GOD EATER2 ~Nam Oratorium~ 作:〆渡
帰りのジープで、彼女曰く『開き直った』らしいエリナちゃんに、戦闘中何を心がけているのかを聞かれた。
「うーん……特別な事はしていないと思いますけど……」
「デイトにとってはそうでも、私には違うかもしれないでしょ?いいから、ほらっ」
そう促されて、自分の戦闘中の行動を、覚えている限りで振り返る。
可変式神機を持っているのだから、状況に応じて遠近を切り替えるようにする、とか。
みんなのバイタルにも気をつけて、アイテムや回復弾を使用する、とか。
基本的な事しかしていない。
素早い個体にはホールドトラップ。硬い個体にはヴェノムトラップなど。
ダメだ。本当に基本的な事しかやっていない。
「ほら。早く」と急かされ、基本的な事しかしていないと前置きしてからその事を話した。
「……成る程」
口元に手を当てて、小さく頷きながらそう言うエリナちゃん。何か、言葉の間にでも参考になる部分が有ったのならよかったのだけれど。
「ねえ。デイトは、装甲で防御とか、ちゃんとする方?」
「ええ。回避が難しいと思ったら装甲を展開するようにしてますけど」
「そっか……」
そう言ったきり、今度は考え込むような姿勢になるエリナちゃん。そう言えば、落ち着いた状況でみると細かい傷が沢山付いている。
その中には、何か鋭い物が掠めて出来たと思えるものもあった。
その殆んどが腕輪のバイタル計測でも拾えるかどうかという位のもので、長期戦や圧倒的多数、感応種が相手という状況でも無い限りは、大きな問題にはならなそうな程度の傷だ。
僕だって、まったくの無傷という訳ではない。
「……防御面が気になるんですか?」
そう質問してみると、肩がぴくりと反応する。それから小さい声で。
「……悪い?」
との応えがあった。
「別に、悪い事じゃないですよ。寧ろ、良いことだと思います。エリナちゃんが怪我したら、悲しいですから」
「なっ……い、いきなり何言ってるのよっ。今は、そんな話してないでしょう!?」
「え?でも……」
「いいからっ、黙って前見て運転してなさいっ!」
顔を赤くして怒るエリナちゃんに、大きな声でそう言われてしまった。
どうにも、極東に戻ってからエリナちゃんを怒らせてばかりいる気がする。
荒野を走るジープは、軽くうなだれる僕と、頬を膨らませるエリナちゃんを乗せてアナグラへと進んでいった。
特に何事もなく極東へ戻ってきた僕たち。
エリナちゃんは、着くや否や早々にどこかへ行ってしまった。
一人でエントランスに入った僕を出迎えてくれたのは、シエルさんだ。
あの時からずっと居たのだろうか?
現実的に考えてそんな訳は無いのだろうけれど、偶然とは云え知っている誰かに出迎えてもらえるのは嬉しい事だった。
「ただいま戻りました」
「はい。お帰りなさい、デイト。…………」
最近見るようになった控えめな笑顔でそう言ってくれるシエルさん。けれど、その笑みも薄れ、僅かに困った様子が伺える。
「僕が出た後、何かありましたか?」
「いえ。特に、問題になりそうな事案は発生していません」
「そうですか。それならよかったです」
ほっと胸に手を当てると、シエルさんの後ろに、黒猫のような髪型が見えた。
「あ、デイト、シエルちゃん。お疲れー」
「お疲れさまです、ナナさん」
「お疲れさまです。訓練の後ですか?」
手を振ってにこやかに挨拶をしてくれるナナさん。
何となく、程度ではあるものの、疲れたような笑顔だったので、訓練をこなした後なのかと訪ねた。
「ううん。今まで、部屋で寝てたんだよね。寝疲れちゃったのかなー」
「あはは」と軽い調子で笑って頭に手を当てる。その様子からはもう、先ほど感じた僅かな疲労感は消え去っていた。
「確かに、いつもより寝すぎたりすると体が重く感じたりしますからね」
「そうなんだよねー」
「二人とも。規則正しい生活は、体を維持する基本ですよ」
シエルさんからの尤もな言葉に、僕たちは「はい」と返事をするしかない。
その後、「疲れているでしょうから」と、シエルさんが部屋に戻って休むように言ってくれた。
その言葉に甘えて一番奥の部屋に戻ると、備え付けのテーブルの上に、破れたままの袋とその中身が出されたままだった。
「……自分で縫おう……」
