――炎の夢を見た。
木造の、みすぼらしい家。
そんなものが燃える光景が視界いっぱいを埋め尽くしていて、その中で××××はなにもできずにただ泣いていた気がする。
きっとその時××××は全てを失って、それでも生きてきたのだろう。
家族も何もかも自分にはなかった。
だからきっと、××××は酷く捨て鉢な生き方をしてきたのだろう。
いつ死んだっていい。
なにも感じない。
そんなふうに言い聞かせて、明日をも知れない生活を続けて、それで遂に病を得た。
確実に死ぬと、そう言われて××××の願いは叶ったはずだった。
自分を傷つけるようにして生きてきたのだから、病を得たのは願ったり叶ったりだったはずだった。
しかしそれでも、こんな街に来てまで××××が生き延びようとしたのは――――。
―――
ギルバートの家の前。
目を覚ます。
「っ!!」
――どうやら家にも、まだ獣がいるようだな――
何よりも先にその言葉が脳裏に浮かんで、××××は走り出す。
「どうか……! 神様……!!」
考える間もなく走り出していた。
獣には目もくれず走り、邪魔する者は一瞬で斬り殺した。
そうして少女の家へと向かうと、そのドアは開いたままになっていた。
「…………」
一瞬立ち止まり、けれどまた足を動かす。
そして武器を投げ捨てて家の中に入り、少女の姿を探す。
「おい! おい!!」
こんな時、呼んでやる名前も知らないことをもどかしく思った。
そんな思いも心の隅に追いやって、ひたすらに少女の姿を探した。
「狩人……さん?」
「君か!」
弱々しい声が聞こえて、××××はその音に駆け寄る。
するとおびただしく血を流した少女が、ソファーの背にもたれて座っていた。
「狩人さん……? 無事だったんだね、よかった……」
泣きそうな声で呼ぶ少女に駆け寄り、××××はその手を握った。
「大丈夫。大丈夫だから……!」
言いつつ血を取り出す。
そして、何本も何本も少女の腕にその針を刺した。
「助けるから……俺が……!」
しかし傷は塞がらず、流れる血は止まらない。
その傷は、腹を裂き千切れかけてすらいるその傷は、少女の身にとってあまりに過酷だったのだ。
「クソっ!!」
打ち込む血がなくなったポーチを捨てて、××××は祈るように少女の手を握る。
「なんで……どうして、こんなことに……!」
震える声で呟く。
ああ、俺のせいだ。
俺が、この子を巻き込んだから。
××××のせいで少女は死ぬ。
父親に殺されて彼女は死ぬのだ。
少女はきっと、父親に出会って喜んだだろう。
けれど愛する父親に飛びついた彼女に与えられたのは、抱擁ではなく血の通わない斬撃だった。
墓地でガスコインを倒せていれば。
いやそれ以前に、少女と出会ったあの時に××××が大人しく死んでいれば良かったのだ。
そうすればこんなことにはならなかった。
優しさなど、自分には所詮過ぎた代物だった。
それに縋ったために優しい彼女を殺してしまったのだ。
そんな後悔を思う。
そしてなんの意味もないと知りつつただ手を握っていると、少女が静かに口を開いた。
「あのね、狩人さん。おかしな夢を見たの」
「夢……?」
「うん。おとう、さんがね……わたしのこと……獣だって……。変な夢だよね……?」
「…………っ」
限界だった。
こらえきれない涙が頬を伝い、喉からは醜い嗚咽が漏れていた。
「すまない……俺の、俺のせいだ……すまない、すまない……」
「謝らないで、狩人さん」
優しくそう言って、少女は弱々しく手を握り返す。
「ねぇ、お願いがあるの」
「お願い……?」
「うん。あのね、狩人さん……獣を、やっつけてほしいの……。それで夜が終わったら……おとう、さんも……優しいおとうさんに、戻るよね……? 一匹もいなくなったらわたしのこと、獣だって……勘違いしたりしないよね……?」
もはや言葉を返すこともできなかった。
俺はこの優しい子のために何をできる?
