燦々と空に輝く熱い日差し。
今日も他の都市から来た行商人達が市場を形成し、思い思いに持ち込んだ品物を簡易な天幕の絨毯の上に乗せて、客呼びの声飛び交わせながら、賑わせている。
戦争でも起こるのか最近の警備は厳重であり、主に武具の類いの売れ行きが良いようだ。
「おい、坊主、これを城壁に居る兵士共のところまで持って行ってくれ」
そう言う、割腹が良く無精ひげを生やした男性、アルテナが天幕の奥から大きな木の箱を取り出す。
心臓を剣で突き刺されたはずなのに、どうしてか生きていた俺は、アルテナさんが率いる行商団一行に拾われて、行商の雑用をしている。
皆人が良い人達で、偶々拾っただけの俺に仕事を与えて生活の面倒を見てくれている恩人である。
アルテナさん達によると、何故か行商に来たはずの首都が幾ら探しても見つからず、周辺を探索しているうちに倒れている俺を見つけたようで、最初は首都の情報を得るために拾ったようだ。
一応自身の身にあった事を説明した結果、神の諸行と気まぐれから五体満足で生き残れただけ本当に運が良いと言われた。
まあ、魔術なんてものがあるのだから、神なんていう超常の存在が居ても可笑しく無いのかもしれない。
「はーい!」
他の商人達の声が飛び交う市場の中でもアルテナさんに聞こえるように大声で返事を返す。
驚く事に、アルテナさんに拾われてから数日経った頃、突然彼らの言語を理解し、自由に喋れるようになった。
不思議な事だが、この世界には魔術なんていうもっと不思議なものがあるのため、何だか不思議な事がたまたま俺の身に降りかかった。その程度の事だと考えている。
それに元々俺は、異世界からこの世界に来てしまった身だ。不思議現象なんて今更である。
「中は鉄製の武具だからな。裏にある引き車に乗せて運んでいけ」
「分かりました‼————ッッ‼」
気合い満点で木箱を受け取ったら、余りの重さに身体が押し潰れてしまった。
「す………すいません。あの、助けて………‼」
「はあ……」
そんな俺の姿を見て呆れた様子でアルテナさんが木箱を引き車の場所まで運び、荷台の上に乗せてくれた。
「人には向き不向きがあるからな。仕方ねえ。まだ子供のお前さんはゆっくり向いてるものを探せば良いんだ」
「アルテナさん…………‼」
俺、もう20歳なんですけど……。
まあ何度言っても信じて貰えなかったから、もう諦めている。
だけど、何か騙しているようで心が痛む。
「出来ない事は素直に出来ないって言えよ。そんじゃ、俺は天幕に戻るから、後は頼んだぜ」
「はい‼」
「そんなに堅くならなくて良いんだが。うちの若いの連中はもうちょっと俺に敬意を………」
何か小言を話しながら、天幕に戻っていくアルテナさんを背に、結城は引き車を引っ張って行った。
城壁に着くと何やら騒がしい。
馬に乗り、剣を抜刀都市を守る戦士たちが城門から飛び出していった。
一体————ッッ‼
『それ』が目に飛び込んだ結城の思考が恐怖一色に染まった。
ドレスから零れんばかりのの大きな乳房。
絢爛たる装飾を施された黄金の首飾り。
猛禽類の如き鋭い黄金の瞳。
老若男女問わず魅了する魔性の美貌の女性が都市を目指してゆったりとした足取りで歩いている。
しかし、目にした男が最初に抱いたのは、恐怖。ただそれだけ。
男の想いは正しい。
その女は、台風や雷霆、抗いようがない災害を擬人化した化物、神だ。
意思を持った災害がやって来るのだから恐怖を抱いて当然。
男の本能が、今すぐ此処から逃げろと叫んでいる。