最初は、誰か裁縫が出来る人を捜しに行っただけだったのに、いつの間にかいろんな事が飛び込んできた。
まあ、途中で言い出さなかった自分もどうなのか、という感じだろうか。
「……アラガミ糸とポーチ用の縫い針で大丈夫でしょうか?」
その二つを手に持つ。
端材として貰うことが多いアラガミ糸。在庫が多いから選んだけれど、流石にまずいだろうか。オラクル細胞由来だし。
「……うーん」
諦めて、部屋のターミナルから素材を検索する。
普通の糸も見つかったけれど、在庫が心許ない。
どんどん下にスクロールしていき、低強度アラミド繊維の名前を見つけた。
「……『弾力性・耐熱性に富む破れにくい繊維』……」
破れにくい繊維。
視線を右にずらして在庫を確認。
十分な量が合ったので、それを使う事にした。
ツルリとした質感の黄色い糸と、厚い布でも刺せるように太めに作られた針で、何とか破れた部分を繕っていく。
最終的に、元より大分容量は小さくなってしまったけれど、なんとか穴を塞ぐ事に成功した。
これで、中身を入れても破れなければ安心できる。
「…………」
縫い終わった袋を持ってぼんやりとしてしまっていたらしい。
扉の外から、隊長の声が聞こえた。
「デイト、居るか?」
「あ、はいっ。どうぞ」
空気が抜けるような音とともに隊長が入ってくる。
珍しく上着を脱いでいて、いつものブラウスと深い紫のシンプルなトップスのみという出で立ちだ。
その格好から、任務などの用件でない事は解った。
いったいなんの用事だろうかと疑問が浮かぶけれど、取りあえず座ったままというのも失礼だろう。
どうぞと招くために立ち上がろうとして、備えつけの机に足をぶつけてしまった。
臑は痛いし、ディスクは落ちてしまうしで散々だ。
はずみで転がっていったディスクを隊長が拾ってくれる。
「すみません……ありがとうございます」
「あ、ああ……」
固まっていた隊長が、僕の手にディスクを乗せてくれる。なんとも情けない所を見られてしまった。
「そのディスクは、どうしたんだ?」
「ああ。……先生から、預かっていてほしいって言われて、預かってるんです」
僕がラケル博士の事を先生と呼ばない事を知っている隊長。
一時、ラケル博士以外の人からメンタルケアを受けていた事も知っているから、その人の事だと解ってくれた。
「確か、ソウェルスという医師だったか。移動前に物を預ける位だ。お前の事をクライアントとしてでなく、一個人としても信頼してくれていたんだな」
「……そうであれたのなら、いいんですけど……」
隊長の言葉に、僅かに視線が下がる。
卑屈になる必要はないけれど、それでも心残りではある。
職務とはいえ心を砕いてくれた事に、少しでも応えられるような自分だったかと。
「……デイト。お前は、その担当医に何か失礼にあたるような事をしたのか?」
「いいえっ。そんな事はしていませんっ」
反射的にそう答える。少なくとも、故意にそういった態度をとったつもりはなかった。
そんな僕の反応がおかしかったのか、隊長は小さく笑った。
「なら、疑うな。その信頼はお前の行動の確かな対価だ。その事を誇りこそすれ、卑下する必要はない」
「…………っ」
その言葉が、隙間にはまる様にすとんと落ちてくる。
そう言って欲しかったんだと自覚して顔に血が上るけれど。せめてそれを隠そうという行動も間に合わない。
情けない、というよりは、きまりが悪い。
「あ、ありがとう、ございます……」
「いや。お前達が頑張ってくれているお陰で、俺も自分の仕事に専念できているからな。これくらい、どうという事はない」
そう言って笑う隊長。
どちらかというと、静かな部類に入るその笑みが、とても頼もしく感じられた。
こういう、人に気を遣わせないような言動が自然と出来る大人になっていければと思う。
「それと、ラケル博士から言づてだ。予定していた検診の日付を繰り上げると言っていた。明日、1400に開始するそうだ」
「あ、解りました。わざわざありがとうございます」
成る程。突然の訪問の理由はこれだったらしい。
メールでの連絡で済む事にわざわざ足を運んで貰って、なんとなくこそばゆい思いだ。
「いや。たまには、こういう行動もいいものだな」
そう言う隊長に、心底同意した。