基本的に隠れ、分断し各個撃破する××××の狩りとは違いアルフレートのそれはあまりに荒々しかった。
被弾をものともせず駆け、石鎚で叩き潰し溢れんばかりの返り血で傷を塞ぐ。
しかしその一方で必要のない損傷は避け、あくまで冷静は手放さないその姿は洗練された古狩人の経験を感じさせた。
「終わりましたね」
物陰から目立つアルフレートを狙っていた、銃を持った身なりのいい獣を××××は背後から斬り裂く。
そしてくずおれたその体をまさぐり、銃弾を奪ってその言葉に答える。
「ああ」
大部屋のほぼ向こう側、遠くに血塗れで立つアルフレート。
彼に届けるため息を強めたその声は、重く淀んだ夜に薄く反響した。
「では、行きましょう」
剣と銃を収め、アルフレートは血塗れのまま市街へと繋がる階段に歩き始める。
そしてそれに合流するべく足を向けて、並んで階段を上がり始めた××××は彼に声をかける。
「こう暗くては、困るな」
銃持ちも分かりづらいし、敵の待ち伏せにも気づきにくい。
こうしてアルフレートと一緒でなければ、実際今の××××だってさっきの場所なら不意討ちで死んでもおかしくはなかった。
××××には、ガスコインのような強さはないのだから。
けれどそんな愚痴に、アルフレートはあくまで明るく答える。
「そうですね。夜は、気が滅入りますしね。旧市街の方はまだ日が見えますが……あまり落ち着ける場所でもありませんし」
言いつつ××××たちは建物の出口へと差し掛かる。
外に見える星一つない市街の空を見つめつつ、また口を開いた。
「そう言えば夢も明るい。あんたも行けたらよかったんだがな」
「まったくです。人形さんと、ゲールマン師はお変わりありませんか?」
その問いに、××××は少し考える。
なにしろ自分は、お変わりも何も彼らのことはよく知らない。
「……変わらないだろうな、あの二人は」
だが、あの二人からはなにか揺るがない不変性のようなものを感じる。
たとえ突然にあの屋敷が燃えたとしても、人形は澄ましてゲールマンは寝ているのではないだろうか。
そんなことを考えつつアルフレートに言葉を返した。
すると彼は破顔して、何事かを口にしようとした……その時。
「――ッ!! ――――ッ!!!」
建物の外。
どうやら犬が……犬の獣が一軒の家に向かって吠え立てているようで、そしてそれは、早業だった。
××××がなにかするよりも速く、瞳を暗く研ぎ澄ましたアルフレートが銃を抜き、発砲した。
散弾でありながら長射程、そして高密度。
かわしがたい壁のように放たれたその弾丸は犬をボロ雑巾にして吹き飛ばし、アルフレートはその機を逃さない。
刹那で距離を殺して倒れた犬の頸部に剣を突き立て捻り、完全に命を奪った。
「さて」
元の柔和な表情で剣を抜いたアルフレート。
また何か言いかけたようだが、今度はしわがれた声がその言葉を遮る。
「……ああ、あんた狩人なんだろう」
声が聞こえてきたのは、犬が吠え立てていた家の中からだった。
低く不機嫌そうな老婆のその声が、××××たちに語りかけているらしい。
「?」
不思議そうな顔で家に視線をやるアルフレートに、老婆は続ける。
「だったら、知らないのかい? どっか安全なところをさ」
老婆の意図を汲み取ったらしいアルフレートは、××××に輝くような笑顔を向けてくる。
確かに、彼女は教会に送れるだろう。
「知っている。だが、まだあんたを連れて行くことはできない。少し待っていてくれるか?」
××××がそう言うと、神経質そうな老婆の声が明らかに荒立てられる。
「待ってろだって? あたしゃあ知ってるよ!
もう家の中だってダメらしいじゃあないの。あんたたち狩人が役立たずでこうなってるんだから、あたしを助ける義務があるってもんさ。さぁ、はやく。どこか知ってるんじゃないのかい?!」
「俺が助けるのはあんただけじゃあない。かといってあんたを連れ回して市街を歩き回るわけにはいかない。必ず戻るから、それまで待っててくれ」
××××はそう諭すが、老婆は吐き捨てるようにして答える。
「なんだい、そりゃあ。待ってろだって? そんなこと言ってあたしを置いていくつもりなんだろう? まったく、ババアに用はないってか? えぇ?!」
「…………」
そんな老婆にアルフレートは肩をすくめて、××××も頷く。
少しの間放っておいても、この分なら問題なさそうだ。
いまだにぐちぐちと恨み言を並べ立てる老婆。
その家から遠ざかりつつ、アルフレートが口を開く。
「気が立ったご婦人は手負いの獣よりも乱暴かつ理不尽と聞きます。……そっとしておきましょう」
「ああ」
答えつつも、××××は上の空だ。
何故なら目の前に、犬の獣の群れがいる。
当然アルフレートも気がついているようで、剣を抜き銃に手をかける。
そうして市街の奥へと、××××たちは歩みを進める。
―――
また門前払いを喰らって、××××は小さく呟く。
「……駄目か」
この街の住人は、よそ者である××××を全く信用しない。
オドン教会に行くよう誘っても、基本的に罵倒を返されるだけだった。
異邦人であるギルバートは別として、あの少女のようなヤーナムの住人は本当に珍しかったのだろう。
「誰か誘えましたか? ……こちらは、あまり芳(かんば)しくありません」
「こっちも駄目だ。しかし、あんたの言うことも聞かないとなると避難させるのは難しそうだな」
アルフレートと合流し、そんな言葉を交わす。
どうやら彼が誘っても、中々難しいようだった。
