GOD EATER2 ~Nam Oratorium~   作:〆渡

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第60話

目を開ける。

見慣れた金属の天井と、背中から伝わる金属の質感。

天井に収納されていくアームを見送って、体を起こした。

 

『それでは、こちらに戻ってちょうだい』

 

機械越しの音声に促され、やっぱり慣れた動きでドアをくぐった。

 

「お疲れさま、デイト。今回の検査も、問題は無いわ」

「そうですか。良かったです」

 

ラケル博士の答えにほっとする。

博士が先生からの処方を変えずに居てくれている事もあってか、最近では記憶が途切れるような事もない。

検査でも異常が無いというなら、安心だ。

 

「そう言えば、以前話した極東支部との共同研究の事だけれど。貴方達ブラッドの検査も向こうで出来るようになるけれど、貴方は体制が整ってからも、しばらくはこちらで検査を受けてもらう事になるわ」

「そうなんですか?」

「ええ。ソレンティウス先生の端末に残された治療方針に、検査などの閉鎖空間におかれる状況下では、環境を変えない方がいいと書かれていて……」

「先生が……」

 

先生の残滓に、胸の下あたりが微かに締め付けられる。

泣きたいとか、息が詰まるような苦しさとか、そんな強いものでは無い。

緩やかで、静かな圧迫感。

角が取れて丸くなったけれど、大きいままの石が胸に詰まっているようだ。

 

「解りました」

「サカキ支部長には、私の方から連絡しておきますね」

「はい。お願いします」

 

そう言って頭を下げ、微笑むラケル博士に見送られて部屋を後にした。

 

「そう言えば……」

 

ソウ先生に預けられた荷物を思い出した。

布袋に纏められた、先生のお父さんからの記録。

一見して古いものだったから、わざわざとっておく位大切なものだったんだろう。

極東支部内に用意された部屋に戻り、ベッドサイドの引き出しを開ける。

預かったものだからと、移動する時も持ってきていたのだ。

もう、返す事は叶わないけれど。

 

「…………」

 

元の場所に戻そうとしたとき、何かが落ちた。

慌てて拾い上げると、何かの記憶ディスクみたいだ。

これも、きっとお父さんのものなんだろう。

どうして落ちたのかと見てみれば、袋に穴が空いていた。

古い袋だったから、縫い目が解れていたみたいだ。

 

「どうしよう……」

 

針と糸は何とかなるとしても、裁縫なんてしたことがない。

そういう事が得意そうな人はカノンさんだろうか?

慌ただしく走っていくリーゼさんとすれ違い、エントランスに入る。

どこに居るか解らなかったので、とりあえずここに来てみたのだけれど。

居ないとなると、ラウンジだろうか?

入った瞬間おいしそうな匂いに包まれる。

そんなラウンジには、カピバラの檻の側にしゃがみ込んでいるシエルさんの姿もあった。

きょろきょろと見回すと、モニター側のソファーに、桃色の髪が見えた。

カチューシャの様に回された三つ編みと、櫛形のポニーテール。間違いない、カノンさんだ。

その向かいには、なにやら困った顔のハルオミさんがいる。

お二人は同じ部隊だったから、何か方針でも話し合っているのだろうか。それなら邪魔は出来ない。また後で出直す事にしよう。

そう考えて、足をカピバラの檻の方へ向ける。

その時。

 

「お!デイト、ちょっと来てくれ!」

 

そんな風にハルオミさんに呼ばれた。

さっきまでの困った表情から、何故かほっとしたような顔になっている。

いったいどうしたのかは解らないけれど、呼ばれるままにソファーの一角に腰を落ち着けた。

カノンさんは僕と同じく今の状況が解っていないらしい困惑顔だ。

対してハルオミさんは、晴れ晴れとした表情になっていた。

 

「いやー、助かった。あ、いや。待ってたんだぞー、デイト」

 

その言葉に今度こそ首を傾げる。けれど、ハルオミさんの方はすでにカノンさんに向き直っていた。

 

「カノン。今日からはこのデイトが、君の教官になるんだ」

「え?そ、そうなんですか?」

「え?」

 

僕とカノンさんの視線が向けられる。

ハルオミさんはそれを受け止めているのか、それとも気にしていないのか。早くも腰が浮き上がっていた。

 

「ブラッド流の戦闘術を教えて貰うにも、デイトだと色々聞きやすいだろ?」

「ハルさん……そこまで考えて……っ」

 

何やら感動している様子のカノンさん。純粋な目の端には涙が浮かんでいる。

 

「……てな訳で。後は頼んだ、デイト」

 

肩に手を置き真顔で言うハルオミさん。「ちょっと」と呼び止める声も空しく、ハルオミさんは風の様にラウンジから去っていった。

 

「…………」

「…………」

 

