花女の文化祭も終わり、またいつもの日常に戻る俺達。俺んちの地下室で、いつもの様に楽器を設置する。
だが、今日は少し違う。
「え? 奏がギター弾く?」
「おう。今日は紗夜の代わりに俺が弾いてみようかなと。たまには良いだろ?」
そう。いつもは聞き専だった俺だが、今日は自分から弾くと申し出たのだ。
「紗夜も聞き専に回った方が、色々と見つかるものがあるんじゃないか?」
「確かにそうね。紗夜、今回はそれで構わないかしら」
「はい。奏さんの技術も参考にしたいですし、それでお願いします」
話は纏まり、俺は準備をする。
何故俺が急に弾くと申し出たのか。それはただ弾きたかったからではない。
こうなった経緯は、花女の文化祭での出来事だ。文化祭のバンド演奏中に燐子がふと呟いた事が気になった。極僅かな人にしか気付けないミスを気付いたのだ。
今回の目的は、俺がわざと極僅かにミスり、皆が気付けるかどうか試したいのだ。もし、全員気付ければ、Roseliaの実力は格段と上がる。
「じゃあ行くわよ。【BLACK SHOUT】」
そう言って演奏を始める。俺は勿論、紗夜を模倣して演奏している。紗夜はずっと俺を見ている。なんか照れる。
「たとえ明日が 行き止まりでも 自分の手で 切り開くんだ」
──ここだ!
俺はわざとサビの途中で音を少し外した。すると、突然演奏が止まる。
「……ん? どうした?」
俺は辺りを見渡す。周りはもの珍しそうに俺を見ていた。
「珍しいわね……」
「え?」
「奏、今音外したでしょ?」
友希那とリサが言ってくる。
「あこも思いました! 奏さんが音を外すなんて、珍しいなと」
「私も、聞こえた……」
「……紗夜はどうだ?」
一言も発していない紗夜に、俺は話をふる。
「そうですね。私も皆さんと同じ意見です。奏さんが音を外したのには、何か理由がおありの様ですし……」
──紗夜の奴、そこまで見抜いたのかよ……
正直ここまでとは思わなかった。全員が全員、極僅かなミスに気付いたのだ。
「……確かに、俺は今わざと音を外した。紗夜の言う通り、理由もある」
「理由?」
「俺が理由もなしに音を外すわけないだろ。今回俺が音を外したのは、お前達を試したんだ」
「試した、ですか?」
俺は事の経緯を話す。すると、全員が顔を見合わせ、驚いたような表情をする。
「確かに、耳が良くなった気がするわ」
「アタシも感じた。ちょっと変な音が入るだけで、嫌な感じするし……」
「あこも違和感を感じます。この間の羽丘の文化祭でも、何組か音外してましたし……」
「奏さんといて、耳が冴えてきたのでしょうか」
「いつも、奏君の音を聞いているから、だと思う……」
全員が思ったことを口にする。これは願ってもない事だった。
俺は嬉しさのあまり、フッと笑う。
「どうしたの? いきなり笑って」
「いや、良い収穫を得れたなと思って」
「収穫?」
リサが聞いてくる。
「あぁ。お前達は疑似絶対音感を手に入れた。俺ほどではないが、多少のミスでも気付く程な。それが嬉しいんだ。お前達は、もっともっと高みを目指せる」
俺の言葉に、皆が笑顔を見せる。
彼女達が成長した瞬間だった。
だが、俺はまだ知らなかった。この先のライブで、彼女達がもっと進化することを。