赤髪縦ロールのお嬢様に求婚されたようです   作:草陰

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12話 華咲うららはほがらかにうたいあげる

 

 

 翌日。るいはルキを教室まで迎えに行ってから裏庭に向かった。

 灰色の空。うららは隣にケイを侍らせ、いつものように芝生に敷いたシートに座って、いつもの笑顔でるいたちを迎える。

 

「ごきげんようるいさま! あら、今日はルキもいっしょですのね!」

 

「うん。それで、ルキから話したいことがあるんだって」

 

「話したいこと?」

 

 一瞬キョトンとするうららだが、すぐに先日るいにお願いしたことだと察したようだった。

 

「さ、ルキ」

 

 るいがうながすと、おずおずと口を開くルキ。

 

「あのね……。ほんとうはね……。昼食をいっしょに食べる友だちなんていなかったの!」

 

 ルキから話を聞いたうららは、これまたいつものようにあっけらかんと答えた。

 

「そうですか。では、今日からまた4人で昼食ですわね!」

 

 「今日は和食ですわ!」と重箱を展開しようとするうららに、あわてたのはルキだ。

 

「お、怒らないの?」

 

「怒る? なんに対してですの?」

 

 きょとんとするうらら。心底わからないらしい。

 

「だ、だってウソついてたんだよ? 友だちいるって。ウソつきはだめなんだよ?」

 

「たしかに一般論としてはそうですわね。ですが、ルキにはウソをつくだけの理由があったわけでしょう? これが悪意のあるウソなら話はべつですが、そういうウソではないことくらいわかりますわ。そのうえで……、これは純粋に好奇心からの質問なのですけれど、どうしてウソをついたのです?」

 

 頭にクエスチョンマークを浮かべるうらら。ルキはおそるおそる言葉を続ける。

 

「だって……、ほんとうは友だちがいないなんていったら、うららにがっかりされちゃいそうで……」

 

「そんなわけないでしょう。……とはいえ、そうおもわせてしまったのは、わたくしのうかつな言葉のせい。わたくしがあなたに対して昔のイメージを引きずりすぎていたことは否定しませんわ。結果としてあなたをおいつめることになってしまって、ごめんなさい」

 

 座ったままペコっと頭を下げるうらら。ルキはますますあわてる。

 

「う、うららはわるくないよ! あたまあげて!」

 

「ゆるしていただけますか?」

 

「ゆるす! ゆるすから!」

 

「はい、ゆるされましたわ。それでは、これでこの件は終わりですわね!」

 

 うららは頭を上げると両手をポンと叩いた。次いで差し出すように両腕を広げる。

 

「ひとりぼっちでさみしかったでしょう? これからはまたみんなでたのしくご飯を食べましょうね」

 

 うららはそういってほほ笑みを見せる。なにもかもを受け入れるような、やさしさに満ちたほほ笑み。感極まった様子のルキは胸元に飛び込んだ。

 

「う、うららー!」

 

 抱きついてわんわん泣き出すルキ。これまで積み重ねてきた不安が安堵とともに一気に吹き出したようだった。

 

「きらわれちゃうとおもったよー!」

 

「ほんとうにルキはおバカですわねぇ……。自由にふるまってるようで、気をつかいすぎるところだけはむかしから変わってない……。そんなあなたをきらうわけがないでしょうに」

 

 ルキの背中をやさしく撫でながら、どこかホッとしたような表情を浮かべるうらら。

 うららもまた不安だったことをるいは察した。

 ひさしぶりに再会した幼なじみとの距離感に悩んでいたのはお互い様だったのだ。

 

(これにて一件落着、かな)

 

 あの時るいが動いたことでなにか意味があったのかといえば、なかったのだろう。いずれにせよルキの現状は報告したし、あとは目の前で繰り広げられている光景がリプレイされるだけだ。

