赤髪縦ロールのお嬢様に求婚されたようです   作:草陰

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17話 多祇しずくは笑顔で手をふる

 

 

 

 

 自宅マンションから歩いて20分ほどの所にちいさな山がある。

 周辺には大きな一軒家や古い木造家屋が軒を連ねており、この地に古くから住まう人たちの区画のようだ。山裾に沿って舗装された道路を歩いていくと、やがて木々に隠れるようにして大きな鳥居が見えた。神社なんて初詣くらいでしか訪れることはなく、その初詣にしたところで父が死んでからはいちども詣っていない。

 母がいうには、るいが聖英の高等部を卒業するまではこの街で暮らすつもりだという。そうなれば、だれかとつきあいで初詣をすることもあるかもしれない。だから下見くらいはしておこうかな――、などと考えていた自分は、新生活を前にして結構浮かれていたのだとおもう。

 籤引市に引っ越してきて間もない3月も上旬。聖英に入学する前のことだった。

 

「多祇神社……、か」

 

 神額に書かれた文字を読むとそのまま鳥居をくぐった。石畳の参道。そのすぐ先に石段。あれを登った先にお社があるのだろう。参道には水色の着物姿の小柄な女性が先導しており、ふいにつんのめるのが見えた。さて石にでも躓いてしまったのかなとおもったが、その場に立ち止まったのだからそういうわけではないようだ。

 

「……だいじょうぶですか?」

 

 声をかけてみれば、女性は恐縮した様子で振り向いた。

 

「はい、だいじょうぶです。私のことはどうぞお気になさらずに……」

 

 着物姿だからなんとなく年上だと決めてかかっていたが、自分と同い年くらいの少女ではないか。手入れの行き届いた黒のロングヘアに、垂れ気味の黒い瞳。整った顔立ちの、一見すれば儚げな印象の和風少女だった。

 相手もるいが同年代らしいことに気がついたらしく、表情をやわらげる。

 

「いきなり立ち止まったけど、どうかした?」

 

 改めて問いかけてみれば、あっさりと右足元を指さして説明した。

 

「下駄の鼻緒が切れてしまったんです。修理しようにも、ハンカチを忘れてしまって……」

 

「ハンカチで修理できるんだ」

 

「はい。細く裂いてねじって鼻緒にするんですよ」

 

「へえ……。それじゃあ、僕のハンカチをあげるよ」

 

「え……」

 

 るいの言葉に一瞬ぽかんとする少女だが、すぐにわたわたと慌てだす。

 

「いえ、そんな……。催促したわけでは……!」

 

「僕があげたいからあげるだけだよ。どうせ100均の安ハンカチだし……」

 

 そういいながらポケットをまさぐってみるが、なかった。どうやら家に忘れてしまったらしい。

 少女もるいの表情からそのことを読み取った様子だ。

 

「……ごめん」

 

「そんな! もとはといえば出かけるまえにちゃんと確認しなかった妾の自業自得ですから……。どうかお気になさらないでください!」

 

 わたわたとあわてる少女を横目に、るいは次なる提案をする。

 

「うーん……、乗りかかった船だ。麓のコンビニで履物買ってこようか? スリッパかサンダルになるとおもうけど、ないよりは」

 

「いえ、そこまでやっていただくわけには……! それに」

 

「それに?」

 

「妾の家、この上にある神社なんです」

 

 それならば下駄を脱いで登ってしまうのも選択肢のひとつかもしれない。納得しかけたが、石段が平坦に加工されたものではなく、ごつごつしていることに気づいた。ついで少女の足元を見てみれば、足袋だ。どれだけの厚さがあるか知らないが、どうあがいても布は布だろう。

 

「でも、その足で登ったら痛いんじゃ?」

 

「かもしれません。ですが、ちょっと我慢すればいいだけのことですから」

 

 だからといってこんな提案をするのだから、あのときの自分はつくづく浮かれていたようだ。

 るいは少女に背中を向けると、そのまま中腰になって顔だけ振り向いて、いう。

 

「乗って、上までおぶってあげるよ」

 

「え……ええ!?」

 

 袖で口を隠し、ぱっちりした目を見開いて頓狂な声を上げる少女。

 

