赤髪縦ロールのお嬢様に求婚されたようです   作:草陰

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15話 華咲うららは尾行する

 

 

 

 お昼ごはんの時間。

 いつもどおり学校の裏庭に向かっていると、隣を歩くケイが心配そうに声をかけてきた。

 

「うらら、今日は元気がないようにみえるけど……」

 

「気のせいではなくて? わたくしはいつだって元気ですわ! ほーっほっほ!」

 

「……まあ、うららがそういうならいいけど。ムリはしちゃダメだよ?」

 

「ええ! わたしくはまったく問題ありませんが、心配してくれたことにはありがとうですわ! ええ! まったく問題ありませんがっ!」

 

「ほんとうに大丈夫なのかなぁ……」

 

 今朝からこんな感じで妙にテンションがから回っている。

 うららも自覚こそしているが、だからといってケイに理由を話せるものではないのが申し訳ないところだった。「彼氏を寝取られたお祖母様が自分とそっくりすぎてなんだか不安になった」なんて――。祖母の過去についてはいずれケイとルキにも話す日がくるかもしれないが、この場合ではるいを信用していないと公言するに等しい。

 

(やれやれですわ……。わたくしはもっと強い女性のつもりでしたのに……)

 

 いつか社交界で、車椅子の翁から『あなたはまるでさらら様の生き写しだ』なんて言葉をかけられたことを思い出す。社交辞令としてはいささか過分ではないかと当時はおもったが、あれは言葉通りの意味だったのだろう。意味深なものまで感じるのは被害妄想か。

 もやもやしたものを抱えながら歩いていると、いつもの裏庭に到着したようだ。

 

「うららー!」

 

 満面の笑顔で元気よく手をふるルキ。その隣には愛しのるいが立っている。いつもの超然とした佇まいにうららの頬がゆるむ。もやもやとした感情が一瞬にして晴れた。そうだ、いくら若い頃のお祖母様が自分と瓜二つだったからといって、それがどうしたというのか。

 お祖母様の人生はお祖母様のものであり、わたくしにはわたくしの人生がある。なによりも自分とるいが積み重ねてきた時間は決してウソではないはずだ! 笑顔とともにふたりに声をかけようとして、るいの右手に視線がいった。瞬間――、ドクンと高鳴る胸。まるで世界が色を欠いたような感覚。笑顔を浮かべたまま、うららはいつもの通りふたりの名前を呼んだ。

 

「るいさま! ルキ!」

 

 感情の制御は人生で真っ先に徹底的に仕込まれたことだった。心が乱れたらスイッチが入り、"その場で自然な表情"を浮かべるようになっている。華咲家当主ともなれば、公の場で浮かべた些細な表情から投資家が邪推して、株が乱高下してしまうほどの影響力があるからだ。

 なにより感情をさとられないというのは強い武器だ。自然な態度を装うことで、相手をリラックスさせてポロッと情報を引き出させやすくなる。ケイに芝生の上にシートを敷いてもらい、自然と車座になる。もちろんうららはいつもの通りるいの隣だった。

 

「ねえうらら! 今日のお弁当はなにかな?」

 

「今日はイタリアンですわ!」

 

 ルキと楽しげにそんな会話をしながら重箱を開くうらら。しかし心の奥底は覚め切っており、瞳はるいの手元をしっかり盗み見ている。もちろん視線を悟られるようなマヌケはしない。

 ひと目見て上質な生地と分かる紫のあづま袋を開くと、朱溜塗に金蒔絵を施された漆器のお弁当箱が姿をあらわした。るいがいつも弁当箱代わりにつかっている、100円ショップで買ったという巾着袋と透明なプラスチック容器とでは物がちがいすぎる。そこまで見たところで無性に耐えきれなくなり、ついうららの口は動いてしまう。

 

「るいさま、今日はいつもとちがうお弁当箱なのですわね」

 

 心臓がドクンドクンと早鐘を打つように鳴っている。まるで警鐘を鳴らしているかのように。

 

「……うん、今日はめずらしくお母さんが家にいて、もたせてくれたんだ」

 

 いつもどおりの超然としたるい。ケイもルキもるいの言葉を素直に信じている。しかし――、うららだけはるいのウソを直感した。

 

「わあ! かわいいね!」

 

 るいが蓋を開けると同時にルキが黄色い声を上げた。

 ひとつひとつはちょっと料理をかじればだれでも簡単に作れるようなおかずばかりだ。けれどその配置とひと手間が女性的なかわいらしさを演出していた。料理が作れる、以前るいに料理を作ったことがあるうららだからこそ、この弁当にかけられた手間と感情が手にとるようにわかる。

 

(断じて親が子に向ける情愛なんかじゃありませんわ。あれにこめられたのはわたくしと同じ――)

