GOD EATER2 ~Nam Oratorium~   作:〆渡

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第62話

下部に掘り下げられた形になっている訓練場を、設けられたガラス窓から見下ろしているシエル。

デイトに、他部隊の人間の訓練に付き合ってくれと言われた時は驚いたけれど、頼りにされるというのは不思議と心地よい感覚だった。

普段は訓練中の諸々を計測し、データとして残す為の部屋だが、今はシエル以外の人は居ない。

データをとる為の機材も、機能してはいなかった。

 

「それでは、ダミープログラムを機動します。構えてください」

 

そう伝えてからプログラムの機動ボタンを押す。

数秒のタイムラグを経て形成されたのは、金属の質感一色のオウガテイルだった。

実戦と同じように、カノンとダミーの間にいるデイトが、カノンに何か言うように口を動かしている。

その時、前触れ無しにデイトが吹き飛ばされた。

 

「……え……?」

 

突然の出来事に固まるシエル。

心なしか、ダミーすらぽかんとしているように見えた。

デイトの後方。シエルから見て更に前方には、神機を構えたカノン。他には何もない。

つまり、カノンがデイトを撃った?

 

(いえ、まさかそんな。デイトはまだ射線上に居ましたが、それはカノンさんも理解していた筈です。移動して射線を空けていないのに、引き金を引く筈はありません)

 

即座に思いついた事を否定するシエル。

しかし、その思考は訓練場から聞こえてきた台詞で見事に打ち消された。

 

『射線上に入るなって……あたし、言わなかったっけ?』

 

射線上に入るも何も、まだ何か説明している途中では無かったのだろうか?

そもそも、明らかに味方に向けて躊躇無く引き金を引くというのはどうなのか?

色々な事がシエルの脳内を瞬時に駆け巡る。

デイトが復帰せず、シエルも固まっている間に、神機を構えたカノンは次々とダミーに向かってバレットを打ち込む。

慈悲も容赦も手心も無いその怒濤の銃撃に、ダミーは呆気なく霧散した。

 

 

 

*****

 

 

 

訓練場の一つで、デイトが物理的に、シエルが精神的に苦境に立たされている時、リーゼは赤い絨毯を踏んで歩いていた。

そのたびに、左側頭部で一つに括られている金髪が揺れる。

 

「サカキー、入るぞ」

 

いつものように、相手の返答を待たず扉を開けるリーゼ。

中に居た部屋の主は、それを気にした風もなく迎え入れた。

 

「やあ、リーゼ君。調子はどうだい?」

「うむ、それなりだな。でも、向こーの友人と話すのは楽しかった」

「そうかいそうかい。それは何よりだよ」

 

そんな他愛のないやりとりをしながら、渡された書類を確認するサカキ。

糸目というか狐目と言うべきか。底の見えない笑みを浮かべたまま、軽く流すように内容をチェックしていた。

 

「面倒そうか?」

「いやいや、これも仕事だからね。届けてくれて有り難う、感謝するよリーゼ君」

「んむ。……いつになりそうだ?」

「そうだねえ……彼らに連絡して、帰還の目処が経ってからになるかな」

 

やはり何という事はない返答を聞くと、「そうか」と短く返して、リーゼロッテは支部長室を後にした。

リーゼロッテの小さな背中を見送ったサカキは、広い卓上に置かれた端末を操作し、通信をオンにした。

砂嵐のようなノイズが数秒流れ、短く何かが切れる音の後に、ゴウゴウと風が流れていく音が聞こえ始める。

 

『博士?何かありました?』

「いやいや。ちょっとしたお使いを頼みたくてね。そっちで、緊急性の高い案件はあるかな?」

 

サカキの質問に、しばしの間が空く。

今度聞こえてきたのは、先ほどよりも低く、逞しさを感じさせる男性の声だった。風の勢いから察するに、運転中の彼が通信を変わって貰ったのだろう。

 

『今は、そこまで急ぎの用事は無いですなあ。……なんか、ワケアリで?』

「いいや。いつもの様に、困っている人を助けてくれればいい。君たち、クレイドルの信念に基づいてね」

 

普段の飄々とした調子を崩さないサカキの言葉に、通信機越しの相手は、煙草をくわえたまま苦笑をもらした。

通話が終了した端末。その画面に、今度は文字が踊り始める。

どうやら、何かの報告書のようだ。

運転している青年に変わりその文字を追っていた男性は、より笑みを深めた。

 