二人で黙り合ってしまう。

けれど、このままこうしていてもどうにもならない。

カノンさんの至極真面目な視線に根負けする形で、僕は口を開いた。

 

「ええと……宜しくお願い、します?」

「はい!宜しくお願いします、デイトくん!……あ、教えて貰うんだから、これからはちゃんと呼ばないといけませんね。……そうですね……教官先生なんてどうでしょうか?」

 

教官と先生は重ねなくてもいいのでは、とか。色々と突っ込みというものを入れた方が良いような気がしないでもないけれど、カノンさんのやる気に水を差す事はやめておこう。

そもそも、裁縫が出来るか聞きに来ただけなのに、どうしてこうなっているのだろうか。

いや、想定外の事態とはいえ、困ったり悩んだりしている人を放っておく事は出来ない。

問題は、僕に何とか出来る事であるかどうかという事だ。

 

「呼び方は、カノンさんの呼びやすいようにしてください。ええと……それで、カ

ノンさんは一体、何を伸ばしたいと思っているんでしょうか?」

 

戦闘術と言っても、色々ある。僕がそう聞くと、カノンさんは宙に視線をさまよわせ考え込んだ。

いろんな部分を伸ばしたくて、その中での優先順位を考えているのだろうかと黙って待っていると、何かを決めたようにきりっとした表情になった。

釣られて真剣な表情になる僕に、カノンさんが言ったのは。

 

「何を伸ばせばいいのかも解りません」

「…………」

 

ええと。確かカノンさんは極東でも古参の部類に入る人だったはずだ。僕よりも長くここに居るし、聞いたところによると、東雲さん達第一部隊と一緒に任務に出た事もあるという。

確か、東雲さんと二人でクアドリガを倒した事もあったそうだけれど。

と、そこまで考えて気づいた。

そもそも、戦闘に優れているのなら、新人に毛が生えたような僕に聞かなくてもいいのだ。ハルさんも、その位は考えてくれているだろうし。

つまり、カノンさんは戦闘、少なくとも実際に体を動かすような部類の事は苦手なのだという事だろう。

とは言っても、カノンさんは第一世代の遠距離型神機の使い手だ。

とっさの回避などはともかくとして、前衛の様な体づくりよりは、正確に当てる為の訓練をした方がいいのだろうか。

とりあえずそう提案してみると、何故か少しばかり落ち込んだ様子になってしまった。

 

「そうなんですよね……私が撃つと、何故か斜線上に他の人が入ってきたり、アラガミが勝手に動いたりして、当たらないんです……」

「そ……そうなんですか……」

「はい……」

 

はあ、と大きなため息をつくカノンさん。

とりあえず、アラガミは勝手に動き回るものだと思う。人の方は、解らないけれど。

 

「それじゃあ、戦闘術と言っても、体術より射撃技術の訓練をした方がいいですね。ひとまず、訓練場の申請を出しましょうか」

「は、はい!宜しくお願いします!」

「こちらこそ、宜しくお願いします」

 

そう言って、お互いに頭を下げる。

張り切っている様子のカノンさんを見て、一つ閃いた。

ラウンジを見ると、まだ居るようだ。

 

「シエルさん。ちょっと、いいですか?」

「はい、どうしました、デイト」

 

かくかくしかじかと、これまでの経緯を説明する。

 

「と、いう訳で。訓練中、カノンさんの動きを観察して頂ければと」

「成る程、解りました」

 

無駄のない動きで頷いてくれるシエルさん。

射撃技術に関しては僕より上だから、何か僕が気づかない事も気づいてくれるかもしれない。

そうでなくても、客観視してくれる人がいるだけで有り難かった。

 

「よ、よろしくお願いします。シエルさん」

「はい。問題点の発見と、その解決方法を探っていきましょう」

 

若干緊張気味のカノンさんと、いつも通りのシエルさんと一緒に訓練場へ向かう。

第5訓練場は、他の場所より少し遠い所にあった。

といっても、別に特殊訓練等に用いられるわけではなく、単に構造上の理由らしい。

途中でシエルさんと別れ、カノンさんと訓練場に入る。

訓練なのに、この時点で既に緊張し過ぎている印象だ。

神機を抱くように握りしめて、小さく「大丈夫」と繰り返している。

 

「大丈夫ですよ、これは訓練です。そんなに固くなってしまう必要はありません。いつも通りの自然体で臨んで下さい」

「は、はいっ!」

 

若干裏返った声だったけれど、多少は力が抜けたようだ。

機械越しにシエルさんの声がして、訓練用のダミーが形成された。

 

「カノンさん。最初に話していた通り、僕が必ず防ぎます。ですので、落ち着いて、しっかり狙いを付けて―――」

 

と、途中で僕の視界が光に占拠され、後ろからの衝撃に吹き飛んだ。

―――のだと、思う。

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