「それから奏は変わってしまったわ」
私達は内田さんの過去を内田さんのお母様から聞いていた。
「今まで笑って弾いていたギターも、いつの日か笑顔が消えてしまった。何処か抜けたような、心にぽっかりと穴が空いた様な、そんな感じになってしまった」
するとお母様の頬に、一筋の涙が零れた。
「音楽が大好きだったのに……サヴァン症候群のせいでバンドの解散に追い込まれ、奏の事を一番近くで見てきた先生も失ってしまって……」
他の四人も俯き、悲しそうな、辛そうな表情をしている。
――内田さんはなりたくて天才になったんじゃない……むしろそのせいで自分が辛い目にあっているのに……私はそれを日菜と同等に考えてしまった……。一番辛いのは内田さんの筈なのに……
私はあの日のファミレスでの発言に後悔し、後で謝ろうと決意した。
「奏は自分の事をこう言ってたわ。『俺は死神だ。深く関われば関わろうとするほど、周りの人は離れていく』って。だからあの子はバンドと関わるのが怖いのよ。また自分のせいで、解散の危機まで迫ってしまうんではないかって……」
「だから奏は、頑なにバンドに関わろうとしなかったんだ……」
今井さんが小さく呟く。私は一つ疑問に思い、質問をした。
「内田さんがバンドに関わりたくない理由は分かりました。ですが、何故彼はここまで私達に協力してきたのですか? メンバー集めも、スタジオを貸してくれることも。本来なら、その事も拒むはずなのに……」
「それはね、紗夜ちゃん。多分、まだ信じたいんだと思う」
「信じる、ですか……?」
今度は白金さんが呟く。
「うん。特に友希那ちゃんとリサちゃんをね」
「アタシ達を?」
「あの子にとって、あなた達二人はとても大切な存在。引っ越した後も二人の事を気にしていたわ。だから、僅かな可能性を二人に掛けているんだと思う。二人なら、自分の空いた心の隙間を埋めてくれるんじゃないかって。でも、それでも怖いの。また失ってしまった時の反動の方がデカいから」
内田さんがここまでお二人を思ってくれているなんて……幼馴染だからでしょうか。お二人を見ると、どこか嬉しそうな表情をしていた。
「お願い、みんな。奏を助けてあげて。過去に縛られているあの子を、解放してあげて」
そう言ってお母様は頭を下げる。
私達は目を合わせる。四人が四人、決意をした目をしていて、頷いた。
「任せて、おばさん。奏は私達Roseliaが必ず救うわ。だから、安心して」
「ありがとう、友希那ちゃん、みんな……」
こうして私達は内田さんを救う事を誓い、再びスタジオに戻って練習をするのだった。
――――――――――――
―――――
――
あの日から俺は、数週間引きこもった。先生はかなり前から病気で、本来なら俺が中一の秋には亡くなってもおかしくなかったそうだ。
「じゃあな、先生」
俺は先生に別れを告げ、その場を離れようとする。
「あら、あなたは……」
すると向こう側から女性の声がした。その女性を見ると、花と手桶を持っていた。
俺はとりあえず一礼する。
「旦那の墓参りに来てくれたのね」
「旦那、というと……」
「三島の妻です」
この女性は先生の奥さんだった。
奥さんも俺に一礼して、先生の墓の前まで行く。
「ありがとうね。奏君、でよかったからしら?」
「あ、はい。内田奏です」
「そう。旦那がいつも嬉しそうに話していたわ、あなたのこと」
奥さんの表情は柔らかな笑みを浮かべていた。
「あの、葬儀に出席せず、申し訳ございません」
俺は頭を下げる。
先生の葬儀には出席しなかった。したら、本当に先生が死んでしまったと実感してしまうから。
「いいえ。あなたも辛かったでしょう。それなのに去年もあの人の命日にお墓参りに来てくれて」
「気づいていらしてたのですか?」
「えぇ。私が来る前に、もの新しいお花と、綺麗にされた墓石があるもの。あの人の話から聞くに、あなただとすぐ分かったわ」
「そう、ですか……」
「それとね、あの人、満足してたの。入院する前、自分のギターをあなたに渡せて良かったって」
先生は分かってたんだ。もう自分に時間がないことが。
「あと、渡そうと思ってたんだけど、なかなか会えなくてね。これ」
奥さんはカバンから、一枚の封筒を出して、俺に渡した。
「生前、あなたに書いた手紙だそうよ。自分が死んだとき、渡してくれって」
俺は手紙を受け取ると、早速封を開いて手紙を読む。
すると途中から文字か擦れて見えなくなってきた。手紙のせいじゃない。自分が泣いているんだとすぐに分かった。
「せん……せい……!」
涙が止まらなかった。自分が死ぬかもしれないのに、ここまで自分のことを思ってくれたなんて。
「あの人の思い、無駄にしないでね」
「はい……!」
こうして俺は奥さんと別れを告げ、東京へと戻るのだった。
――――――――――――
―――――
――
「ただいま」
東京についた俺は家に帰ってきた。玄関を見ると、まだたくさんの靴が置かれていた。
「おかえりなさい、奏」
「ただいま。なに、まだあいつらいるの?」
あいつら、友希那達のことだ。
「えぇ。それと、あなたが帰ってきたらすぐに地下に来てとも言ってたわ」
「まじか。何か問題でもあったのか?」
俺は一旦荷物を置きに部屋に戻り、着替えて地下室に行った。
「おい、どうしたんだ?」
俺は地下に行くと、友希那達は普通に練習していた。