 

 

*****

 

 

 

支部長室を出たその足でエントランスを通り過ぎ、ラウンジへ入るリーゼロッテ。

 

「ムツミ、いつものを頼む」

「あ、リーゼさん。はーい、ちょっと待っててね」

 

ムツミの元気な声を受けて、カウンターのスツールへ腰掛ける。

身長の低いリーゼでは、足が届かずブラブラと遊ばせている。

行儀はよろしくないが、今はそれを咎める相手は居ない。

そのまま、カウンターの向こうで奮闘しているムツミを見ているリーゼ。その後ろから、空いたカップを下げる人がいた。

 

「おお。紫の人」

「ああ、お前か」

 

紫の人と呼ばれた事も気にせず、軽く流すギルバート。

 

「あの時は助かった」

 

そう、言葉少なに言われた礼に、リーゼロッテは顔を上げギルバートの顔をまじまじと見つめた。

どうやら、少なからず驚いたらしい。

 

「……いや、たまたま聞いたから、関係ありそうな君に言っただけだ。酔ったハルオミから欠片程度には聞いていたし、君はハルオミと同じ場所に居たんだろう?」

 

珍しく長くしゃべるリーゼロッテ。どうやら、多少は照れているらしい。その表情は普段通りの半眼であるが。

 

「ああ。それでも、助かったのは事実だ。俺も、ハルさんもな」

「……そうか。なら、よかった」

 

少しばかり満更でもない様子を見せ、薄い胸を張るリーゼロッテ。何やら、年相応の態度を見たように思えて、ギルバートも相好を崩した。

 

「それにしても、どうやって知ったんだ?まだ、支部の方にも届いてない情報だったらしいが」

「何という事はない。他の支部の知り合いから、極東方面に向かう姿を見た奴が居ると、聞いただけだよ」

 

何でもない事のようにカウンターに向き直るリーゼロッテ。その前に、タイミング良く料理の盛られた皿が置かれた。

 

「……それ、お前が食べるのか?」

「うん?んむ。いつもの奴だ」

「リーゼさんは、いつも沢山食べてくれるから作り甲斐があるよー」

 

今までで一番、何ともない様子で返答するリーゼロッテに、心底から楽しそうなムツミ。

そして、その二人の間に置かれたものを見てギルバートは思わず閉口してしまった。

大きめの皿には、ピラフ、スパゲティ、サラダに加えて、ちょっとした焼き物や煮物、多彩な副菜が並んでいる。

これだけならば、女性受けがよさそうなセットメニューの様だが、その量が違いすぎた。

皿の上のシルエットが、かつてこの国にあったという霊峰を表してでもいるようだ。単純に見ても、リーゼロッテ自身の頭部より大きい。

 

「では、いただきます」

 

そう言って遅滞なくスプーンを取るリーゼロッテの手つきは確かに慣れたもので、以前からこの料理の山を前にしていたのだろう事は容易に想像できた。

そうして、ギルバートとムツミの見ている前でどんどん山を削り取っていく。

それは正しく掘削作業といって差し支えない絵面だった。

最後に、別の小皿で出されたデザートまで残さず平らげると、やっとスプーンは解放され、皿の上に着地することができた。

 

「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末様でした」

 

どこと無く満足そうなリーゼロッテに、同じく満足そうに皿を下げるムツミ。一体どこに入っていったのか、外見にも全く変化のないまま食べたとばかりに腹部を撫でても、何かの冗談にしか見えなかった。

 

「……よく食べるんだな」

「うむ。ここの食事は本当にうまいからな。一応遠慮はしているが」

 

うっかり「それでか?」と言いそうになる。

食べるのを見ているだけでお腹いっぱいとか、胸焼けしそうになるとか、そんなレベルでは無かった。

ただ料理が溶け消えていくのを呆気にとられて見ているしかない。そんな光景だった。

 

「ひょっとして、ギルも食べたかったのか?」

「いや、俺はいい」

 

軽く首を振って否定するギルバート。

リーゼロッテも、特にこだわる事無く「そうか」とその話題を終わらせた。

そのまま身軽にスツールを下りる。

 

「ではまたな、二人とも」

 

スチャ、と音がしそうな角度で腕を上げラウンジを後にした。

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