赤髪縦ロールのお嬢様に求婚されたようです   作:草陰

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9話 畑野るいは目撃する

 

 秋晴れの空。

 いつもの三人で裏庭の昼食会をしていると、うららが申し訳なさげに口を開いた。

 

「もうしわけありませんるいさま。明日の昼食ですけれど……」

 

「いつもの会食会?」

 

「ええ……。なのでわたくしとケイは裏庭には来られませんので、どうぞよしなにおねがいしますわ……」

 

「わかったよ」

 

 会食会。要はうららがクラスメイトたちと昼食を食べることだ。

 初めてその名を聞いたときには、大きなテーブルを囲んでフルコースでも食べる仰々しいイメージが脳裏に広がった。

 が、うらら曰く「教室の机をならべてお弁当を食べるだけのことですわ」だそうだ。

 

「正直すっっっっっっごくめんどうなのですが……、そうして誼を通じておくのも華咲の後継者としてはたいせつなおつとめなのですわ!」

 

 うららが通ってる中等部1組は、聖英の中でも幼稚舎から通っている名家の集まりだ。

 望もうが望むまいが死ぬまで付き合いが続くため、無碍にはできないという。

 

「あーめんどうですわー……」

 

「二回もめんどうっていってるよ、うらら……」

 

「めんどうなものはめんどうなんですわー! なーにがかなしくてるいさまとのお食事よりもそっちを優先しなければなーりーまーせーんーのー!」

 

 だだっ子のようにバタバタと両手を振るうらら。心底めんどうらしい。たしなめるケイ。

 

「気もちはわかるけど……、それをひとまえでいっちゃダメだよ?」

 

「こんなことはるいさまとケイの前でしかいいませんし、それくらいの分別はありますわ!」

 

「まあ……、みんな内心それくらいは気がついてはいるだろうけどさ」

 

 頬をふくらませるうらら。苦笑するケイに、るいはクエスチョンマークを浮かべる。

 

「みんなめんどうくさがられてるとわかってるのに、うららに会食を求めてるの?」

 

 「華咲家に媚を売りたい」「繋がりを持ちたい」。

 会食を求める側に、そういう目的があることくらいはるいだって察せられる。だが目的を達成するには、大前提としてうららの不興を買わないようにすることが一番ではないのか?

 そんな疑問にケイは答えてくれた。

 

「たとえばふたりの人間が助けを求めていて、片方にしか救いの手を差し伸べられないとする。そこにまったく知らない人間と、ちょっとでも話したことのある人間がいたとすれば、後者に手を差し伸べようとおもうのが人情じゃないかな? そしてそれは逆もまた然り。華咲はたしかに強大だけど決して無敵でも不死身でもない。だから求められれば会食をする。そういうビジネスライクな集いなのさ」

 

 意外にも『華咲:その他大勢』でそれなりに力関係が拮抗しているらしい。

 いや『華咲>その他大勢』かもしれないが。るいはもっと『華咲>【越えられない壁】>その他大勢』くらいの隔絶した差をイメージしていたのだ。

 

「そしてうららは特定のだれかをひいきしたと勘違いされたりしないよう、出席者にバランス良くはなしかけなければならないんだよ」

 

「なぜ?」

 

「ひいきは軋轢と反感の温床だからさ。味方を作る会食会で潜在的な敵をつくっては本末転倒じゃないかな? そしてそれをアシストするのが、"ケイ"の役割でもあるのさ」

 

 常に出席者のパワーバランスに気を配りつつチームプレイもしつつ食事しなければならない。

 うららがめんどうくさがるのもよくわかるというものだ。るいもすこしうんざりする。

 ふいに軽く手を叩く音。うららが両手を重ねた姿勢で、品の良いほほ笑みを浮かべた。

 

「このお話はここまでにいたしましょう? このようなとるにたらない華咲の事情で、なによりも貴重なるいさまのお時間をとらせるだなんてもったいないですわ!」

 

 うららはいつも人に囲まれている。漠然と太鼓持ちしかおらず、手間といえばそれをあしらうだけの関係を想像していたが、もっと入り組んだものだったらしい。

 人が集まれば大なり小なり摩擦が生まれ、そこにはそれなりの気苦労が生じるということなのだろう。うららの電撃訪問からクラスメイトとの人間関係が実質途絶してしまった自分は、それなりに気楽な立場といえなくもないのかもしれない。

 ここはひとつ、なにかうららを労ってあげようかと、ふいにるいはおもった。

 

「うらら、なにか僕にしてほしいことはある? なんでもひとつやってあげるよ」

 

「るいさまに気をつかっていただけただけで、わたくしはもう胸がいっぱいですわ!」

 

