六人目の青薔薇   作:黒い野良猫

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第二十四話 奏の過去 後編

 あの出来事から早くも二年が経ち、俺は中学生になった。

 中学に上がっても、俺の生活に特に変わった様子は無く、ギターも一人で弾いていた。

 

「はぁ、つまんねぇな」

 

 友希那とリサは元気にしているだろうか。友希那のおじさんはだいぶ有名になってきて、今では東京では知らない人はいないだろう。まぁ、ここではまだ知られてないみたいだが。

 

 ――会いてぇな。あいつ等なら、きっと……

 

 なんて柄にもなく考えていると、音楽室についた。

 普通は通り過ぎる筈だが、何故か俺は足が止まってしまった。まるで音楽室が俺を呼んでいるかのように。

 俺はそっとドアを掛けようと試みる。

 

 ――鍵がかかってない……

 

 すんなりと開いたドアに少し戸惑いながらも、俺は音楽室に入った。

 中は机とグランドピアノ、歴代の偉人たちの肖像画が飾られていた。

 その中でも俺は、一つの()()()が目に入った。

 

「これ、ESPのMAVERICKじゃねぇか。色も黒で綺麗だし、値段は確か三十万近くだったような……何でここに……」

 

 俺はそのギターを手に取り、気付いたらアンプに接続していた。

 ダメだと分かっているのに、何故か弾きたいと思ってしまう。そして俺は一気にピックを振り下ろした。

 その瞬間、俺の身体に電流が走ったような感覚が襲う。

 

 ――な、何だこれ……今まで弾いて来たギターより全然すげぇ! これがESPの楽器なのか……!

 

 そして俺は無我夢中にギターを弾いていた。自分の好きな曲から、演奏が難しいと言われている曲まで。

 気付いたら俺は息を切らしながら弾いていた。

 

「すげぇ、凄ぇよこのギター!」

「凄いだろ」

「あぁ、今までこんな音聞いた事な……」

 

 そこで俺は気付く。本当なら俺は今一人の筈だ。なのに、何故か俺以外の声が聞こえた。

 俺は声のする方を振り向く。そこには音楽の先生が立っていた。

 

「人のギターで何してんだ? お前」

「あ、いや……」

「下校時刻も過ぎてるし、相当熱中していたようだな」

 

 先生に言われて俺は時計を見る。すると時刻は十八時をとっくに過ぎていた。

 

「まず、勝手に音楽室に入ったこと。人の(ギター)を勝手に触り、挙句の果てに演奏を始める。そして下校時刻を過ぎる。相当な処罰が下されるな」

「す、すみません……」

 

 すると先生は俺の方に近付いて来た。俺は何されるか分からず、思わず目を瞑る。だが、先生の手は俺の肩に置かれた。

 

「でも、いい音だった。お前の音、面白いな! 俺にもっと聞かせてくれよ!」

「え?」

 

 予想外だった。てっきり叱られると思った。だが帰って来た返事はまさかの称賛の声だった。

 

「いや~俺でもここまで音は出せないよ! お前、相当な実力者だな?」

「いや、あの……」

 

 まさかの出来事で、俺は戸惑ってしまう。

 

「でも、人の物を勝手に触ったのは事実。罰として、明日の放課後もここに来い。今度は自分のギターを持ってな」

「罰って……そんなもんで良いんですか?」

「何だ? やっぱり反省文が良いか? 俺は原稿用紙十枚は書かせるぞ?」

「喜んでギターを持って来ます!」

 

 俺は勢いで頭を下げる。だが、自然と笑みが零れる。

 こうして俺は、中学の音楽の先生――三島(みしま)孝弘(たかひろ)先生――と出会った。

 次の日。約束通り俺は自分のギターを持って音楽室に来た。

 

「お、来たな」

「これが俺の罰なんでね。言われた通り、ギターも持ってきました」

 

 そう言って背負っていたギターケースを下ろし、蓋を開けてギターを見せる。

 

