ラーマを弑した神殺しの話   作:流れ水

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白の女神

 白き龍の心臓に突き立てられた刃。

 鮮血が結城の頬を紅く染める。

 龍は白銀の燐光に包まれ、その輪郭を人のものへと変えていく。

 弾ける光と共に現れたのは一人の少女。

 

「ふふふ、私の……負けですね………」

 

 少女は愛おしそうに結城の頬を撫でる。

 

「あああああああアアアアア‼」

 

 結城は神刀を捻じり、骨と臓物をミンチに変えると、水平に振り抜いた。

 更に返しの一閃。

 少女の首をが切り裂かれ、両断。

 頭を無くしたの首から吹き出る血液。

 

 転がる少女の頭蓋は結城の方を向いて勢いを止めた。

 

「ぁッ———ああああああアアアア—ッッ‼」 

 

 慟哭する結城の姿を少女の瞳は酷く愛おしげに見つめていた。

 

 

 

 怯え、逃げ惑う人々。

 空を征する無数の竜達。

 蛇でありながら、翼と一体化した腕、その巨躯を支えられる強靭な脚を持つ怪物。

 飛竜、翼竜、ワイバーン、様々な呼び名を持つドラゴン。

 

「はあ……」

 

 また怪物、化物の類いか。

 空を見渡すと、一際大きい体躯を持つ竜の頭蓋に立つ人間に自然と視線が引き寄せられる。

 年齢は十代後半から二十代前半位か。

 幾つもの切傷や火傷の跡が残る筋肉質な肉体。

 一目で分かる。

 この男は尋常な存在では無いと。

 神を名乗り問答無用とばかり襲いかかってきた連中と同等であると。

 

 だが奴等とは何かが違う。

 何かが……。

 いや、そうでは無い。

 何時もと違うのは己自身。

 心の奥底から湧き出て来る高揚感が、戦闘意欲が、殺意が——無いのだ。

 

 だからといってやる事は変わらない。

 襲ってくれば殺す、逃げるなら追わない、何もしてこないなら静観する。

 それだけだ。

 

 天から強襲し、その強靭な脚で握りつぶそうと飛び込んでくるワイバーン。

 死を前に戦闘に移行すると思考。

 スローに見える程加速させながら、鞘に収めてある神刀の柄を右手に軽く当て———抜刀一閃。

 居合の要領で抜き放つ。

 

 ワイバーンの脚爪に一閃が突き刺さり、

 指、足、膝、太股を斬り進み前足を真っ二つに両断。

 そのまま、ワイバーンの腹を二つに割断した。

 

 引き裂かれた腹から飛び出る臓物と血飛沫。

 

 悲鳴をあげるあらぬ方向へと飛ぶワイバーンは石作りの建物に頭蓋から激突。

 崩れる石に埋もれ、その生命を停止させた。

 

 

 

 しかし、ワイバーンの頭蓋に立つ男、ウルディンが気が付く事は無かった。

 なぜならその視線は一点にひき絞られ、その意識は全てとある一点に集中されていたのだから。

 都市の中心部、神殿。

 その中から一人の少女が出てて来る。

 白銀の髪、白い肌。

 紅色の瞳は瞳孔が蛇のように縦に伸びている。

 人形の如き、人からはかけ離れた美貌を誇る十代前半の少女、この地の神王グウェンフィファルは厳かに口を開く。

 

「輝かしい太陽よ。今こそ大罪を犯した獣を罰するため、東の果てから災禍の焔を遣わしたまえ。滅べアッティラの王よ」

 

 東の果てから昇るもう一つの太陽。

 

「ルドラの火よ。大火をもってこの世を焼き払え」

 

 煌めく恒星、神罰の焔を前にウルディンは背中から弓を取り出し、太陽めがけて泰然と構える。

 そして、虚空から取り出された黄金の矢を弓につがえ、撃ち放つ。

 誕生する第3の太陽。

 東の果てでぶつかり、弾け、呑み合う太陽と太陽。

 

「墜ちろ」

 

