ブラッドボーンー永遠の狩人ー   作:ローリングデブ

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 血に渇いた獣……とやらの存在が××××たちの鼻先をかすめてからというものの、デュラの饒舌(じょうぜつ)は全く失われてしまった。

 

 常に気を張って周囲を見渡し、時には道端に屈んで仕掛けのようなものを施している。

 

「それは?」

 

 またしゃがみ込み、渡っていた石橋にロープのようなものを張るデュラ。

 それを見やりつつ問いかけると、デュラは潜めた声で答えた。

 

「……なに、ちょっとした小細工さ」

「小細工?」

「そう。何かがロープに引っかかると起動する仕掛けで、血の酒が橋の下へ放られるようになっている。万一血に渇いた獣がこちらに来たならば遠ざけるようにしようという試みだ」

 

 なるほど。

 考え自体は分かるが、それならば他の獣がかかったりはしないのだろうか? 

 

 不思議に思って、××××はそれを言葉にする。

 

「必ずしもその獣がかかる確証はあるのか?」

「ない。……ないが、我々が離れた後に起動するのなら無駄ではない」

「……なるほどな」

 

 他の獣の手で起動したとして、ここに来ないならそれで良し。

 もし来ても酒に誘われこの橋を飛び降りればそうそう上には上がってこれないだろう。

 思い当たった××××は素直に感心した。

 

「その、血に渇いた獣とやらは強いのか?」

 

 しかし、それにしてもデュラは慎重だ。

 もしかするとかの獣は聖職者の獣あたりよりも強いのかもしれない。

 

 だから張ったロープを軽くつま弾き、確かめる背中にそんな疑問をぶつけてみた。

 

「強い」

 

 すると返ってきたのはそんな言葉だった。

 強いと、そう言い切ったデュラは腰を上げる。

 そしてまた歩き始めた彼は言葉を続ける。

 

「私と私の友が、二人で万全の用意をしてようやく確実に狩れるかという程度だろう。……まぁ、そんなつもりはないのだがね」

「そうか。……それは厄介だな」

 

 と、言ったところで。

 不意にまたあのつんざく叫びが聞こえてきた。

 

「まずいな、近いぞ」

 

 焦りをにじませた声音でそう呟き、デュラは再び走り始める。

 

「行くぞ、貴公。この先に廃教会がある。鍵があるとしたらそこだ」

「……ああ」

 

 走るデュラに続く。

 不思議と獣に遭遇することはなかったが、恐らくそれはデュラの卓越した目があってのことなのだろう。

 彼は忙しく視線を走らせ、絶えず複雑に進路を変え続けていた。

 

「! 貴公……!」

 

 唐突にデュラが立ち止まり声をあげる。

 そして××××の腕を取って引き止めた。

 

「なんだ?」

 

 物陰に引きずり込まれた××××は、潜めた声でデュラに問いかける。

 

「……なんだ?」

「見たまえ」

 

 言われた通り恐る恐る物陰から顔を出すと、先にはなにもない道があった。

 そこは通っても特に危険はなさそうで、××××は不可解に思う。

 

「一体どうしたんだ?」

「待ち伏せされている」

「は?」

 

 そう言われて、もう一度物陰から顔を出す。

 そして目を凝らすと、何軒もの家の屋根の上に合計六体ほどの獣が伏せているのが分かった。

 

「……なるほど」

「屋根の獣だけではないぞ。それにしてはこのあたりに真新しい足跡が多すぎる。恐らくだが家の影、それからあの塔の扉の中にもいるだろうな」

 

 その言葉に、××××は再三顔を出してみる。

 すると確かに隠れられそうな場所がいくつかあったが、それでも釈然としないことが一つある。

 

 デュラの言葉通り道の脇には大きな塔があって、そこには確かに入り口の扉がある。

 しかしそこに獣が隠れているなどとどうして分かるのだろうか。

 

「……閉まっていなかったんだ、あの扉は」

 

 こちらの考えを見透かしたようにして、デュラがそんなことを言う。

 

「あそこは私がよく使う抜け道でね。だから匂いが残っていたのだろう。獣にたむろされてしまったようだな」

「閉まっていなかった、とは?」

「言葉通りだ」

 

 さも当然のようにそう言って、デュラは続ける。

 

「私が前に通った時、あの扉は空いたままだった。そして獣に通った後扉を閉めるような考えはない。だというのに閉まっているのなら、それは隠れるためにしたものだ」

「そんなことまで、覚えているのか」

 

 そして見ていたというのか。

 足跡も、扉も、××××よりも早く走りながら。

 

「それくらいはしなければな。私はもう夢を見ないのだ。……貴公も気を配るといい。違和感は常に狩人へ危機を知らせてくれる」

「…………」

 

 ××××は何も答えず、ただ感嘆に唸る。

 するとデュラは短く笑って、しかし次の瞬間には険しい表情で考え込む。

 

「……ここを抜けなければならない」

「引き返すことは?」

 

 待ち伏せされているのでは、殺しつつ行っても無事で済むかはわからない。

 まして不殺ならなおさらだろう。

 

 だからそう言うと、デュラは力なく首を横に振る。

 

「できない。血に渇いた獣の方が遥かに危険だ」

 

 そちらに遭遇するリスクを避けたいということか。

 では、ならばどうするというのだろう。

 

「あの爆弾は?」

「使う」

 

 しかしデュラの表情は晴れないままだ。

 ××××は更に問いを重ねる。

 

「他に道具はないのか?」

「あるし、使う。だが無事で済むかはわからない」

「じゃあどうするんだ」

 

 そもそもデュラが殺さないなどという下らない信念を守っているからこうなるのだ。

 

