ブラッドボーンー永遠の狩人ー   作:ローリングデブ

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「なるほど……。この市街から聖堂街に向かうには、大橋を使うほかないのですが、獣狩りの夜、橋門が閉じられているとなれば、そうもいきませんね……」

 

 橋の門から聖堂街に至るという希望を打ち砕かれた××××は、ギルバートの家を訪れていた。

 

 橋の門から聖堂街に入ることはできなかったと、そう伝えるとギルバートは親身に相談に乗ってくれた。

 そして、うーんと悩ましげに唸った後一つ提案してくる。

 

「……であれば、下水道はどうでしょうか?」

「下水道?」

 

 聞き返したその言葉に、ギルバートが窓の向こうで頷く気配がした。

 

「はい。大橋を挟んで市街の南側に、聖堂街への下水橋が架かっていたはずです。常であれば、よそ者が入り込むような場所ではありませんが、橋門が閉じられているとなれば、それも仕方ないでしょう……」

「……そうか、助かった」

 

 大橋の次は下水道か。

 今度は聖堂街にたどり着ければいいのだが。

 

「……ギルバート」

「はい。っ……なんですか?」

 

 咳こみながらギルバートが答える。

 だが××××はそれには答えずに、ただ窓の隙間から腕を差し込んだ。

 

「うわぁっ……」

「大丈夫だ。今は血を浴びていない」

 

 そう言って、××××はギルバートの手に白い丸薬をいくらか握らせる。

 

「友人が、色んな病に効くと言っていた。お前の病気もよくなるかもしれない」

「…………」

 

 ギルバートは何も言わず、ただ幾度か咳き込んだようだった。

 けれど少しして、柔らかな笑みの気配を漏らした。

 

「……あなたは、優しい方だ。夜が明けて、また会えたらいいですね」

「ああ。薬も、効くようならもっと持ってくる」

「ありがとうございます。どうかあなたに血の加護があらんことを」

 

 その言葉を最後に、窓はゆっくりと閉ざされた。

 

 ―――

 

「……ロクな場所じゃないな」

 

 そう呟いて、××××は自嘲する。

 この街にロクな場所なんて、そうあるものじゃあない。

 何を今更言っているのか。

 

 すえた悪臭が満ちたぬかるみの下水道。

 同じような光景が延々と続き、気を抜けば迷いそうになるその場所。

 そしてそれだけではなく、銃持ちに槍の獣、鉈を持った異形と強力な敵がこれでもかとうろついていた。

 

 実際今の××××でもこの場所の突破は難しく、幾度か敗死の憂き目に遭っていた。

 

「っ!」

 

 歩いていた所で、頭上から肥え太った烏が落ちてくる。

 そしてその不気味な底光りを宿すくちばしを××××に叩きつけようとしてきた。

 

「クソが……」

 

 よほど死肉を喰らったのだろう。

 この下水の中でさえ吐き気がするような臭いをさせる烏を斬り刻み、××××は更に先に行く。

 すると今度は上半身のみの姿で這い回るおぞましい異形の群れを見つけたが、これは動きが遅かったので無視。

 

 と、そこで。

 

 前方から、トンネルを埋め尽くすようにして巨大な豚のような怪物が近づいて来る。

 それはそう……突進でもすれば、それこそ聖職者の獣すら倒してみせるのではないかと、そんな錯覚を覚えさせるほどに重厚な存在感を持ってこちらへと歩み寄って来ていた。

 

「…………」

 

 ××××は少し考える。

 道の幅からしてアレを避けることはできない。

 だが……石を投げて気を引けば、あるいは。

 

 豚が歩いているトンネルの外の、壁に背中をつけて××××は機を待つ。

 そして、豚の足音がある程度近づいてきたそこで、物陰から石を思いっきり投擲して豚を怯ませる。

 

「――――!!」

 

 それだけは豚らしい甲高い悲鳴を上げて、いきり立った怪物はトンネルの壁を削りながら突進を仕掛けてくる。

 その衝撃に下水道の地面は揺れ、あわや崩落するのではないかと心配になったが、その様子もなかった。

 

