GOD EATER2 ~Nam Oratorium~   作:〆渡

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第56話

極東の装甲壁や、フライアの艦と比べてしまうとどうしても頼りなく見えるサテライト拠点の外壁。

これまで目にした事が無かった訳ではないけれど、それでも、久しぶりに見るとその頼りなさが気になった。

後部座席に居た神機使いの人たちが、そそくさと、とはこういう事を表現するのかという見本の様に居なくなる。

短い道中でも、視線が神機や腕輪に、あるいは僕自身に彼らの目が向けられていた事が感じられた。

 

「……改めて、救援有り難うございます。おかげで、ここも無事にすむ事が出来ました……」

 

そう言ってサテライト拠点を見るアリサさん。その目元が優しくゆるむ。

かなり前からサテライト拠点の新設、建造に関しての責任者として動いてきたアリサさんからすると、点在する拠点を守れた事は、単純なその結果以上に嬉しい事なのかもしれない。

ほっとした様子で周囲を見ていたアリサさんが、僕に顔を向ける。

 

「今日はもうこんな時間ですから、ここで朝を待ちましょう。夜間の移動、それも単独では危険過ぎますから」

「そう、ですね。そうします」

 

改めて空を見上げると、もう夕焼けの赤に染まり始めていた。ここまでの移動もそれなりに時間がかかったし、アリサさんの言うとおり暗闇での移動は危険だ。

 

「それでは、付いてきてください。私たちが泊まっている場所に行きましょう」

 

そう言ってくれるアリサさんの後に付いてたどり着いたのは、他の建物とそう変わらない家だった。

薄い建材で作られた壁から、中の明かりと声が漏れている。

 

「護衛のゴッドイーターは、あの建物で―――」

「それホントかよ?」

「ホントだって」

 

中から聞こえてきた声に顔を見合わせる。喧嘩という調子ではないけれど、穏当な空気とは言えない様子だ。

 

「マジだって、いきなり出てきて感応種とやり合ってたんだよ!」

「俺も見た。……それに、なんかそいつが来てから神機の調子もおかしかったし」

 

僕たちと一緒に帰った神機使い二人の言葉に、周囲がヤジをとばし、それにムキになってまた二人が反論する。

中の様子が容易に想像できるやりとりに、隣のアリサさんがため息をついた。

 

「……すみません」

「いえ。例え話を知っていたとしても、通常、神機が起動しない相手と戦えるなんていきなり目にした訳ですから。仕方ないですよ」

 

少し苦い表情のアリサさんに慌ててそう返す。苦さは抜けきらなかったものの、少し和らいだようだ。

そんなアリサさんに続いて建物の中に入ると、一斉に視線がアリサさんに向き場が盛り上がる。そして今度は隣の僕に視線が移り、さざ波のような声が広がった。

アリサさんの咳払いでそれが止まり、また視線が注がれる。

 

「極東支部から救援に来てくれた、ブラッドのゴッドイーターです。本日はここに泊まって貰う事になりました」

「よろしくお願いします、みなさん。極地化技術開発局ブラッド隊所属、日暮デイトです」

 

そう言って軽く会釈すると、「おお」とか「よろしく」とかいった返事が返ってきた。

けれど、やっぱりあちこちで囁き交わす声が完全に消える事は無かった。

それでも、一泊という短い予定だからだろうか。特に問題も起きず、若干腫れ物に触るような対応の中時間が過ぎていく。

 

「どうしました、デイト君」

「ジープの方に忘れ物をしたみたいで……ちょっと、取ってきます」

 

アリサさんに断って建物から出る。

分かりやすいようにと、離れた所に停めておいたのでここからだと少し歩く事になる。

「あったあった」と独り言を呟いて近づいていくと、誰か他の人間の声が聞こえた。

誰か居るのかと耳をすますと、どうやら歌声らしいという事がわかる。

途切れ途切れに聞こえてくる旋律を頼りにそちらへ向かうと、木々に遮られて一段暗い場所に、白い人影が見えた。

 

「…………」

「……ユノさん?」

 

木立の向こうにはユノさんが居た。

いつものワンピース姿で、どうやら胸に手を当てているようだ。

うっすらと月の光が射し込んで、ユノさんの前にあるものがハッキリと見えた。

沢山の花束に、ぬいぐるみ。口のあけられた飲料の缶など。

偶然なのか、首の縫い目が弱っていたのか。ぬいぐるみが首を傾げたように見えるのがもの悲しい。

呼吸を整えるだけにしては長い間、ユノさんはそうしていた。

そして、また別の歌を歌う。

もう居ない人たちの安息を願う歌が、夜の森に吸い込まれる様に、静かに締めくくられた。

歌が終わった事で我に返り、足早にその場所を後にする。

自分でも、どうしてそんな逃げるような行動をとったのか判らない。ただ、なんとなく後ろめたかったから、だろうか。

ジープまで戻り、理由の判らない疲労感でシートに座り込む。

それほど座り心地の良くないシートに全身を預けて座り、星が光りだした空を見上げる。

 

「…………」

 

やけに頬が冷たいと思って触ってみると、指の先が塗れている。

空を見上げても、綺麗に星が光っているだけで雲はどこにも無かった。

 

 

 