「イヤ?」

 

「いえ、その……イヤというより、ただ単純にもうしわけないといいますか……。それに会ったばかりの殿方にだきつくなんて……」

 

 なぜだかもじもじとする少女。最後の方はよく聞こえなかったが、とにかく遠慮しているらしい。

 

「そんなこと気にしなくていいよ。ほら、乗って」

 

 口元を袖で隠しながら、ゴニョゴニョとつぶやく少女。

 

「お、おとなしげなお顔をしているのに、なかなかごういんなのですね……」

 

 しばし躊躇していたが、るいもまた頑であることを悟ったらしい。いよいよ覚悟を決めた顔になる。

 

「そ……それでは……!」

 

 やわらかい感触と共に膝に重みがかかる。とはいえ細身の外見どおりたいした重さじゃない。

 

「お、重くありませんか?」

 

「ぜんぜん。これでもそこそこ鍛えてるんだよ。じゃ、登るね」

 

「はい……。これが殿方のおからだの感触……」

 

 身体に触れた手の動きが妙にねちっこいのがすこし気になったが、とにかく石段を登っていく。

 何気にるいは運動神経がいいのだ。危なげなくひょいひょい登って頂上に到達する。

 

「運んでくれてありがとうございました。もう、ここで下ろしていただければ……」

 

「どうせなら家まで送るけど」

 

「いえ……、そこまでいってもらわなくてもだいじょうぶです。すぐそこの授与所に外履きのスリッパがおいてありますから」

 

 そういって少女が指差した先。石段から真っすぐ伸びる参道のすぐ右脇に小屋みたいな建物があった。参道に面した側のカウンターにはお守りやお札が並べられ、その手前には「料金箱」と書かれた木箱が置かれている。

 

「ごらんのとおり、絵馬やお守りを売るところです。特別な日いがいは無人販売なんですよ」

 

 窓口には木戸がかけられており、特別な日にはあそこを開けて接客するのだろう。

 

「特別な日っていうのは」

 

「例祭と初詣ですね。……前者はもうここではありませんが」

 

 おもわせぶりな言葉。曇った声色からも、初対面の自分が気安く問いかけられる事柄ではなさそうだった。

 

「扉のそばまでいどうするね」

 

「とびらは小屋のうしろにあります」

 

「りょうかい」

 

 遠慮なく指示してくる少女。ここまできたら素直に運ばれたほうがるいの手間にならないと気がついたのだろう。るいもまた指示通りに動く。少女は地面に下ろされると、帯にかけていた巾着袋から鍵を取り出した。小屋の扉を開ければ、すぐ手前の三和土に早速お目当てのスリッパが置かれている。切れた鼻緒で足にかける形になっていた下駄を脱ぎ、それに履き替えると、るいの前に立ってペコリと頭を下げた。

 

「おくればせながら、妾のなまえは多祇しずくと申します。よろしければ、あなたさまのお名前をおうかがいできますか?」

 

「畑野るいだよ」

 

「畑野さまですか! ここまで運んでいただきありがとうございました! ……そうだ!」

 

 ポン、と両手を重ねると口元に当てるしずく。

 

「せめてものおれいに、社務所でお茶をごちそうさせていただけませんか?」

 

 うわめづかいではにかむように提案するしずくに対して、るいはうなずいた。

 

「うん、遠慮しておくよ。じゃあね」

 

 さっそうと背を向けてそのまま散歩に戻ろうとしたら、ガシッと左手を掴まれる感触。振り向くるい。笑みを浮かべながらも額から汗を流しているしずく。

 

「ど……、どうかそのようなことはいわず、社務所までお立ち寄りくださいな! おいしいお茶があるんですよ! ね? ね? それとも、なにかご用がおありですか……?」

 

 その表情と態度がなぜかあまりにも必死で、さしものるいもふたたび「遠慮しておくよ」とはいえなかった。

 

「……じゃあ、よらせてもらおうかな」

 

「はい!」

 

 途端パアッと顔を輝かせるしずく。そのままるいの手を引いて社務所まで連れて行こうとする。

 

「こちらですよ! さあ!」

 