 ただトンネルの前の壁に張り付いた××××を通り過ぎ、上半身のみで這いずる先程の怪物の群れに突っ込んだ。

 

 どうやら敵対しているらしい彼らを放置して、××××は先に進む。

 そして角を曲がりはしごを登り、また何やら橋のような場所に出た。

 

 ギルバートが口にした下水橋とは、ここでいいのだろう。

 

「…………」

 

 ふと視線を横にやると、大男と木の盾を持った獣が立っていた。

 そして盾の獣が松明を振ると、大男が目の前にある大玉を殴り……それは、燃えながら転がり下にいる複数の獣を巻き込み轢き潰した。

 

「…………?」

 

 理解しがたい行動に首を傾げ、けれど××××は先に進む。

 獣の行動に、一々理由をつけていても仕方がないのだ。

 

 行く先に見える階段を登り、道をたどってまた階段を登る。

 

 するとそこには、いくつもの墓石が立ち並ぶ……広い墓所があった。

 

 

 ―――

 

 

 その墓所は、どこか異様な雰囲気に満ちていた。

 

 冷え切った土と空気。

 どこからか絶えず漂う血の香り。

 低く呻き声が聞こえ、けれどそれは空耳のようにかき消える。

 薄く霧が覆い、また墓石が視線を遮るので少し先の場所がもう見えない。

 

 どことなく死後の世界のような、そんな不気味を纏う墓所。

 そこを××××が歩いていると、不意に肉を打つ音が聞こえた。

 

 ぐしゃり、と。

 水気を含んだそれは、最早その肉塊が原型を留めていないであろうことを容易に想像させた。

 

「…………」

 

 ぐしゃり、ぐしゃりと。

 何度も何度もそれは続けられ、やがて突然止んだ。

 

「……また会ったな、獣」

 

 霧の向こう。

 顕になったその姿はガスコイン……××××がなすすべもなく倒された狩人だ。

 

「聖堂街に向かおうとしているのが分かった。だからここに、網を張っていたと言う訳だ」

 

 含み笑いで喉を鳴らし、ガスコインは死体に叩きつけていた斧をゆっくりと上げる。

 

「だがそんなことはどうでもいい。……狩らせてもらう」

「…………っ」

 

 狩らせてもらうと、そう言ったガスコインが土を巻く踏み込みでこちらに駆けてくる。

 そしてそれに、××××は強い焦りを覚える。

 こんな状況は全く、想像すらしていなかった。

 

「ガスコイン……!」

 

 知らず一歩後ずさり、けれど××××は踏み止まる。

 

 大橋は閉鎖され、残る道はここだけだ。

 生き抜くのなら、いずれ倒さなければならないのだ。

 

 ならば……やってやる。

 ××××は、たとえアイリーンのお陰だとしても聖職者の獣を倒したのだ。

 歯が立たないなんて、そんなことはありえないはずだ。

 

「ガスコイン!」

 

 敵対の意思を込めて睨みつけ、××××も地を蹴った。

 そして数瞬の後、激突。

 

「…………っ」

 

 しかし数合斬り結び、苦しい息を漏らす。

 やはり、この男は強い。

 

 繰り出した刃はその全てが防がれる。

 そう、この男はかわしすらしないのだ。

 その場から一歩も動かず、高揚を噛み殺したような口元で××××を嬲っている。

 

 刃を防ぐのに徹していたガスコインが、手に持つ斧に力を込めた。

 そして次の瞬間、その斧の刃先がかき消える。

 

「ぐっ……!」

 

 腰から右肩にかけてを斜めに斬り上げられ、血を流す。

 それから熱が走るようにして××××の体を引き裂いた刃の、その行方も追えない内にまた一撃。

 暴風のような一撃で、腹を横一文字に引き裂かれた。

 

「ク……ソッ!」

 

 ガスコインは今、幾度でも自分を殺せただろう。

 だがどういう訳かあえて自分を生かし、楽しんでいるのだ。

 