 更に生み出される黄金の矢。

 太陽の権能を凝縮された矢じりは弓につがえられ、光の速度で放たれた。

 二つ分の太陽の力を帯びた恒星はグウェンフィファルが呼んだ太陽を食い散らかし、地上に堕ちる。

 

「深き地の底で眠る水精よ。目覚め、大火を防ぎたまえ」

 

 大地を突き破り、地上に飛び出す地下水脈。

 ぶつかる氷水の奔流と太陽は対消滅、水蒸気爆発を起こし、大気を鳴動させる。

 衝撃波が大気を駆け巡り、大地や石造の建造物に亀裂を生み、結城の五臓六腑に衝撃を叩きつける。

 

「今日こそ快い返事を聞かせて貰えると思ってたんだがな。今からでもどうだ?」

 

 ウルディンは心底惜しいといった声音でグウェンフィファルに告げる。

 

「あなたのような粗野な御方はお断りです」

 

 だが、グウェンフィファルは一考すらせず断る。

 グウェンフィファが着ていた汚れ一つ無い白いドレスを龍鱗が引き裂かれる。

 膨張する質量、伸びる首、尻部から突き出る尻尾。

 少女は三十メートル以上の巨大な白きドラゴンと化す。

 

 変貌を遂げる天候―みるみるうちに青空が黒々とした曇天変わり、雷轟豪雨を地上に降り注ぐ。

 

「グオオオオオオオオオッッ!!」

 

 大音響の咆哮を轟かせグウェンフィファルは優雅に空へと舞った。その鋭い爪牙がウルディンのワイバーン達を引き裂き、食い潰す。

 ワイバーン達は応戦するが――無駄。

 天空の風雷風雨を味方に付けたグウェンフィファルには届かない。

 ウルディンがワイバーン達の指揮を取り、取り囲もうが、罠にかけようが、グウェンフィファルは圧倒的な速力、空を泳いでいるかのような自在の旋回力で正面から喰い千切る。

 例え、一つや二つの攻撃が届いても鱗に傷一つつかない。

 もはや空を征していたワイバーン達の姿は見る影もなく、戦況はグウェンフィファルの方へと傾こうとしていた。

 

「ならば、こちらも相応の相手を用意するまで」

 

 ウルディンが指笛を吹く。

 ただちに竜たちが寄り添い、その尾と首を互いに巻き付け、その顎で喰らいあう。

 噴き出す鮮血と血肉は溶けあい、混ざり合う。

 そして、融合し、一つの怪物を産んだ。

 誕生したのはグウェンフィファルと同等の巨躯を持つ赤き魔龍。

 

「ゴアアアアアアアアッッ!!」

 

 赤き魔龍は大咆哮をあげて、白き龍グウェンフィファルに突撃した。

 

 その威容、その姿は、張りぼてでは無い。

 赤き魔龍の力はグウェンフィファルに決してに劣らない。

 いや、それどころか単純な身体ポテンシャルに限れば勝っているその力は龍神―神の名を冠しても見劣りしないだろう。

 

 

 天を翔け、白き龍と赤き龍、ワイバーンの軍勢が衝突した。

 

 

 

 視られている。

 天空でぶつかり合い、しのぎを削り合う龍達よりも上空、絶えず雷鳴を鳴らす曇天の更に向こう側に居る存在から送られる戦気に満ちた視線。

 結城の見上げた視線と、宙に居る存在の視線が交錯し、戦意が弾けた。

 

 来る‼

 一筋の流星と化した敵が宙の上から降ってくる。

 

「グガアアアアアア‼」

 

 ウルディンの巧みな指揮によるワイバーンの軍勢に罠を嵌められ、赤き龍の尾に弾き飛ばされた白き龍が結城の傍に堕ちて来る。

 盛大に崩れる建造物。

 吹き飛ぶ土砂、揺れる地面。

 

 だが、結城にとっても宙の上の敵にとっても、そんな事は些事でしかない。

 

 隕石の如く堕ちてくる敵を前に結城は思考を全力で加速。

 それでも、見えない。 

 見えるのは大気の摩擦で生じた白線のみ。

 