 よほどお礼をしないと気がすまないらしい。なんとも義理堅い少女なのだなぁと感心しつつ手をひかれていくるいだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 社務所兼自宅という日本家屋のお茶の間に通された。

 畳の上に置かれたちゃぶ台を挟んで座ると、しずくは自己紹介をはじめる。

 

「あらためまして自己紹介を、妾の名前は多祇しずくです。きっと、もうおわかりだとおもわれますが……」

 

 多祇家は代々多祇神社を管理してきた家であり、しずくはその跡取り娘ということらしい。

 散歩の帰りに下駄の鼻緒が切れ、困っているところにるいが通りかかったそうだ。

 

「僕は畑野るい。……えーっと、ことし中学校に入る12歳だよ」

 

「畑野さまも?」

 

「も、ってことは」

 

「はい! 妾もことし中学校に入る12歳……、おないどしですね!」

 

「そうなんだ。しずくは……ああ、ごめん、いきなり下の名前でよばれるのはイヤだよね……。多祇さんは……」

 

 これまでの癖でつい下の名前で呼んでしまった。中学生ともなれば、基本的に初対面の相手は名字で呼ぶものだとるいは認識している。謝罪とともに反省しようとしたが、しずくはあっさりと、それどころか予想以上に食い気味の反応をよこしてきた。

 

「妾はしずくでかまいませんよ? というか、ぜひとも下のなまえでよんでください! 多祇なんて他人行儀じゃそっちのほうがイヤです!」

 

「う、うん。……じゃあ、しずくはどこの中学に?」

 

「ふふふ……それはですね!」

 

 きもち胸を張るしずく。なんとここからほどちかい、私立籤引女子中学校に通うことになっているという。

 

「へえ、すごいんだね」

 

 引っ越してくる際、母の運転する車の窓から中高一貫である籤引女子校の瀟洒な校舎が見えたことをおもいだす。あとで母に聞いてみたところ、このあたりを代表する名門私立学校のひとつらしい。るいの言葉がまんざらでもないらしく、ふふーんと得意げにほほ笑むしずく。

 

「いえいえそんな……。畑野さまはどちらの中学校に? このあたりにはいろいろとありますが……。どのような学校でも妾はさべつなんかしませんよ?」

 

「聖英っていうんだけど、知ってる? そこにかようことになってるんだ」

 

「そっちのほうがすごいじゃないですか!」

 

「え、そうなの?」

 

 キョトンとするるいに、しずくはうがーっと吠える。和服だし敬語だし、なんとなくおしとやかなキャラだとばかりおもっていたが、意外と元気な少女らしい。

 

「そうですよ! このあたりどころか、この地方でいちばんの名門校じゃないですか!」

 

 まったく知らなかった。正直にいえばそもそも受験勉強すらしてないため、実感を持つのも難しかった。

 

「うう……、すごいといわれてちょっと天狗になってたじぶんが恥ずかしい……」

 

 ちゃぶ台に突伏するしずく。たしかにさっきの会話は流れ的に煽られたように感じるかもしれない。

 

「たしかに偏差値10くらいちがいますけど……。妾としてはがんばってじゅけんべんきょうしたんですよーぅ……」

 

「母さんにいわれるまま受験したから、よくしらなかったんだよね。試験はたしかにむずかしかったけど……。気をわるくしたのなら、ごめん」

 

 るいはぺこりと頭を下げる。しずくは突っ伏しつつもどこか恨めしげな視線をよこしつつ、やがてため息をついて顔を上げた。

 

「はあ……、畑野さまとお話をしていると、じぶんがなんだかいろんな意味でちいさく感じます……」

 

「おおげさだなぁ」

 

「はあ……」

 

 なぜかふたたびため息をつくと、しずくは気を取り直したようすでほほ笑みながら急須を手にとった。

 

「お茶のおかわり淹れますね」

 

「うん」

 

 それからお茶菓子まで振る舞ってもらうと、るいは多祇神社を辞去した。

 

「また来てくださいね」

 

 去り際。手を振りながら笑顔でそういわれたから――、というだけでもないが。暇を見つけては多祇神社を訪れるようになった。

 

 

 

 

 

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