赤髪縦ロールのお嬢様に求婚されたようです   作:草陰

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19話 多祇しずくは澄み切った眼差しを向ける

 

 

 

 

 6月某日。休日にやることもないので多祇神社を訪れれば、社務所兼自宅の居間に招かれた。

 ちゃぶ台を挟んでお茶を飲み交わしつつ、るいはしずくに問いかける。

 

「籤引女子ってお嬢さま学校なんでしょ? どんな授業してるの?」

 

「お嬢さま学校といっても、ほかの学校とやってることはべつに変わらないとおもいますよ? けっきょく本分はお勉強ですし……」

 

「えーっとほら、花をいけたりとかしないの?」

 

 我ながらなんとも貧弱なお嬢様観だが、しずくはさらりとその上をいった。

 

「やりますが、それはどこの学校でも情操教育の一環としてやるものでしょう? 聖英でもおやりになるのでは?」

 

「女子はそういう授業もあるみたいだね」

 

「でしょう? そもそも幼いころからたしなみとして習うものですし……。お友だちもそういってました」

 

 まったくなんのイヤミもない。それがあたり前であると信じ切った口調。

 やはり生まれたときから住む世界が違うんだなと、るいは改めて理解したのであった。

 

(あと、聖英も世間的にみれば十分以上にハイソな学校、か……)

 

 なにせあの華咲うららが通ってるのだ。まだいまいち聖英の生徒であることの自覚が足りないらしい。一方、しずくは袖を口元に当ててなにやら思案顔を浮かべている。律儀にお嬢さま学校らしい授業がなにかないか考えてくれているらしい。

 

「うーん……、やはりお嬢さま学校ならでは、とよべるような授業はおもいうかびませんね……。かわりに、個人的にこまっていることならありますが、お聞きになりたいですか?」

 

「しずくがよければ」

 

「それでは……。礼儀作法の授業では分野ごとに外部の講師をまねいているんです。そのなかに幼いころお世話になった先生がいらっしゃいまして……」

 

 ただでさえ厳しい授業なのに、しずくに対してはとくに判定が厳し目で困ってるという。

 つまるところ元教え子だから容赦がないということだった。

 

「実績があって、じもとに根を張るその先生が招聘されるのはしぜんなこと。ですがちょっとだけ、わがままいって籤引女子を受験したことをこうかいしてたり……。ほんとうにちょっとだけですけどね?」

 

 ふう、とため息をつくしずく。しかし「わがまま」とは、どういうことなのだろうか。そんなるいの疑問を察したらしく、しずくは続ける。

 

「じつは、多祇家の人間が代々かよってきた学校があるんです。妾もほんとうはそこに通う予定でした」

 

 あえていうまでもなくそちらの学校も名門私立だったという。

 そこを蹴るのならまずは相応の実績を示しなさいと両親にいわれたばかりでもないが、地元の名門籤引女子に挑んだそうだ。

 

「どうしてそこまでして籤引女子に行こうとおもったの? 制服がよかったとか?」

 

「制服はたしかに籤引女子のほうがかわいかったです! そこはさすが女子校だと感心しました!」

 

「いちど見てみたいな」

 

「それならいますぐにでも! ……って、ちがいます! 制服はかんけいないです! かわいいと気がついたのも、受かって心によゆうができてからですし!」

 

「じゃあどうして?」

 

 るいの問いに、しずくは神妙な様子で答えた。

 

「……代々かよってきた学校だと寮生活になってしまうんです。それが、いやで……。生まれ育ったこの神社から離れたくなかったんです」

 

「この神社が好きなんだね」

 

「はい!」

 

 笑顔のしずくからは、この神社がほんとうに好きだという気もちが伝わってくる。

 

「それに、いつまでここで暮らせるかわかりませんからね……」

 

 ポツリと呟くしずく。るいが言葉の意味を咀嚼するより先に話題を転じた。

 

「そういえば、聖英には華咲家の次期当主がかよっているそうですね。畑野さまはごらんになったこと……」

 

「ああ、うららでしょ」

 

