狩人呼びの鐘が共鳴する。
「……はぁ」
疲れ切ったようなアルフレートの声が聞こえた。
「まったく……あなたは酷い人だ」
その言葉に、旧市街の入り口の灯火のそば。
屋内で箱に腰掛け俯いていた××××は顔を上げる。
「悪い」
「いえ。私も元は狩人、死には親しんでいますから」
「そうか。ならこちらもそろそろ準備を始める」
「ええ、くれぐれもお願いしますよ」
そう答えて、それから青い光を纏うアルフレートは歩き始める。
そうしてまた、彼はデュラたちと刃を交えるのだろう。
「……さて」
座っていた箱から重い腰を上げる。
恐らくアルフレートはそう長くはもたない。
すぐに蜂の巣にされ、あるいはのこぎりの槍で身を裂かれ死ぬだろう。
だがそれでも、××××が鳴らした鐘は自分が死ぬまでは鳴り止まない。
死したアルフレートはこの場に戻り、何度でもデュラたちに挑む。
そうすれば彼らは弾丸も体力も少しずつすり減らしていくだろう。
しかしそれならば、わざわざ鐘を鳴らさずとも××××が行けばいい。
だがそれでもアルフレートを行かせたのには理由があった。
すなわち疲弊し、鐘の音を止めようとするであろうデュラたちをおびき寄せるためである。
そして速射砲に引火性の壺などのアドバンテージを奪い去り、今度はこちらが仕掛けた罠のもとで戦わせようと目論んだのだった。
××××は旧市街の外、聖堂街から通ってきた暗い通路へと足を向ける。
アルフレートの持ち物はこちらのものとより合わせてあって、だから狩道具は有り余るほどにある。
これを使えばそこそこの罠が作れるだろう。
そんなことを考えて、それから××××は早速取りかかる。
まず取り出したのは投擲用のものだという小ぶりなナイフ。
持ち主であるアルフレートはあまり狩りには使えないと笑っていたが、この鋭さは人には脅威になるはずだ。
そう考えて、とりあえず手に取った三本を手の平で転がす。
さてどうしようか。
そんなことを内心に呟き、道の途中に屈み込む。
そして木でできた床に深くナイフを突き立てる。
そうしていくつかの穴を作り、そこに次々とナイフの柄をはめ込んでいった。
するとあたかも地面からいくつもの小さな杭が生えているような、そんな具合になる。
しかしこれではかかるものもかからないだろう。
そう考えて、それから××××は近くにあったタンスに目をつける。
ナタと銃を手離し、両手で抱えてタンスを運ぶ。
そして斜めに立てかけるようにして細い道を塞ぎ、通りにくくなるように配置する。
このタンスをどけて反射的に踏み込めば、足はそれだけでボロ布のように刻まれるだろう。
我ながら性格の悪い仕掛けだと思いつつ、××××は傾かせていたタンスを直立させる。
逃げつつ悪あがきのようにして道を塞がせれば、敵も罠にかかるかもしれない。
それからまたいくつか罠を仕掛けながら、××××は先ほどの戦いについて思いを馳せる。
あれについてはすでにアルフレートと話し合い答え合わせは済んでいたが、そうして考えるとやはり完敗であったと思わざるをえない。
そう、敗因は二つあった。
まず一つはこちらが十分に情報を共有していなかったこと。
旧市街の獣には毒があって、××××はそれを知らなかった。
だからこそ毒に侵されながら戦うことになり、結果としてそれが敗北の一因になった。
しかし××××がきちんとアルフレートに旧市街の獣について聞いていたなら、あるいはあの時すぐに異常を告げていれば毒には対処できただろう。
なにせギルバートに渡していた白い丸薬であの毒は消せるらしかったから。
そしてもう一つは、単純に相手の計画がこちらを上回っていたことだ。
