××××が燃やしてしまった通路。
それでもなんとか通り抜けて、今は再び旧市街に戻ってきた。
のこぎり槍の男は××××を見ると斬りかかろうとしたが、デュラに言われて一旦は堪えてみせる。
そんな訳で一応の和解を果たした××××たちは、デュラたちの隠れ家なのだという廃屋にて
「なんだ貴公ら、初めからそう言ってくれれば良かったではないか……」
心底驚いたように、しかしどこか申し訳なさそうにも見える表情でぼろぼろの椅子に座ったデュラが言う。
ここは日は差さないが、いくつも松明が燃えていてそれが暗い室内の貴重な光源だった。
「……我々が悪いとでも言うのですか?」
隠れ家の入り口近く、獣を捕縛するための物と思しき強靭なロープで縛られていたアルフレート。
今は拘束を解かれ、しかし闇討ちを警戒してか鐘の共鳴は解いていない。
霊体のまま、薄闇の中ぼんやりと光りつつ嫌悪を顕にするその姿はどこかちぐはぐだった。
「いや、違うとも。本当にすまなかった……。我々もなにも獣狩りの邪魔をしようと言うのではない。上に獣がいるならそれは紛れもない脅威だからな……」
本当に申し訳ないと、そう言ってデュラは頭を下げる。
聖堂街へ続く鍵を取りに来たと言った途端こうなるのだから拍子抜けだ。
今のデュラからは先程までの凄みは全く感じられず、無害で人の良い男にしか見えない。
「過ぎたことだ。俺は気にしない」
狂っていないのならば、なにか彼なりの信念があったのだろう。
そしてその上でこちらへの害意を収めるというのなら気にすることもない。
だから××××がそう言うと、アルフレートは不服げにため息を吐いた。
「あなたがそう言うのならば、私ももう言いませんが……」
「……ありがとう」
アルフレートは××××と違い何度も殺されている。
故に納得できない部分はあるだろうが、それでも剣を引いてくれるようだった。
素直に礼を言い、それから室内を見回してみる。
この街にありふれた木張りの床に、タンスやテーブルやらがまばらに置かれた生活感の薄い空間。
ふと広い部屋の奥を見れば階段が上階へと繋がっていて、その先で寝泊まりしているのだろうかなどと考える。
それにしてもここはどうも元は民家のようだったが、獣の襲撃に対して十分な備えがあるようには思えない。
「ん? どうかしたかな?」
××××の視線に何を思ったか、デュラがこちらに意識を向けてくる。
それに頷いて、それから彼に疑問を投げた。
「あんたはここでどうやって暮らしているんだ? とても安全には見えないが……」
「ああ」
合点がいったように頷き、デュラは答える。
「獣から隠れて生きる心得には多少自信がある」
そう言って、それから傍らに佇む槍の男に視線を向けデュラは小さく言い足した。
「それに……なぁ」
その言葉を受けて槍の男は何も言わない。
だがその言葉の意味は××××にもなんとなく分かった。
つまりなにかあったら大人しく死のうと、そう決めているらしい。
何故獣ごときにそこまで入れ込むのかは分からないが、それはこちらにとってどうでもいいことだ。
だから本題に入ろうとすると、それよりも早くアルフレートが冷たい声色で口火を切った。
「そんなことより。鍵の場所に心当たりがあるなら早く言っていただけますか」
「ああ……これはすまない。もちろん教えるとも。だが……」
「だが?」
この期に及んでまさか条件をつけるとでも言うのか。
××××が若干の不安を抱き警戒すると、なんとも人懐こい声でデュラは続けた。
「まずは食事にしよう。貴公らの先輩として、是非とも
―――
隠れ家には意外なことに、調理の備えがあるようだった。
ランプ……と言うには余りに火勢の強い、火を吹き出す小さな箱の上に三脚を置き、鉄の鍋をことことと熱していた。
「それはなんだ?」
××××にしてみれば見覚えのない調理器具で、木箱に腰掛けて鍋を見るデュラにそんなことを尋ねる。
すると彼は懐かしむように低く笑い、鍋に視線を向けたまま答えた。
「まぁ、見ないのは仕方がないさ。これは私の友人が作った簡易調理器具でね。火炎放射器と同じ原理で動いているんだとか。……便利なものだろう?」
「そうだな」
そう答えて、デュラはおたまで鍋をかき混ぜる。
その香りは刺激的で、またスープの液面に浮く黒胡椒や油から味が濃そうなのは容易に想像できた。
それにハムやソーセージ、果ては干し肉とかなり肉に偏るものの具が豊かで、疲れた体にはとても効きそうだった。
「……毒など入っていないでしょうね?」
懐疑的な姿勢を隠そうともせずにアルフレートがそう言う。
それに困ったように頭をかいて、デュラはほんの少し微笑んでみせた。
「そんなつもりはないが、体に良くはないだろうなぁ……。私は好きなんだが」
確かに肉々しくて味も濃いとなれば体には良くないだろう。
