六人目の青薔薇   作:黒い野良猫

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第九話 VS社長

「ここよ」

 

 白鷺との邂逅から数日後。俺は白鷺に事務所へと連れてこられた。理由は一つ。舐め腐った社長とお話をするだけだ。

 それから、パスパレの残りの二人とも会った。大和麻耶、若宮イヴ、それからマネージャー。

 マネージャーはどちらかというと俺達の味方らしい。会社の為に道具扱いされる事が許せないだとか。マネージャーが話が分かる人で助かった。

 

「でも奏君。本当に良いの? いくら私達の為とは言え、こんな事……」

 

 丸山が言う。今回の件、Pastel*Palettesの全員が参加するそうだ。

 

「勘違いすんな丸山。俺はお前達の為にやるんじゃない。音楽をバカにされたから、それを撤回してもらうだけだ」

「巻き込んでしまって、すみません……」

 

 俺は事務所を睨みつける。

 

「では行きましょうか。こっちよ」

 

 俺は白鷺の後を付いて行く。それに続いて丸山も付いてくる。

 中に入り、エレベーターに乗る。途中でマネージャーと合流し、そしてついに、目的の部屋へと着いた。

 

「内田君。私も協力する。一緒に社長を説得してくれ」

 

 マネージャーの人が言う。

 

「えぇ。やれるだけの事はやってみますよ」

「じゃあ、入るよ」

 

 その言葉で、マネージャーは社長室のドアをノックする。すると奥から返事が聞え、俺達は中に入る事にした。

 

「おや、Pastel*Palettesが全員揃って何の様でしょう。それに、関係のない人がいるようですが」

 

 貫禄ある中年男性が立派な椅子に座っていた。

 

「いきなりの事で、申し訳御座いません。実は、社長にお願いがあって、ここに来ました。彼は、彼女達の友人です」

「どうも、初めまして。内田奏といいます」

 

 俺はお辞儀をして挨拶をする。人間、第一印象は大切だ。

 

「初めまして。この事務所の社長をしている鳴滝という。それで、お願いとは?」

 

 早速本題に入った。俺達は椅子に座り、丸山が口を開く。

 話の流れとしては、先に丸山達Pastel*Palettesが社長に嘆願する。そこで何かあれば俺達が介入するという手筈だ。

 

「しゃ、社長! 私達、バンドがしたいです!」

「何を言っているんだい。君達は既にPastel*Palettesというアイドルバンドじゃないか」

「いえ、そうではないんです。私達は、()()()()()()バンドをやりたいんです」

 

 今度は白鷺が言う。その時、社長の目付きが少し変わった。

 

「……どういうことだ?」

「あの時、私達の演奏を一瞬で見抜いた人がいるんです。その人は言いました。聞いているだけで不愉快だと。もしかしたら、他にも同じような事を思っている人がいたかもしれません。そんな思い、二度とさせたくないんです。だからお願いします。私達に演奏をさせてください。お願いします」

 

 白鷺が頭を下げると、俺以外の人が頭を下げる。俺はずっと社長を見ている。すると、社長と目が合った。

 

「君かい? その()()()といったのは」

「……えぇ。俺ですが」

「そうか。君か……」

 

 すると社長はニヒルな笑いを浮かべた。

 

「じゃあ君をPastel*Palettesを侮辱したという事で、侮辱罪で訴えられるな」

「なっ──!」

 

 社長の一言で、部屋の空気が変わった。だが、俺は物怖じしない。

 

「いやぁ自らがこうやって罪を認めてくれるなんてありがたいよ。今弁護士に連絡するから、ちょっと待ってなさい。慰謝料だけで済ませる様にするから」

「ま、待って下さい! 私達は別に彼を侮辱罪で訴えようなんて……」

「君達も辛かったでしょう。彼に侮辱されて。これで終わるからね」

「まぁ待てよ」

 

 俺が口を開く。

 

「それ、本当に侮辱罪として通るかな」

「何?」

「侮辱罪、名誉棄損の成立には条件がある。一つ目。先ずは事実を摘示しているかどうか。そこで侮辱罪か名誉棄損で分かれる。もし俺の言った不愉快という言葉が事実でないなら、侮辱罪にあたいするだろう」

「ほら見ろ! 君は彼女達を侮辱した──」

「だが、それを公然としていない。その時点で、侮辱罪の罪に問われないんだよ。残念だったな」

 

 ライブの日。確かに俺は隣の人に不愉快といった。だが、その発言は公然とされていないため、侮辱罪には問われないのだ。

 社長は俺を睨みつけると手に持った受話器を元に戻す。

 

「そんな事より話を戻そうぜ社長さんよ。どうすんだ? 彼女達は()()()()()()バンドがしたいらしいぞ」

「ふん。そんな事させる訳ないだろう。彼女達はモデルだ。アイドルだ。女優だ。そんな事をしている暇はない」

「じゃあ何でそんな多忙な五人を集めてアイドルバンドを組ませたんだ? おかしいだろ」

「君は分かってないな。私は彼女達に仕事を手に入れる機会をあげているだけなんだよ」

「そしてエアバンドをさせた結果、あの様な惨事になった。違うか?」

「それが何だと言うんだね?」

「そのせいで、こいつ等の立場は怪しくなってんのが分からないのか? 今音楽界で、こいつ等パスパレの居場所は無いぞ」

 

 それに──と俺は言葉を繋げる。

 