それでも、それでも——男は戦士だ。
都市を守る戦士なのだ。
「フレイヤが来たぞーーー!」
男の言葉に戦士達が剣を取る。
例え、絶望的な戦であろうとそれが都市を守る事に繋がるなら戦士は剣を取るのだ。
それが男、都市の戦士達の信念であった。
「フレイヤだ」「フレイヤが来たぞーー‼」「殺せー‼」「女、子どもを逃がせ!」
フレイヤ。
異郷の神の侵略に気付いた戦士たちが城門から飛び出し、女神の周囲を取り囲む。
「汚らわしい蛆虫共が。いつ妾が名を呼ぶことを許した」
だが、所詮人の力など神からすれば塵芥同然。
瞬き程の間に女神の足元から伸びた無数の氷柱が兵士達を針鼠に変えた。
冥界の冷気がまだ生きている兵士を氷の彫像へと変えながら、兵士達の身体を突き破り、臓物と血で真っ赤に染まった氷の華の花弁を開かせる。
その光景に満足げな笑みを冷たく浮かべ、フレイヤは悠然と歩みを進めた。
フレイヤが一歩足を進める度に大地の植物が萌芽し、幹を伸ばし、枝を広げ、色とりどりの綺麗な華を開かせては———氷の彫像と化して砕け散り、その命を儚く終えていった。
ほんの一瞬にして戦士達が、臓物を零し、ぐちゃぐちゃの骸を晒した。
世界の法則を無視して現出した絶対零度の氷嵐が骸を凍らせていく。
恐ろしい。怖い。
その想いとは反比例するように結城の胸に燃え上がる闘志。
人の雄を刺激する蠱惑的な肉体を惜しめなく晒し、氷華の花園を歩いていた怪物が、幻惑のように一瞬で視界から消え、目の前に現れる。
な……ッッ!?転移!!
この世界に来てから何度も魔術なんてものを目にしたが、転移は初めて見る。
「ほう。もしや貴様、神殺しか」
面白いものを見つけたと子供みたいに笑う化物。
「神、殺し……?」
「ラクーシャナ、エピメテウスの落とし子、魔王、羅刹王、古今東西様々な呼び名があるが、どれも全て、貴様のように神を殺し権能を簒奪した者の呼び名のことだ」
神殺し……?
一体、何を言っているんだ?
いや、そんな事はどうでも良いんだ。
それよりも何で———
「———どうして……こんな事を……?」
いや、分かっている。
剣を向けられたから反撃した。
それだけの事だ。
だが、頭で分かってはいても、感情はまた別物。
恐怖を抱きながらも、つい自分より遥かに上の化け物に向かって責める眼差しを向けてしまう。
「ふむ?妾は虫けら共を潰しに来ただけじゃが。こ奴らは何度言っても妾に恭順しなかったからな。そのような人の子など要らんだろ?」
「虫けら………要らない………一体何を言って……⁉」
予想外過ぎる言葉。理解不能な存在に対する恐怖が脹らみ、理性を削る。
「これだけ言っても分からぬとは流石は神を殺した愚者だな。――おお、もしや……妾に不満があるのか、神殺しよ」
「――ッッ!そんなの、当たり前だろうが‼」
人を虫ケラ程度しか思っていない物言いに、胸の中で爆発した恐怖と怒りを化物にぶちまける。
「ならば、闘え。己が要求を通したいならば行動して力を示せ、神殺しよ」
その言葉に膨れ上がる闘志。
話せる、対話出来るというのに、全く言葉が通じない。
あまりに違い過ぎる物の見方を理解出来ない。
「妾はフレイヤ、偉大なる大地母神である。名乗れ、神殺し」
「俺は……俺は、水瀬 結城。ただの…普通の日本人だ」
「うむ、結城か。覚えておこう。
では———」
艶やかな声と共に戦場に冷たい風が吹く。
フレイヤが冷たい微笑みを浮かべながら、足の踵で軽く地面を叩いた。
「———死ね」
