の神機使いが立っていた。
その向こうでは、まるで抱きしめようとでもする様に羽根を広げたアラガミが再びこちらに迫って来ていた。
反射的に、思うように動かない神機を引きずるように後退する。
「……あれ?」
その動きは、先ほどより僅かに楽になっていた。
神機の方も、軽く感じられる。
その差を不思議に思いながらも、アラガミの迫っていた方を確認する。
抱き潰すように閉じられた羽根の隙間から、先ほどの神機使いの物と思われるブーツが見えた。
一瞬、逃げ遅れたのかと背が泡立つが、それにしては出血が無い。
次いで、耳をつんざくような甲高い音が中りに響き、イェン・ツィーが飛ぶように退がった。
その胸から腹部にかけて、内部のオラクルが覗くほど大きな傷が出来ている。
まるで断ち割ろうとした様な痕だ。
ともあれ。その傷の真意の程はともかく、アラガミを怯ませる事が出来た。
主人の窮地を察してか、そちらへ向かうチョウワン。
それを足止めしようと動いた女性もまた、自分の所持する神機の変化に驚き。けれど動きを止めることなくアラガミの側面に向けて神機を振るった。
「くっ、……まだ、浅い……っ」
胴の3分の1程を裂いたものの、動きを止めることは出来ず逃してしまう。
進行方向にはイェン・ツィーと、新たな神機使いが居る。恐らく彼が、ヒバリの言っていた救援なのだろう。
彼我に多少の距離はあるようだけれど、さほど安全な間隔ではない。
どういう原理か彼の神機は問題なく動かせるようだけれど、相手の数が多すぎる。
他のチョウワンも集結しつつあり、あのままでは囲まれてしまうのは必至。
ポーチのスタングレネードに手をかけ、声をかけようとしたとき。あの神機使いが現れた時にも見た赤い光が、今度は横方向に走り、イェン・ツィーから甲高い悲鳴が上がる。
巻き起こされ吹き付ける砂埃に目を細め、それでも透かし見ると、イェン・ツィーの体を構成するオラクル細胞が悉く破られ、結合崩壊と呼ばれる状態になっていた。
「凄い……」
感応種と相対して神機を振るった上、容易に結合崩壊までしてみせた。
一瞬、白髪と白いコートでソーマかとも思ったけれど、それにしては体格が違う。
不思議に思いつつも、僅かに機能を取り戻した神機でチョウワンを打ち払う。
反射のような悲鳴も上げずに離散する黒い霧の中、神機が妙な反応を見せた。
「今度は何?」
また感応種からの影響かと思ったが、あの時感じたような感覚とはまた違う。
名状し難い感覚には戸惑うけれど、今はあれこれ考えていられる状況ではない。
それに、今の状態ならば足手まといにならない動きが出来る。
疑問を脇に置いて動き出した彼女が加わり、それまでの苦境が嘘の様にあっけなく、アラガミは戦闘不能に追い込まれた。
コアを回収して、救助に来てくれた神機使いに改めて向き直る。
「君は……!」
「お久しぶりです、アリサさん」
驚いた。
相手が見知った顔だった事に加えて、想像もしていなかった相手だったから余計に。
「驚きました……そう言えば、ゴッドイーターになったんでしたね」
アリサの納得半分驚き半分といった声に、相手は少し照れた様子を見せた。
その反応に変わらないものを感じ、自然と頬が緩む。
確か、彼は新設された部隊へ配属される事が決まったと聞いた。
だからなのだろうか。彼の左手首に嵌められている腕輪は、アリサの物とは違う黒色をしていた。
「はい。間に合って、本当に良かったです……本当に」
そう言って胸をなで下ろす仕草は、助けられた側であるアリサにも大げさに映る。確かに、感応種相手で神機が満足に機能しない状況ではあったけれど。
「それにしても、確か……ブラッド、でしたっけ?感応種が相手でも支障無く動けるなんて、本当に心強いです」
「いえ……。……いえ、そう言って頂けると、嬉しいです」
反射的に出たのだろう言葉を飲み込み、曖昧な笑みを浮かべる。そんな反応に首を傾げていると、他の神機使い達もこちらにやってきた。
「あの、アラガミの離散を確認したので、そろそろサテライト拠点の方に戻りませんか?」
「ここじゃ、何時別のアラガミ襲われるか……」
「あ、すみません。そうですね、戻りましょう。デイト君も、行きましょう」
振り返りながら肩越しにそう言うと、彼は若干の戸惑いを見せながらもアリサの後に着いて歩きだす。
途中、デイトの乗ってきたジープを拾い、それに全員が乗り込み拠点まで無事に戻る事ができた。