その答えに何を思ったか、アルフレートはこちらに向き直り問いを投げてきた。
「丸薬はまだありますか?」
「ああ」
「それは良かった。ではまた後で」
そう言って一礼し、アルフレートは空砲を鳴らし姿を消す。
どうやら彼も、生身で食べたいらしい。
と、そこで。
入れ替わりのようにして槍の男が入ってくる。
二対一で無力化されたりはしないだろうかとわずかに身構えるが、その心配はなさそうだった。
「おお、まだあったのか。良かった……これで慎ましい食卓も少しは豪華にできるというものだな」
槍の男はその手になにやら麻袋を持っていた。
「…………」
男が無言のままそれをデュラに投げると、彼は喜色を浮かべつつ受け取った。
その様子に目をやって、××××は首を傾げる。
「何が入っている?」
「乾パンだよ、貴公」
少し浮ついた声でそう答えてデュラが袋に手を入れる。
そして取り出したのは、小さな板のようななにか……言葉通りの乾パンだった。
「手を出してくれ」
「?」
デュラの言葉に従い手を出す。
すると彼が乾パンを一枚落として、食べろということだと解釈し口に入れる。
「美味いか?」
「まずい」
「だろうな」
口に入れたそれにはなんの味もなく、しかもどこか焦げ臭いような気さえした。
いたずらに水分を奪われたことに腹を立てていると、デュラは笑って槍の男に声をかける。
「すまないが水を持ってきてくれ。ほんの少しでいい」
「…………」
槍の男は、どうやら頷いたようだった。
踵を返し部屋の隅へと歩いていく。
「水は井戸から取っているのか?」
××××が尋ねると、デュラは難しそうな顔をする。
「ああ、まあ……この街の井戸ではなく、聖堂街まで行くんだが」
「? この街には……」
井戸がないのかと、そう言おうとして××××は口をつぐむ。
なにせどこもかしこも焼かれた街だ。
水場は、井戸の中は、きっと焼かれて渇いた人や獣の死体が詰まっているに違いない。
「貴公のお陰で、やりにくくなったぞ」
「悪かった」
通路を焼いてしまったのだ、これからはきっと難儀するだろう。
だから謝ると、デュラは不思議そうに息を漏らす。
「貴公は優しい男だな。どうやら誤解していたようだ」
「…………」
優しい男などではない。
それは自分がよく知っている。
恐らくこの街に来る前の自分は、ろくでなしの無法者だったのだから。
そんな風に酷く荒んだ生き方をしていたことは、なんとなくだが思い出したのだ。
××××の無言にデュラが何を思ったのかは分からない。
しかし槍の男が盆に入れた水を持ってくると、それを受け取った。
「ありがとう」
大量の乾パン、それらを盆に入れて軽くすすぐように動かす。
すると暗闇の中かすかに水が濁ったのが分かった。
「灰で汚れていたんだな。まずかったのは、そういうことだ」
「はぁ……」
毒味に使われたのだと気が付き、××××は腹を立てる気すら起きなくてため息を吐いた。
全くもって調子のいい男だと思った。
「しかし貴公、名は何と言うのだ? 血族狩りのアルフレートと言えば知れた名前だが、貴公のことはついぞ耳にしたことがない」
乾パンを器用におたまで押さえ、汚れた水をそばにあった器へと流し込んでいく。
その汚れた水も無駄にはせず、きっと何かに使うのだろう。
「俺には名前がない。というより、覚えていない。輸血を受けたらそうなった」
「それは……」
それを受けて、デュラは少し考え込む。
だがまた何か言う前に、背後で遠く何かの気配がした。
「戻りました」
声の主はアルフレートだった。
霊体ではない生身に戻って、改めて隠れ家に足を踏み入れたらしい。
「ここは暗い。光ってくれていた方が良かったんだがなぁ」
笑うデュラに、アルフレートは若干殺意の籠もる視線を向ける。
「あ、いや、すまない……はは」
茶を濁すようにして笑い、デュラはふやけた乾パンをスープに放り込んでしまう。
そして鍋を見つめながら、誰へともなく呟いた。
「火薬庫がゆだ。とびきり味が濃ゆいスープに乾パンを入れて作るパンがゆだ。ドロドロで肉の味がして、それはもう美味いのだよ」
「おお……」
表情を崩し、アルフレートがふらふらと鍋に近寄る。
彼にとっても、これは好みのようだった。
「アルフレート、貴公の分は少し多めにしておこう。和解の証だ」
「…………」
和解などしないとでも言うように、アルフレートは何も答えない。
しかし喉は鳴らしたので、ほだされていない訳でもないらしい。
それからしばらく火を当てて、すると段々乾パンはその形を失いグズグズと崩れ始める。
それを見届けたデュラは、さてと声を上げ腰を上げる。
「では貴公、名無しの狩人よ。こちらに来たまえ」
「なんだ?」
「いやな、まぁ……ちょっとした贈り物だ」
そう言って人懐こく微笑んで、それからデュラは槍の男に視線を向ける。