明かりの殆ど消えた、ゴッドイーター用の建物まで戻る。

顔はもう、きちんと乾いていた。

緩慢に入り口をくぐると、小さな明かりが見える。けれど、起きている人影は無かった。

明かりを消そうと近寄ると、人の頭が見えて少しばかり驚く。

けれど、何のことはない。アリサさんの頭だ。

下には何かの書類や本が下敷きになっているから、途中で寝てしまったんだろう。

周りを見回しても、かけるものは見つからない。

 

「……アリサさん、起きてください。ここで寝ていたら、流石に風邪をひきますよ」

 

声をかけて揺さぶっても、起きる気配がない。それほどお疲れなんだろう。

仕方がないので、自分の部屋の毛布を使わせて貰う事にする。

アリサさんの睡眠を邪魔しないように毛布を掛け、明かりを絞って、今度は休むために部屋に戻った。

 

 

 

*****

 

 

 

霧の中の様に視界が判然としない。

何か黒いものが前方で揺らめいているのは判った。

けれど、そちらへ向かおうにも、手を伸ばそうにも、四肢が重たくて動かせない。

粘度を持ったような空気になかなか抵抗できず、その事をもどかしく思った。

ゆらゆらと揺れるものは、近づく事もなくそのままだ。

唯一の変化といえば、何かの音だろうか。

何かの音楽ではない。

強いて言うなら、虫の羽音に似ている何かだ。

それは段々密度と音量を増して、耳に刺さる。

耳を塞ごうにも、やっぱり手が動かない。

そこで気づいた。遠くに黒いものがあるのではない。

僕の上で、黒いものが蠢いているのだ。

ゆらゆらと黒いものが伸びて向かってくる。

それが怖くて仕方ないのに、どこかで諦観していた。

細い陰が重なって、太く、しっかりとした質感を持ち始める。

鈍く光るそれが、鳩尾に刺さった。

 

 

 

*****

 

 

 

「―――っ!」

 

飛び起きて、一番最初に目に飛び込んできたのは朝日だった。

あの影では無かった事に、大きな息を吐いてしまう。

 

「……それにしても、最近本当に夢見が悪いなぁ……」

 

辟易とした声がこぼれてしまう。けれど、ここで泣き言を言っていても始まらない。

多少乱暴に頭を混ぜて、支度を始めることにした。

 

 

 

支度を終えて、食堂兼リビングに当たる部分へ向かう。

朝食にも少し早い時間のそこには、すでにアリサさんが居た。

 

「おはようございます、デイト君」

「おはようございます……まさか、ずっとここで……?」

 

僕の言葉に、アリサさんは困ったように笑って目をそらす。

 

「そんな顔をしなくても、大丈夫ですよ。自分で自分の体調は把握出来てますから」

「そんな事を言って、まだ薄いですけど隈ができてますよ?」

 

本当は出来ていない。目の下は綺麗な肌色だ。

けれど。昨日の様子からのカマかけは、どうやらアリサさんにとって心当たりのありすぎるものだったらしい。慌てて目元に手をあてている。

 

「……あまり、ご無理はなさらないようにしてくださいね?」

 

僕の言葉に、アリサさんは苦笑し、それでも頷いてくれた。

 

「それでは、失礼します。お世話になりました」

「もう発つんですか?せめて、朝食くらいとった方がいいですよ」

 

そう言ってくれるアリサさんに、首を横に振る。言ってくれる内容はとてもありがたいけれど。

 

「サテライト拠点への援助物資だって、まだ十分では無いでしょう?これから支部へ戻るんですから、その後で大丈夫です」

 

まだ何か言いたそうなアリサさん。そんな彼女に見送られて、サテライト拠点を後にした。

門を出たところでジープの通信を点け、応対してくれたオペレーターさんにこれから極東へ戻る事を告げる。

フランさんやヒバリさんと同じように『お気をつけて』と通信が締めくくられた。

 

 

 

道中何事もなく帰り付いた極東支部。

神機を預けてエントランスへ戻ると、どん、と仁王立ちのナナさんが立っていた。

 

「こらーっ!」

 

両手を腰に当てて、どうやら怒っているらしい。声色が、少しばかり尖っていた。

 

「ナナさん?どうしたんですか?」

「どうしたんですか?じゃないよ!起きたら居なくてビックリしたんだからね!」

 

怒るナナさんの声が、尖ってこそいるものの段々とその勢いを落としていく。

軽く顔が下がっていくナナさん。どんな言葉をかければ良いのか慌てる僕の後ろから、肩に手がかけられた。

今度は何かと振り返ると、にっこり笑った先輩がいる。

笑ってこそいるけれど、微妙にひきつった口元から怒っている事が伺えた。

 

「……先輩」

「一人で出てくなんて、心配したんだぞ?」

「すみません」

 

あの状況で帰りを待つ時間が惜しかったし、ナナさんが不調そうだったのでああ判断した。

しかし、軽率と言われても仕方ないので、素直に謝っておく。

 

「ナナさんも、すみませんでした」

 

小さく頭を下げると、後方の先輩がため息を付いた音が聞こえた。

 

「ナナ?どうしたんだよ、まだ怒ってるのか?」

「え?」

 

僅かに暗い表情で視線を下げていたナナさんが、先輩の言葉にはっと顔を上げた。

 

「そうだよ!今度置いてったりしたら、ご飯奢ってもらうからね!」

「それは、大変ですね。気をつけます」

 

自然と笑いがこぼれて、空気が丸くなる。

その雰囲気のまま、その場は別れる事になった。けれど、一瞬見せたナナさんの表情が、ずっとひっかかったままだった。

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