ブラッドボーンー永遠の狩人ー   作:ローリングデブ

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『我ら血によって人となり、人を超え、また人を失う』

 

 

『知らぬ者よ。……かねて血を恐れたまえ』

 

 

 ―――

 

 すでに暮れ、夜を迎え始める空の下。

 灰色の世界を、みすぼらしい黒のフードを身に纏った一人の男が歩いている。

 ふらついた、明らかに衰弱した足取り。

 けれどその体からは確かに生き抜こうとする意思を感じられる。

 

「――――」

 

 彼は、不幸な男だった。

 彼は『村の生き残り』だった。

 

 誰が始めたとも知れない戦いの中で故郷を失い、家族を失った。

 しかしそうして焼け出された幼子に明るい未来などあろうはずもなく、彼は常に不遇の中で生き続けることとなった。

 

「――生きて、やる」

 

 そう、不幸だった。

 けれど、まだ若い彼は己の人生を不幸のままで終わらせたくはなかったのだ。

 

 だからこうして、彼は今そこに至った。

 

 錆びた、どこか重苦しい雰囲気を纏う門を見上げ、彼は立ち止まる。

 

「…………」

 

 そこは不吉な噂に塞がれた街。

 けれど古くから、血を利用した独特の医療が発展する街として知られる場所でもある。

 

 その街の名はヤーナム。

 

 彼はここに、特別な血を、『青ざめた血』を求めて来た。

 

 それならばきっと、自らを侵す不治の病を治すことができると信じて。

 そうすればきっと、人生をやり直せると信じて。

 

 

 だから彼は、ヤーナムへと足を踏み入れた。

 

 

―――

――

 

 

「ほう……『青ざめた血』ねえ……」

 

 それは少し高く、理知的な声。

 

「確かに、君は正しく、そして幸運だ。まさにヤーナムの血の医療、その秘密だけが……君を導くだろう」

 

 そして、なにかが軋むような音。

 車椅子の男。

 ヤーナムにはありふれたトップハットを被った男が、××××に近づいてくる。

 

「だが、それをよそ者に語るべき法もない。まずは我らの、ヤーナムの血を受け入れ給えよ」

 

 それに彼はなんと答えたか。

 分からない。少し前のことが、そのはずのことが、何もかもが分からない。

 

 ただ彼は治療の上で必要な誓約書にペンを入れて、それから寝台に寝かせられた。

 

 誓約書に目を通し、男が口を開く。

 

「よろしい、これで誓約は完了だ。それでは輸血を始めようか」

 

 針が腕に刺さり、赤が乖離した薄い色の血液が管を通して流れ込む。

 そして、それはあまりに明確だった。

 

 白に黒が混ざるような、はっきりとした異物感。

 混ざった黒が白を染めるようなおぞましさ。

 

「なぁに、何も心配することはない」

 

 叫ばなければ、そう思うのに息は虚しく吐き出されるだけだ。

 薄暗い部屋。

 板の天井。

 男の顔。

 遠ざかり、ぼやける。

 

 意識が霞む。

 

「何があっても、悪い夢のようなものさね」

 

 

 そう言って、男は笑った。

 

 これから××××が悪い夢を見ると知っているかのように、男は笑った。

 

 

 ―――

 

 

 ――血が滴る獣。

 

 ――××××に手を伸ばすそれが燃え上がる。

 

 ――それから、少しの後。

 

 ――いくつものいくつもの、しわがれたヒトガタの異形が。

 

 ――這い寄り、這い寄り、埋め尽くし、そして。

 

 

 そこでまた意識が遠のく。

 

 

 急速に狭まる視界の中、消えかけのおぞましい光景には全くもってそぐわない可憐な、どこか優しげでさえある女の声を聞いた。

 

 

「ああ、狩人様を見つけたのですね」

 

 ―――

 

 

「…………」

 

 意識が覚醒する。

 最後に聞いた男の言葉の通り、××××にとってあの光景は悪夢だったのか。

 

「…………」

 

 いや、そうとしか思えない。

 そう考えるべきだろう。

 

 気を取り直し、××××は寝台から身を起こして周囲を見回す。

 暗い、夜と言っても差し支えのないような風景。

 木造の、薬品や寝台が並ぶその建物はやはり診療所だろうか。

 

「…………?」

 

 診療所、『だろうか』?

 

 自分はなんのためにここに来て、それから……。

 

 ××××は気がついた。

 どうしても、自分のことが思い出せない。

 自分が誰で、なんのためにここに来たのか。

 そんなことさえ思い出せないのだ。

 

 空恐ろしいその事実に気がついた××××は、なにか手がかりになるだろうかと自らの衣服に目をやる。

 

 まず、顔にかかった黒いフード。

 そこからは人目を避けるような、そんな意図を感じた。

 自分はあまり、後ろ明るい生を送ってきたわけではないらしい。

 

 それから、身につけているシャツとベストと長いズボン。

 それは、唯一記憶にある先程の男の服装とは余りにかけ離れていて、それに××××自身何かを求めてこの地に旅をしてきたような気はしていた。

 

 だからきっと、自分は外から来た人間だったのだろう。

 

 そして最後に……この包帯。

 薄汚れた、あまり衛生的ではないそれにこびりついた血。

 

『それでは輸血を始めようか』

 

 男の言葉を思い出す。

 この輸血、血の医療こそが先程の悪夢と現在の自己の喪失のきっかけになったような……そんな気がしてならない。

 

 だが、今はそれよりも扉の向こうに出てみようと××××は考える。

 あの男が、なにか知っているかもしれないから。

 

「…………」

 

 ガラスがはめ込まれた木のドアを開こうとして、右手にあるランプに気がつく。

 そして、そのランプが乗った机に無造作に置かれている一枚の紙。

 

 それの、その紙に記された文字の筆跡に、××××はなんとなく気を惹かれて手にとってみる。

 

『青ざめた血を求めよ。狩りを全うするために』

 

 少なくとも、それは今の××××には理解できない内容だった。

 だから元通りにそれを置いて、××××は今度こそ扉を開ける。

 

「…………」

 

 階段を照らすのは窓から入った月の光だろうか。

 黄色みを帯びたそれにわずかに目を細め、××××は歩き始める。

 

 床が軋む音だけが響く、静寂の夜。

 そしてまたいくつかの寝台が置かれた場所に足を踏み入れ、××××はそこで吊られたランプに照らされた一つの影を見た。

 

「…………?」

 

 犬、ではない?

 

 犬にしては大きすぎるそれは、何かを漁っているようだった。

 

 釈然としないまま目線を下にやる。

 するとそこには、血たまりがあった。

 

「……っ!」

 

 獣の行為、その意味に気が付き戦慄する。

 知らず後ずさり、その足が薬品の瓶を一つ転がす。

 

 致命的だった。

 そしてこの場合、言葉通りにその過失は命を散らす運命へ繋がった。

 

 振り向いた獣の飛びかかりを、××××は紙一重でかわす。

 しかしその代償に転び、無様に腰を抜かしたところに獣は二の爪を振る。

 

 それは確かに××××の腹を裂き、こぼれ落ちたはらわたを引きずり出すようにして獣は何度も何度もまた爪を振り下ろす。

 

 ××××はその激痛にもがくが、やがては自らの血に溺れながら意識を遠のかせることとなる。

 

 

 

 急速に歩み寄る死の足音を聞きながら、××××の意識は再び閉ざされた。

 幸いなのはきっと、死を恐れる間もなく命を刈り取られたことくらいだろうか。

 

 

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