 

 いったいだれが? 混乱と共に頭の中を疑問がぐるぐる駆け巡る。同時に憎たらしいほど冷静な己の深層意識は淡々と告げていた。調べなければならない。可及的速やかに、と。

 

 

 

 ***

 

 

 

 コソコソと、電信柱や塀に身を隠しながらうららは移動していた。物陰からヒョコッとわずかに顔を出す。視線の先にあるのはるいの背中だ。右手にはあいかわらず重箱を包んだあずま袋をぶら下げていた。おもわず唇を噛むうらら。るいが振り返りかける気配を感じて、慌てて隠れる。

 

「……気のせいかな」

 

 るいのつぶやき。ふたたび足音が聞こえるのに合わせて、物陰からうかがいつつの尾行を再開する。下校の時間。るいは電車をつかって学校に通っているという話だったが、早々に学校から駅へと続く一本道を右に曲がった。舗装もされていない田舎道をてくてくと歩いていく。

 灰色の空。延々と続く田園風景に延々と連なる電信柱。おかげで隠れるところには事欠かなかったが、もう隠れるまでもなくるいが振り向くことはなさそうだった。

 

(るいさまったらなかなか察しがよろしい……。いえ、わたくしの尾行がへたくそなだけなのでしょうね……)

 

 わざわざこんな探偵の真似事などせずとも、華咲が持つ情報機関を使えば良い。るいが隠していることなどあっという間に丸裸だろう。しかしうららはこれまで、それを使ってるいの私生活や個人情報を暴きたい欲求を厳に戒めてきた。逆の立場であれば良い気はしないだろうという理由もあるが。なるべくフラットな関係を楽しみたかったことも否定しない。

 さらに元も子もないことをいえば、るいの個人情報など母親はしっかり掴んでいるはずだ。それでなにもいわれないのだから何も問題ないのだろうという信頼もあった。だがその信頼も、このときばかりは却って疑惑の種となってしまう。

 

(……なにもかもしっていたから、昨夜いきなりあのようなお話をしたのでは?)

 

 警戒をうながすなにかがある。そう関連付けて考えるのが自然だった。自分が浮かれている間にも、るいはべつの場所でほかの女性と関係を深めていたということか。

 

(だとしたら、とんだ道化ですわね……)

 

 うららが行動する際は、原則としてだれかと連れ立ってするようにいわれている。華咲の跡取りになにかあってはまずいからだ。なのに今回こうしてひとりで尾行ができているのは、「るいとふたりきりで出かける」とウソをついたおかげだった。それがまたうららの惨めな気もちを加速させる。現実はこうしてこそこそと尾行しているだけなのだから。

 やがてちいさな山に入っていく。舗装されたゆるやかな傾斜の山道。ここを突っ切れば籤引市か。腕時計をちらっと見ればおよそ1時間ほど歩いていた。気分転換に徒歩で帰ろうとしているだけという可能性も考えていたが、それにはこの時点でいささか距離がありすぎた。

 橙色が混じりはじめた空。視線をチラと右にやれば、ガードレールごしの眼下に家々が見える。山を守るように大きな一軒家ばかりが並ぶ。視線を前にもどせば、るいの暮らしているマンションの上階部分がにょきっと生えて見えた。この山とるいの家自体はそこそこ近いようだ。

 ふいにるいが赤い柱を左に曲がった。うららは小走りで駆けるとすばやく赤い柱に身を寄せ、石畳で舗装された一本道を歩くるいの背中をしばらく見送る。うららは顔を上げると、木々に埋もれるようにしてそびえる赤い柱――鳥居の神額に刻まれた文字を、半ば無意識に読み上げた。

 

「多祇神社……」

 

 原理原則として経済力と権威は不可分だ。持たざる者がどれだけ威張ろうと、だれもその言葉に耳も貸さず、したがうこともない。世界トップクラスの経済力を持つ華咲家が、世界トップクラスの権威を持っていることは今さら語るまでもないだろう。

 しかし――、この世には経済力を超越した権威というものがたしかに存在する。

 華咲家が住まうよりも古くからこの地にある多祇神社。1000年以上に及ぶ歴史は強固な地縁を育み、また単純に積み重ねた歴史そのものが権威の裏付けともなっている。その宮司一族となる多祇家は、華咲家もおいそれと手出しが出来ない存在のひとつだ。

 

(……それが、どうしたというんですの)

 

 うららはよぎった弱気を追い出すようにかぶりを振る。らしくない。だがひとつ光明が差したおもいだった。こんな僻地の神社に若い娘がいるとはおもえないからだ。この神社で知り合った押しの強いお婆さんに普段の食生活を見咎められ、弁当箱を無理やり渡されたのかもしれない。

 

(るいさまはわたくしが「よろしければお弁当をご用意しましょうか?」とご提案しても、「わるいから」とお断りになるほどつつしみ深い人物ですもの!)