「……これはまた、ずいぶんと気安いのですね。もしかして、おしりあいだったりするのですか?」

 

 気のせいか、しずくの声のトーンが下がったような気がする。

 そういえば知人の話をするのは初めてのことだったから、興味があるのかもしれない。

 

「しりあいというか、求婚されたというか」

 

「……きゅうこん?」

 

「うん、求婚」

 

 首をかしげるしずく。それに合わせてるいもかしげてみる。

 

「いっきゅう?」

 

「入魂じゃなくて、求婚」

 

「チューリップの?」

 

「球根じゃなくて、求婚。結"婚"を"求"めるで、求婚だよ」

 

 しずくはかしげた首を元にもどす。るいもそれに合わせてもどしてみる。

 

「……華咲家の次期当主に求婚されたのですか?」

 

「うん」

 

 そのまま固まるしずく。るいは顔の前で手をかざしてみたりするが反応がない。

 どうしたものかと途方に暮れかけたそのとき、ちいさな唇が動いた。

 

「そ」

 

「そ?」

 

「そそそそそそそそそそそそそそそそそそそそっけふ! けふっ!」

 

「お茶、お茶」

 

「す、すみませ……」

 

 ようやく言葉を発したとおもえば、急にむせたしずくにるいは湯呑を差し出す。

 

「焦らないで、ゆっくり飲むんだよ」

 

「こきゅ、こきゅ……、ふう」

 

 アドバイス通り、ゆっくりとお茶を喉に流し込んでいった。

 人心地ついたようすでちゃぶ台に湯呑を置くと、しずくは改めてあわてだす。なぜこんなにあわてているのかわからないが。なんとなく『いっしょのベッドで寝たこともあるよ』と話したらどうなるのだろうか気になった。話す必要性が見当たらないから実際にはしないが。

 

「それで! は、畑野さまはどのように答えたのですか? もももももももしかしてもう婚約者になっててそれどころか婚前交渉もすませて大人の階段を踏破ずみ!?」

 

「まずは知り合いからはじめましょうって答えたよ」

 

 冷静に応じるるい。

 取り乱していたしずくは一転してぽかんとした表情を浮かべる。

 その目は『信じられない』と語っていた。

 

「え……、華咲家の次期当主ですよ? 聖英の、それもこの期に入学した生徒であれば、大なり小なりちかづこうと野心をもってるものですよ?」

 

「そんなこといわれても知らないものは知らないし。知ってても会話すらしたことのない女の子と結婚したいとはおもわないよ」

 

 るいの言葉にあんぐりと口を広げるしずく。

 彼女からしてみれば、よほどおかしなことでもいったのだろうか。

 

「はー……。いえ、畑野さまをみくびっていたといいますか……。ごめんなさい」

 

「?」

 

 なんでいきなり謝られたのかさっぱりわからなかった。さきほどまでの取り乱しようはなんだったのか、しずくは何事もなかったように会話をつづける。

 

「それで、それから穏便にお付き合いがはじまったんですか?」

 

「うん」

 

「なるほど……。ことわられたからといって狼藉をはたらくような矮小な人物ではなかったんですね。安心しました」

 

 しずくは心底ほっとしたようすだった。

 そこはかとなく歪んだうらら観が垣間見えるのは気のせいではないだろう。

 

「狼藉って……、僕がなにされるとおもったの?」

 

「たとえばビルの一室に拉致監禁して婚姻届にサインするまで畑野さまのお身体を……ああ! とても妾の口からはいえません!」

 

 顔を両手でおさえていやいやするしずく。いったい彼女のなかで己はどのような目に合わされているのだろうか。

 

「しずくのなかでうららのイメージはどうなってるの?」

 

「経済力にものをいわせてそれはもう朝から晩までやりたいほうだいの酒池肉林、みたいな感じでしょうか? 畑野さまみたいなかわいい男の子をとっかえひっかえ……、ゆるせませんね!」

 

「うん、最後はよくわからないけどすごい偏見に満ちてるのだけはわかったよ」

 

「ちがうのですか?」

 

 なんと澄み切った眼差しだろうか。おもわず肯定しそうになってしまう己をぐっと制する。

 