いや、今はもう、そんな願いを聞いてやることしか……。
「ああ、わかったよ。きっと……きっと……俺がこの夜を終わらせるよ」
「ほんと? ありがとう。わたし、狩人さんにはお願いをしてばかりね……」
そう言って、それから少女はその手を弱々しく動かし、自らの髪につけたリボンを解いた。
「お礼にこれ、あげるね。狩人さんは男の人だから、いつか……大切な人に、あげてね」
リボンを渡して、それから薄く微笑んだまま少女は目を閉じる。
「狩人さん、まだいる……? わたし、ひとりはいやだよ」
「いるよ。ここにいるから……!」
悔しくて仕方がなかった。
優しいこの子は父親によって命を奪われ、その死を看取るのは家族でも何でもない赤の他人の男一人だ。
どうしようもなく胸が苦しかった。
「……そっか。……ありがとう、狩人さん。お母さんとお父さんと……おじいちゃんの次に……大好き、よ」
それだけ言って、少女はもう動かなくなった。
冷たい小さな手は、もうぴくりとも動くことはなかった。
「クソっ……!」
そして××××は、思い出してしまった。
それはきっと、また失ってしまったからだろう。
「クソッ!!!」
どうしようもない、行き場のない気持ちを床を殴り叩きつける。
ああ。
思い出した。
××××がこんな街に来たのは、こんな街に来てまで生き延びようとしたのは、不幸なまま死にたくはなかったからなのだ。
幸せを諦めきれなかったから、何に縋ってでも生き延びようとしたのだ。
そうだ。
××××は、幸せになりたくて、この街に来たのだ。
強く強く、血に濡れたリボンを握りしめる。
そして少女を殺した敵の名を、殺すべき獣の名を叫んだ。
「ガスコインッ……!!」
絶対に殺す。
幾度殺されようが、一筋(ひとすじ)ずつ傷をつける。
必ず、必ず奴を殺してやる。
―――
薄霧の墓地。
待ち構えるようにして奴はいた。
「なぁ、ガスコイン」
獣を殺し、血が滴る鉈を軽く振りのこぎりに変える。
そして、振り返ったガスコインに××××は言葉をぶつけた。
「あんたにとって獣とはなんだ? 自分に刃を向ける者か? 夜を歩く者全てか? なぁ、ガスコイン。お前にとってあの子は獣だったのか?」
低く嗤い、ガスコインが地を蹴った。
それを見て、××××も踏み込む。
「あの子はお前を父親と呼んだ。それでもあんたはあの子を獣として殺したんだ。もう一度聞くぞ、ガスコイン。あんたにとって獣とはなんだ? それとももう、あんたが獣なのか?」
斬り結ぶ。
技量も筋力も、××××では遥か及ばない。
しかし、そんなものは最早退く理由にはならない。
刃を交わし、やがて××××ののこぎりは跳ね退けられる。
そして斧の一撃が迫るが、それを××××は左腕で止めた。
「…………ッ」
小さく息を漏らす。
角度をつけて受けた左腕はかろうじて繋がっているものの、ひどい有様だった。
だがそれも、どうでもいい。
銃を捨て受けた左腕の先を動かす。
そして斧の柄を握り、武器の動きを止めた。
「訳の分からないことばかり言うな、獣が」
「分からないか? そうか、なら分かりやすく言おう」
ガラ空きのガスコインの胴へ、鉈に変形させつつのこぎりを振るう。
腹を深く斬り裂かれ、しかし微塵も怯むことなく冷静に退いた敵へと××××は殺意の視線を向けた。
「俺は、あんたを、殺す」
「ハッ……!」
返り血に、腕の傷はわずかに塞がりつつある。
輸血する間をそれすら惜しんで銃を拾い××××は走る。
「やってみろ、獣」
そう言ってガスコインは銃口を向けてくる。
だがそれを撃つつもりならば、きっと××××の弾丸も当たるだろう。
「死ね」
小さく呟いて、××××は銃弾を放つ。
同時に全身に弾丸がめり込むが、それは相手だって同じだ。
傷が返り血で塞がるのなら、退いた方が負ける。
「ッ!!」
銃撃を予想していた××××と、不意を突かれたガスコインでは流石に立て直しの速さが違う。
それは弾丸の威力の差をさし引いてもそうだった。
傷つけられた体の痛みすら忘れて××××は踏み込む。
そして肉薄し、怯むガスコインへと鉈で斬りつける……と見せかけて斬撃の途中でのこぎりに変えた。
それにより迎え討とうとしたガスコインの斧は空を切り、致命的な隙を晒す。
「ぐっ……!」
ガスコインが、初めて声を漏らした。
三度斬り裂かれ、しかし体勢を整えてみせたガスコインが刃を振るう。
「…………」
肩に深々と刃が埋まる。