女神の影が膨張。何かが影から飛び出す。
「————ッッ‼」
ヤバい。不味い。逃げろ‼
叫ぶ本能に従い、結城は咄嗟にその場から飛びのいた。
「グオオオォォォ‼」
瞬間、フレイヤの影から現れた5メートルはある白い雌ライオンがその剛力で地面を粉砕。跳びあがり、その強靭な前脚で、数舜前まで結城の立っていた地面を軽々と引き裂いた。
更に、追撃。もう片方の前脚が空中に居て避けようがない結城を空間ごと薙ぎ払わんと振るわれた。
絶体絶命の危機だというのに脳内で閃くのは、地面に突き刺さった神剣。次瞬、白金色に輝く刀身を持つ1m程の両刃の神刀が地面から抜刀された。
虚空から現出した神刀が独りでに動き、一回転。迫るライオンの前脚を両断し、結城の手に納まった。
剣を握った瞬間から放り込まれた薄く、引き伸ばされ、刻まれた時間の流れ。
分かる。何となく剣の使い方が分かる。
どう身体を動かせばどう斬れるのか分かってしまう。
現出した神刀は結城の分身であり、肉体の一部と言い換えても良い存在。
よって、結城は剣を習った事が一度も無くとも、神刀を指や手足を動かすのと同じ感覚で自在に操れる。
「グオオオォォォオオオオおおおお‼」
咆哮を上げながら、その鋭い刃でかみ砕かんとライオンは突進するが、遅い。
結城は間合いに入ったその体躯を一振りで、両断した。
「ほう。それが汝の権能。鋼に関する神から簒奪したものか。しかし、妾は鋼が嫌いだ。呪わしい鋼を持つ獣よ、疾くと死に絶えるが良い」
侮蔑の言葉を吐き捨てた瞬間、女神の足元から急速に萌芽し、氷の樹海が生まれた。
伸びる氷の樹海はまさに女神の呪いを体現するが如く世界を銀世界へと染め上げながら、結城に襲いかかる。
女神の氷の大瀑布はもはや神剣一つで対抗出来るものでは無い。
剣で水を断つ事は出来ても、海を殲滅することは出来ない。
これにどう対処するのかと女神は高見から見物する。
「おおおおおオオオォォ‼」
前方から伸びる氷柱の大瀑布、鋭利な氷の棘で出来た花に、結城は水平に神刀を振るった。刹那、神刀から放たれた雷光が銀世界を蹂躙。大地を焦土と変えながら女神を襲う。
「なんとッッ‼」
いとも容易く行われた雷光の蹂躙劇に女神は面を驚愕で歪めながらも迎撃。
衝突し、煌めく白き雷光と冥界の闇。
雷光が直撃する直前で、フレイヤの蠱惑的な四肢から溢れ出した冥界の闇が雷光を受け止めた。
「ならば、少し趣向を変えてみせよう」
フレイヤの身体から広がる冥府の闇。
拡散した闇に触れた石造の建造物が風化し、塵芥となる。
空を舞っていた鳥たちは羽ばたく活力さえ無くし、地に墜落。地面に赤い花を咲かせ、干乾びミイラと化す。
冥府の闇はなお止まらない。
天に輝く太陽さえ覆い隠し、代わりに星々と月が空を彩り始める。
「さあ、剣比べと行こうではないか、水瀬結城よ」
冥府の闇を凝縮して作り上げた剣を手に、フレイヤが獣の如く地を超疾。
気が付いた時には、振り下ろされている冥府の女神の剣を結城は何とか神刀で受け止める。
「ぐっ…………‼」
軋みを上げる結城の筋骨。
山河を砕く女神の剛力に何とか大地に受け流し、結城はその一閃を受け止める。
次いで矢継ぎ早に2閃、3閃、4閃…………と容赦なく放たれる闇の刃。
結城は神刀で受け止め、受け流し、時には無様に地面に転がって避ける事で闇の刃から逃れるが、しかし、いや、やはりと言うべきか、突如地を割り出現した冥府の氷蛇に身を拘束された。
「死ぬが良いッ‼」
放たれる闇の一閃は神殺しの首を刎ねるべく空を切り裂いた。