「まあ、やりたいほうだいやろうとおもえばできそうだけど……。うららはそんなことしないよ」

 

 るいに対する気配りはもちろん。遠目に見かける彼女からは、周囲を侍る毛並みのいいお嬢様たちのなかでもひときわ品格を感じさせるのだ。そこには生まれ持ったうららの資質も多分にあるのだろうが、くわえて優雅な立ち振舞が彼女の品格をより高めていた。きっと幼いころから華咲家の世継ぎとして厳しく己を律してきたのだろうと察せられる。

 

「……それにそんなことやったら、あのお母さんに大目玉くらわされるとおもうよ」

 

 先だって華咲家の晩餐にお呼ばれされたときにみた、華咲家当主であるうらら母の姿を思い出す。ちょっと崩れる場面もあったが、うららの態度やそれまでの雰囲気から、基本的には厳しい人なのだろうなと察せられた。

 

「"あの"とは、もしかして華咲家当主におあいしたことが?」

 

「夕飯にお呼ばれされたことがあって、そこでね。ちょくせつ会話はしなかったけど、うららに対してはとてもきびしそうな人だったよ」

 

「へえ……。ところで畑野さまは食べられないものってありますか?」

 

「? ないけど。それがどうかした?」

 

「いえ、ご参考までに……。しかしなかなか華咲の世継ぎも本気のようですね……、うむむむむ……」

 

 何やらうめいているしずくを横目に、るいは考える。本気。そう、うららは己に対してきっと本気なのだろう。けれどもきっと、華咲うららはいつだって何事に対しても本気で取り組む少女であるはずだ。ただ――、いまは自分を対象にしているだけに過ぎない。

 

「……うららからすれば良い男なんてそれこそ選り取り見取りだろうし。僕にそこまで固執するりゆうなんてないんじゃないかな」

 

 結局のところ己はその程度の存在だろう。選ぶのはうらら。これはいわずもがなの不文律。

 るいが一抹のさびしさを感じていると、いっぽうのしずくは複雑な表情をしている。

 

「そのようにおごった女ならば妾としても話は簡単なのですが……。あら、お茶がない……そういえばこれ畑野さまの湯呑でわわわわっ……!?」

 

「ないなら淹れてあげる。この急須だよね」

 

 るいは急須を手に取る。ちゃぶ台の上にあるついさっきしずくに差し出した自分の湯呑にお茶を注いだ。急須を置くと、本来しずくのだった湯呑に手を伸ばす。

 

「こっちの湯呑に残ってる古いお茶は僕がもらうね」

 

「ふぇ? あ、いえ! この湯呑はかえしますから、ぜひ畑野さまが淹れたてのほうをお飲みに……!」

 

 さっきから妙に慌ててるしずくに?を浮かべつつ、るいは気さくにいう。

 

「いいよいいよ。すこし冷めてるほうが飲みやすいし」

 

 そういって一息で飲み干す。

 お茶の味なんてよくわからないが、家でたまに飲むインスタント緑茶とは深みがちがうことくらいはわかる。きっと良い茶葉をつかっているのだろう。

 

「お、おなかのおくで混ざり合う体液……。これはもう交合したといっても過言ではないのでは……!?」

 

 そういって瞳を輝かせるしずく。たまにわけのわからないことをつぶやくことを除けば、しずくは良い友だちだった。

 

「……ところで、いきなり求婚されておどろきませんでしたか?」

 

「おどろいたよ」

 

「そうですか……。さすがの畑野さまだっておどろきますよね……」

 

 心底ほっとした表情を浮かべるしずく。今度はしずくのなかで己がどう見られているのか聞いてみたくなったが、すぐにどうでもよくなった。

 

「ただ――、どちらかといえばそのあとのほうがおどろいたかな」

 

「? なにがあったんです?」

 

 首をかしげるしずくに、るいは"あのこと"を説明する。振り返ってみれば、うららとの付き合いがほんとうの意味ではじまったのはあそこからだろう。

 

「入学式のあと、僕のクラスにうららがやってきたんだよ」

 

「……入学式のあと、ですか」

 

