俺は今、窮地に立たされていた。
「それで? どうして奏が白鷺さんと一緒に居たの?」
「いや、だからそれには訳が……」
「訳って何? 早く教えてよ」
目の前で目の光を失った友希那とリサが立っているのだから。因みに俺は正座中。
「はぁ。湊さん、今井さん。取り敢えず落ち着いてください」
リビングで休憩していた紗夜が声を掛けた。
「紗夜──!」
「話を聞いてから、煮るなり焼くなりしましょう」
「俺何もやってないよね!?」
すると紗夜も少しずつ目の光を失っていく。何? 病んでんの?
「皆さん……落ち着いて、ください」
「取り敢えず奏さんの話を聞こうよ」
「燐子、あこ……!」
俺は二人を初めて女神だと思えた。
「はぁ、そうね。奏、足を崩して良いわよ」
「ごめんね~。ちょ~っと意地悪したくなって☆」
「意地悪というより、いじめだよそれ」
「取り敢えず、お話を聞かせてくれませんか?」
「分かったよ」
あれは数時間前の事──。
「かー君! ちょっと良い?」
日菜に呼ばれた俺は、日菜に連れられ屋上に行く。
「どうしたんだ。こんな所で」
「実はね。かー君に会ってほしい人がいるの」
何だろう。この、娘が父親に彼氏を紹介するような感じ。
「俺に会ってほしい人?」
「うん。千聖ちゃんなんだけど……」
「千聖……白鷺千聖の事か?」
──何故白鷺が俺に会いたいと? 訳が分からない。
「この間のライブの件、もう一度話し合ったんだ。本当にあれでよかったのか。その時、かー君の話になって……」
日菜の話を要約するとこうだ。
まず前回の初ライブでの出来事について、もう一度話し合ったらしい。本当にあのままで良いのか。その時、俺が当時のライブを不快に思った事と、彩達が俺に謝った事を話したら、白鷺も会いたいという話になったそうだ。
「まぁ、話の流れは分かった。でも、何故急に?」
「千聖ちゃん自身も、かー君に謝りたいって言ってたし、何より、聞きたいことがあるみたい」
「聞きたいこと、ねぇ……」
「場所はつぐちゃんのお店ね。放課後、一緒に行こう」
こうして俺は、白鷺千聖と会うことになった。
☆☆★☆☆
放課後。俺は日菜と一緒に羽沢の店へと向かった。リサ達には用事があると伝えておいた。
「いらっしゃいませ~。あ、内田先輩! 日菜先輩! こんにちは」
「よう」
「やっほ~つぐちゃん。千聖ちゃん、来てる?」
「はい。奥の席でお待ちです!」
「ありがと~。かー君行こっ!」
こうして俺達は奥の席へと向かう。
「千聖ちゃんお待たせ~」
「あら日菜ちゃん。こんにちは。隣にいるのが……」
「初めまして。内田奏です。白鷺千聖、であってるよな?」
「えぇ。私が白鷺千聖よ。宜しくね」
こうして俺達は邂逅を果たす。
俺達は席に座り、注文すると早速本題に入る。
「で、名女優が俺に何の様で」
「まずあなたに謝罪をしたくて。初ライブの際、不快な思いをさせてしまい、申し訳ないわ。ごめんなさい」
そう言って頭を下げる白鷺。
「話は分かった。でも、それだけで俺を呼ぶ理由にはならんだろ。実際、俺とお前が会うのは今日が初だし、何より俺に謝る義理もない。違うか?」
「えぇ。確かにその通りよ。私は本来なら貴方に謝るどころか、会う必要もない」
「なら何で」
「貴方に、お願いがあるの」
真剣な眼差しを向ける白鷺。どうやら、それ程真剣なようだ。
「私に、ベースを教えてほしいの」
「ベース? 何でまた」
「あのライブ以降、私は考えたわ。元々エアバンドに賛成していた私だけど、彩ちゃんや日菜ちゃんから貴方の事を聞いて思ったの。本当に名前を売るだけで良いのか、と。もしかしたら貴方以外に、不快に思った人がいるのではないかと」
成程。つまり白鷺は白鷺なりに、答えを導き出した訳か。
「その答えが、エアバンドを止め、本物のバンドとして活動していく、と」
「えぇ」
「なら尚更わからねぇな。何で俺なんだ? 事務所にもベースが、と言うか楽器弾ける人がいるだろ」
俺の質問に、今度は日菜が答える。
「確かにいるよ。でも上の人は私達の出した答えに反対するの。このままエアバンドとしてやっていくって。お前達は名前を広げられれば、それでいいって」
その言葉をきいて、俺の中に怒りが湧いた。
──やっぱり、何処の事務所も屑ばっかだ。所詮は自分達の事しか気にしていない。事務所の名前が広がれば、その事務所に入りたいと思う人が増えてくる。そしてどんどん名前を広げていく。
「──気に喰わねぇ」
「え?」
「お前達の事務所、気に喰わねぇって言ってんだ。名前を広げる? バカな事をぬかしてんじゃねぇよ。そんな事の為に、所縁ある音楽をバカにされてたまるか」
俺は静かに言う。
「会わせろ」
「会わせろって……まさか!」
「お前達のトップ──社長に会わせろ。その腐った根性、叩きのめしてやる」
机の下では、血が出そうなほど手を握りしめていた。
「……分かったわ。来週、貴方を事務所に連れていくわ。それで良い?」
「あぁ。それで良い」
俺は全員分の料金を払い、俺達は店を出る。
「じゃあ詳しい事は日菜ちゃんを経由してお知らせするわ。宜しくね、内田君」
「ばいばいかー君!」
「おう。じゃあな」
こうして俺達は別れ、俺も帰路に着こうと思った時だった。
「奏……?」
そこには、目の光を失ったリサと友希那がいた。
そして、冒頭に戻る。
「成程。でも聞かせて。どうして奏がそこまでするの? 先程まで赤の他人だった白鷺さんの為に、何でそこまで?」
友希那が聞いてきた。
「……別に俺はアイツの為にとか思ってねぇよ。音楽をバカにされたから、その発言を撤回させるんだよ」
「やっぱり奏は音楽になると熱くなるね」
「文句あるか? 練習量倍にすんぞ」
「ちょっと、それは厳しいって!」
「そんな事より、俺達もライブが控えてるんだ。練習するぞ」
俺達は地下室に向かう。
──待ってろ。その舐め腐った考え、俺が改めさせてやる。