「ほんとうに?」

 

「ええ! それはもう!」

 

「そっか」

 

 食事にもどるるい。

 しばらくは黙々と食べていたが、「……え? なんでも?」というつぶやきが聞こえた。

 視線をやれば、うららが声を震わせながら問いかけてくる。

 

「あのぉ……、るいさま?」

 

「なに?」

 

「な、ななな、なんでもひとつやっていただけるというのは、その、ほんとうです、の……?」

 

「うん。でも、いいんだよね?」

 

「え!? いや、その……そのぅ……」

 

 もじもじするうらら。

 どうやら勢いで断ったはいいものの、遅れてやはり惜しくなったらしい。

 

「うららがお望みならやってあげようかな」

 

 るいがそういうとぱあっと表情を輝かせるうらら。

 

「でも一回ことわられてるし、やっぱりやめようかな」

 

 今度はそういうと目に見えて表情を曇らせるうらら。

 なんとわかりやすい少女だろうか。

 とはいえ、あまりからかってもかわいそうなのでここまでにしておこう。

 

「冗談だよ。それで、なにをしてほしいの?」

 

「るいさまにしていただきたいこと……。うーん、たくさんありすぎてこまってしまいますが……」

 

 腕を組んでうーんうーんと唸るうらら。ほんきで悩んでいるようだった。

 

「ここはおもいきってお情けをいただく……いえいえいえいえ! 物事にはじゅんじょというものがございますわ……! それにハジメテが秋空の下というのも……。それはそれでありかもしれませんわね……。芝生の上で四つん這いにされてケダモノのように……うふ……うふふふふふふふふふふふふ」

 

「うらら?」

 

「は! はひ!? ごごごごごごごごごめんなさいるいさま! いやらしいわたくしをどうぞお見捨てになさらないでくださいましー!」

 

 いきなり取り乱してるいにすがりつくうらら。

 るいの怪訝な表情を見てはっとして、ろこつに目を泳がせる。

 

「えーっと……その……。い、いまのはちょっとした発作ですわ! わたくし、しょうしょう不治の病にかかっておりまして……。そうそれはあい……」

 

「え、そうなの? だいじょうぶ?」

 

 るいが心配そうな目を向けると、うららが「はうあ」っとうめいてのけぞけった。

 おもいのほか重病らしい。

 

「ええ……、ええ! けっして命にかかわる病ではないといいますかむしろ良薬口に苦しといいますかわたくしなにをいってるのかしら……。と、とにかく! なにとぞご安心くださいな!」

 

「ならいいけど……、ムリしちゃダメだよ?」

 

「わかっておりますわ! ああっ! るいさま愛しておりますわー!」

 

 そのままひしっと抱きつくうらら。

 なぜだかケイが呆れた目をしているのが妙に印象的だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 改めて「やってほしいことはないの?」と聞けば「も、もう満足しましたわ!」とぎこちない笑顔でいわれた。なんのこっちゃわからないが、満足したのならそれでいいだろう。

 昼食を再開して終えると、うららが席を立った。

 

「お花をつんでまいりますわー」

 

「うん」

 

 うららの姿が見えなくなると――、ぴたっとケイがるいに身を寄せてきた。

 

「……ちょっと近すぎない?」

 

「そうかな? ボクたちの関係をおもえば適切な距離だとおもうけど」

 

 あの夜以来、ケイはときどき女子制服を着るようになっていた。

 曰く「これからは女子制服だけ着ようかとも考えたんだけど、男子制服を着ることにもメリットがあるからね。たとえば遠目に見て男がつきしたがってるように見えれば、うららに軽い気持ちでちょっかいを出す輩も減るだろう?」ということらしい。「……それに、ギャップがあったほうがキミもうれしいんじゃないかな?」ともいわれたが、これはよくわからない。

 それで対外的になにか変わったかといえば、実はまったくなにも変わっていない。結局どんな服を着たところで、ケイの纏うクールな雰囲気そのものが変わるわけではないからだ。むしろ艶やかさが増して女子からの人気が上がったらしいが、そこはよくわからない。

 いずれにせよ今日もケイはうららの頼れる片腕として活躍している。

 

「るい君は温かいね……。肌もすべすべで気持ちいい……」

 

 対外的にはなにも変わっていていないが――、るいが相手になると話はべつだった。

 女子制服を着ているときにこうしてふたりきりになると、るいに身体を擦り寄せるようになったのだ。ケイ曰くスキンシップらしいが、うららがいないスキにやられると何だか後ろめたい気もちが芽生えるから不思議だった。

 