 ズシッと、すこしばかり空気に質量がともなったような気がした。

 

「うん」

 

「それはほかの同級生がいるところに、ですか」

 

「もちろんそうだけど」

 

 あれでクラスメイトから遠巻きにされるようになったのも事実だが、結局うららとの付き合いがはじまってしまえば時間の問題に過ぎなかっただろう。聖英においてうららがどれだけアンタッチャブルな存在なのかは、村井との付き合いでおおかた理解した。

 

「そう、ですか。まずはてっていてきに外堀を埋めていく、というわけですか。なるほどなるほど……華咲うらら……やはりやっかいな女……」

 

 剣呑な雰囲気を隠そうともせずにぶつぶつとつぶやきはじめるしずく。

 

「あのー、しずくさん?」

 

 さしものるいも気圧されつつ声をかけてみれば、瞬間しずくは満面の笑顔で応じた。

 

「畑野さま! 妾の制服姿をみたいと、さきほどおっしゃりましたよね!?」

 

「あ、うん」

 

「それではここでおまちになってください! 妾はあんな性悪女には負けませんよー!」

 

 そう気炎を上げながら、しずくはたったったと茶の間から出ていった。性悪女。流れから察するにうららのことだろう。のほほんとした少女らしからぬ敵愾心まで滾ってみえる。いったいどうしてそのような境地に至ってしまったのか。るいにはさっぱりわからない。

 

(わからないけど……、うららとしずくは会わせないほうがよさそうかな。ま、機会そのものがないとおもうけど……)

 

 しずくとはこの神社でしか会ったことがない。おたがいの余暇時間をすり合わせれば自然とそうなった。そしてしずくには悪いが、こんな僻地の神社をうららが訪れることはないだろう。ほかに機会があるとすればるいがうららを伴ってこの神社を訪れることだが、それこそもはやありえない話だった。心配することはなにもない。お茶を飲んでのんびりと待つ。

 まもなく息を切らしてしずくが戻ってきた。そんなに急いで着替えてくることもないだろうに。

 

「は、畑野さま! これが妾の制服姿ですよ! どうですか!?」

 

「かわいいよ。というか、しずく自体かわいいんだからなんでもにあうよ」

 

「かわいいだなんてそんな……うれしいです! 畑野さまのことだから、だれにでもかんたんにいってそうですけど!」

 

「かわいい娘にしかいわないよ」

 

 いつも和装なだけに、実際スカートを履いたしずくの姿は新鮮だった。籤引女子の制服は臙脂色のブレザーにチェック柄のスカートの組み合わせで、なかなか凝ったデザインだ。これに比べて紺で統一された聖英の制服は地味だなとおもう。次に気になった点を口にする。

 

「スカート丈、籤引女子は聖英よりも長めなんだね」

 

「え、そうなんですか? これでも校則げんかいまで上げてるんですが……。これより上げたら膝がみえちゃいますよ?」

 

「聖英だと膝上10センチが上限だね。ギリギリまで上げてる娘はあんまりいないらしいけど、ルキ……ええと、うららの幼なじみの女子から聞いたよ」

 

 聖英は制服のデザインこそ地味だが、着こなしに関する縛りは籤引女子よりゆるいようだ。

 

「むう……またあたらしい女性の名前が……。しかし膝上10センチですか……。これはちょっと勇気がいりますね……!」

 

 なにかと張り合うようにスカートのウェスト部分を両手で掴んで、「これくらいですかね?」と折上げはじめる。おもったより肉感的な太ももがみえて、るいはそのまま視線をそらした。

 

「べつに上げなくても、そのままでいいんじゃないかな」

 

「畑野さまは上げないほうがお好きですか?」

 

「うん、まあ」

 

「ならこれからも上げないでおきますね!」

 

 「うん」と答えるるい。というか、るいの好みに合わせたところで意味があるのか? 学校は違うし。いつも巫女服だし。下手をせずとも見る機会はもうないだろう。などと浮かんだ言葉は宙を舞う。なぜだか、しばらくしずくの顔を直視できなかったのだ。

 

 

 

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