GOD EATER2 ~Nam Oratorium~ 作:〆渡
研究室から退出して、高層フロアの廊下に出る。
この場所からも、先程ラケル博士が視線を向けていただろうステンドグラスが見えた。
髪の長い女性が球体、おそらく月を愛おしむように抱えているモチーフだ。
1年前に起きた、月の緑化をイメージしたものなのだろうか。
「話は終わったようだな」
「ジュリウス隊長」
「あ、さっきはお疲れさまでしたー」
「おっす」
それぞれジュリウス隊長に挨拶をする。
そういえば、ナナさんの訓練が終わってからずっとここに居たのだろうか。
ナナさんと一緒に入ってきてくれれば良かったのに。
とはいっても、元々僕たちだけが呼ばれていたところにわざわざ入ってくるような人でもないか。そういう処もきっちりしていそうだし。
「隊長も入ればよかったのにー。紅茶、すっごくおいしかったよ」
「紅茶?」
「ああ、そうそう。こいつが煎れたんだって」
「いやー、うまかったなー」なんて、改めて言われると照れる。
お願いですから、「ほう」なんて言って僕を見ないでください。
私服と違って、この制服にフードが付いていない事が今は恨めしい。
「いずれ機会があったら飲んでみたいものだな」
「あ、俺もまた飲みたい」
「私もー」
「で、では機会があれば…」
なんとか僕が答えると、三人がそれぞれに喜んでくれた。
「それでだ、俺がここに居たのは改めて新人二人に伝える事があるからだ」
ジュリウス隊長の言葉に、ナナさんが首を傾げる。僕は、前もって聞いていた実地訓練の事だろうと予想できたので、そのまま聞く体勢を崩さなかった。
「明日、1400に新人二人の実地訓練を行う予定だ。各自、そのつもりでいるように」
「はい」
「了解です、隊長…て、あれ?」
敬礼して返事をするけれど、ナナさんが疑問の声を上げた。
「ロミオ先輩は行かないんですか?」
「俺は、もうとっくにすんでるよ。一応、ミッションだって請け負ってんだからな」
「そういう事だ。あくまで、どういうものか感覚を掴む為のものだ。あまり、気負う必要は無いさ」
ジュリウス隊長の言葉に、ナナさんは元気に「はいっ」と返事をしている。僕も当然返事はしたけれど。先ほどの訓練で刻んだ言葉が警告を発しているような気がしてならなかった。
何はともあれ明日だ。今日はもう、夕食を取って早めに寝ることにしておこう。
一晩ぐっすりと眠って、今日。実地訓練は午後から、という事だったので、午前中空きがあるようなら訓練場の使用申請を出して、昨日やらなかったスピアとショットガンの訓練をしておこう。
一応言うと。あくまで自主訓練なので、昨日の『ダミーアラガミ食べ放題』な事態にはならないし、しない。
そのつもりでロビーに行くと、見覚えのある後ろ姿が見えた。
ウェーブのかかった長い黒髪。白い上衣から逞しい二の腕がむき出しになっている。
「ダミアンさん?」
「ん?おお、デイトか。そういえば、こっちに配属になったんだってな」
「っ。はい、おひさしぶりです」
やはりダミアンさんだった。
極東支部に居た頃、何度か話した事がある。
年が大きく離れている所為なのか、話しかけると必ず一度は頭を撫でてくる癖がある人だ。
エリナちゃんなんかは、そうと解るとあえて距離をとって話しかけていたけれど。
ちなみに、アリサさんには「セクハラですよ?」と言われて以来していないらしい。
「んん?お前さん、なんか変わったなぁ。前より良い顔するようになった」
「そうかもしれません。一つ、解った事がありまして」
「んー。そうかそうか、いいねぇ」
うんうんと頷くダミアンさん。そういえば、ダミアンさんは古参のゴッドイーターでもある。一つ、神機の扱いについて話を聞いてみるのも良いかもしれない。今の所、ブラッドにスピアを使う人は居ないし。
「あの、ダミアンさん。チャージスピアについて、教えてもらえませんか」
訓練場に立つ。