それを跳ね除けて反撃しようとし、けれど凄まじい衝撃に××××は吹き飛ばされる。
「ハッハハハ……!」
狂ったように笑うガスコイン。
その手には、長大な柄を持つ大斧が握られていた。
なるほど。
××××のこぎりと同じく、変形すると言う訳か。
一度だけ輸血をする。
そして傷を塞ぎ、××××は地を蹴った。
「ッアアァ!!」
荒々しい叫びと共に大斧が叩きつけられる。
柄の伸長によりもたらされた遠心力と破壊力。
扱いにくさと引き換えのはずのそれを、ガスコインの怪力は小枝のように振るう。
「…………」
苛烈な、あまりに苛烈な連撃。
巻き込まれればその瞬間に死に至るような荒々しさから身を逃し、けれどガスコインの刃は着実に××××の体を傷つける。
「匂い立つなぁ……!」
また××××を斬り裂き、散る鮮血に狂気の笑みを浮かべた。
「堪らぬ血で誘うものだ。えづくじゃないか……!!」
血に酔った瞳で××××を見据え、ガスコインはさらに刃を振るう。
そしてそれに一瞬でも怖気づきそうになった自分を、××××は嫌悪した。
「舐めるなよ、獣が……!!」
そう吠えて、××××は銃撃を放つ。
それはかわされるが、連撃が止んだその瞬間に肉薄した。
「ハハハ……!」
この距離は大斧の間合いではないはずだが、それでもガスコインは巧みに斧を操る。
後ろの空間を利用するようにして、突きが繰り出される。
それを腹に受け、××××はまた銃を捨てて斧の柄を握った。
「がァァァァァッ!」
血を吐くようにして叫びながら、渾身の力を込めてガスコインを壁に押し付けその喉をかき切ろうとする。
「ハッ、ハハハッ」
しかし、掴んでいた柄が唐突に消えた。
見れば縮ませた斧を手に、ガスコインが攻撃の構えを取っていた。
「っ!!」
斬撃は××××の肉を斬り抉り、体を吹き飛ばす。
そして起き上がろうとしたその時、跳躍したガスコインが××××の肩から胸にかけてを深々と斬り下げた。
「かはっ……!」
普通の人間ならすでに死んでいるだろうが、××××は遺志を力とした狩人だ。
まだ動く左腕で血を入れて、それから跳ぶようにして銃を拾い撃つ。
その弾丸はやはり当たらないが、そんなことは分かっている。
弾幕の後に続くようにしてガスコインへと走る。
そしてその手に握られているのは、大斧だった。
まず横薙ぎ。
しかしそれには取り合わず、××××はガスコインの横を走り抜ける。
離れたところで火炎瓶を投げまた走った。
「…………?」
興が削がれたような顔であっさりと火炎瓶をかわし、ガスコインが追いかけてくる。
だが、追いかけてきたそこは墓石の群れが突き立つ場所だ。
大斧には、やりにくかろう。
××××は振り向き、ガスコインと向き合う。
「…………!」
斧を繰り出そうとして、墓石に弾かれた。
そしてそれに、××××の意図を悟ったようだった。
「考えたな、獣」
しかしガスコインは大斧を手斧に変えることはなく、あくまでこちらの思惑に乗るつもりのようだった。
墓石を削りつつ斧を振り、けれどそれはやはり多少鈍る。
××××は肉薄し……そこで寒気を感じて退いた。
「なっ……!」
思わず声が漏れる。
体を捻り放たれた回転切りで、ガスコインは墓石を粉々に粉砕したのだ。
「化物が……!」
毒づいて、銃撃。
そして、××××も腹をくくった。
一撃。
容易く受けられる。
何度も何度も斬り合い、けれど××××の方にばかりダメージは蓄積する。
が、そこで。
暗闇に紛れて、××××は油壺を投げる。
そしてそれは、ガスコインの手元に命中した。
「ッ……!」
あの長柄武器だ。
握力が効かなければ、存分には振れまい。
肉薄し、一撃を加える。
そして追撃を加えるその前に素早くのこぎりに火炎瓶を叩きつけ、炎上させた。
「…………」
腕も指も熱いが、金属ののこぎりはそれ以上炎を広げることはない。
突然炎上したのこぎりに目を取られたガスコインに、炎纏うそれを渾身の力で叩きつける。
「っらぁぁぁぁぁ!!!!!」
放った一撃は深々とガスコインの胸を斬り裂き、その体を大きく吹き飛ばした。
そして地面に叩きつけられたガスコインは立ち上がり……苦しみ始めた。
「う……ぐ、あ、ああ……!」
ガスコインの黒衣の下が蠢き、とてつもない悪意のようなものが漠然とあたりを支配する。
そして今の内に止めを刺そうと××××が駆け出そうとしたその瞬間。
「グォォォォォォォォッッ!!!!!」
凄まじい圧を伴う咆哮が周囲を揺るがし、××××は身を縮ませた。
今、何が……?