 るいがシートに座って弁当箱を脇においたところで、ルキが抱きついてきた。まさか抱きつかれるなどとはおもっていなかったため、無防備なところを勢いのままに押し倒された。全身にあますことなくルキの豊満な肉体が押し付けられる。重なり合った胸と胸。弾力のあるやわらかな感触。ルキは顔を上げて笑顔を見せた。

 

「るいるいもありがとー!」

 

「……僕はなにもやってないよ?」

 

「そんなことないよ! るいるいが背中を押してくれなかったら、勇気を出してうららに話せなかったもん!」

 

 いわれてはたと察する。

 自分が介入せずとも、うららがルキを受け入れることに変わりはなかっただろうとるいは確信している。もしも変化があるとすれば、るいから報告を受けたうららが気を使ってなにもいわず受け入れるような、ハッピーエンドだがルキにとっては受け身の形でおわったことだろう。

 なにをしようとも拒絶され続けて自信を失っていた少女にとって、自らの意思で前に踏み出して問題解決できたということは、それだけで大きな意味があったのかもしれない。

 

「だからお礼に……んっ!」

 

 ふさがれる唇。うらら、ケイに続いて三度目ともなれば、冷静に受け止めることができた。ふとケイにされたことをおもいだして、るいはルキの口内に舌を入れてみる。一瞬ルキの身体がこわばるのを感じたが、落ち着かせるように両手をルキの背中にまわす。ルキもおずおずと舌をからめてきて、やはり女の子はこうするのが好きなのだと確信を深めた。

 これまで苦労してきたのだから、たくさん喜ばせてあげようと一生懸命に舌を動かす。

 

「っ……! っ! ……!」

 

 ルキの反応を見ながら絡め合う舌の動きを変化させていく。ビクッとちいさな震えと共に甘い声が漏れることに気が付いた。きっとこの動きが良いのだろうと、重点的に攻める。やがて震えは小刻みな震えとなり、ひときわ大きな震えとなりかけたその時――、ルキのほうから「ぷはっ!」と顔を上げた。銀の糸が伸びて、ぷつんと途切れる。赤く染まった頬。荒い息。

 

「はぁはぁ……。これって……ルキの……ファーストキスだったんだよ……? お礼にあげたつもりだったのに……。ルキのほうが……ぎゃくにたくさんもらっちゃったよぅ……」

 

 天使のような少女が、瞳をうるませながら浮かべた媚びるような笑顔。

 なんだか無性にいけないことをしてしまったような、そんな気持ちに胸がドキドキした。

 ふいに絶句する声。視線だけ横にやると、うららが大きな瞳をまんまると見開いている。

 

「な……なななななななななななななななぁ!?」

 

「へえ、ルキもやるじゃないか」

 

 隣で感心した様子のケイに、うららは両手を振り上げて声を張り上げる。

 

「やるじゃないか、じゃありませんわ!? き、キスですわよー!?」

 

「そうはいっても……、うららだってもうキスはすませてるじゃないか」

 

「な、なぜそのことを知ってるんですの!?」

 

 心底意外そうな表情を浮かべるうららに、ケイは困った表情になる。

 

「あのねうらら……。はじめてるい君を夕食にさそった翌日だったかな。まわりに人目がなくなった途端、口元を押さえてニヤニヤしてたでしょ? そりゃあバレバレだよ……」

 

「華咲うらら、一生のうかつでしたわ……!」

 

「そんなおおげさな。まあ、だからこそボクもるい君と……」

 

「……もしやケイも?」

 

 すっと目を細めるうらら。ケイは気まずげに咳払いをすると、開き直ったように応じる。

 

「だ、だいたい遅かれ早かれボクらはみんなもっとすごいことをするんだよ? もっと寛容になってもいいんじゃないかな? ほら、初めてのキスはちゃんとうららにゆずってるわけだし、これからだって、初めてはちゃんとゆずるから、ね?」

 

 初めてという単語に「うっ……」と頬をそめるうらら。

 