敵対者と速射砲をすら利用して二人を分断し、霊体が『元いた場所に戻る』性質を利用して鐘の共鳴を破り帰還することで瞬時に移動しあちらにとり有利な状況を作り出す。
つまりは初めから張られていた網の中に、××××たちが自ら飛び込む形となったのだ。
これでは勝てるものも勝てないだろう。
だが、今度網を張るのはこちらの方だ。
罠を仕掛け終えた✕×××はそんなこと考えつつ旧市街の入り口へと引き返す。
するとその時、ちょうど来たらしい敵が言葉を投げかけてきた。
「……貴公ら、気でも違っているのか? 何故そこまでここに固執する?」
声の方向に振り向くと、そこにはデュラとそれからのこぎりの槍の男が歩いてきていた。
橋を渡ってきた様子はないので、どこか抜け道があるのだろう。
しかし、それにしても。
「アルフレートはどうした?」
こちらに戻ってこない以上、アルフレートの霊体は撃破されていない。
であれば彼が二人をこちらに通すとは思えなかったのでそんなことを尋ねると、デュラは声を低くして答える。
「答えると思うか? だが一つ言うのなら、我々はもう貴公らに容赦をすることはない」
「よく言う」
受け答えしつつ彼らの背後に視線をやるが、アルフレートが戻ってくる様子はない。
恐らくは拘束され、動きを封じられているのか。
「今回は退こう。だが、必ず戻ってくる」
助けは得られそうにないと判断して、××××は身を翻し罠を仕掛けた通路へと走る。
「っ……! 逃げるとて、やがて戻るつもりならば狩らせてもらうぞ」
そんな言葉が背中にかけられて、それから××××は追いかけてくる足音を聞いた。
「…………」
まずかねてから決めていたようにタンスで道を塞ぎ細い通路の先、階段の出口を通り抜ける。
「っ……!」
当然すぐにそれはどかされるが、槍の男の方が足をナイフに貫かれたようだった。
「ふざけた真似を!」
立ち止まり、激昂するデュラの声。
だが彼らは熟練の狩人だ。
この場所が不利だと踏めば引き返す恐れもある。
だから。
「どうした、来ないのか? ……なら土産だ。持って帰るといい」
そう言って獣の首を投げる。
黒い毛に覆われたそれはアルフレートが戦っている間に
「なるほど、人狩りに相応しい男だったか! ならばよい、躊躇も不要というものよ! 獣の糧となるがよい!」
殺意をみなぎらせた叫びと共にデュラが隊列を崩し階段を抜け通路に足を踏み入れる。
だから既に距離を離していた××××は散弾銃を構え撃った。
「その距離で散弾銃が……」
効くものかと、そう言おうとしたデュラの言葉は半ばで途絶えた。
いや、あるいはかき消されたのかもしれない。
デュラの背後へ轟音と共に大量の火炎瓶が落ち、その背後を炎で閉ざしたからだ。
「紐付き火炎瓶と言うらしい。便利なものだな」
銃撃で吊るしていたそれを落とした××××は逃げつつ平然とそんな口上をのたまう。
デュラはとっさに前に転がることで巻き添えを避けたようだが、木の通路は凄まじい勢いで炎を延焼させ焼け落ちようとしている。
「貴様……!」
鬼の形相で追いかけてきたデュラは、槍の男と分断されたことも意識できてはいないらしい。
はしごに手をかけ登る××××の足を掴み、引きずり下ろそうとする。
だがその手を蹴り応戦し、怯んだ隙に上の階へと身を引き上げる。
だがデュラもすぐに登ってきてその手に持った杭打ち機で殴りかかってくる。
「死者を弄ぶなど……! 貴様の性根は獣にも劣るぞ!」
「あれはもう人ではないだろう」
狭い通路で幾度か刃を交わし、しかし火の手が迫ってきたのでまた身を翻す。
「逃げる気か!」
「そこで心中するか? 俺は構わないが、あんたは死ぬぞ」