低いほうの高台、その縁が明らかに凹んでいるのは、昨日のナナさんの仕業なのだろうか。
まあ、それは置いておいて。
槍の基本動作である突き、そして長いリーチを生かした払い。
ショートブレードよりも柄の部分が長いから、うっかり振り回すと、柄で自分の胴を打ってしまう。
何カ所か痣を作りながらも基本動作に慣れたら、今度はチャージスピアの固有動作を確認する。
その名の通り、力を溜める事が出来るスピア。
神機のオラクルの流れをある程度制御し、その流れを溜め一気に解き放つ事で、通常では得られない突進力を生み出し、一気にアラガミを貫く事の出来る技だ。
「だあぁぁぁっ」
推進力に逆らわず、けれど軌道を制御して槍と突き進む。
ここまではいいのだけれど。
「っとと…―うわっ」
槍の慣性に引っ張られて、上手く着地できない。
何度やっても、つんのめったり、今みたいに転んでしまう。
槍の課題は今のところこれだけなのだけれど、この一つが大きい。
チャージグライドの使えないチャージスピア使いなんて、笑い話にもならない。
スピアの攻撃は、チャージグライドでの急襲とバックフリップによる緊急離脱。これが基本であり真髄だ。と、ダミアンさんも言っていた。
『デイトさん、そろそろ申請時間終了します』
「解りました。ありがとうございました」
礼をして訓練場を後にする。
ロビーに着いてからも、ため息をこぼしてしまった。
スピアにばかり集中してしまって、ショットガンの訓練を忘れてしまっていた。
時間を確認すれば、もうそろそろ昼食の時間だ。
せめて、おいしいご飯でも食べて、午後の実地訓練までに気分を上げておこう。
エレベーターで食堂に向かうと、僕以外のブラッドのメンバーが揃っていた。
ナナさんとロミオ先輩は違和感がないけれど、ジュリウス隊長も一緒に居るなんて、ちょっとばかり意外だ。
「お。お前もこれから昼飯か?なら、一緒に食おうぜ、なんたって、『家族』だしな」
「ありがとうございます、ロミオ先輩。じゃあ、頼んで来ますね」
「今日のオススメは、ハンバーグのランチプレートだったよ」
ナナさんの声を聞きながらカウンターへ向かう。
さっきみんなが食べていたのは、ロミオ先輩がハンバーガーのセット、ジュリウス隊長はパスタ。ナナさんは意外な事にオムライスのセット1つだけ。でもきっと、後でおでんパンを食べるんだろう。
メニューを一通り見たけれど、今日はどれもピンと来ない。
取りあえず、ナナさんの言っていたオススメランチを頼んだ。そう待たずに料理が渡される。
一つのプレートに、ちょっとしたサラダとメインのハンバーグ、山型に盛られたご飯、カップによそられたスープが乗っていた。
炊き立ての白米はつやつやと輝いているし、サラダの葉っぱもシャキシャキとした歯ごたえがしそうだ。アクセントに乗せられたクルトンとドレッシングとの色合いもいい。デミグラスソースのかかったハンバーグの上には半熟の卵も乗っていて、単純に乗せて食べてもよし、黄身と絡めて食べるもよしの一品。スープは、具こそ少ないものの、素材の出汁がぎゅっと詰まっている事を知っている。むしろ、口直しに最適の一杯だ。これで100fcだと言うからとても安い。
「あ、お帰りー。何頼んだの?」
「さっきナナさんが言っていた、オススメにしました」
「へー、そっちも美味そうじゃん」
「一枚の器に、よく綺麗に盛りつけられるものだな」
料理に手をつけずに待っていてくれたらしい皆をこれ以上待たせないように、急いで席に着く。
僕がナナさんの対面に座ると、僕とナナさんだけが両手を合わせる、所謂『いただきます』のポーズを取る。
「?何してるんだ、二人とも」
「極東の習慣だったか、確か」
「はい。食事をする前に、料理や、食材を作ってくれた人、ひいては食材になってくれたモノへの感謝を表すものだったみたいですよ」
「そうなんだー」
どうやら、ナナさんは由来までは知らなかったらしい。まあ、自分もサカキ博士の蘊蓄につき合っていたからこそ知っていただけだから、人のことは言えない。
