「き、緊張してきたぁ……」
丸山が控室で震えている。今日は遂に本番の日だ。今までやって来た事が、ここで披露される。
「何今更緊張してんだよ。お前達はやる事をやって来たんだろ? ならそれをやるだけじゃねぇか」
因みに、何故か俺も控室にいる。マネージャー曰く、社長が今日だけ臨時マネージャーとして中に入れてくれたそうだ。中々優しい所あるじゃん。
「大丈夫か? 白鷺」
「えぇ。舞台とかは慣れているから大丈夫よ」
白鷺はあれから指を完治し、無事、自分の音色を手に入れることが出来た。
「そっか。日菜は?」
「今すっごくるんっ♪ てきてるよ!」
目をキラキラさせた状態で俺に詰め寄ってくる。近い。
「分かった、分かったから離れろ。大和は?」
「ジブン、柄にもなく緊張しています。変な所でミスしないか怖いっす……」
スティック握る手が微かに震えていた。
「スタジオミュージシャンやってたんだろ? それと同じだと考えればいい。余計な事は考えるな」
「りょ、了解っす!」
「若宮は?」
「バッチリです! 意気衝天の勢いです!」
若宮は張り切っていた。
「そ、そうか。あまり張り切りすぎるなよ?」
「はい!」
「Pastel*Palettesさん。準備をお願いします」
係りの人が伝えに来た。その言葉に全員の顔つきが変わる。
俺は最後に、五人に言葉を送った。
「お前達はこの一ヶ月頑張って来た。時には衝突もあったが、それを乗り越え、今のお前達がいる」
全員は真剣に俺の話を聞いていた。
「このライブは、いわば卒業試験だ。この一ヶ月で培ったお前達の演奏、楽しみにしている。頑張れよ」
その言葉に全員が頷き、控室を出た。控室には俺とマネージャーだけが残っている。
「ありがとね、内田君」
「えっ?」
「彼女達を育ててくれて。正直、ここまで出来るとは思わなかった」
「俺は教えただけです。後は彼女達の努力の結果ですよ」
「そっか……」
そう言ってマネージャーは笑う。
「僕は舞台袖に行かないといけない。君はどうするんだい?」
「俺は客席の後ろでこっそり見てますよ」
「分かった。じゃあまた」
そう言ってマネージャーも控室を出た。
「さてと……」
俺も控室を出て、ある場所に向かう。
場内は既に満席だった。
「あ、奏さーん! こっちこっちー!」
すると紫色の髪をしたツインテール、あこの姿が見えた。
「悪い悪い。遅くなった」
「お疲れ様です、奏さん」
「おう、紗夜もお疲れ」
ある場所と言うのは、Roseliaが座っている場所だった。実は今回、Roseliaも見に行きたいと言ってきたのだ。
奥からあこ、燐子、紗夜、空席、俺、リサが座っていた。
「日菜、何か失礼な事をしていませんでしたか?」
「大丈夫だよ。変なアドリブが多かったから止めさせたけど」
「何かすみません……」
「気にすんな。それより、友希那どこ行った?」
「友希那なら少し席を外してるよ」
「そっか。それより、お前達の練習はどうなんだ? この一ヶ月何も見ていないが……」
「それなら大丈夫よ。ちゃんと奏のメニュー通りにやったわ」
すると突然友希那の声が聞こえた。どうやら帰って来たようだ。
「お帰り。それなら良かったよ」
「えぇ。それより、彼女達の方はどうなの?」
「やれるだけの事はやった。余程の事が無い限り大丈夫だろう」
「奏が教えたんだもん。大丈夫だよ」
「何処から来るんだよその自信……」
リサが笑顔で言ってきた。正直嬉しいが、そこまで過大評価されても困る。
「奏君は……教えるのが上手、ですから……」
「なんたって、Roseliaのマネージャーだもん!」
「ははっ。ありがとよ」
そう言っていると、会場にベルが鳴り、暗くなった。いよいよ始まる。
色々なアイドルが出る中、遂にPastel*Palettesの出番が来た。
「みなさーん! こんにちはーっ! 私達……」
「Pastel*Palettesです!」
「まずは一曲、聞いてください! 『しゅわりん☆どりーみん』!」
こうして丸山が歌い出す。そしてハモリの所で、全員が音を鳴らす。
すると、観客の声が少し聞こえた。
「これ、また口パクか?」
すると丸山が音を外した。
「いや、今音外したし、ホントに歌ってるんじゃないのか?」
