GOD EATER2 ~Nam Oratorium~   作:〆渡

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第57話

ぼんやりとした表情のデイトが、ラウンジの窓に設置されたカウンターに、珍しく一人で座っていた。

 

「よ。どうした、デイト?」

「あ、ハルオミさん。お疲れさまです」

 

まだ中身の入っているグラスを持って隣のスツールに腰掛けるハルオミ。デイトの前に置かれた中身の減っていないグラスは、氷も溶けきって、水の層を作っていた。随分長い間こうやっていたようだ。

 

「一人でいるなんて、珍しいな」

「そうですか?僕だって、ずっと皆と一緒な訳じゃないですよ。ハルオミさんの方が、いつも人の輪の中にいる気がしますけど」

「そうかあ?まあ、確かに女の子とは結構話すけどなぁ」

 

そう言って笑うハルオミ。確かに、デイトが極東に居たときも、帰ってからも。毎回違う顔ぶれの女性達と話しているのを目撃していた。

今日はアラガミの出現も少ないらしく、そんな風に他愛のない話をしている内に、もう日も傾き始めていた。

「もうこんな時間か」そう言って時計を見たハルオミ。けれど、席を立つ様子はない。

てっきり誰か女性との約束でもあるのかと思っていたデイトは、その横顔を伺った。

その視線に気づき、デイトの方へ顔を戻すハルオミ。

「どうした?」と聞かれたデイトが、先ほど思った事を正直に述べると、ハルオミは「俺だって、いつも女の子とばっかり居る訳じゃないんだぜ?」と、苦笑気味に言った。

 

「そうですよね、すみません」

「いいさ。女の子が好きなのは事実だからな」

 

笑ってそう言うハルオミ。けれど、デイトはその目に一瞬だけ違う感情を見た。

話題の流れにふさわしくない、悲哀に似た感情を。

 

「…………」

 

その一瞬に気づいた事を、デイトは偶然だとは思わなかった。それほどあっと言う間に消えた。いや、隠された。

そういえば、と思い至ったのは、ハルオミが極東に来るまでの事を、自分は知らないのだという事実だった。

 

「……何か、あったんですか?」

 

するりとこぼれた言葉に、言われたハルオミより言った本人であるデイトが驚いていた。

 

「あ、いえ。すみませんいきなりこんな事言って」

 

慌てて謝るデイトに困ったような半端な笑みを浮かべるハルオミ。

後頭部に手をやり、「うーん」と、声に鳴らない音を漏らした。

そうして最初に出た言葉は、「やっぱ、お前面白い奴だなあ」という、軽い調子のものだった。

 

「面白い、ですか?」

 

特に面白味のある性格ではないと自覚しているデイトは、首を傾げる。

腰掛けたままのハルオミは、先ほどの言葉は聞き間違いでは無いと言うように頷いた。

 

「ああ。真面目な優等生タイプかと思ったら、こっちが呆気に取られるような無謀な事をしでかしてくれるからな」

「なんだか、あんまり誉められている気がしませんね」

「そんな事はないさ」

 

今度はデイトが苦笑する番だった。

その苦笑を、肩を竦める事でハルオミが流すと、会話の空白が生まれた。

丁度、二人で窓の外を見る形になった。

装甲壁の向こうに、赤さを増した夕日が沈んでいく。

その最後の曲線が見えなくなっても、尚明るさを保った景色の中で、先に口を開いたのはハルオミだった。

 

「……何で、何かあったって思ったんだ?」

 

デイトが想像していたよりも覇気のない声で問われ、一瞬答えに詰まった。

一瞬の事を見ない振りが出来なかったと、小さな後悔も覚える。

けれど、"なんとなく"で済ませられるような雰囲気でもない。

 

「……目が、普段のハルオミさんと違ったから、です」

「目?」

「はい。普段のハルオミさんからは、見られないものが見えました。といっても、本当に短い時間だったんですけど……」

 

以前のデイトだったら、おそらく気づかなかっただろう数瞬。けれど、初めて切実に感じた『身近な人の死』を消化しきれていない感性は、だからこそ側にいる人間の機微に敏感になっていた。

そんなデイトの表情に、ハルオミも何か感じるものがあったらしい。短く「そうか」と答える。

今度の沈黙はそう長く無かった。

あえて気の抜けるような声を出して背を伸ばしたハルオミ。

 

「ちょっとばかり重い話になるんだが、いいか?」

 

やはりどこか曖昧で困ったような笑みでそう言われ、デイトは頷いた。

小さい呼吸を挟んで語られたのは、それまで気にしていなかったハルオミの過去であると同時に、聞くに聞けなかったギルバートの過去でもあった。

 

 

 

*****

 

 

 

懐かしさと後悔が混ざった声で話すハルオミさん。

時折声が途切れながら続けられる話を、黙って聞く。

一通り話し終え、ハルオミさんが手に持ったグラスを呷る頃には、陽は完全に沈んでラウンジも人工の明かりで照らされていた。

 

「っと……悪いな、つい長くなっちまった。相変わらず、聞き上手だな、デイト」

「いえ……お話して頂いて、ありがとうございます」

「そんな風に畏まるなよ。元々、俺が話し始めたんだ」

 