その話をしている時からジュリウス隊長が、やたらと真面目に頷いているのはどうしてなんだろうか。
「なるほど、では、今後俺たちも、先人に倣ってみるか」
「ええー?食べる前にいちいちやるの、面倒じゃんよー」
「えー?私はいいと思うなー。みんなが居るときだけでもさ、一緒に『いただきます』っていうの、家族みたいで」
「家族…」
渋っていたロミオ先輩が、ナナさんの台詞を聞いて、何故か僕を見る。
そうして、大きなため息を吐くと、「解ったよ…」と半分諦めた様に、半分楽しそうに了承したのだった。
改めて、4人揃って『いただきます』をする。
それぞれの食事に取りかかると、二人も意外なほど無口だった。
ロミオ先輩は小動物みたいにハンバーガーをかじっているし、ナナさんは、如何にケチャップの絵を崩さないように食べるか腐心している。
僕の隣のジュリウス隊長はと言えば、優雅というか、洗練されているというか、そんな手つきでパスタを食べていた。
インナーが白いのに、ソースはトマト系だ。
何となく、勇者を見た気分になる。
「そういやあ今更だけどさ。それ、お前の私服?」
ロミオ先輩の声に顔を上げる。
確かに、今日は昨日と違い、ブラッドの制服ではなく、極東から持ってきた私服に着替えている。因みに、全て買った物ではなく、古着を譲り受けたものだ。
黒いシャツに赤のリボンタイ。その上からフード付きの白い上着を羽織っている。
「なんていうか…意外とかわいい系だな。お姉さんウケとか良さそうな」
「そうですか?ありがとうございます」
「でもちょーっと遊び心がたりないかなー。そこら辺聞きたかったら、いつでも俺にーーって、おいナナ!俺のポテト食うなよ!」
ハンバーガーを片手に喋っていたロミオ先輩が、口をもぐもぐと動かしているナナさんに怒る。
けれど、ナナさんの方はどこ吹く風。幸せそうにポテトを堪能している。
「なるほど、これが『ただより美味いモノはない』という事か」
「違うよっ。それは確実にちっがうよっ!」
なにやら納得した様子の隊長、それに堪えきれずつっこむロミオ先輩。
一番最初、特殊部隊と聞いて、どんなベテラン精鋭揃いなのかと緊張していたけれど、ここ数日であったブラッドのメンバーは、みんな楽しい人ばかりみたいで安心した。
まだ会話を続けている二人の隙を伺いながらポテトを狙っているナナさん。
さすがに、もう勘弁して上げた方がいい残量になっている先輩のポテト。
「…ナナさん。もうそれくらいで勘弁してあげませんか?代わりに、はい」
大きめに切ったハンバーグと卵を、フォークにさしてナナさんに向ける。
ナナさんは、パッっと顔を輝かせてお礼を言った。
このままお皿を寄越してくれるのかと思っていたのだけれど。
「いっただきまーす」
と、元気よく言って、そのままパクリと、いっそ小気味よくかぶりついてきた。
…まあいいか。
ケチャップが付いたら、このハンバーグ自体の味とは多少変わってしまっただろうし。
けれど、ここで周りの空気が変わっている事に気づく。
主に、ロミオ先輩の。
「え…?なに、君ら、そういう関係だったの?」
「仲がいいのは良いことだな」
「…?えぇ、まあ、そうですね」
僕の返事にロミオ先輩がガタリと席を立つ。その表情は、何かに慄いているようだ。
そして下を向き、ぐっと手を握り締めたと思うと。
「ほ、他の事じゃ負けないからなーっ!!」
と、ちょっとよく解らない事を叫んでエレベーターに乗り込んでしまった。
ナナさんは残ったポテトを食べることに夢中だし。ジュリウス隊長は、何もかも解ったような顔でパスタを食べている。
「なんだったんですか…?」
呆然とつぶやく僕の隣で、パスタを食べ終えた隊長が「若いな」と言った。
作中の食事の値段は、スタングレネードの値段を基準にしています。
戦場で命を救うものと、戦場へ向かう為に命を繋ぐものは等価。という事にしておいてください。