視線を前にやると、すでにそこには醜い獣となったガスコイン……だったものが目の前にいた。
「がっ……!」
腹を殴られ、なす術もなく吹き飛ばされる。
そして体勢を整える前にガスコインが跳躍し、××××をさらに追撃した。
「ク……ソ……!」
なんとか燃えるのこぎりを振るおうとして、けれど指数本を千切りながら獣の手がのこぎりを跳ね飛ばす。
それでガスコインは武器を失った××××を一切の容赦なく鋭い爪で引き裂いた。
「…………」
凄まじい人外の力で壁に叩きつけられ、もう指一本動かせない。
荷物から血を取り出そうとするが手を滑らせ失敗する。
それからやけにゆっくりと目の前に歩いてきたガスコインを見据え、せめて最後まで睨みつけようとした……その時。
小さな音が、聞こえた。
それは……オルゴールのような。
目を見開く。
「ぐ……グォォォ…………!」
頭を抑え、何かを思い出すように苦しむガスコイン。
見れば××××が血を取り出そうとした拍子に転がり出たオルゴールが音を鳴らしているようだった。
「………………」
――お父さんの好きな、思い出の曲なんだって。もし、私たちのことを忘れちゃってても、この曲を聞けば思い出すはずだって――
不意にそんな言葉が思い出される。
それはもういない少女が××××を守ってくれたようで切なく……それでいてどこまでも腹立たしかった。
「ふざけるなよ、ガスコイン……!」
悔し涙を流し、唇を噛む。
ふざけるな。
あの子は、最後まで自分の父親に殺されたと思っていたんだぞ。
「クソが……! 獣になんか……なりやがって!!」
結局、獣なんじゃないか。
あの子を殺したのは獣なのに、最後まで彼女はお前のことをガスコインだと思っていたんだ。
最後に見た弱々しい笑顔を思い出す。
彼女は笑っていた。
大好きだった父親に傷つけられたと思いこんで。
一人暗闇の中血を流して。
きっと痛くて辛くて苦しくて……寂しくて寂しくてたまらなかったはずの少女は、それでも見送る××××のために微笑んだのだ。
そしてそんな優しい子を置いて、こいつは獣になったのだ。
涙を流しながらも憎悪に目を見開く。
噛んだ唇が破れ、口の端から血が流れた。
「死ね……! 死ね死ね死ね死ねっ!!! 獣がっっ!!!!」
沸き上がる怒りに突き動かされ、立ち上がる。
そしてそれとほぼ同時にオルゴールの音を振り払った獣が爪を振るう。
「がっ……!」
肩を深く抉られ、けれど××××は止まらない。
半ば殴るようにして銃口を獣の口に押し込み、発砲した。
「グォォォォォッ!!!」
痛みに叫び、大きく怯んだ獣の腹部に狙いを定める。
そして振りかぶった右腕は……いつかのアイリーンのそれのように、黒く変異していた。
「ガアァァァァァァ!!!!」
鋭い爪で腹を裂き、その中の臓物を握り潰し引き抜く。
そしてその反動で吹き飛んだ獣が動かなくなるのを視界の隅で確認し、××××は意識を失った。
次の話で一段落付きます。
聖堂街編です。
基本的になろうで書いてる小説が行き詰まったときに息抜きとして一気に書く感じなので更新は完全に不定期です。
いつ終わるともしれないですが、間の話はまだ未定なのもありますが結末は決めています。
いちブラボファンとして頑張って書いていくのでよろしくお願いします。