「愛人との関係なんていうのはそういううしろめたいものさ。ボクも本妻……うららの怒りを買いたくないからね。こうやって隠れてキミに甘えるのさ」

 

「うららは怒りはするだろうけど……、べつに隠れてやらなくても許してくれるとおもうよ?」

 

 るいに抱きつくルキにあれこれいうものの、なんだかんだで許すのがうららである。

 というかそもそもケイは愛人でなく側室じゃなかったか。

 

「もちろんわかってるさ。けれど、こういうシチュエーションも乙なものだろう? なあに、きっとキミにもいつかわかるようになるよ……」

 

 そういってコテンと顔をたおすケイ。

 身長差の関係で、肩ではなく頭に頭をあずけられるような形になるのがるいには複雑だった。

 が――、それよりももっと複雑なことがあった。

 

「その……、太ももをなでるのやめてくれない?」

 

「どうしてだい?」

 

「なんか……むずむずするんだ」

 

「むずむず?」

 

 たおしていた顔を起こすケイ。交差する視線。

 

「うん、下腹部のあたりがむずむずするんだ。だから、もうやめて?」

 

「……そっか、うん、わかったよ」

 

 その瞬間のケイはなんとも――、ほんとうになんとも形容しがたい表情を浮かべていた。

 ただ強いて最も近い表現があるとすれば、なにか悪いことだとわかっててもやめられないような、そんな感じの表情。

 

「ねえ、るい君」

 

「なに?」

 

「ボクがちゃんとキミのことをオトナにしてあげるから、安心してね」

 

「……?」

 

 クエスチョンマークを浮かべるるいを横目に、ふいにケイが距離を置いた。

 

「ただいまもどりましたわー!」

 

 同時に戻ってくるうらら。ケイにはうららセンサーでもついているのだろうか。

 再度クエスチョンマークを浮かべるるいであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 昼食が終われば昼休みである。

 いつもはそのまま他愛のない話をしたり、ちょっとしたスポーツやミニゲームなんかをして暇を潰していた。もちろん時にはおのおの好き勝手に余暇を堪能していたりもする。うららが座ったままボーッとしていたので今日はその日かと、ポケットから本を取り出したときだ。

 

「あの……るいさま。明日、もしよろしければ、ルキのクラスでのようすを見てきていただけませんか?」

 

「ルキの?」

 

 申し訳なさげに眉を下げるうららに、るいはクエスチョンマークを浮かべる。

 

「同じクラスじゃなかったの? 幼稚舎のときは同じクラスだったって聞いたけど」

 

「わたくしもそうなるとおもっていましたし、実際そうなるはずだったのですが……。なんでも保護者会で反対の声があったそうですわ」

 

 幼稚舎では30人編成の通常クラスが2つと、うららたち3人だけで編成された特別クラスがあったという。初等部に上がると同時に、2つの通常クラスから選抜された生徒たちと、うららたちを組み合わせた特別クラスが再編成された。これが先にも述べた中等部1組で、いまのところ初期編成からメンバーの顔ぶれが変わったことは一切ないそうだ。

 そしてルキはちょうど初等部に上がると同時にアメリカへ渡っていったという。

 

「わたくしのクラスは事実上メンバーが固定されておりますから、そこにいきなり入ってもなじめないのではないかと」

 

「ルキならべつに問題ないんじゃない?」

 

「るいさまもそうおもいますわよね! ほんっっっと! どこのどなたがぞんじあげませんがよけいなお世話もいいところですわ!」

 

 ぷりぷりと怒るうらら。どうやら会食会を忌避する感情の一端はそこにもあるようだ。クラス編成に関しては大人の領分であり、うららが介入する余地はなく悔しがることしかできなかったという。かくして竹上ルキは聖英で俗に一般クラスと呼ばれるクラスに編入された。ちなみにるいもそこだ。というか幼稚舎からの繰り上がり以外が在籍するクラスは全部一般クラスの括りだ。

 

「それはそれとして、うららが直接見に行けばいいんじゃ?」

 

「わたくしがいきなりルキの教室に行ったら騒然としてしまいますわ。そうなれば、いつものルキを見るどころではなくなってしまいますでしょう?」

 

「たしかに。うららはかしこい」

 

「ふふふ。お褒めにあずかりこうえいですわ!」

 

 胸を張るうらら。このように華咲うららはたいへん気が利く少女なのだ。るいのことになるといささかネジが吹っ飛んでいってしまうが、それを除けば立派な淑女である。

 

「るいさまもごぞんじのとおり、わたくしとルキはひとつ屋根の下で暮らしていますわ」

 

「うん」

 