 苦し紛れにのこぎりを振り、それに初めてガスコインはわずかに退く。

 そしてその隙を逃さずさらに銃を撃ち、距離を離したガスコインの前で血を入れる。

 

「…………」

 

 傷を塞ぐ××××の前で、ガスコインは低く鼻を鳴らす。

 嘲っているのか。

 歯ぎしりをして、また刃を握り直す。

 

「舐めるな……!」

 

 低く、折れそうな自分を鼓舞するように呟く。

 そしてガスコインが仕掛けてくるのを待つ。

 すると銃口が、動いた。

 

「!」

 

 発砲の前、墓石の裏に転がりこむようにして退避。

 それにより散弾はかわすが、ガスコインを見失った。

 

 薄霧の墓地。

 どこにもいないような気もすれば、どこにいてもおかしくないような気もする。

 

「…………っ」

 

 小さく息を漏らし、あたりを見回す。

 焦りを噛み殺して、必死に視線を巡らせる。

 

 と、その時。

 右のあたりからどしゃりと音がして、反射的に振り向く。

 するとそこには獣の死体が落ちていて、次の瞬間××××の背中に鋭い痛みが走った。

 

「なっ……」

 

 血が溢れるのが分かった。

 袈裟がけに、かなり深くやられた。

 

 急速に体から力が抜け、数秒後にはもう歩くことも適わない。

 無様に倒れ込み、残った力をかき集めて背後に立つガスコインから逃れようとする。

 

「ハッ、ハハハ……」

 

 抑えきれない愉悦を漏らすようにして、ガスコインが笑った。

 そしてその声に、××××はようやく何が起こったのかを悟る。

 

 ガスコインは獣の死体を放り投げて囮にして、自分がそれに無様にも引っかかった。

 ただそれだけのことだ。

 

 多少身体能力の差が埋まったところで、××××に勝ち目などなかったのだ。

 この男と自分では、戦闘経験の差が大きすぎる。

 

「っ……!」

 

 血を吐き散らして、××××は地面を這う。

 冷たい土に爪を立てて、なんとか進もうとする。

 

 ガスコインはまだ泳がせるつもりなのか、いくらでもトドメは刺せただろうに逃げる××××の背中を蹴った。

 

 痛みが走るが、それは無視する。

 無視して血を二本入れて、それでようやく歩けるようになる。

 荒い息を吐いて、××××は口から垂れる血を拭った。

 

「…………」

 

 刃が重い。

 勝てる気がしない。

 

 だが、あれも人ならなんとか倒す方法はあるはずだ。

 考えろ。

 

 必死に思考を巡らせ、××××は銃を背中に背負う。

 そしてのこぎりだけを持ち地を蹴った。

 

「腑抜けでは、ないようだな」

 

 わずかに口角を吊り上げ、ガスコインが迎撃の構えを取る。

 そして武器が交わされる瞬間、××××は懐から取り出した硬貨をガスコインへと投げつける。

 

「…………はっ」

 

 刹那その輝きに目を取られ、けれど男は冷静に笑う。

 奪えたのは一秒以下。

 ガスコインにとっては文字通り誤差でしかない。

 

 しかし、その一瞬。

 そして思考を束の間判断に割かせること。

 

 それこそ××××が望んだことだった。

 

 のこぎりを変形させつつ、両手で持った鉈をガスコインに叩きつける。

 そしてそれは、迎え討った斧をほんのわずかに……押した。

 

 いかにガスコインが剛力を誇るとは言え、片腕の斧では××××の鉈に多少は押し負ける。

 

 さらに踏み込む。

 一撃、二撃、力の限り続ける。

 

 その連撃はガスコインの体を幾度か退かせたが、ガスコインは並みの相手ではない。

 いっそ意外なほど流麗な斧捌きで鉈を受け流し、××××に反撃を繰り出して来た。

 

「っ!」

 

 肩を斬り裂かれて、××××は退きそうになる。

 だが退けばそこを狙って銃を撃たれる。

 そして今度こそ死ぬだろう。

 