「すまないが鍋を頼んだ。私は彼にあれをやろうと思う」
「…………?」
やはりよく分からないが、いかにも『任せろ』というような様子で右腕を掲げた槍の男。
その彼を見て笑みをこぼしデュラは歩き始める。
行き先は、例の階段の先のようだった。
「ほら、貴公も来ないか」
「ああ……」
釈然としないながらそう言って彼に続くと、アルフレートが声をかけてきた。
「気をつけて、決して心を許してはいけませんよ。私は鍋を見張ります。毒など入れられないように」
「そうか」
そんなことを言う鍋に夢中な彼に警戒心が残っているのかは分からなかったが、とりあえず頷いて足を進める。
するとデュラは、階段の先で待っていてくれているようだった。
―――
「これはなんだ?」
階段の先、上階にてデュラが差し出したのはなにやら焼け焦げた服だった。
少し見た様子だと槍の男が纏っている装束にも似た……というよりそのものの見た目をしている。
「狩装束さ。いかに貴公とは言え、普段着で狩りというのは余りに哀れだ」
「……なるほど」
デュラが差し出しているマントのついた服……いや、狩装束を手に取ってみる。
するとそれは軽く、しかし強靭であることが手の感触から伝わってきた。
また焦げてはいるがその形状をいささかも損なわないそれは、防火用としての効能も持ちそうに見える。
これを着れるなら、きっと狩りは捗るだろう。
しかし。
「残念だが、遠慮しておく」
「……何故?」
××××の言葉に、思いもよらないというようにしてデュラがそう言う。
そしてさらに、説得するための言葉を重ねた。
「貴公、狩りにおいて何より大事なのが生き残るということだ。いくら狩人とていつまでも夢見るものでは……」
しかし咎めるような色さえ含むそれを半ばで遮る。
「この服には、思い入れがあるんだ。捨てることはできない」
少女にもらい、またそのために少女を死なせてしまった服。
狩装束はいいが、これを脱ぎ捨てて行くというのは少しばかり受け入れがたかった。
「……」
その答えを受けて、なにやら考え込む様子のデュラ。
しかしやがて、諭すように、いっそ意外なほど優しく口を開いた。
「貴公になにかあったと言うことは、なんとなく分かる。あれほど獣を憎んでいるのだし、そういう狩人は少なくはない」
「…………」
「けれどな、貴公。貴公は狩人だ。狩人が倒れれば、獣は誰かを傷つける。もちろん、感傷は大切だ。だがそのために最善を尽くせなかったなら、貴公はいつか後悔することになるかもしれない」
「それは……」
黒い服、フード付きのそれの袖を握り締める。
あの時ガスコインを倒せれば、少女は死んではいなかった。
恐らくそういうことをデュラは言っているのだ。
「…………」
もう××××には守るべき人などどこにもいない。
それでも装備を怠ったために獣を取り逃がせば、それが誰かの不幸に繋がるかもしれない。
そうだ、この凄惨な夜を終わらせると誓ったのだ。
ならばもう悲劇を増やす訳にはいかなかった。
いまだ残るささやかなためらいを殺し、××××は服を脱いでデュラの手から狩装束を受け取る。
「ありがとう」
「気にしなくていい。ほんのお詫びだ」
そして狩装束に袖を通すと、デュラは満足げに頷いた。
「どこからどう見ても立派な狩人だな」
「……ああ」
上の空で答えつつ、抜け殻になった少女の服をぼんやりと見つめる。
するとデュラはそんな××××を見つめていて、慰めるように声をかけてきた。
「まぁ、それはそれで大事にとっておけばいいさ。とりあえずは使者にでも預けておくといい」
「使者に?」
「ん? 貴公知らないのか……」
そう言って眉を下げたデュラは、少し考えて口を開く。
「念じるだけでいい。すると我々の周りに付き従う使者が見えるようになる」
「見えるようになる……?」
含みをもたせたその言葉がよく分からなくて聞き返す。
だが彼にとってはどうも常識のようで、逆に不思議そうな表情で答えられた。
「使者は常に我々の周囲にいる。だが常人にはそれが見えない。我々狩人にさえ夢の外ではその姿は見えないが、彼らの存在を思う、つまり意識を向けることで見えるようになるということだ。たまに助言を持ってたりするから貴公も気にかけるといい」
「そういうものなのか……」
よく分からなかったが、どうもそういうことらしかった。
ということで早速使者の存在に意識を向けると、気持ちの悪い笑みをふきこぼす彼らの姿はすぐに見つかった。
「……これを頼む」
おそるおそる使者に服を差し出すと、彼らはそれを受け取りどこかに溶けるように消えた。
「便利だ」
ふと漏らした××××の言葉に、デュラは笑って答えた。
「ああ、全くその通りだよ」
未プレイの人、万が一いらっしゃったなら煤けた狩装束でググってください。