「しかしあんた、何故市街に来たんだ?」
夜の中、××××とアルフレートは明かりのついた家を見繕いながら歩く。
そして××××の問いに、アルフレートは答える。
「狩人狩りアイリーンをご存知ですか?」
「…………。ああ。俺も、世話になった」
アイリーンのことを思い返し、××××はそう言う。
するとそれに頷きつつ、アルフレートは続けた。
「私は、彼女の協力を仰ごうとしたのです」
「なんのために?」
「旧市街にて古狩人デュラと、その盟友が狂ったのです。ですから私は、狩人狩りの手を借りて旧市街を踏破するつもりでした」
狩人狩りは見つかりませんでしたが、あなたと出会えたのは僥倖(ぎょうこう)でした、と。
そう付け足してアルフレートは笑った。
「古狩人デュラ……」
小さくその名前を呟く。
思い出されるのはガスコインのことだった。
臓物を掴んだ感触は、血まみれのリボンを握った感触は、今もこの手に消えがたく残っている。
狩人狩り。
できれば、やりたくはないが……。
「どうかしました?」
「……いや」
しかし先に進む邪魔になるのなら、排除する必要があるだろう。
そう腹を決めて、××××はまた一軒家を見つけて歩き出す。
このあたりは、ここで最後だろうか。
「デュラの話はまた次の機会に詳しく聞かせてくれ。俺はあの家を見たら、それから一人でもう一つの心当たりに向かう」
「そうですか。では私はどうしましょうか?」
「……そうだな。このあたりにはもう家はないから、あのご婦人を頼む。オドン教会で会おう」
そう言うと、アルフレートは苦笑した。
「これはしてやられましたね」
目を細めてそんなこと口にするアルフレートは、『ご婦人』を押し付けられたことを嘆いているのだろう。
そんなつもりはなかった××××は頬をかいて、それから言葉を返す。
「すまないな、貸しにしておく」
「ええ。大きいですよ、これは」
冗談めかしてそう言って、それからアルフレートは背を向けた。
「どうかご無事で」
「俺は死なないからな。あんたこそ、気をつけてくれ」
いくら古狩人でも、足手まといがいればあるいはということもある。
だから気をつけるように言って、××××は半ば諦観を抱きつつも目の前の家の戸を叩いた。
―――
薄汚いよそ者がと、さらに獣に喰われろとまで言われて流石に××××も気分が良くない。
だが訪ねるべき家は他になく、その点で言えば少し気が楽になった。
彼らを助ける義理もない××××としては、謂れのない罵倒を受け続ける時の終わりは単純に喜ばしかったからだ。
彼らが死のうと、恐らく心は傷まない。
「ギルバート」
いつもの窓を叩く。
すると家の中で身じろぎの気配がして、それに××××は安心する。
どうやら変わりないようだった。
「ああ、狩人さん。どうかしましたか?」
細く窓が開かれて、ギルバートの声が聞こえる。
窓の向こうから覗く落ちくぼんだ目に視線を合わせ、××××は口を開いた。
「あんた、避難する気はないか?」
「避難……ですか」
返ってきた声は思いの外困ったようで、××××の胸に一抹の不安が生まれる。
だがそれを消し去るようにして、言葉を畳み掛けた。
「そうだ、オドン教会という場所がある。むせるほど香(こう)が焚(た)いてある、安全な場所だ。他の人間もいるし、これからも多分増えるだろう。……どうだ? あんたも来ないか?」
「…………」
××××の誘いにギルバートは黙り込む。
そして少しの沈黙の後、彼は静かに口を開いた。
「私は、行きません」
「何故?」
「私は病人です。他の人に病をうつしてしまうかもしれない。それに、どちらにせよ私は……もう長くはないのです」
「…………」
その告白に、××××は言葉を失う。
それから何も言えずに口を閉ざしていると、ギルバートはゆっくりと続けた。
「気にしないでください。私は、満足しています。……あとは、そうてすね。夜が明けたら、あなたと共に外の思い出についてでも語り合えたら、それで」
やはり何も言えず、けれど××××はようやっと口を開いた。
「無理にとは言わないが、また会いに来よう」
「いえ、私のことなど気にされないでください」
「違う、あんたの力が必要なんだ。俺は、この街のことをなにも知らない」
そう言うと、ギルバートは少し笑ったようだった。
「では、楽しみにお待ちしています」
「ああ。……そういえば、薬は効いたか?」
××××の問いを、ギルバートはきっぱりと否定する。
「いいえ。もはやあれでは、私の病はどうにもなりません」
「そうか。だが……」
たとえ効かなくとも、飲み続けて害はない。
万が一ということもあるので丸薬を取り出して渡そうとすると、ギルバートは窓を閉めた。
「おい」
声をかける。
すると、窓の向こうから咳き込みつつ語るくぐもった声が聞こえた。
「それは、あなたが使ってください。聞けばある種の獣は毒を使うと言います。……私などの慰めにするよりは、きっとあなたが飲んだ方がいい」
「…………」
××××を気遣ってくれた。
だから、彼は断ったのだろう。
そう思い当たり、しかしそれを口にしようとは思わなかった。
「分かった」
ただそう言って、それからギルバートの家の横へ向けて歩きだす。
確かそこには、例の灯火があるはずだったから。
「また、少ししたら来る」
「ええ、さようなら。あなたに血の加護のあらんことを」
「あんたもな」
そう返して、それから青白い光に触れる。
すると意識がどこかに吸い込まれ、××××の視界はすぐに暗転した。