「ガアアアアアアアアアッ!」
獣の如く叫びながら体内の神力を燃やす鋼の神殺しは身を拘束する蛇を引き千切り、一歩前へと進んだ。
そして、闇の刃に見向きもせず、女神に向かい神刀の一閃を放つ。
愚かな。
神殺しの愚行をフレイヤは嘲笑う。
勝利を確信する理性。
だというのに、フレイヤの戦女神としての本能が危険と叫んでいる。
勝利を目前に、一体何だというのだ…………‼
瞬間、結城の身体から放たれた雷光の嵐がフレイヤを吞み込み、闇の刃を打ち払った。
「あああああああああアアアアアア‼」
雷光に身を焼かれ、絶叫するフレイヤに向かい放たれた神刀は虚空を切り裂いた。
何故か叫んでいた本能に従い、事前に準備していた転移魔術を使用、フレイヤは神刀の一閃から何とか逃げおおせる。
急速に進む権能の掌握。
なんとなくで理解してしまう超感覚、未来予知にも等しい直感が権能の使い方を結城に教えていく。
呼吸するのと同じほど、結城が自己の分身である神刀を操る事は当たり前のことであり、神刀を操る結城の体技はもはや神々と互する領域にまで踏み込んでいく。
足下とは言え神域に踏み込んでなければ、戦女神でもあるフレイヤ相手に防戦一方とはいえ切り結ぶ事さえ出来なかっただろう。
「我が寵愛を受けし獣、オッタル。愛しいフレイヤの危機に今こそ招来したまえ」
結城から30メートルほど離れた地へと逃れたフレイヤは自身の眷属を呼び起こす。
フレイヤの人型の影が形を崩し、大きく膨れ上がり、影から巨大な山程もある大きさの猪が出現する。
鋼に匹敵する剛皮。雲を貫き、伸びる雄々しい角。巨大な蹄が動く度に、大地を砕き、地を揺らす。
「神刀よ。救世の神刀よ。今こそ世を荒らす獣にその力を示せ」
神刀から産み出される膨大な雷が全て刀身に集束。
破壊の力を一極、一点に集め、どのような手も真正面から粉砕せんと、結城は剣を天に突き上げ、上段に構えた。
「さあ……力比べと行こうではないか」
焼け爛れた総身を一つも気にせず、愉しそうに話しかけてくる女神に、結城は言葉を返さない。
そんな余裕など結城には存在しない。
良く分からない権能なんていう巨大な力の塊を導き、操るので手一杯。
代わりフレイヤに獣の本能剥き出しの殺意で返答する。
「良い意気だ神殺し。さあ、妾の障壁を打ち砕いてみせよ、オッタル!!」
神速。
雷光と同等の速度で初速から最高速度で駆け出す巨大な山の如き神猪、オッタル。
だが———見える。
大地を削り、突進するオッタルの姿を無意識に神速の領域に入った結城の視線が捉えていた。
神刀は結城の分身であり、肉体の一部も同然の存在である。
ならば、神刀で
雷の化身でもある神刀を通した知覚は、神速と同等。
劇的にまで加速された知覚、莫大な情報量により脳に走る激痛を気合いでねじ伏せ、結城は神刀に意識を通した。
「ふっ!」
振り下ろされた神刀から伸びる雷光の刀身。
雷光で構成された極大斬撃が神猪を真っ二つに両断。
その巨体から溢れ出た臓物と血肉が大地を深紅に染め上げた。
「たったの一刀で殺られるとは……オッタルよ、流石に情けなさ過ぎるぞ。
……はあ、まあ良い。その残された血肉は妾が有効活用してやろうぞ」
オッタルの無様な死に様にフレイヤはため息をつきながら、その屍に手をかざした。
伸びていく、伸びていく。
臓物と血肉を突き破り、無造作に伸びていく、巨大な氷の幹、枝は神猪の屍を養分にして、みるみる内に巨大な大樹へと姿を変え――四方八方へと伸びた枝先が黄金の瞳を見開いた。