「へぇ、EVOの0303Z Hybrid LTD Jet Blackか。結構いいの持ってるな」

「まぁ、親父の御下がりですけど」

「親父さん、ギター弾いてたのか」

「えぇ、昔バンドを組んでいたみたいで……」

 

 俺と先生の他愛ない会話は、下校時刻が来るまで続いた。

 その日から俺は毎回放課後に音楽室により、先生とセッションしたり、ギターの話をしたりした。

 

「サヴァン症候群ねぇ。それで楽器全般弾けるって訳か」

「えぇ。そのせいで、周りは俺の事よく思ってないみたいですけど……」

 

 ソースは小学校の頃の俺。一時期バンドを組んでいた時期だ。

 

「そっか。だけど、必ず良い奴が現れるさ」

 

 そう言って先生は俺の肩を叩く。

 そんな事を言われ、中学二年に上がったある日。三人の男子が俺の机にやって来た。

 

「ね、ねぇ……」

 

 一人はおどおどしながら声を掛けてくる。

 

「どうした?」

「あのさ、内田君ってギターやってるの?」

「え? あぁ」

 

 俺はずっとギターを学校に持って来ていたから、気になって声を掛けてきたんだろう。

 

「やってるけど、どうしたの?」

「じゃあさ! 俺達にギター、教えてくれよ!」

「ギターって、三人か?」

「いや、俺は違うんだけど……」

 

 三人中二人はギターで、一人はドラムらしい。

 

「別にドラムも出来るぜ」

「ホントか? あ、じゃあ俺にドラム教えて貰っても良いか?」

「良いけど、どうしたんだいきなり」

 

 話によると、三人でバンドを組みたいらしいが、如何せん楽器が初心者なもんで、どうしたら分からなかった所にいつもギターを背負っている俺が目に入ったらしい。

 

「じゃあ、指導係って事で良いのか?」

「それなんだけど……内田君にも入って欲しいんだよね」

「待て待て、流石にギター三人は多すぎだ。バランスが合わん」

「あ、だよね……」

 

 俺が言うとしゅんと落ち込む。

 

「まぁ、キーボードなら良いぜ」

「え? キーボードも出来るの?」

「あぁ。楽器全般出来る」

 

 俺がそう言うと、三人はとても嬉しそうに喜ぶ。

 

「じゃあバンド結成だね!」

「バンド名どうしよっか?」

「Miracle Shineなんてどうかな?」

 

 ――奇跡の輝き、か……

 

「良いんじゃね? 俺は好きだよ」

「ほ、ホント!? じゃあそれで!」

 

 こうして俺達「Miracle Shine」は結成され、まずは夏に行われるお祭りの野外ライブ出場を目標に頑張った。

 

「へぇ、バンド組んだのか」

「はい。何か俺以外美男子って感じで、女子と間違われてもおかしくない容姿で……」

「あぁあいつ等か。それにしても、漸く見つけたか」

 

 先生は嬉しそうに、まるで自分の事の様に喜んでくれた。

 

「頑張れよ。夏祭りのライブには見に行くから」

「ありがとう先生」

 

 そう言って俺は帰宅した。

 

「あ、お帰りなさい。FWF始まったわよ」

 

 俺が家に帰ると、お袋がそう言ってきた。

 今年のFWFに、友希那のおじさんが出場する。俺はそれを楽しみにしていたのだ。

 だが――

 

「何だよ、コレ……」

 

 俺は驚きが隠せなかった。何故なら、おじさんたちのバンドが今までと打って変わってしまったのだ。

 

 ――こんなの、おじさん達の音楽じゃない。外部からの余計なものを入れられたんだ。

 

 俺はその時、一人の幼馴染を心配した。

 

 ――友希那、大丈夫かな……

 

 こうして俺にとって最悪のFWFは幕を閉じた。

 そして数日後、おじさんのバンドは解散した。

 

 

 月日は経ち、夏祭り野外ライブ本番まで迫って来た。

 

