「何をしてるんだい?」
「…………」
墓地に立ち尽くしていた××××に、アイリーンの声がかけられる。
だから何も言わずに振り向くと、彼女は息を呑んだようだった。
「……あんた」
視線が合うとわずかに身を強ばらせて、けれど××××の足元を見ると張り詰めたその気配を緩ませた。
「そうか」
それはどこか悲しく、それでいて安堵したような声でもあった。
「……弔って、やったんだね」
「…………」
それには何も答えず、××××はただ頷いた。
頷いて、足元の斧とオルゴールを供えて土を盛った地面をじっと見つめた。
―――
ガスコインを殺した後、目を覚ました××××はこの墓地にガスコインと少女と……それから彼女の母親を埋葬した。
××××はガスコインを許してはいなかったが、少女なら一緒に葬られることを望むだろうと思ったのでそうした。
そして彼女の母親、赤いブローチをつけた彼女の遺体は墓地の片隅に打ち捨てられていて、穴を掘るためのスコップを探していたところ偶然に見つけたのだった。
指が欠けているので三人分の穴を掘るのは少しばかり不自由だったが、だからと言って夢に帰って出直す気にもならなかった。
「…………」
何も言わずに盛り土を見つめる××××の横に、アイリーンが歩いてくる。
「……すまないね」
「なんのことだ?」
××××がそう言うと、アイリーンはため息を吐いた。
「あんたにやらせたことさ。狩人狩りは、あたしの仕事だからね」
「いや、こいつは俺が殺さなければならなかった」
「……そうかい」
××××とガスコインの間に起きたことなど彼女は知らないだろう。
だがそれでもなんらかの機微を感じ取ったものか、もうそれ以上何も言うことはなかった。
「……あんた、知ってるかい?」
不意に、アイリーンが口を開く。
「あたしのこの装束には、鳥の姿をすることで遠くの国の習慣、鳥葬っていう悼み方を真似る意味があるんだ」
「知らなかった」
知らないので素直にそう言う。
すると、アイリーンは続けた。
「それはあたしが始めた訳じゃないんだけどね。ずっと昔の狩人狩りから、この武器と一緒に伝わってきたもんだ」
「それが?」
とはいえ余り長々と喋っていたい気分でもなかったので無愛想に言葉を返す。
アイリーンはそれに口ごもり、けれど少しだけ優しげな声で語りかけてきた。
「……いや。ただね、ガスコインはあんたに倒されて幸運だったと、そう思っただけさ」
「幸運?」
「そうさ。あんたはあんたなりのやり方で倒れた狩人を弔った。そんなあんたに倒されて、ガスコインは紛れもなく幸運だった。狩人狩りとして、礼を言うよ」
「…………」
それには何も答えず、××××はアイリーンに背を向けて歩きだした。
何故だか無性にやるせなくて、今はここを離れたかった。
「どこへ行くんだい?」
背にかけられたアイリーンの問いへと背中越しに答える。
「聖堂街に行くつもりだ」
「ああ、なら待ちな」
「?」
その言葉に立ち止まり振り向くと、夜の中小さな輝きを放つ何かが投げられた。
それを××××が受け取り、手の中で見るとそれはどうやら鍵のようだった。
「それを使えばそこの聖堂街に通じる門が開く。後輩への餞別だよ」
「助かる」
もはや自分が聖堂街で何をするのかなど分からなかった。
だがそれでも、獣を殺すのだろうことは間違いなかった。
そんなことを漠然と考えつつ歩いていると、やがて××××は墓地の途中に灯りを見つけた。
「…………」
指も欠けたし、武器も傷ついている。
一度夢に帰っておくべきだろう。
そう判断して灯火に触れ、強く夢の存在を思う。
すると意識が遠のき、やがて××××の知覚は閉ざされる。
―――
破れた服も、千切れた指も何もかもが欠けることなく元に戻っていた。
優しげな空気に満たされた庭園に足を踏み入れた××××に、人形が声をかけてくる。
「おかえりなさい、狩人様」
そう言って深く頭を下げた人形に一瞥をやって、それから××××はその横を通り過ぎる。
「ああ」
階段を登り、家の中に足を踏み入れた。
そして武器を取り出し、修理することにする。
傷ついた武器は、服などと違い夢に足を踏み入れるのみでは修復されない。
そこにどんな理由があるのかは分からなかったが、××××は武器を血の石で鍛えていることが影響しているのではないかと思っていた。
血の石を武器に組み込み、その血を利用して武器に遺志を纏わせより鋭い刃を生み出す。
