食事を済ませ、体の芯に熱が入ったような心地がする。
しかし食後の休息もそこそこに、××××たちは……正確にはデュラと槍の男が、忙しい様子で街に出る用意をしている。
「……あれはなんだ?」
××××は隣に立つアルフレートに問いかける。
デュラが荷物に赤く見える小さな小瓶のような物を入れていたから。
「酒でしょう。獣は血の酒を好み、また強く惹き付けられます。獣の多いこの街を歩くのなら、何よりの備えになるでしょうね」
「……なるほど」
顎をさすりつつ答えたアルフレートの言葉に××××は感心する。
やはり古狩人とは、多くのことを知るものだ。
そのまま××××が待ち続けていると、やがてデュラたちはこちらに歩み寄ってきた。
「では行こう、貴公ら」
「…………」
デュラのその言葉に、アルフレートは何も答えない。
食事は摂ったとはいえ気を許したわけではないのだろう。
ただ黙して鋭い視線で見返している。
その反応に小さく咳払いをして、デュラは踵を返して歩き出した。
向かうのは先程狩装束を譲り受けた隠れ家の上階だ。
そして歩きながら、デュラはふと問いかけてくる。
「しかし獣狩りの夜に聖堂街に入りたいとはどういうことなのだ? 聖堂街は聖歌隊やらの聖職者たちの管轄(かんかつ)だろうに」
いかにも不思議だと言うような様子でその言葉は漏らされた。
その言葉にアルフレートと××××は顔を見合わせ、それぞれの理由を口にする。
「私は血族へたどり着く糸口を探すために」
「なるほどな、血族狩りの使命のためか」
うんうんと頷くデュラ。
その顔を見ながら××××も口を開く。
「……俺は少し、気になることがあってな」
「気になること?」
「ああ、『青ざめた血』……という言葉に聞き覚えはあるか?」
それは狩りの遂行、獣の病根絶のための唯一の手がかりだ。
だからそれを問うと、デュラはやはり分からないらしい。
「いや……ないなぁ。確かにそれが血だと言うなら大聖堂ではなにか分かるかもしれんが……」
念の為に槍の男にも視線をやると、彼も黙ったまま首を横に振った。
「…………」
「そうか、すまない」
それから無言のまま歩き続けていると、やがて隠れ家の片隅の壁の前にたどり着く。
そこには焼けた板が何枚かかぶせてあって、恐らくそれをどければ外に出られるのだろう。
そんなことを考えていると、デュラは思い違わず壁の板に手をかける。
しかしそれをどける前に振り返り、××××たちへと振り返った。
「ところで貴公ら。封鎖された聖堂街に向かうというのなら……オドン教会の塔の鍵を求めているのだろう?」
「ええ、その通りです。我々は放棄された工房の道から聖堂街に向かいます」
「なるほどな……」
デュラとアルフレートが言葉を交わし、なにやら考えの一致を得たようだった。
××××にはさっぱり分からないが、とりあえずそういうものだろうと黙っておく。
するとデュラが小さく頷き一つ提案をしてくる。
「ならば貴公ら、ここは二手に分かれて探すのはどうだ?」
すなわち自分と××××、アルフレートと槍の男をそれぞれ指差しそんなことを口にしたのだ。
「なんですって?」
誰よりも早く、実に分かりやすくアルフレートが反発した。
「私は既に夢を見ません。生身のところを狙い謀殺でもしようというのですか?」
「落ち着け、貴公。先のことは悪かったと思っている……」
「信用しろとでも……!」
「ああ、信用してくれなくては困る。なにしろ獣を殺さずに旧市街を練り歩くのだ、あらゆる手を尽くさねばならんだろう」
「獣を殺さずに? あなたはやはり狂っている!」
徐々に熱がこもる二人の言い争い。
それを前にため息を吐き、××××はアルフレートの肩を叩く。
「俺はまだ鐘を鳴らせる」
そうすればアルフレートが死ぬことはないと、そういう意味を込めて××××がそう言う。
しかしアルフレートはまだ納得しないらしい。
「ですが……」
そう言って反論しようとした彼に、デュラが静かに口を開いた。
「不安なら君が連れて行く、私の友も霊体にすればいい」
「…………」
そう言うとアルフレートは黙り込む。
それに頷いて、デュラはさらに言葉を重ねた。
「鐘で呼ばれた狩人は、互いを味方とする故に傷つけ合うことはできない。それならば貴公とて安心だろう」
当然の前提のように口にされた新しい事実に××××は驚く。
あの鐘は本当に不思議なものだ。
「あなたがたの方(ほう)は?」
デュラの言葉に心を動かされた様子のアルフレートだが、しかし××××を慮ってのことかそんな質問を投げる。
するとデュラは笑い、首を横に振った。
「鐘に共鳴できるのは二人までだ。私は霊体にはなれん」
「不吉な鐘では駄目なのか?」
不吉な鐘ならば霊体になれるどころか敵にすら見つかることはない。
だから××××がそう言うと、デュラはまた微笑む。
「それではいざという時貴公を守れまいよ。……とにかく、私はいいんだ。今さら裏切るほど恥知らずではないし、貴公はそれを信じてくれるからな」
××××がデュラを信じてくれると、彼はなんの迷いもなくそう言い切る。
そう言われるとなんだか責めづらい気がしたのか、不満げに鼻を鳴らしてアルフレートはそっぽを向いてしまう。
しかしそれでも、それ以上の不平を漏らすことはなかった。
「では行こうか。我々は街の下を探してくる。そちらは街の上を頼むよ」
そう言ったデュラが壁を塞ぐ板に手を伸ばす。
それを確認した××××は鐘を取り出しそれを鳴らした。
―――
「……あんた、本当に良かったのか?」
壁の穴を出て、アルフレートたちと別れた××××はデュラと共に市街を歩く。
人の消えた、獣の息づかいに満たされたこの街をデュラは生身で歩くというのだ。
……それも獣を殺さないという信条を守りながら。
「ああ、貴公はなにも心配しなくていいとも。私とて元はそれなりに名の通った狩人なのだから」
まぁ貴公には勝てなかったがと、そう言って声を潜めつつも笑う。
そして手のひらで転がしていた血の色の鐘……槍の男に出立の直前に押し付けられたそれに一瞥をやり、デュラは自分のポーチの中に仕舞う。
「では行こうか」
「ああ」
答えたところでまた、耳元に獣の唸り声が聞こえた気がした。
街を満たす濃密な殺意に気を引き締め、××××はノコギリを握り直しデュラの隣を歩き始める。