 故に結城は視覚情報を放棄。

 目を閉じ、ただ己の直感と感覚に委ねて神刀を振るう。

 

 次瞬、腕に伝わる衝撃と雷電が駆け抜け、地が爆散した。

 衝撃波の渦が宙を舞う砂利や岩石を粉微塵に粉砕、膨大な熱量を生み赤熱化した大気の波が白き龍と近くに居たワイバーンたちを吹き飛ばす。

 

 地面に生まれた数十キロに渡るクレーター。

 その中心部で結城は無傷でたっていた。

 

「ぐっ……!!」

 

 だが、それは表面上のみ。

 肉体の中身は違う。

 へしゃげ、脳に激痛を訴える臓器。

 千切れた筋肉と毛細血管。

 

「ほう……幾分か受け流したか。フハハハハハッ!好い、好いぞッ‼」

 

 くぐもった男とも女とも取れる声音が耳を打つ。

 目を見開いた結城の視界に映るのは、空中で立つ白い白馬に乗った騎士。白い甲冑をまとい、逆棘状の槍と菱形の楯で武装している。

 

「鷹の羽衣よ、舞え」

 

 着ている茶色の地味なローブ、『鷹の羽衣』に大地の理を与えられ、結城は飛翔した。

 

 白き騎士が槍の穂先をピタリと結城に向ける。

 対し、結城は神刀を振るう。

 次瞬、衝突する白き閃光と閃光。

 枝分かれした雷が大気を駆け抜け、無数の火花を散らして消滅。

 一拍置いて、空を裂く轟音が響き渡った。

 

 剣閃が空を切り裂き、音を遥か後ろに置き去りにして唸り飛ぶ。

 馬上から伸びた槍が真正面から剣閃を受け止め、打ち返す。

 

 獣の本能と直感、感覚に委ねた、人の術理等一欠片も存在しない怪物染みた魔の剣閃。

 神域まで高められた武の術理、戦術、技量、闘いに関する全てが揃っている無欠の槍。

 真反対の性質を帯びた剣と槍は、交錯と激突を繰り返す。

 

 槍は間合いが長いから剣に有利とか、槍は懐に入れば無用の長物のなるとか、そんな道理など両者に通用しない。

 

 刃を十合以上交わした後に、世界がようやく気が付いたかのように生まれる轟音。

 物理的打撃力を帯びるまで至った音は衝撃となり、周囲を崩壊へと導いていく。

 

 拮抗する槍と剣。

 一刻刹那ごとに変転する攻守。

 刹那、剣と槍が激突、噛み合い停止した。

 だが、結城の筋力は人のものでしか無く、戦神の性質を持つ馬上の騎士は怪力乱神の力で緩慢ながら剣を押し切りにかかる。

 咄嗟に結城は神刀から閃く雷撃。

 しかし、放たれた逆襲の一撃は白き騎士の残像のみを焼き尽くし、轟音と熱をばら撒き地平線の彼方に消えた。 

 そして、白き騎士の天空の更なる上、宙へ座した。

 

「ハハハハハッ!やはり、戦は良い‼自身と同等の好敵手と血肉が舞い踊るこの刹那こそ我が至福‼

 ——さあ征こうぞ」

 

 白き騎士は地上に降る雷光の如く地上の好敵手目掛けて直進した。

 

 さながら隕石の如く天から降ってくる白き騎士。

 

 隕石(白き騎士)の軌道を何らかの手段で捻じ曲げようとするのは愚策。

 あの隕石は意志を持って飛翔しているのだ。

 瞬時に軌道を修正し、確実に結城を滅さんと突撃する。

 

 だからこそ、結城のやる事は変わらない。

 幾ら奇を衒おうが無駄なのだから。

 