「演奏ももしかして生演奏か? アイドルなのに凄いな」
観客が少しずつ、Pastel*Palettesを認め始めてきている。
そして無事、演奏を終えることが出来た。
「皆さん、改めましてPastel*Palettesのボーカル、丸山彩です! 今日は来てくれてありがとーっ! 最初に、皆さんに謝りたいことがあります」
すると会場が少しざわつく。
「私達は前回のステージで、歌も演奏もしていませんでした。ファンの皆さんに嘘をついてしまった事、とても申し訳なく思っています。本当に、ごめんなさい!」
そう言ってパスパレが頭を下げる。
「今日は本当の演奏を聞いて欲しくて……一生懸命練習してきました! こうしてまたチャンスを頂けたことをとても嬉しく思っています。本当に、ありがとうございます! そして今後とも、Pastel*Palettesを──」
「よろしくお願いします!」
すると観客がパスパレを応援する声を上げる。中には先程の音を外した事をからかう客もいた。
「本当でしたら、今日は一曲やって終わる予定でした。ですが、私達はある人に認めてもらいたくて、また、ある人に成長した姿を見てもらいたくて、こっそり私達で練習した曲があります。聴いてください──」
そう言って、俺の聞いたことのない曲を演奏し始めた。
「こいつ等、一曲だけって……」
「多分彩の言う通り、奏に成長した姿見てもらいたかったんじゃない?」
「そうね。リサの言う通りだわ」
確かに、俺は付きっきりで見た訳ではないが、それでも一緒に居た時間は長いと思っている。短時間で、こんなに……
「……あいつ等には、驚かされてばっかだな」
こうしてパスパレの演奏は終わり、俺達は控室へと行った。
「あ、おねーちゃん!」
「ろ、Roseliaの皆さんがどうしてここに……」
日菜は紗夜に抱き着き、大和は驚いていた。
「ちょっと日菜、離れて……」
「勿論、あなた達を見に来たのよ。奏が指導したんですもの。その結果をこの目で見ないと」
「皆さん凄かったです! こう、バーンって感じで!」
「とても楽しい気分に、なりました……」
「いや~一ヶ月で良くここまで仕上げたね、奏」
リサが言うと、パスパレ全員俺の方を見る。
「……正直言って驚いたよ。俺に隠れて新曲やってんだからさ」
俺はフッと笑い、一人一人の顔を見る。
「彩、日菜、千聖、麻耶、イヴ」
俺が全員の名前を呼ぶ。いきなり呼ばれて日菜以外は驚いた表情を浮かべる。
そして俺は言葉を送った。
「──卒業、おめでとう。もう俺の指導は必要ない。後は事務所の人達にレッスンを付けて貰え」
俺が言うと、彩が涙を流し始めた。そしてイヴが嬉しさのあまり四人に抱き着く。
「ありがとね、奏君」
「あなたのお陰でここまでこれたわ」
「すっごいるんっ♪ てきたもん!」
「感謝感激です!」
「フヘへ……」
何か一人アイドルらしからぬ笑いをした人物がいるが、スルーしよう。
「いやぁ素晴らしかったよ」
そう言って入って来たのは事務所の社長だった。
「内田君、だったかな。正直ここまで出来るとは思ってもいなかった。それに客の反応も良かったし。本当にすまなかったね」
「いいえ。音楽には無限の可能性がある。その可能性に賭けただけですよ」
「ははは。そうだね。パスパレのみんなもすまなかった。考えを改めるよ」
そう言って社長は頭を下げる。その行為に、誰もが驚いた。
「所で内田君。君に頼みたいことがあるんだが」
「何でしょう?」
「Pastel*Palettesのサブマネージャーとして、うちの事務所に来ないか?」
その言葉に、全員が驚く。
「君の技術を無駄には出来ない。どうだろうか?」
Roseliaのみんなが俺を見る。答えは決まっている。
「ごめんなさい。俺は既に身を固めているんです」
「どこかの事務所に入っていたのかい?」
「いいえ。俺は──」
するとRoseliaが俺の後ろに立った。
「Roseliaのマネージャーなので」
そう言って俺達は控室を後にした。
一ヶ月にも及ぶ、Pastel*Palettes育成生活は幕を閉じた。生まれ変わったパスパレが今後どのように活躍していくのか、心の中で期待していた。