 だから恐怖を押し殺しなおも前進。

 鉈を叩きつけ……受け止められたそれを、手放した

 

「はっ……」

 

 乾いた笑みが漏れる。

 跳ね上げられた鉈。

 そして、隙を晒したガスコイン。

 

 その腕にしがみつき、××××は斧を止める。

 

「なんのつもりだ?」

 

 冷めきった声。

 銃で頭を殴られ、けれど××××はその腕を離さない。

 そして、火炎瓶をポーチから取り出す。

 

 ――死んで目覚め、遺志を力にする一夜の主役(えいゆう)って訳だ――

 

 ××××の脳裏に、アイリーンの言葉が蘇る。

 それから次の瞬間、ガスコインの体に火炎瓶を叩きつけた。

 

「ぐぁぁぁぁ!!!」

 

 身を焦がす炎に、耐えきれず叫ぶ。

 だがなんとか意思を総動員し、荷物からさらに油壺を取り出した。

 

「死ねっ!! 死ねっ!!!」

 

 すでに引火した壺をガスコインの体に叩きつけると、さらに炎は勢いを増す。

 これでは遠からず××××も死ぬだろうが、それでも××××は死んでなお死を夢にできる。

 古狩人は……ガスコインは、死んで終わりだが。

 

「くたばれぇぇぇ!!!」

 

 また油壺を叩きつけ、××××はガスコインから手を離す。

 そして転ぶように離れて、地下墓の隅へと体を這わせる。

 

「はぁ……っ! はぁ……っ!」

 

 もう目がよく見えない。

 体は動かないし、これで生きているならもう……。

 なんとか背中に吊っていた銃を手元に持ち、薄霧の中に目を凝らす。

 闇の中、ぼんやりと見える赤に目を凝らす。

 

「ああ。してやられたな、獣……!」

「…………!」

 

 生きているというのか、これで。

 

「ク、ソが……!」

 

 銃を構える。

 闇の向こう、人影が動いた気がした。

 発砲。

 

「どうした? 手品は品切れか? ハッハハハ……!」

 

 発砲。

 発砲。

 発砲。

 発砲。

 発砲。

 

 しかし。

 

 かちり、そんな音が不意に届いた。

 かちり、かちり。

 銃弾は放たれない。

 

 そして次の瞬間、××××は首を掴み上げられる。

 

「一つ、気になっていることがある」

「かはっ……!」

 

 首を絞められ、返事すらままならない××××へとガスコインは語る。

 独り言のように語る。

 

「なぁ、獣。……それは、俺の服だろう?」

「…………」

 

 何を言っているのか分からなかった。

 ガスコインは××××の胸元に顔を寄せ、笑った。

 

「……俺の妻が、そこに俺の名を刺繍したんだ。間違いない」

 

 なにかとてつもなく嫌な予感がした。

 

「やめ、ろ……!」

 

 やめろ。

 もうやめろ。

 さっさと殺せ。

 俺はそれを、聞きたくはない。

 

「そこで問題だ。お前はそれを、どこで手に入れた?」

「違う……! これは、この服は……そうじゃない……」

「…………」

 

 何も答えずにガスコインは××××の首根を離し、地に落とされた××××は弱々しい息でそれでも咳き込む。

 

「獣が妻のフリをしていた」

 

 見上げたそこには、狂気に歪んだ表情を浮かべるガスコインがいた。

 

「お前に……獣にその服を渡した者がいるのだとしたら……どうやら家にも、まだ獣がいるようだな」

「やめろ……! ガスコイン、やめてくれ……!」

 

 懇願する。

 そして見えない目で武器を探す。

 

 しかしその手は何も掴むことはなく、頭部に鋭い痛みが走った。

 

「フン……最後まで人のフリか……」

 

 ぼやけた視界の中、ガスコインが斧を振り上げるのが見えた。

 ××××は最期に何かに手を伸ばし……次の瞬間には意識を失っていた。

 

 

 

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