 虚空でだらりと脱力する肉体、地に向けられる神刀。

 肉体が力を無くすのとは対照的に神刀の刀身は力を蓄え、雷光を収束する。

 本能と直感、感覚と閃きに委ね——白き龍の顎から氷河のブレスが流星を粉砕すべく放たれた。

 白き龍グウェンフィファルの視点からすれば、白き騎士は神殺しごと自身を滅ぼそうと一撃を放った敵である。

 白き騎士の最初の一撃による衝撃波と熱波で吹き飛ばされ、体勢を立て直したグウェンフィファルの視界に映ったのは再び空から堕ちてくる白き騎士。

 迎撃して当然だろう。

 

「なっ——!?」

 

 予想外の横槍に驚愕しながらも白き騎士は氷河のブレスを避ける。

 だが、氷河のブレスは無数に分裂。

 白き騎士を追尾。

 槍が分裂した無数のブレスを打ち払うが、一筋のブレスが白馬の脚に直撃。

 一瞬、白馬の脚を停止させる。

 

 その一瞬で十分だった。

 結城は集束していた雷光を指向性を持たせ、解放。

 神刀の切っ先からレーザーの如く集束された雷光が放たれた。

 

 急速に変化する状況にワイバーンの頭蓋の上で静観していたウルディンが動いた。

 ワイバーンに白き騎士への突撃を指示。

 ワイバーンは空中で硬直していた白き騎士を見事弾き飛ばし、雷光に呑まれて消滅した。

 

「まさか神殺しから情けを貰うとは……何故我を助けた?」

「別にお前を助けた訳じゃねえよ。今お前に死んで貰ったら俺が困る。それだけだ」

 

 別にウルディンは白き騎士に味方した訳では無い。

 ウルディンにとって白き騎士は敵でも味方でも無い存在。

 だが、白き騎士が居なくなれば、誰があの神刀を持つ神殺しを相手する?

 神刀を持つ神殺しは誰と敵対し、味方に付く?

 少なくとも自身の味方をしたグウェンフィファルとすぐさま敵対する可能性は小さい。

 一時的であれば、自身を倒す為に共闘する可能性すら考えられる。

 ならば、白き騎士には生き残って貰った方がウルディンには都合が良い。

 よってウルディンは白き騎士を助けた。

 

 白き騎士は、神刀を持つ神殺し結城と白き龍を敵と定めた。

 白き龍グウェンフィファルは、竜使いウルディンと白き騎士を敵に定めた。

 

 

 

「流石に私も神殺しと純粋な鋼の系譜に属する神、同時に相対すれば無事では済みません。ですから羅刹の君、私に力を貸しなさい」

 

 傍に降り立った白き龍が結城に共闘を提案する。

 

「別に構わないが——後ろから刺すなよ」

「そんな事、私がするはずが無いでしょう!」

 

 かくして流れは共闘戦に移った。

 

 

 

 

 

 白亜の神殿。 

 神官たちがテーブルの上に皿を並べていく。

 

 結城の隣の席にご機嫌そうな様子で座るグウェンフィファル。

 

 どうしてこうなったのか結城には全く分からない。

 

 共闘を結び、敵を何とか撃退するが腹の6割が吹き飛び、気絶。

 目覚めたらグウェンフィファルの神殿の豪華なベッド。

 ここ数日は神殿の神官たちにもてなされ——軟禁されていた。

 

 逃げようにもグウェンフィファルによってかけられた呪によって気が付けば、神殿から出ようとすれば身体が動かなくなる。

 

 呪から解放されたいなら自分を殺せと少女は言う。

 

 だが、殺せるのか?

 自分を慕っている少女を?

 

 友達を殺した事があるんだ。

 出来るだろ?