 つい最近も、うららとルキがペットの犬とたわむれている写真がスマホに送られてきたものだ。

 るいに抱きついたりしないかぎりにおいて、うららとルキの仲は非常に良好といえる。

 夕飯も当然いっしょに食べているが、その際にうららがこんなことをいった。

 

『もうご学友はできまして? もしいらっしゃるのなら、たまにはそちらとの付き合いを優先してもよろしいですのよ』

 

 幼いころは社交的な少女だったので、あまり自分たちとばかりいても退屈だろう。そんな軽い親切心からの言葉だったらしい。いまからおよそ3ヶ月前。夏休みを控えた7月初頭のことだ。

 

「そうしてその翌日から、ときどきご学友と昼食をとるようになったのですわ」

 

「問題があるようには聞こえないけど」

 

「わたくしもそうおもっていたのですが……。さいきんになって、なんだか急に不安になってきたのですわ」

 

 不安。うららの口からじつに似つかわしくない、珍しい単語が出てきた。

 

「どうして急に?」

 

「先日の日曜日なのですけれど……、ルキといっしょに自宅の馬場で乗馬をしていたのですわ」

 

「ふたりとも馬に乗れるんだ」

 

「ええ! よろしければるいさまにも手ほどきを……と、いけませんわね。このお話はまたべつの機会にゆずるとして……」

 

 話が脱線しかけたことに気づいて、コホンと咳払いをするうらら。

 ここで自制心が発揮されるのだからほんとうに深刻な問題なのだろう。るいもこころなし襟を正す。乗馬の際には安全のため専用の服装に着替えるのだという。

 

「乗馬を終えてふだん着に着替えていたら、ルキがわたくしに隠れながら靴を脱ごうとしていたのですわ。なにをコソコソしてるのかと問いただしてみたら……」

 

 右足の爪がすべて真っ赤に染まっていたのだ。仰天してさらに問い詰めれば馬に足を踏まれたという。うららはなぜそのことを隠そうとしたのかとルキを叱りつつ、すぐに主治医を呼んで足の検査をさせたそうだ。

 

「さいわいにして出血だけで、ほかの異常はなかったのですけれど……」

 

「……先日ってことはいまもケガを?」

 

「ええ。多少なりともまだ痛いでしょうに、なにごともなかったように歩いてますわ」

 

 隠そうとしていたということは痛みを自覚していたということだ。

 いつから痛かったのか聞いても頑なに答えなかったが、幼なじみのうららかすれば逆にそれが答えも同然だった。すなわち乗馬をはじめて間もなく――、2時間ほど右足の指先が血まみれの状態で耐えていたのだ。聞いてるだけで右足が痛くなるような話だった。

 

「わたくしは乗馬中そのことにまったく気がつけなかったのですわ。昔からちょっとくらいのケガなら我慢してしまえる娘でしたが、すぐ顔に出ていたのに……」

 

「それで、なんだか不安になった?」

 

「はい。わたくしになにか隠しごとでもしているのではないかと……。わたくしもかんがえすぎだとはおもうのですけれど……」

 

 具体性のない、あくまでもぼんやりとした不安の種なのだろう。

 それがこうして話をしていくうちに、うららのなかで本格的な不安として芽吹きはじめたことをるいは察した。

 

「るいさまにはお手数をおかけしますが……、どうかようすを見てきていただけませんか?」

 

「うん、いいよ」

 

「! ありがとうございますわ! るいさま!」

 

 了承したるいにうららは笑顔で感謝を述べる。

 と、右手を頬に当てて憂い顔を見せた。虚空を見つめてぽつりとつぶやく。

 

「昔と変わってない……。けれど本当になにひとつ変わらずにいられるだなんて、そんなことあるわけがないですのにね……」

 

 

 

 ***

 

 

 

 昔と変わっていない。といわれても昔をしらないるいにはわかない。

 が、右足の話は痛々しく印象的で、なにかを不安がるうららの気もちもわからないではなかった。しかしすくなくとも昼食の件に関していえば、うららの親切はふつうに功を奏したのではないかとおもう。なにせ初対面のるいにパスタのおかわりまで要求した少女である。うららには悪いがいささか考えすぎだろうと考えていた。

 昼食時。行き交う生徒たちで和気あいあいとしている3階廊下をるいはひとり歩いていく。

 

(ここか)

 

 立ち止まって顔を上げれば、頭上のプレートには1-3と書かれている。ここがルキの教室だ。

 天真爛漫を絵に描いたような人懐っこくて明るい少女である。さぞやたくさんの級友たちに囲まれているのだろう。そんなことを考えながら室内を覗けば。ぽつんと。まるで離島のようになっている席で。ひとり弁当を食べているルキの姿があった。

 

 

 

 

 

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