無数の枝先が二つに開き、口となり、うねる氷幹。
巨大な氷の大木は巨大な多頭の蛇となり、無数の枝を頭、幹を身体、地面に伸びた何百もの根を尾として自立して動き出す。
「これならどうじゃ」
我が子を誇らしげに自慢するように、フレイヤがその豊満な胸を張る。
「「ギュオオオおおおおおおおオオオォォォ‼」」
刹那、母の敵を睥睨する百、千、万の蛇の頭が一斉に咆哮を上げながら、母の怨敵を殺さんとその猛威を振るった。
地を割りながら取り囲むように出現する無数の鋭利な龍の尾、天から喰らい付く幾万もの蛇の頭を、結城の雷閃が切り裂き、雷光が薙ぎ払う。
血液の如く蛇の総身から吹き出る冷気。
蛇の傷口から吹き出た寒波が地を凍らせ、肌を冷たく這い、静かに喉や肺から侵入し、体内から肉体を凍てつかせていく。
神殺しは魔術や呪術を一切受け付けない体質が備わっており、魔術による直接攻撃は自動で無効化、呪力を高めるだけで神の権能さえも防いでしまう。
しかし、それには例外がある。それは、経口摂取などにより口や鼻を通じて体内に直接呪術を送り込むこと。
よってフレイヤがとった手段は単純。
莫大な寒波に己の呪術を潜ませ、気が付かれないように神殺しの呼吸と共に体内へと呪力を送り込んだのである。
異変に気が付いた結城は咄嗟に呼吸を止めるが、もはや呼吸を止めた所でどうにかなる段階を過ぎている。
呪力を注いだ神刀から走る膨大な雷光が蛇の頭蓋、尻尾を砕き、熱波が大気の冷気に漂う冷気を払いのけるが、無駄だ。
一度身体の奥底にまで届いた女神の冥府の氷からは逃れられない。
「フフッ、妾の呪の味はどうだ。もっとたっぷり喰らっても良かったのだがな」
自身の手応えにフレイヤが艶やかに笑う。
「———か—ぁ——ッッ‼」
体内の呪力を燃やし、氷に対抗しようとするも、今や結城の身体は氷の彫像と化す直前である。
「冥土の土産だ。止めは妾自らの手で刺してやろう。光栄に思えよ、神殺し」
フレイヤの足元の地面から萌芽し、急成長したヤドリギの木がにフレイヤの手に絡みつき、独りでに1メートル程の大弓へと形を変える。
その弦に番えられる矢の形に凝縮された冥府の闇。
大地の力を借りたフレイヤは天下無双の剛力で矢を轟然と引き絞り、うち放つ。
轟音と共に大気を薙ぎ払い、音速を遥かに超えて撃ち放たれる矢。
ヤドリギの力を借りた矢はどんな不死の存在であれ、その生命を喰らい一矢で殺し尽くすだろう。
。
——研ぎ澄まされる獣の本能。
——生存への道を探す直観。
——愚者としての思考が未来を無理矢理こじ開ける。
死を目前に神殺しの魔獣の闘志が熱く、熱く燃え上がる
そして————ッッ‼
周囲にあるものを無造作に焼き尽くす雷光が天へと駆け抜け、神刀の雷閃が冥府の矢を打ち払った。
「何……じゃと……!?」
踏みしめる大地が熱で焼ける。
血液を駆け巡る雷光と膨大な熱波。
身動ぎする度に肉体から雷光が弾ける。
神刀は結城の分身であり、肉体の一部。
つまり、結城は神刀であり、神刀は結城なのである。
よって結城は、肉体を、骨を、皮を、筋肉を、瞳を、血潮を、神刀と同じ性質を持つ鋼へと変じさせる事が出来る。
しかし、それだけでは、氷の彫像と化して死ぬことは無くても、行動不能となり、女神に嬲り殺しにされることに変わり無い。
仮に、氷や水に関する権能があれば、体内に入った女神の呪を掌握し、この危機的状況から抜け出す事も可能だったかもしれない。