 悪魔が耳元で囁く。

  

 いいや、無理だ。

 俺には出来ない。

 

「これ、美味しいんですよ」

 

 グウェンフィファルが絶妙な火加減で焼かれた豚ロースを皿に乗せて差し出してくる。

 

「………ありがとう」

 

 …………。

 少女の純粋な好意に胸が苦しくなり、心が澱む。

 

「どうかしましたか?顔色が少し悪いですけど」

 

 グウェンフィファルが顔を覗き込み、心配そうに気遣う。 

 

「いいや、何でも無い」

「そう、ですか」

 

 グウェンフィファルは頬を赤く染めて、ぷいっと横に顔を背けた。

 

 

 

 真夜中。

 結城の眠るベッドにグウェンフィファルは忍び込む。

 

「ぅ……ん…」

 

 うなされ、苦しむ結城の姿を見て、女神は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 自分を想って悩んでくれている。

 自分を想って苦しんでくれている。

 それはなんと甘美な事だろうか。

 

 想い人が苦しむ姿は私も苦々しく想う。

 だけど、自分に関する事で苦しんでいるのなら別だ。

 

 想い人が自分を想ってくれている。

 

 そう認識するだけで心臓が早鐘を打ち、胸が満たされる。

 

「結城様ぁ……」

 

 喉から漏れる切なげな声。

 

 

 グウェンフィファルは神王である。

 故にグウェンフィファルよりも強き神は異郷の神のみ。

 

 グウェンフィファルは一人である。

 孤高にして絶対者たる神。

 それこそがグウェンフィファル、神王なのだから。

 

 グウェンフィファルを支える者は居ない。

 助ける者もまた、居ない。

 グウェンフィファルは最強の一なのだから。

 

 そうあれと願われ、そう生きてきた。

 

 けれど、あの日私は助けられた。

 結城様に。

 そして、肩を並べ、共に闘ったのだ。

 

 その時、私の胸の中に未知の感覚が広がった。

 ―愛。

 そう、愛だ。

 私はあの人を求めている。

 私はあの人を愛している。

 

 あの日、私は自覚したのだ。

 私は最強であれと願われた。

 けれど私は最強では無い。

 

 私は孤高であれと願われた。

 けれど、私に並ぶ者は居るのだ。

 

 一度温もりを、暖かさを知ってしまえば、神でさえ後戻りは出来ない。

 

 けれど、たった一つの言葉を私は言えなかった。

 神としての残った矜持が言わせなかった。

 たった一言。

 何処にも行かないで、ずっと傍に居て。

 それだけが言いたかったのに、私の暴走した神の矜持が想い人に呪いをかけた。

 

 それは神王の願い、想いの結晶。

 純粋で強力な願いだから裏返った。

 凶悪な呪いになってしまった。

 

 だというのに、私は喜んだ。

 

 これで離れなくて済むと。

 

 想い人と一緒に居る。

 それだけで私の想いは強くなり、私の心は狂っていく。

 

 絶対に離さない。

 絶対に離れない。

 結城様のことを知る度に、この温もりを、この人を、私だけのものにしたくなる。

 私の想いが一刻一刻と強くなっていく。

 

 ああ、もう抑えきれない。

 

 結城様、ずっと……ずっと一緒に…生きて行きましょう……。

 最期の時まで……ずっと……ずっと……。

 

 

 

 翌日、グウェンフィファルは結城の唇を奪った。

 そして、狂騒と狂乱の言霊をを吹き込み、決闘を申し込んだ。

 普通の決闘では無い。

 権能による強制がかかった決闘である。

 内容は勝者が敗者を手にするというもの。

 

 神の力の強大さは自我・妄執・アイデンティティーの強さに比例する。

 しかし、この時点でグウェンフィファルの神王としてのアイデンティティーは崩壊していた。

 いずれはそうなったにしても原因が結城という事は一つの事実。

 その影響でウェンフィファルの性格は、まつろわぬ神としての性に飲み込まれ、次第に原始の性質に近づき性格が大きく歪ませて行った。

 

 神は災害を擬人化してもの。

 元々は人を守る守護者でも、英雄でも無かった。

 ただ思うがままに行動するのみ。

 そこに悩みや苦悩など存在しない。

 

 

 よってまつろわぬ神としての性に呑まれたグェンフィファルは一つの結論を出した。

 

 欲しいのなら奪い取り、自分のものにすれば良い。

 しかし、神殺しを手元で飼うとするなら一筋縄ではいかぬ。

 であれば、権能にて魂ごと自身の元に縛るとしよう。

 