憎まれ口を言い捨ててそのまま進むと、すぐに石の階段が見えてくる。
××××は通路と階段の境目で軽く頭をかがめ通り抜け、それにデュラが続く。
「……!」
しかし右の壁、そこにちょうど目のあたりを斬り裂くように設置したナイフは寸前でかわされる。
思えばはしごの一部にガラス片をまぶしたトラップも避けられたし、木の床にあつらえた落とし穴も回避されていた。
あれだけの距離から狙撃していただけあって、やはり相当にいい眼を持っているらしい。
そんなことを考えつつ、デュラの銃撃から逃げるように階段を登る。
そしてやがてたどり着いたのは、開けた石室の広場だった。
「…………」
その半ばまで進み、無言の内にゆっくりと振り向く。
するとデュラも追いついてきていて、その瞳でこちらを睨んでいる。
それは、やはり正気の人間のものだった。
「ここで決着にしようじゃないか。……よもや夢まで逃げるつもりもないのだろう?」
「ああ」
挑発するデュラの言葉に短く答え、××××はのこぎりを握り直す。
そして銃撃を放ち地を蹴った。
「一つ、聞かせてくれ」
散弾にかすりもせず、同じく距離を詰めてきたデュラにそんな言葉を投げる。
だがデュラはそれに答えず、ただ唸るような声と共に打ちかかってきた。
「貴様と話すことなど何もない……!」
「…………」
杭が装填された、杭打ち機でデュラが刺突を繰り出す。
それは突く故にのこぎりに比べリーチが長く、また手数でもわずかに上回る。
重い杭の連撃。
流しきれないその圧力に××××は退く。
しかしそれを読んでいたかデュラは一瞬で肉薄し、なおも突きを繰り出した。
一撃、のこぎりの刃で弾く。
二撃、身をかがめかわす。
三撃、脇腹を抉られながらも距離を詰め刃を押し出す。
「……っ」
浅く斬られたデュラが張り詰めた息を漏らした。
恐らく彼も分かっているのだろう。
余りに距離を殺されれば、突きの効果は著しく減衰すると。
のこぎりを振るう。
デュラはそれをかわし、距離を調節しようと後ろに下がる。
しかしまた距離を詰めると見せかけ、××××はなたに変形させつつそのリーチで射程外からデュラを斬りつけた。
「!」
それにかすかに目を見開き、しかし躊躇もなく彼もまた突きを繰り出す。
だが武器を先に振ったのはこちらで、そもそもこの間合いでは杭打ち機の突きは届きはしない。
「…………」
思い違わずデュラの肩に刃が入り、鮮血を迸らせつつ腹へと抜け……視界が霞んだ。
「く……」
それは人を刺し、吹き飛ばしてなお余りある衝撃だった。
杭打ち機、かの武器の本領である重い杭の射出。
それをただの突きと見誤り、××××は胸部を粉砕されたという訳だ。
「っ……」
右胸に拳ほどの穴が開き、けれど死には至らない。
鍛えた生命力、その止血機能をもってしても止まらない流血を見やり××××は血を入れる。
そして追撃を遠ざけるため無理に立ち上がり、同じく血を入れたらしいデュラに相対する。
……やはり古狩人は強い。
奇策を用いてようやく四分か。
「なぁあんた。獣が人だと言っていたな。あれはどういうことだ」
まだ傷の修復が終わっていない。
もう一度血を入れて、時間を稼ぐためにそんな話を持ちかける。
しかしデュラは構うことなく黙って杭を構えた。
「…………」
小さく鼻を鳴らし、××××は血を吐き捨てる。
そして追撃を仕掛けてきたデュラにのこぎりを合わせた。
だがそれは当然のようにして伸長した杭に弾かれ、また刃として振るわれた杭の斬撃によるカウンターを受ける。
切れ味鋭く肩をえぐり、退いた××××に存外に重いその叩きつけが追撃を為す。