「わ、わたくしだってその点はちゃんとわきまえてるつもりですわ! ですけれど……でも……あんな情熱的なキスをしていただいたこと……うぅ……」

 

 両手の人差し指をつんつんさせながらいじけるうらら。そんなに舌をからめたいのだろうか。いってくれればいくらでもやってあげるのに、とるいはおもう。

 

「道理はわかっている。けれど独占欲もある……、か。うららもなかなか難儀だね。……いや、ボクがいえた義理でもないか。にしてもルキにあんな顔をさせるなんて……。やっぱりあれってボクの……。るい君の学習能力をちょっと甘く見すぎていたかな……?」

 

 目を泳がせるケイ。そんな幼なじみの会話を横目にしながら、るいは今度こそ一件落着したのだなと気を緩ませる。なんにせよそろそろ昼食をとりたい。ルキに上からどいてくれるよう声をかけようとしたら、それより先に耳元でささやかれた。

 

「ね、るいるい」

 

「ん?」

 

「ルキのこと――、ひとりにしないでね?」

 

 それはあのときに約束したことだ。

「もちろんだよ」と返答すれば、一瞬、ルキは嬉しそうな泣きそうな、そんな顔をした。にわかに困惑するるいを尻目に、ルキはるいから離れてうららが展開した重箱を覗き込む。

 

「わあ! おいしそう! この手巻き寿司たべていい?」

 

「え、ええ! 好きなだけ食べてくれてかまいませんわ! でも手巻き寿司だけでなくまんべんなく食べるんですのよ? これは華咲のシェフが栄養価を考えて……」

 

「いただきまーす! おいしい!」

 

 無邪気に振る舞う少女を見つめながら、先ほどの言葉がぐるぐると頭の中でループしていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 その日、るいはいつもより早めに登校していた。

 人気がない通学路を歩きながら、あたまのなかは昨日からずっとひとつのことで埋まっている。

 

「ひとりにしないでね、か」

 

 保護者の声によってルキだけ3組に送られたという話だったが、それは決め手ではないとるいは確信していた。華咲家がルキの経歴を押さえていないわけがない。だからルキだけクラスを別にしたら聖英でも孤立することはわかっていたはずだ。けれどまともな人付き合いをしたことがない少女をうららの側に置くわけにはいかない――。そんな裏が見えた。

 やむを得ない話だとおもう。話を聞くかぎりだとうららの人間関係はなかなかに複雑怪奇だ。ルキがそこでうまく立ち回れるとはざんねんながら思えない。それは同時にルキのさらなる身体的・精神的な孤立も意味していて、ますます華咲家から離れられなくなっていくことにもなる。

 偶然が生んだ悲劇。そう考えるのが自然だ。けれど――、るいはふと考えてしまったのだ。すべて華咲家にとっては計算通りの展開だったのではないか、と。父親が激昂して渡米することも、母親がルキに女として嫉妬することも、そして渡米後の学校内での孤立も。

 華咲グループは世界企業だ。その影響力は日本国内だけで完結するものではないだろう。お金持ちの子弟が集まる名門スクール。親に手を回して他の子どもたちがルキに関与しないよう圧力をかけた。すべては華咲以外にルキの居場所が存在しないように。そして聖英においても。

 

(陰謀論もいいところだ)

 

 こんな突飛なことを考えてしまったのは、ケイの境遇を聞いた影響もあるのだろう。お家のため。親の栄達のため。ひとりの娘が道具として扱われる。そんなあまりにも生臭い話。

 しがらみのない一般家庭で生まれ育ったるいにとって、その衝撃はちいさくなかった。

 

(それでも)

 

 ひとつハッキリしているのは、ルキの現状は華咲家にとって都合がいいということだった。

 そして返す返すもルキの境遇はるいの境遇でもある。

 ならば自分が孤立化しているのも華咲の手によるものではないか。華咲のネームバリューが大きすぎてるいに関わるのが怖い。理屈としては納得できるが少々弱い理屈でもある。たとえリスクがあってもうららと近づけるメリットが大きい事実は変わらない。それが"ただひとりの人間"しか寄ってこないなんて話があるのだろうか。