そう言ってくれるハルオミさん。けれど、僕は内心で、別の人の事を考えていた。

きっと、この事があったからこそのギルさんのあの反応だったのだ。

頭を抱えてしまいたくなるような気持ちとは、こういう時に使う言葉なんだろう。

 

「さて……お前も、何か話しておきたい事なんか無いのか?」

「話しておきたい事……ですか?」

「ああ。何でもいいぜ?俺の話を聞いて貰った礼だ」

 

そう言った後に、冗談めかした調子で「女の子の話しだったら更に歓迎するけどな」というハルオミさん。

思わず笑ってしまって、肩の力が抜ける。

それでも、暫く迷ってから口を開いた。何から、どう話せば良いのかの判断が、つきかねたから。

それでも、途切れ途切れになりながらもソウ先生の事を話した。

一度喋り出してみると、自分でも驚く位感情が動かない。

それなりに時間が経ったからなのか。それが、冷静に考えられるようになったという変化ならいいと思う。

 

「実際に側に居られた訳無いから、助けられたんじゃないかなんて、思う方が烏滸がましいのは解ってるんです。いくら何でも、物理的な距離をゼロにするなんてこと、不可能ですし。……でも……それでも、お世話になった人に、何も出来ないままだったなとか……きちんとお見送りもできなかったなとか……どうしようもない事考えちゃうんですよね……」

 

最後に会ったのは、狭い窓の格子越しだった。

 

「……すみません。なんだか、余計に重くなっちゃいましたね。……いつまでも、引きずっている訳にも行かないし、早く、折り合いをつけないといけませんね」

「無理してまでさっさと片づける必要も無いさ。後々、無理が出てくるからな」

 

その言葉にハルオミさんを見る。

すでに、いつもの余裕が伺える笑みを浮かべているけれど、言葉と声からは真摯な感情が伺えた。

 

「ゆっくりでいい。自分が納得できる形に整えられるようにした方がな」

「ハルオミさん……」

「ま、先輩からのアドバイスだ。一応、お前よりはいろんなもんを見てきた身だからな」

 

"いろんな"には、本当に様々な事が込められているんだろう。

相談までして貰って、助言までしてもらってしまった。その声からは、自分に言い聞かせるようなものも感じ取れたけれど、聞かせて貰った事を経験してきたなら、それも当然だと思えた。

 

「……有り難うございます」

 

心からそう言って頭を下げる僕に、ハルオミさんはいつもの調子で軽く手を挙げた。

 

 

 

そんな会話から数日。

相変わらず、フライアに居た頃と比べると格段に狭い間隔で任務が入る。

1週間も経たない内に、それが日常として受け入れられていた。

 

「いやー、それにしてもブラッドが来てる時期で本当に助かったよ」

「いきなりどうしたんすか?コウタさん」

 

任務が終わった後のコウタさんの発言に、先輩が聞き返す。ユノさんやシプレのファンという繋がりで仲良くなったらしい。お互いに砕けた口調で話しているのをよくみかける。

 

「いやさ、最近どうにもアラガミの出現頻度が上がってるから。俺たちだけじゃ手が回らなくて、被害がもっと大きくなってたかもしれない」

 

それが、さっきの発言につながるようだ。確かに、いくら極東には精鋭が揃っていると言っても、多数の離れた場所に出現するアラガミ全てに対処できる訳じゃない。一時的にとはいえ、戦える人間が増えるのは、良いことに違いなかった。

 

「……っても、何時までもブラッドに頼りっぱなしって訳にはいかないから、早いとこ増えたアラガミに対抗する手段も考えないといけないんだけどな」

「極東は激戦区だって言われてたから、てっきりこれが普段から続いてるもんだと思ってたなあ」

 

先輩の言葉に、コウタさんが呆れ混じりの笑顔で「そんな訳ないだろ」と言う。

 

「最近の数は、幾ら何でも異常だよ。……まるで、3年前みたいだ」

 

コウタさんの表情が僅かに曇った。きっと3年前の事を思い出しているんだろう。

そんなコウタさんを見る僕たちの視線に気づいたのか、殊更明るい調子に戻るコウタさん。

 

「まあ、サカキ博士の方も、今原因を探ってるみたいだし、何とかなるでしょ。何だかんだいって、スゴいからね。なんか、そっちの人たちといろいろ共同で研究したりもするみたいだしさ」

「ああ……そういえば、先日検査で戻った時にそんな話を聞きましたね」

「そういえば、デイトはこの前も戻ったんだよな。先生、なんて言ってたんだ?」

「はい。なんでも、さっきコウタさんが言っていた事の他にも、黒蛛病の根治療法の研究もするみたいですよ」

 

僕の言葉に先輩は驚いたような嬉しいような声を上げ、コウタさんは頷いていた。

 

「まあ。共同研究ってことは、単独で研究するより早くいろんな事も解るだろうし。俺たちが思ってるよりずっと早く、成果が出てくるかもしれないぜ?」

 

そういって朗らかに笑うコウタさんに、僕たちも頷き返した。

そうなるといいという、願いを込めて。

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