もしくは、炎に関する権能であれば、肉体を炎へと変じさせる事で体内に入った女神の呪を焼き尽くす事が出来たかもしれない。
だが、結城の権能は己の分身である神刀から雷光を放ち、己が神刀の分身であることを応用して肉体を神刀と同質の鋼に変える事しか出来ない。無い物ねだりをしようと無いものは無い。
現状の打てる手で状況を打破するしか無い。
故に——
鋼の肉体を駆け巡った膨大な雷光が女神の呪を、氷を焼き尽くした。
絶対絶命の危機に応じて、一度肉体から放たれた雷光の嵐が闇の剣ごとフレイヤを薙ぎ払ったからこそ思い付いた馬鹿げた手。
常人の思考では思い付きもしない手段であり、仮に思い付いたとしてもそんな自爆、自壊の手段を選ばない。
雷の化身である神刀と同質の鋼に肉体を変じさせていたからこそ、無傷であるものの、肉体を鋼とする権能であれば、雷の熱波が容赦なく鋼を溶かし、重症を負わせていただろう。
また、結城自身も肉体に雷光を走らせて無傷で済むとは思っていなかった。結城は雷光を女神の呪ごと肉体を焼き尽くすつもりで走らせたのである。
その手しか思い付かなかったから。
生きる為には仕方ないから。
だからといって、その場で思い付いたそんな手段を躊躇無く実行する常軌を逸した思考は常人からすれば狂気でしか無い。
別に結城の精神が可笑しくなった訳では無い。狂った訳でも無い。
結城はただ、直観と神殺しの本能に従い動いただけであり――その感覚は刻々とより鋭く研ぎ清まされていく。
刃のように鋭い瞳。
漏れでた呼気にまで走る雷光。
神殺しなんて最大の愚行を犯した愚者は、ただ直観と本能に従い動き出す。
「まさか、そのような方法で防ぐとは。流石は神殺しとでも言うべきか、それとも呆れるべきかッッ!!」
フレイヤは眉を歪め、何とも言い難い表情を浮かべながら、頭蓋、心臓、主要な臓器を狙い、冥府の矢を撃ち放つ。
しかし、雷光の速度であれ、捉えられたのだ。
今さら音速を越えた程度の矢など、容易く捉えられる。
見えるなら———斬れる。
結城が駆けた。
鋼鉄と化し、増大した体重を前へと倒し、重量と重力から生まれる莫大なエネルギーを利用。
落下し続けながら前へと前へと一直線に駆け抜け、一歩地面を踏み締める度に全身の筋骨をバネとして爆発的な加速を繰り返し、一気に距離を詰め、――迫る避けようが無い矢のみを見切り、両断。フレイヤに一閃を放つ。
しかし、その動きを予想していたかの様にフレイヤの手に再び精製される闇の剣。
「ウオオオオオオオッッ!!」
「ハアアアアアアアッッ!!」
衝突する闇剣と光剣。
鳴動する大気。
加速したエネルギー、全体重の力を乗せて放たれた雷閃を、冥府の剣は真正面から受け止め、余裕綽々で押し返す。
肉体から弾けた雷光は、冥府の女神の肉体から泉のように涌き出た闇に減衰され、軽く衝撃を与えただけで消滅する。
刃を合わせる度に悪くなる結城の状況。
いつ、何処から来るのかも分からない氷の蛇による奇襲。
全身を雷光で焼かれ、火傷を負っているというのに、フレイヤの体捌きには針ほどの隙すら無い。
戦女神の戦術により詰め将棋のように打つ手が無くなっていく戦況が神殺しを確実に詰みへと導く。
そう、そのはずなのに———
一体これはどういうことか。
何度も詰みと決まった戦況を奇想天外な動き、発想により盤面ごと覆される。
ほんの少しでも可能性が有れば、その可能性を力尽くでもぎ取っていく獣。
「なるほど、これが神殺しか」
雷光を集束された神刀を一太刀でも真面に受ければ、フレイヤであろうともただでは済まないだろう。