 

 無理矢理にでも渡せばよかった――、いまとなっては後悔ばかりが募るものの、とにかく。そんな希望を胸に、石畳の先にある長い階段を登っていくるいを見届けると、ふたたび小走りで階段を駆け上るうらら。階段の途中で立ち止まり、顔だけそっと出して上階の様子を見る。まるでひと気のない境内。るいは拝殿に向かってまっすぐ続いている石畳の道を歩いている。

 ドクンと心臓が鳴った。拝殿前には――、白と赤の巫女服に身を包んだ、腰まで伸びた長い黒髪の少女が箒で地面を掃いている。整った顔立ち。年の頃は自分と同じくらいだろうか。

 

(いえ……、まだ結論をくだすにははやいですわ。あの娘は、ただそこにいるだけかもしれない……)

 

 うららは階段を上がると、手水場にかくれてさらに距離を詰める。長い黒髪の少女に近寄っていくるい。どうか素通りしてくれと祈りながら見つめるうらら。ドクンドクンドクンと鳴る心臓。果たして――、祈りは届かなかった。

 

「しずく」

 

「畑野さま!」

 

 るいを知らない人が聞けばそっけなく、すこしでも付き合いがあれば親しげだとわかる声色。それに応じる「しずく」と呼ばれた長い黒髪の少女は、るいに対する好意を疑う余地もないほど全身でありありと示した。箒を拝殿に立てかけてるいに近寄る。身長は同じくらいか。

 

「お弁当は、お口にあいましたか?」

 

「……うん」

 

「それはようございました」

 

 口元を袖で隠して品よくほほ笑む少女とは対照的に、どこか困ったようなるいの声色。弁当箱を無理やり渡されたという想像だけは当たっていたらしい。

 

「あの、しずく……」

 

「お話なら社務所でしましょう? ちょうど静岡の親戚からおいしいお茶がとどいたんですよ」

 

 そっと近づいて、あずま袋を持たないるいの手を両手でつかんで、胸元に持ち上げる長い黒髪の少女。あどけない顔と顔がぶつかりそうなくらいの勢いで迫って、るいはにわかにのけぞる。たおやかな動作と口調。強引さはまったく感じないのに、的確にるいの機先を制していく。

 

「だから……」

 

「?」

 

 小首をかしげる長い黒髪の少女。なにかをいいかけて口ごもるるい。文字通り目と鼻の距離で交差する瞳。唐突に、うららはその場の雰囲気が変わるのを感じた。るいの指に自分の指をからめながら、徐々に近づいていく少女の濡れた瞳。大声で乱入して止めるべきだと心は叫んでいるのに、声が出てこない。もうすこしで唇と唇が重なりかけたその時、るいが口を開いた。

 

「わかったよ。社務所にいこうか」

 

 今度は逆に機先を制された形だが、少女はそのことを惜しむ様子もなかった。先ほどまでの濡れた雰囲気はみじんも残っていない。いずれにせよほっとするうららだが、しかしるいの頬がほんのり赤く染まっていたことに気がついてしまった。ほほ笑む長い黒髪の少女。

 

「それではまいりましょう」

 

 長い黒髪の少女に手をひかれていくるい。拝殿の裏に移動するのを眺めながら、うららは思い出したように呼吸を再開した。つまるところ、るいは自分が知らない少女と逢瀬していたのだ。少女はあからさまに好意を露わにしていて、なによりるいは決して満更でもない様子だった。

 

「……いつまでも、こんなところにいるわけにもいきませんわ」

 

 うららは手水場から身を出すとふたりを追おうとする。しかし、追ってどうしようというのか。本来の目的である、弁当をるいにわたした相手の正体をつかむことはできたのだ。これ以上の尾行は、るいのプライベートを覗き見るだけの悪趣味な行動になる。

 あいてが同じ年頃の少女であったことに衝撃を受けたことは否定しない。それならそれで、これまで以上にるいとの関係を深めるための努力をすればいい。まずは家に帰ってお弁当をつくろう。こうなればもはや問答無用。明日こそるいにわたして食べてもらうのだ。

 

(絶対に、あの女よりもおいしいものを食べさせてみせますわ!)

 

 決意とともに身を翻そうとして――、気配を感じた。

 視線をやれば、巫女服を着た長い黒髪の少女がそこに立っている。

 

「さきほどからあの方をおつけになられているようですが、ご用があるなら(わたし)からおつたえしましょうか? それとも――、妾になにかご用がおありで?」

 

 

 

 

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