「こいつ等から聞いたぜ。アンタらはこいつ等を道具としか思っていない。自分達の事務所の名前が広がれば、それで良いとな」

「だから何だと言うんだね。彼女達は言わば、私達の駒だ。私達がいなければ、彼女達は仕事がもらえない。私達のお陰で彼女達は仕事が出来るんだ。事務所の名前を広げるくらいしてもらわないと困るね」

「そ、そんな……」

 

 社長の言葉に、丸山は絶望の顔色を浮かべる。

 

「ふざけんなよ……」

 

 その時、俺の中の何かが切れた。

 

「お前、こいつ等の事なんだと思ってんだ。こいつ等はあんた等の道具じゃない、人間だ。一人一人名前を持った、意志を持った生物だ。それを道具? ふざけたことをぬかしてんじゃねぇよ」

「な、何を……」

 

 突然の事でたじろぐ社長。だが、そんな事は知った事じゃない。

 

「気に喰わねぇのはそれだけじゃねぇ。アンタが音楽をバカにしている事だ。確かに、エアバンドで名前を広げたグループだっている。けどな、そいつらも音楽において一生懸命なんだよ。音楽が好きだけど楽器が弾けない。けど諦められない。どうしようか考えた結果、出た答えがエアバンドなんだ。そんな彼等にも才能がある。一瞬で歌詞をつくりあげ、作曲が出来る。だから売れるんだ。だがアンタらはどうだ? 自分達の売名の為だけに、楽器に触れたことのない人にステージを立たせ、客を騙し、そして機材ミスで彼女達の居場所を削った。アンタらなんの努力をした!? 彼女達が音楽で売れる為に何かしてあげたのか!? 言ってみろ!!」

 

 気付いたら俺は社長の胸ぐらを掴んでいた。

 

「内田君! 落ち着いて!」

 

 マネージャーが俺の肩を掴み、声を掛ける。だが、俺は手を緩めない。

 

「何を言い出すかと思えば、そんな事か」

「何だと……?」

「彼女達にしてあげた事? それは曲を提供したことだ。活躍する場所を提供したことだ。楽器を弾いている演技を指導してあげた事だ。それ以外に文句はあるかね?」

 

 そう言って社長は俺の手を放す。

 

「あるに決まってんだろ。さっきも言った通り、その活躍の場をお前達が奪ったんだ。それに楽器を弾いている指導? それならここにいる氷川日菜と大和麻耶は要らねぇだろ。二人は楽器を弾ける。それも気に喰わねぇ。楽器を弾ける人にわざと弾かせてねぇんだからな」

「じゃあどうすると言うのだね? 次のライブまで一ヶ月。彼女達が本気でバンドをしたいと言っているが、一ヶ月で何が出来ると言うのだ?」

 

 その言葉を聞きたかった。俺は一度パスパレに目を向ける。そしてここぞとばかりに俺は笑う。

 

「俺がこいつ等に教えてやる。楽器の弾き方から全部」

「君にそんな事が出来るのかい?」

「俺を誰だと思ってる。俺は全ての楽器を弾くことが出来る。教える事なんて、造作もない」

「……随分と自信があるようだね」

「あるに決まってるさ。音楽は無限の可能性に秘められている。勿論こいつ等にも。それを引き出すのが俺の仕事だ」

 

 俺はドアの方まで歩き出し、背を向けて言った。

 

「あんたがバカにした音楽で、パスパレの居場所を取り戻す。首洗って待っとけ」

 

 そう言って俺は社長室を出て行った。

 数分後、Pastel*Palettesとそのマネージャーが出て来て、今は休憩室にいる。

 

「ちょっと内田君、大丈夫なのかい? あんな事言って」

 

 マネージャーが心配そうに言ってくる。

 

「俺は出来ない事は言いません。こいつ等の目を見て、出来ると思ったから判断したんです」

「目を見て……?」

「あの時、社長が一ヶ月で何が出来る、そう言ってましたね」

「確かに言ってたけど……」

「その時のこいつ等の目、見返してやるっていう目をしていたんですよ」

 

 俺がそう言うと、白鷺が口を開く。

 

「流石に今回の件、私も許せません。意地でも、ちゃんとしたライブを成功させてあの社長にぎゃふんと言わせたいんです」

「白鷺君……」

「私もチサトさんの意見に賛成です! 私も今回の事は許せません!」

「流石にるんっ♪ てこなかったなぁ」

「わ、私もあんなこと言われて、悔しかった。だから奏君。お願い。私達を鍛えてください」

「ジブン達の力で、お客さんを喜ばせたいっす」

 

 誰一人、目が死んでいない。

 

 ──こいつ等、もしかしたら……

 

「さっきも言ったが、俺はお前達の可能性を引き出すのが仕事だ。その為なら、どんな手段も選ばない。付いてこれるか?」

「「「「「はい!!」」」」」

「良い返事だ。じゃあ早速、お前達の予定を教えてくれ」

「予定、ですか?」

 

 若宮が首を傾げて言ってくる。

 

「お前達はバンドである以前にアイドルであり、学生でもある。ずっと練習している時間もないだろう。だから予定を教えてほしい。その予定で、俺がメニューを決める」

 

 俺が言うと、一人一人予定を言ってくる。俺はメモを取らず、頭の中でインプットしていく。そしてカレンダーと照らし合わせて、全員が集まれる日を探す。

 

「大体わかった。明日、それぞれの予定表を渡す。丸山達には紗夜から渡すよう頼んでおく。それで良いか?」

 

 全員が頷く。

 ここから一ヶ月。こいつ等の本当の闘いが始まる。


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