 疑いだせばキリがないのはわかっている。そもそもるい自身は現状に不満はない。ルキの境遇に対するかすかな憤りが、自分の境遇と重ねたことで予期せぬ方向に延焼してしまっただけのことでしかない。この程度のボヤはいずれ消える。はずなのだ。

 形のないもやもやとした感情。それがなんなのかるいにも説明できない。気がつけばるいはいつもの裏庭にいた。視線の先には、赤髪縦ロールの少女が花壇の前でうずくまっている。

 

「なにやってるの?」

 

 背後からいきなり声をかけたことを一瞬失敗したかなとおもった。

 しかしうららは動揺した様子もなく、平然と答える。

 

「雑草がはえていたから抜いていましたの」

 

 振り向いたうららの細い指先につままれた雑草。

 冷たい風に流されて、そのまま何処かへと飛んでいった。

 

「いつも朝早くから花壇の世話を?」

 

「ええ。るいさまは今朝はどうしてこちらへ?」

 

「なんだかいつもより早く起きちゃって。やることもないしなんとなく、かな」

 

「そうだったんですの。ふふふ、おかげでこうして朝からるいさまとお話ができたのですから、わたくしとしてはラッキーでしたわ!」

 

 お人形さんのように整った顔を愛らしくほころばせ、ほほ笑むうらら。

 胸が締め付けられるような感覚。つっかえそうになりながらもるいは返事をする。

 

「それはよかった」

 

 うららはふたたび花壇に視線を落とすと、鼻歌とともに眺めている。

 小柄なうららの背にかくれてしまうような、プラスチック製のちいさな花壇。

 

「ちいさな花壇のなかで一生をすごして、花たちはしあわせなのかな?」

 

 るい自身、まったく予期していない言葉だった。

 そんな唐突な問いかけにも、うららは自然な口調で答える。

 

「もとより花は咲く場所をえらぶことはできませんわ。だからといって、そそがれた愛情がうそになるわけではないでしょう?」

 

 ほがらかに、うたいあげるように。

 

「このわたくしに愛情をそそがれて立派に花ひらいたんですもの――、これ以上に幸福なことがありまして?」

 

 ああ、とるいは嘆息する。彼女はいつだって咲かせる側の人間なのだ。

 たっぷりと、全力で対象に愛情を注いで、これからも立派な花を咲かせ続けるのだろう。

 それは華咲の世継ぎとしてあるべき姿であって、きっと頼れる当主になるはずだ。

 少女はだれよりも特別な人で、なにもかも持っている選ばれた存在だと、改めておもう。

 けれどもそうおもえばおもうほど、なぜだか無性に――

 

「――る、るるるるるるいさま?」

 

 困惑する声。気がつけばるいはうららを背中から抱きしめていた。

 自分だって男としては貧弱な身体つきだとおもっていたが、うららはもっと華奢で、それがまたるいの胸を締め付ける。ひとひとりの人生を軽く捻じ曲げられる華咲。そんな巨大権力を、この身体にいずれ背負うことになるのだ。彼女が望むと望むまいと、その権力を悪辣に振るわざるをえない日が必ずやってくる。すべては――、お家存続のために。

 うららは「あわわわ」とうろたえているが、かといって振りほどこうとする気配はない。さらにぎゅっと抱きしめると、「ねえ」とるいは問いかける。

 

「……うららは幸福かい?」

 

「……ええ、とっても幸福ですわ」

 

 なにかを察したのだろう。うららは身体の力をゆるめると、るいに身を預けた。

 視界の端、ちいさな花壇の中で4輪のコスモスの花が咲いていた。

 まるで寄り添うように。自分たちはここで生きているのだと誇るように。健気に。懸命に。

 

 

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