 神殺しが妾と闘うか迷っているならがその意志を妾が魔術で捻じ曲げ、闘うようにすれば良い事。

 

 決闘は神聖なもの。

 二人が全力で争う事で初めて成立する。

 逆に言えば、全力であれば良いのだから、魔術で全力を出させれば決闘は成立するのだ。

 

 

 かくして決闘は執り行われ——物語は冒頭へと戻る。

 

 

 

 殺した。

 俺が殺したのだ。

 あの少女を。

 嗤って、愉しんで、切り刻んで殺したのだ。

 

「ははははははははッ!」 

 

 それは人の行いでは無い。 

 戦で産まれた悪鬼羅刹の所業である。

 まともでは無い。

 

 グェンフィファルに何かされた?

 

 だ・か・ら?

 

 嗤っていたのは俺だ。

 愉しんだのは俺だ。

 切り刻んだのは俺だ。

 殺したのは俺だ。

 

 全て俺なのだ。

 そんな言い訳は死者に通用しない。

 

 悪鬼羅刹、それが水瀬結城で――

 

 結城が結論をだす直前、グェンフィファルの屍体が崩壊し、塵となり、一人の少女が産まれた。

 

「ふふふ、成功しました!」

 

 無垢な笑顔で笑い、結城に抱きつく少女。

 

 は……?

 

「これで私たちは一体。ずっと、ずっと一緒です。もう離しません。結城様が私をどれだけ邪険に扱おうと私は絶対に離れませんから」

「グェンフィファル……?」

「はい。あ、でもせっかく新生した事ですし、名前を少し変えてみましょうか。そうですね……グィネヴィアというのはどうでしょう」

 

 ……。

 なんと言えば良いのか分からない。

 状況に頭が追い付かない。

 ただ、グェンフィファルが生きていた。

 その事実を噛み締めるようにその小さな体を抱き締めた。

 

 

 

 何時かのある日。

 

 

 山々に囲まれた平原。

 此処はこの世界で結城が一番最初に目覚めた大地である。

 

「準備出来ました‼」

 

 グィネヴィアの笑みと共に、虚空で渦巻き、ブラックホールさながら周囲にあるものを吸い込む黒い渦が発現する。

 これこそが結城がこの世界に来ることになった原因。

 元の世界に繋がる道。

 異なる世界に繋がる通廊が膨大な呪力で力任せにこじ開けられ、渦はその大きさを増し、吸引力を強めていく。

 

 だが、強引にこじ開けられた通廊は安定していない。

 様々な世界に繋がりはしているものの、繋がる先は一瞬ごとに変わっていく。

 

 しかし、問題は無い。

 繋がってさえいれば、他の世界との入口が出来て無かろうが、鷹の羽衣によってする抜けられる。

 また、通廊の中を自由に飛べる為、変な世界に漂流したりせずに自分の世界に帰る事が出来る。

 

「行こうか」

「…………はい‼」

 

 差し出された結城の手を、グィネヴィアは握った。

 

 

 




 ネタバレ

 水瀬 結城
 異世界人と思い込んでいるが…………。
 どこかの傍迷惑な神殺しの作った通路に巻き込まれて、過去にタイムスリップしてしまった未来人。
 ラーマを殺害し、神殺しとして転生した為、結城の居た過去世界が分岐。
 現在は、彼の居た未来に繋がっていない平行世界に居る。 
 つまり、結城は異世界に居る事に……?

 どの権能も限界があやふやで制御を誤れば自滅する可能性がある。

 本気になればなるほど直感、本能、感覚任せの術理やセオリーを無視した魔性の剣を振るう。 
 別に居合い等、武の術理が使えない訳では無いが、武神に通用するレベルでは無い。

 