わずかに地を揺らし、ガスコインの斧を思わせるほどの一撃。
だが喰らえば痛手となる故に隙も大きく、それを逃さじとなたを縮ませ反撃を仕掛けた。
「くっ……」
デュラはかわすが大きく体勢を崩す。
追い打ちとして銃撃を放つと、いくらかの銃弾を受けつつ転がり隙はさらにこじ開けられた。
だから××××は飛びかかるようにして刃を振るい、千載一遇の機会を物にしようとする。
しかしあと一歩というところで突如炎の塊を叩きつけられ、××××は骨を焼く熱さに悶絶した。
そしてさらにダメ押しの刺突が叩き込まれる。
「紐付き火炎瓶、その本来の使い方だ」
熱に焼かれ、己の血に溺れるような感覚の中。
それでも無様に転げ回りなんとか火を消した。
だが焼かれ、また穿たれた痛みの苦痛が抜けきらない内にデュラはそうひとりごちて再装填した杭打ち機でとどめを刺そうと迫る。
「ク……ソ……!」
「はっ」
ポーチを探り血を取り出した××××を嘲り、デュラが腕を踏みつける。
そして注射器を奪い取り針を自らの首に刺した。
「…………!」
刹那、注射器を取り落としたデュラはふらつき後ずさる。
恐らくは先程銃弾を受けた傷を癒やそうとしたのだろうが、それは××××にすれば一か八かの賭けが成功したことに他ならなかった。
「貴様……なにを……!」
驚愕に目を見開くデュラに、××××は何も答えない。
この場所の暗さで分からなかったようだが、あの注射器には採取した獣の毒をたっぷりと詰め込んである。
デュラはそれを、自ら体内に入れたという事だ。
人体で最も太い道の一つ、首の血管を通じて毒は瞬く間に回り切る。
常人の致死量、恐らくはその何倍もの量の毒を受けデュラの動きは明らかに鈍り始める。
そして彼が状況を理解する頃には、××××は既に血を入れ体勢を整えていた。
奇しくも初戦と逆。
しかもあの時の××××が取り込んだ毒よりも遥かに多いそれはすでにデュラから交戦する力を奪い去っていた。
のこぎりを振るう。
丸薬を飲ませる暇を与えず、次々に攻撃を加え攻め立てる。
「貴様……などに……!」
防戦に回るも蝕まれた体では防ぎ切れない。
腹を裂き、肩を削り、おぼつかない足取りのデュラはやがて部屋の隅に追い詰められる。
「……はぁ……はぁ……!」
崩れ落ち、けれど折れぬ視線で睨みつけてくる。
古狩人の強さに内心戦慄しつつ、××××はデュラへと銃を向け語りかける。
血を入れようとするか、あるいは丸薬を飲もうとすればすぐに撃つつもりだった。
「俺たちの邪魔をするな。手助けをしろと言うつもりはない。それだけ約束してくれれば、俺はあんたを殺さない」
「獣どもは上にはいけん、誰にも迷惑はかけないさ。……それでも貴様が獣を狩ると言うのなら、私は最期まで抗うだけだ」
「そうか。……残念だ」
そう言って引き金を引こうとして、けれど××××は逡巡する。
『お父さん、すっごく強いの。……だから、生きてるよね?』
不意に蘇ったのはそんな声だった。
ガスコインを待っていた人がいるように、デュラにも帰りを待つ誰かがいるのではないかと、そんなことを思ったのだ。
「……?」
××××が銃を下ろすと、デュラも不思議そうにこちらを見つめ返してくる。
「とどめを……刺さないのか?」
「…………」
どっと疲れが押し寄せてきて、だから言葉で答えず取り出した丸薬を投げた。
それが答えのつもりだった。
「話を聞いてくれ。……獣は殺すが、人殺しは好きじゃないんだ」
そう言った××××の瞳をデュラが真っ直ぐに見つめ返してくる。
苦し気な息を漏らしながら見つめて、やがて俯き目を逸らした。
「……分かった。貴公の話を聞かせてもらおう」