GOD EATER2 ~Nam Oratorium~ 作:〆渡
第70話
極東支部へ戻ると、ロミオ先輩とシエルさんが出迎えてくれる形になった。
「よ、今日の検診長かったけど、どっか悪かったのか?」
「あ、いえ。検診自体は何時も通り終わったんですが、その後に、レア博士とお話してました」
「レア博士と、ですか?」
シエルさんに頷き返すと、何故か複雑そうな表情で黙ってしまった。
エリナちゃんといい、レア博士といい、それに目の前のシエルさんも含めて。女性の機微というのは、やはり今一つよく分からない。
そして、序でと言うのは失礼だけれど、そんな僕たちを見比べて、先輩がため息を吐いた理由も分からなかった。
「何ですか、先輩」
「どうしました、ロミオ」
「いやあ?なんでもありませんよー」
そうわざとらしく言いながら、頭の後ろで手を組む先輩。
口元を見れば拗ねているようにも見えるけれど、目は呆れているようだ。
揃って首を傾げる僕たちを見て、また盛大なため息を吐く先輩だった。
*****
デイトが二人に出迎えられるより早く、レアはラケルの研究室に戻っていた。
レアに背を向けたままの部屋の主は、視界を埋め尽くすようなモニターに向かっている。
目まぐるしく波形を変化させていくグラフは、レアも見たことがないものだった。
「あら、お姉さま」と、さも今気づいた様子で振り返るラケル。その時には、すでに見たことのないグラフは画面から消えている。
「あの子、やっぱり覚えていないみたいよ。演技をしている様子も見られないし」
「そう……デイトは、覚えていないのですね」
妹であるラケルの調子に少しばかり違和感を覚えたものの、深く触れるつもりはなかった。
妹の考えている事が理解できた事など、今まで数えるほども無かったのだから。
「ならば今少し、目覚めを促すとしましょう。豊かな土壌と澄んだ清水なくしては、供餐も育ちませんから……」
歌うように言う妹に一抹の不安を覚えながらも、レアは異を唱える事をしなかった。
それは、過去に交わした約束を守り続けていると同時に、今は微かな畏れから目をそらす為の方便でもある。
「それも……しなければいけない事……なのよね?」
「ええ。勿論ですわ、お姉さま。これもまた、試練を越える為に必要な階の一つ」
躊躇うようなレアの言葉に、柔らかく笑んだ調子の声が答える。
僅かな駆動音も響かせず滑らかに移動してきたラケルは、そっとレアの手を取り、いつかのように儚げに微笑んで見せる。
這い上るうそ寒さに蓋をして、レアも妹に微笑みを返したのだった。
*****
それから数日。何事もなく、目立った被害も無く日々がすぎていった。
以前に開いた壁の穴も、間もなくその全てが塞がれるとの事だ。
これで、夜の見張りもその数を減らすことが出来るだろう。本当に良かった。
シエルさんや隊長、ギルさんにお世話になったものの、昇級試験も通過する事が出来たし、一息つけるちょっとした休息の時間というものだろうか。
「あれー?デイト、何してるの?」
「ああ、ナナさん。いえ、少し気が抜けてしまって……ぼーっとしてました」
言葉のとおり気の抜けた声でそう答える僕に、ナナさんは珍しく苦笑気味の笑みを浮かべた。
「スゴかったもんねー三人とも。特に、シエルちゃん」
「……はい」
おそらく、スパルタ教育というのはああいう事を言うんだろう。
ブラッドのスパルタ教師は、3人に増えたようです。
知識を得る事は嫌いではないけれど、詰め込むのはやっぱり苦手だ。
「でもまあ、おめでとう!これで、名実?共に小尉さんだね!」
合間に疑問符を挟むナナさんに、「ありがとうございます」と答える。
組織に所属している以上、「僕は今の地位で満足していますから」という訳にもいかないのが、少しばかり面倒な所だ。
「じゃあ……はい!お祝いのおでんパン!」
そう言って差し出されたのは、一見いつもと変わりないおでんパンだ。
強いて言うなら、具は何時も少しづつ違うけれど。
ともあれ、美味しいと分かっている物を受け取らない理由はない。
「いただきます」と受け取って一口かじると、今までのおでんパンとは何かが違った。
極端に味が違うとかそういう事ではないけれど、確かに何かが違うとしか言いようがない。
そんな疑問が読みとれたらしく、ナナさんが得意げに胸を張ってその理由を教えてくれた。
「なんと!今回のおでんパンには合成食品が殆ど使われていないのです!」
「……つまり……殆どが……」
「そう、正しく原材料由来!」
ガッツポーズを決めるナナさん。
自然と拍手をしてしまう。
現在、地下プラントが増え食糧供給が安定したとはいえ、まだ合成食品は欠かせない。たとえこのパン一つ分だとしても、合成食品を使わないとなると相当の労力だっただろう。
「わざわざありがとうございます、ナナさん」
「いいのいいの、わたしも食べてみたかったからね!」
お辞儀程度に頭を下げると、そんな明るい返答。
どう言うことかと見れば、いつもの袋の中には、やっぱり大量のおでんパンが入っていた。
「……ひょっとして……」
「うん!作れるだけ作ってみましたー!」
ジャジャーン、とでも効果音の付きそうな位、ナナさんの顔は誇らしげだ。
けれど、それも拍手の元にしかならない。一体幾らfcと時間をつぎ込んだのか分からないけれど、個人でこれだけの量を用意しようとしたら相当な努力が必要だったろうから。
道行く人に分けたり、ナナさんが食べたりで、最初の頃よりは減ったけれど、それでもまだ結構な量が残っているおでんパン。その量を見て首を傾げる。
いつもナナさんが食べる量と比べなくても解る位、今日は食べる量が少ないようだ。
「ナナさん、体調でも悪いんですか?」
「え?なんで?そんな事ないよー?」
僕とは反対に首を傾げ、そう答えるナナさん。
けれど、よく見れば少しばかり顔色が悪いようにも見える。
「失礼します」と前置きして額を触る。けれど、特に熱があるという事は無さそうだ。
だとしたら、やはり僕の気のせいなのだろうか。
「もー、一体どうしたの?」
「すみません。少し、心配で……」
ラケル博士も言っていたけれど、疲れを自覚しているのとしていないのは違う。
本人が疲れを自覚せずどんどん蓄積させてしまったのでは、そのうち倒れてしまうだろう。
「ううん。……なんだか、お母さんを思い出しちゃったけどね」
「お母さん、ですか?」
「うん。あんまり無かったけど、私が熱を出した時とか、こうやって熱計ってくれたなーって」
「そうだったんですか……」
嬉しそうに「えへへ」と笑うナナさん。お母さんとの大切な思い出なんだろう。
「さて、と。そろそろ行くね」
「あ、はい。お気をつけて」
袋を持って立ち上がったナナさんにそう声をかける。
けれど、言い終えるより先にナナさんの体が大きくふらついた。
「ナナさん!?」
ギリギリで床に倒れるより前に受け止める事が出来た。けれどナナさんの顔色は悪く、目も閉じられたままだ。
ここなら、医務室よりもラケル博士の所へ直接行った方が早い。
落ちた拍子にだろう、中途半端に開いた口から散らばってしまったおでんパンを片づける暇も無く、ナナさんを博士の元へ運んだ。