権能 
 終世の佩刀
 水瀬結城が叙事詩『ラーマーヤナ』で主人公として描かれる古代インドの大英雄ラーマとその次弟ラクシュマナから簒奪した第1の権能。
 自己の分身として、刃渡り1m程の両刃の剣を顕現させる。顕身として肉体を鋼に変じる事が可能。剣の刀身及び神刀と同質の鋼と化した肉体から雷光を放つ事が出来る。
 また、大地を征する雷の化身としての性質を帯びており、大地の精や大地母神の神力を喰らい、力を増大させる事が出来る。
 雷の化身、己の分身であることを利用し、神刀を通して観、感じる事で思考と視界を神速の領域まで高められるが、5分の使用で脳が悲鳴を上げるというピーキーな性能を持つ。
 実は神刀はラーマが神々から与えられた数々の天界の武具を一つに束ねた器であり、一振りの剣でありながら古今東西ありとあらゆる武器の性質を内包した究極の神剣。そして、その真の姿はおびただしい数の武具をモチーフとした戦術兵器《神刀の曼荼羅》。上空に曼荼羅を展開することで雷光の形で無数の鉄製武器を降らせて攻撃出来る。
 神刀から武具を取り出し、直接手に取り呪力を注ぐ事で武具の真価を発揮出来るが、結城一人では武具の数が膨大過ぎて把握仕切れず、先に用意していなければ、いざという時に必要な武具を取り出せない。また、取れる手段がありすぎて、逆に適切に対処が出来ずに自滅する可能性が存在する。

 『備考』
 上記は結構複雑になっているが権能としては極めて単純。自己の分身として、刃渡り1m程の両刃の剣を顕現させる。神刀は雷の化身であり、無数の武具の集合体である。それだけであり、他は全て応用である。
 出力限界は不明。


 鷹の羽衣
 水瀬結城が北欧神話で最も美しいと語り継がれている女神フレイヤから簒奪した第2の権能。『鷹の羽衣』を用いる事で自在に空を舞い、冥府や幽世、異界を行き来する力を得る。『鷹の羽衣』という名前であるものの、結城が念じれば、コート、マント、マフラーと自在に姿を変えれる。
 その能力の本質は、自身と周囲を対象とした局地的な重力操作。使いこなせれば、攻撃に重力を乗せる事で何気無い一撃だろうと強大な攻撃力を秘めるようになる。
 また、体表に重力障壁を展開し、防御する事が可能。権能による攻撃からすれば紙みたいなものかもしれないが……光に関する権能であれば、重力レンズを形成し、捻じ曲げる事が可能。それだけで無く、幾つものの重力レンズを空間に配置しておく事で相手に反射する事が出来る。しかし、呪術センスの無い結城にこのような芸当は不可能。グィネヴィアの力を借りましょう。
 『鷹の羽衣』に呪力を流す事で重力の出力、干渉範囲を上昇させれる。出力と干渉範囲の限界は不明。
 制御不能な領域まで出力を上昇させてしまった場合、自滅する可能性がある。


 白き女神の叡知
 水瀬結城が女神グウェンフィファルから簒奪した第3の権能。配下とした妖精のような容貌を持つ、10代前半の美少女を持つ女神グウェンフィファルを従属神として使役する。決闘による強制力と大地母神としての力を用いて最後にパンドラの簒奪の円環に干渉、水瀬結城の従属神として新生した(ストーカー)。一応結城の従属神であるものの生前の権能のほとんど使用不可能となっており、神と真正面から相対するのは不可能。その力は並の従属神と比べても遥かに弱い。だが、その身に蓄えられる呪力は並みの神を遥かに上回っており、大地母神の骸の呪力や大地の精を吸収し、その身にプールしておくことが出来る。女神としての叡知、魔道力は変わっておらず、人からすれば遥か格上の実力を持つことに変わりは無い。プールした呪力を用いる事で神にも傷を負わせる程の大魔術を使用出来るが、神刀の力と比較すればあまり役に立たない。その為、魔術や知識、卓越した魔導力、身に蓄えた呪力は結城の補助に用いられる。
 プール出来る呪力の限界は不明。
 場合によってはグウェンフィファルが制御不能になる可能性あり。
 
 『備考』
 ストーカー。結城の神刀の権能に合致した形で自分を新生させたヤバい存在。
 まつろわぬ神としての性は既に消えている。
 実は通廊を開く事が出来ます。



 

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