「あら、おかえりなさい奏」
「ただいま……って、今何時だと思ってんだよ。十八時だぞ」
「えぇ。知っているわ」
「じゃあ何で――」
「あなたに聞いて欲しい曲があるからよ」
友希那がそう言うと、他のメンバーは準備する。
「それじゃ行くわよ。Re:birth day」
新曲だろうか。俺の知らない曲を披露してきた。
――あれ……何でだろう……
頬に伝わる冷たいもの。それが何か分かるのに時間はかからなかった。
――何で俺、泣いてんだろう……
この曲を聞いているだけなのに、涙が止まらない。止まる気配がない。
その時俺は、昼間貰った手紙を思いだす。
――――――――――
拝啓、内田奏様。
お前がこの手紙を読んでいるという事は、俺は死んだという事だな。
病気の事、黙っててすまなかった。お前の姿を見ていると、病気である事を言えなかった。
サヴァン症候群のせいで、バンドメンバーから嫌われ、解散まで追い込まれ、音楽に対して絶望していたお前を、見ていられなかった。
才能あるお前に、音楽を止めてほしくなかった。だから俺は、僅かな命を全て、お前に授けようと思った。
お前の演奏している姿を見ていると、心なしか、病気も治るんじゃないかと思った時もある。それ程お前の音は輝いていた。
もしかしたらお前はもう、バンドなんて組めないかもしれない。また解散に追い込んでしまうだろうと、そう思ってしまうかもしれない。けどな、全員が全員、そうじゃないんだ。俺の他にも、お前の事を分かってくれる人がいる筈だ。
無理にバンドに入れとは言わない。だが、必ずお前の
俺がお前にしたように、今度はお前が支える番だ。
お前が育てた音楽、上で聞いてるからよ。
だから、腐るなよ……
今までありがとう、奏。
三島 孝弘
――――――――――
「奏」
演奏が終わると、友希那が声を掛けてくる。
「あなたの事は聞かせてもらったわ。でも、それでも私達はあなたが必要なの」
「……俺は死神だ。俺が関わると必ずバンドは解散に追い込まれる。大切な人までいなくなる」
「そんなの関係ないわ。そもそも、私達は頂点を目指しているのよ? そんな簡単に解散しないわ」
「でも、俺が!」
「奏」
今度はリサが声を掛けてきた。
「確かに過去の事があるから信じられないのかもしれない。でも、少しはアタシ達を信じてよ! 幼馴染を、信じてよ……」
するとリサも大粒の涙を流していた。
「内田さん」
すると紗夜が近付いて来た。
「申し訳ありませんでした」
そう言って紗夜は頭を下げる。
「な、何で……」
「以前、あなたの事を日菜と同じ『天才』だと言いました。ですが、今日の話を聞いて、病気のせいで苦しめられているのを知って、私はなんて失礼なことを言ったのかと後悔しました。何も知らないとはいえ、あの時の発言、申し訳ありませんでした」
「あ、頭を上げてくれ。別にそこまでしなくても……」
「それでも、私は内田さんに入って欲しいと思っています。私は更なる高みを目指したい。その為に、内田さんの力が必要です」
紗夜は真剣に言ってくる。
「どうしてそこまでして、俺なんかを……」
「忘れたの? 昔約束したじゃない」
――昔……
『私、お父さんみたいなバンドマンになりたい!』
『友希那がなるなら、アタシもなる!』
『ははは、友希那もリサちゃんも嬉しいことを言ってくれるな。でも、そんな簡単じゃないぞ?』
『なら、僕が二人を支えるよ』
『奏……』
『僕が友希那とリサを、カッコいいバンドマンにする。そしていつか、お父さんやおじさんを超す最高のバンドになるんだ』
――そっか……あの時の約束、覚えてたんだ……
友希那は俺の両手を取る。
「奏。私達を支えなさい。そして、奏のおじさんや、私のお父さんを超すバンドを作り上げなさい」
「……俺の指導は、生半可じゃないぞ」
「それぐらい覚悟しているわ」
「練習がきつくて、嫌な気持ちにさせるかもしれないぞ」
「それぐらいしなきゃ、頂点は目指せません」
「時々厳しい事を言うかもしれないぞ」
「それ程あこ達を思ってくれてるんですよね!」
「かなり高度な技術を教えることになるぞ」
「頑張り、ます……」
あこ、白金も続けて俺の近くに寄る。
――先生。俺……
「友希那、リサ。お願いがある」
「なに?」
――俺漸く……!
「俺を、Roseliaのマネージャーにしてくれないか……?」
「勿論。歓迎するわ」
――漸く、居場所を見つけました……!
こうして俺、内田奏はRoseliaのマネージャー兼技術指導に就任し、影でRoseliaを支えることとなった。
これから始まるは、頂点を目指すガールズロックバンドの五人と、それを影で支える一人の男の物語。
彼等を待ち受けるのは一体、何なのか。それはまだ、神のみぞ知る物語である。
第一章 完
これにて、Roselia結成編を終了します。
次は第二章「日常編」がスタートします。
活動報告でも述べました通り、ここで一旦休載します。
次に戻ってくるのは恐らく夏休みごろになると思います。
勿論、それより早く帰ってくることもありますので、暫くの間、お待ちください。
この物語は始まったばかりです。必ず完結させますので、これからもこの作品をよろしくお願いします。
それではまたいつか、お会いできるその日まで……
ヒロインはどーする?
-
リサOnly!
-
Roseliaハーレム!
-
ハーレム一本!