であればすでにこののこぎりはただの鉄塊ではなく、遺志の刃、とでも呼べるようなものになっているのではないかと。
武器の歪み、亀裂、そういったものを注意深く探して机に置かれていた工具でなぞる。
ただなぞるだけではなく、強く修復を思うことで××××が蓄えた遺志は刃に流れ込み、それを治す。
「…………」
武器を修復し、××××は家を出る。
すると祭壇の群れと家の隙間に小さな道があるのを見つけた。
人形も案内しなかったその道の先にほんのすこし心を惹かれて、××××は足を向けてみる。
すると少し行ったところで、××××はかつて初めてこの夢を訪れた時に見た老人を見つけた。
「ん……、うう……」
ゲールマンは車椅子の上で項垂れ、寝息を立てなにか夢を見ているようだった。
「……ああ、ローレンス…ひどく遅いじゃあないか……。私はもう、とっくに、老いた役立たずだよ……」
庭園の片隅で、老人は××××の知らない誰かに語りかけている。
よく眠っているのでほんの少し申し訳がなかったが、彼には聞きたいことがいくつもある。
助言者だと言うのならば、起こされても文句は言わないだろう。
そう思って眠るゲールマンに近付こうとすると、背後から呼び止められた。
「……狩人様」
振り向くと、そこには人形がいた。
「もしよろしければ、ゲールマン様をどうか今しばらく夢に留めておいては下さりませんか? ……それだけが、あのお方のわずかな救いなのです」
真摯に、乞い願うようにして人形が一際深く頭を下げた。
それを見た××××は、別に無理に起こしたい訳でもないので踵を返すことにする。
どうせやることは、獣を殺すことだ。
夜の終わりまで屍を積む、それだけなのだから。
「……分かった。遺志を力にしたい。頼めるか?」
だから××××がそう言うと、人形は頷いて歩き始める。
「わかりました、狩人様。ではこちらにどうぞ」
人形の後を追い、庭園の片隅から外に出る。
そして××××は屋敷の前、ぽつんと建てられた一つの墓石の前にたどり着いた。
「少し近づきます。目を閉じてくださいね」
いつものように跪き手を差し出した××××の手に、人形が手を重ねる。
それから一瞬の発光の後にそれは終わった。
「……ありがとう」
立ち上がり目を開いた××××がそう言うと、人形は寂しげな、けれどほんのわずか懐かしむような表情でこちらを見ていた。
「狩人様……あなたから、懐かしさを感じました」
「どういうことだ?」
聞き返した××××に、人形は答える。
「かつてこの夢を訪れた狩人様です。あなたから、そのお方の遺志を感じました」
「…………」
それは古狩人……ガスコインのことだろうか。
人形の目を見る。
彼女は責めている様子ではなかった。
ただ、寂しそうな色を浮かべていた。
「俺は、そいつを殺した」
「……私は」
「なぁ、そいつはどんなやつだったんだ?」
××××の言葉に、人形は戸惑ったようだった。
けれど目を閉じて、少し沈黙して口を開く。
「とても、優しいお方でした」
「……そうか」
それだけ答えて、××××は項垂れる。
項垂れて、のこぎりの柄を強く握った。
「狩人様?」
心配したように声をかけてきた人形に、××××は首を横に振る。
「なんでもない」
それから彼女に背を向けて、××××は墓石へと向かう。
付き従うように人形もついてきて、××××に問いを投げた。
「行かれるのですか?」
「ああ」
そう返事をして、それから××××はふと一つ思い出す。
「そうだ」
立ち止まり、振り返った××××に人形が首を傾げる。
「どうかなさいましたか?」
「一つ、伝言があった」
「伝言……ですか」
きょとんと、不思議そうな顔をする人形。
××××は頷き、それから続ける。
「ババアがよろしく、と」
「…………」
その意味がよく分かっていないようだったので、××××は言い足した。
「アイリーンのことだ」
「ああ……」
どうも思い当たったらしい人形は胸に手を当て、わずかに微笑んだ。
「ああ、もうおばあさんなのですね……」
それから今度こそ背を向け、××××は墓石に触れる。
そして意識が薄れて消える寸前、また人形の声を聞いた。
「ありがとうございました、狩人様。どうかあなたの目覚めが、有意なものでありますように」
とりあえず一区切りということで、読んでくださったことに最大の感謝を申し上げます。
ありがとうございました。