「き、緊張してきた……」

「大丈夫だよ。今まで練習してきたんだから、いつも通りやれば」

「そ、そうだよね!」

「じゃあ円陣組もうぜ」

 

 そう言って俺達は肩を組み、円陣を組んだ。

 

「俺達のデビューライブだ。締まって行こうぜ」

「「「おう(うん)!!」」」

 

 そして、アナウンスが入った。

 

『続きまして、本日デビューライブの『Miracle Shine』です!』

 

 こうして俺達はステージの上に立った。

 だが、結果は散々だった。

 俺以外の三人は緊張に押しつぶされ、ミスの連発。挙句の果てには演奏中止となった。

 周りからの声も酷いが中でも気になったのは――

 

「キーボード以外全然なってないよな……」

「キーボードが可愛そうだぜ……」

「何であんなバンドに入ったんだろうな」

「宝の持ち腐れだぜ、あれ……」

 

 そう、俺を庇うように他の三人を非難する声が多かった。

 三人はそれを聞いて悔しそうに拳を握る。

 そんな三人に、俺は声を掛ける。

 

「気にすんな。俺達はまだ始まったばかりじゃねぇか。この失敗を糧に、また練習頑張ろうぜ」

 

 だが、帰ってくる言葉は、否定だった。

 

「僕達じゃ、内田君の足を引っ張るだけだよ……」

「な、何言って……」

「周りの声が正しい。正直言って、内田は別次元の人間だ。凡人は天才に付いて行けねぇよ……」

 

 その時、俺は小学校の時の記憶がフラッシュする。

 

 ――また、こうやって離れていくのか……そうやって天才だからって諦めて、また離れていくのか……

 

 俺は声が出なかった。何て言ったら良いのか分からなかった。

 唯一出た言葉は――

 

「そう、か……」

 

 の一言だった。

 そして「Miracle Shine」から、内田奏の名前がなくなった。

 俺は日の暮れた道をとぼとぼ歩く。するとそれに立ち塞がるように、一人の男が立っていた。

 

「先生……」

「内田……」

「先生……やっぱり俺、バンド向いてないのかな……」

 

 そんな事言う俺に、先生はそっと抱き締めてくれた。

 

「そんな事ない。周りはお前を天才だと言っているが、誰もお前の本当の良さに気付いていないだけだ。ミスった時も、何とかカバーしようとしただろ」

「でも、結局裏目に出ちまった……俺、俺……!」

 

 すると俺の目から、滅多に流れない物が流れた。先生はそんな俺を黙って抱き締める。

 

「ごめん先生、情けない所見せちまった」

「心配すんな。いいか内田。今はいないかもしれないが、必ずお前の音を必要としてくれる人がいるさ」

「いるかな、そんな人……」

「いるさ。近い将来、絶対な」

 

 こうして俺の中二の夏が、幕を閉じた。

 

「そうだ、お前にこのギターをやるよ」

 

 そう言われて渡されたのは、いつの日か俺が勝手に弾いていたESPのギターだった。

 

「でもこれ、先生のじゃ……」

「良いからもってけ。このギターはお前にぴったりだ。だから、使ってやってくれないか」

 

 こうして俺は先生からギターを貰い、暇があれば先生のギターで弾いていた。

 これが、俺と先生の最後の会話だった。

 

 

 夏休みが空けてから、先生を学校で見ることは無くなった。話によると、体調が優れず休職しているそうだ。

 

 ――先生がいないんじゃ、音楽室使ってもつまんねえな。

 

 その日から俺は音楽室に通わなくなった。

 そして中学三年になり、受験シーズンとなった。先生は未だに学校に来ていない。

 

 ――まだ良くなんねぇのかな。

 

 ある日、急遽全校集会が開かれることになった。

 何事かと思い、俺は体育館に集まる。

 

「皆さんに、残念なお知らせがあります。以前より、休職していた三島孝弘先生ですが――」

 

 ――えっ……

 

「先日、市内の病院でお亡くなりになられました」

 

 その時、俺の中で何かが崩れる音がした。


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