つまり、神殺しが勝つ可能性も今だ僅かに存在しているのだ。
そして、少しでも勝利の可能性があれば、神でも訳の分からない手段、不合理な思考でその可能性を神殺しが引き当てる事を理解したフレイヤに油断は一欠片も無い。
圧倒的物量、手数を用い、死んでも殺し尽す必殺の嵐で叩き潰す。
相手は殺しても甦る生命力を持つ神殺し。
全て思惑通りに決まろうと、それでも普通に立ち上がって来る可能性があるのだから、殺し尽くす位の心意気で丁度良いのである。
「喰らえ」
女神の号令に従い、360度、全方位から雪崩れ込む氷の蛇の濁流。
…………6閃、7閃と雷刃が氷の濁流を両断、雷光が薙ぎ払うが———流れは止まらない。
雷光で蒸発した肉体は、女神の加護により数秒もあれば万全の姿に元通り。
次から次へと無限に襲いかかる怒涛の氷撃に、遂に腕が一匹の氷の蛇に絡め取られ、その体捌きを鈍らせる。
肉体駆け巡る雷光が氷の蛇を蒸発させようとするが、更に、絡み付いた氷の蛇が融合。
その身をより太くし、冷気を強めて絡み付き、その身を削りながら、少しでも結城の動きを鈍らせ、次々と四肢を拘束する。
その致命の隙を女神が見逃すはずが無く――
「ハアアアアアアッッ‼」
――その豊満な肉体から莫大な冥府の闇を迸らせながら、女神が超高速で突撃した。
闇に触れてしまった眷属の氷体の一部が朽ち果て、塵となって消えるが、神殺しに勝利する為には多少の犠牲は仕方ない。
右手に握られる冥府の剣に大地の精を原動力として顕現する天下無双の剛力を乗せて、振り下ろす。
「オオオオオォォぉぉおおお‼」
雷光が神刀を握る右腕を鋼の肉体が溶けるほど焼き尽くし、絡み付く蛇を蒸発させながら神刀が動いた。
地面を引き裂きながら、振り上げられる神刀。
瞬間、劇的にキレを無くし、その速度を落としたフレイヤを前に、活力を得た鋼の肉体は氷蛇の拘束を全て力尽くで引き千切り、爆発的に加速――猛り狂った雷刃が女神の肉体を両断した。
「……まさか……妾に力を与えていた大地の精を喰らい、自身の力としたのか……!?」
そう、神刀が地を裂いた瞬間、神刀の大地の精を喰らい力とする権能が発動、フレイヤが集めていた大地の精を食い潰した。たまたま神刀で地面を裂くことで、初めて気が付いた権能だが、問題無く発動、喰らった大地の精は結城に力として還元された。
そして、決定的な瞬間で天下無双の剛力を無くし、急激な肉体の変動に隙を晒したフレイヤを神刀が引き裂いたのだ。
分断され、大地に崩れ落ちた二つの肉塊。
「終わりだ」
結城は女神を見下ろし、その豊満な胸に神刀を突き立てる。
「しかし、あの一瞬で妾の集めた大地の精を喰らい尽くせる鋼なんぞ……いや、まさか……その神刀は…汝が権能を簒奪した神は…!!」
何やら驚愕に貌を赤く染める女神を無視し、フレイヤから喰らった大地の精を糧に刀身から極光を放つ。
次瞬、天まで立ち上る、雷光の柱が女神の肉体を塵にまで焼き尽くした。
「ギュオオオオオオオッッ!!」
更に、振るわれた閃刃が顎を大きく広げ襲いかかる氷蛇の無数の頭蓋をバラバラに両断。神刀が氷蛇の大地の精を食い潰し、力に変換。神刀から走った膨大な雷霆が氷蛇の総躯を大地ごと呑みこみ、消滅させた。
———かくしてフレイヤの巻き起こした一件は終わりを告げ、都市は消滅した………。
女神フレイヤ。
描写のイメージとしては冥府×植物×氷。
猫ちゃん召喚。
冥府の闇×戦乙女の長。
愛人オッタル召喚。
植物×氷×蛇。
魔術による呪い×氷。