 そう思うと不意に怒りが湧いてくる。

 そしてその苛立ちを噛み殺しつつ問いかけると、デュラはなんということもないような声でそれを言った。

 

「私が囮になる」

 

 その言葉に、××××は考えるよりも先に否定を返していた。

 

「駄目だ」

「いや、それでいい」

 

 いっそ穏やかな声で危険を冒すと言う彼に、××××はなおも反論しようとする。

 しかしそれを首を横に振り押し留めて、デュラはまた口を開く。

 

「獣を殺したくないというのは、私のわがままだからな」

 

 確かにその通りだ。

 だがそういう問題ではない。

 

「だからなんだ。あんたは死ぬんだ。俺は死なない。どちらが囮になるべきかなんて、考える意味もない」

「私のわがままのために、貴公を殺せと?」

「そうだ。当たり前だ。あんたは死んだらそれまでなんだぞ。冷静になれ」

 

 デュラには下らないこだわりが多すぎる。

 

 理由も状況も関係がない。

 誰しもできることとできないことがあって、これは夢を見る××××にしかできないことなのだという、それだけのことなのに。

 

「それを言うなら貴公とて、次死んだとして夢にできる保証がどこにある?」

「それは」

 

 反論しようとしてしかし、××××は言葉に詰まる。

 確かにその保証はない。

 次死ねばもう目覚めないのかも知れなかった。

 

「……それでも、俺が行くべきだ」

 

 だがたとえ保証がないとしても、死ぬべきは××××だ。

 自分には生きる価値などこれっぽっちもないのだから。

 

 そんな思いを込めて真っ直ぐにデュラを見つめる。

 そして自分が行くべきだと言うと、彼はどこか悲しげに笑った。

 それに苦虫を噛み潰して、××××は前から不思議に思っていたことを問う。

 

「何故俺のためにそこまでする」

 

 意味が分からなかった。

 最初は殺しにかかってきたかと思えば、今度は意味不明の過度な献身。

 全く訳がわからない。

 

 だからそんなことを尋ねると、デュラは答える。

 

「貴公が優しい男だからだ」

「…………」

 

 目を合わせたままそう言われたその時、××××の脳裏に追憶が巡った。

 

 

『あなたは優しいね、狩人さん』

 

 

 思い出したのはそんな声だった。

 暖炉の前、穏やかな時間。

 蜃気楼のような束の間の幸せ。

 

「貴公は優しい。きっと夜明けまで誰かのために傷つき続ける。だからな、一度くらい貴公を救ってやりたいのだよ」

 

 冗談めかしてデュラはそう言う。

 そして、その言葉を聞いて今分かった。

 

 彼は勘違いをしていた。

 あの少女と同じだ。

 だから××××を守るために生身で街に出たのだ。

 

「デュラ……違う。もうたくさんだ。俺はもう助けてもらっているんだ」

 

 かすかに震える声でそう言った。

 

 冷たい手を思い出す。

 嫌だと思った。

 デュラもあんなふうになってしまうのは。

 ××××は彼のことを深く知らないし、大して好きでもない。

 

 だが、それでも自分のせいで優しい誰かが死ぬのはもう嫌だった。

 

「あんたが一人で行ったら俺は獣を殺す。全部殺す。それが嫌なら……他の手段を考えてくれ」

「…………」

 

 睨みつけながらそう言うと、デュラは何も言わず低く唸る。

 しかしようやく、彼は考え直したらしかった。

 

 ―――

 

「…………」

「さっきからなにをしているんだ?」

 

 まずは待てと、そう言われた××××はデュラと共に物陰に座り込んでいた。

 だが待っている間なにか仕掛けをするでもなく、ただ座り込んでいるだけだった。

 時折血に渇いた獣の声が聞こえたりして、正直なところ××××としては気が気ではない。

 

 だから何をしているのだと聞くと、彼は手短に答える。

 

「風向きを見ている」

「風向き?」

「そうだ。血の酒を使うからな。なるべく血に渇いた獣に嗅ぎつけられないようにしたい」

「なるほど」

 

 それは分かったが、しかし。

 肝心の血に渇いた獣については疑問が深まるばかりだった。

 

 何故ああも血に過敏な反応を示すのか。

 そもそもあれはどういう存在なのか。

 

 ……どうせ待つのなら、気になることを聞いても構わないだろうか? 

 

「なぁ、血に渇いた獣とはなんだ?」

「……なんだ、と来たか」

 

 そう言うとデュラは考え込む。

 

「そうさなぁ……。どこから話せばいいものか」

 

 そう呟くデュラの様子からして、話はどうも長くなりそうだった。

 

「風向きが変わったら」

「分かっているよ」

 

 分かっていたらしい。

 ならば風向きが変わるまで語ってもらうとしよう。

 

「この街では昔、灰血病(かいけつびょう)という病が流行したことがあってな。あの血に渇いた獣は獣でありながらその末期罹患者(まっきりかんしゃ)なのだ」

「その、灰血病とは?」

「血が灰色になり、苦痛の中で死に至る病だよ。私は医療者ではないから詳しいことは分からないが、一つ確かなのは血の医療の産物……白い丸薬がそれを癒やしたということだ」

 

 そこまで聞いて、灰血病については少し分かった。

 だが血に渇いた獣との関連は未だ明らかではない。

 

 その病とその獣になんの関係があるのだろうか? 

 

「貴公は知らぬだろうが、血に渇いた獣は灰色の血を流す。そして灰色の血は灰血病患者の末期症状で、病による死を乗り越えるためにかの獣は獣の中でも秀でて強靭な肉体を得たのだろう」

 

 指を立て、風向きを確かめるデュラ。

 その横顔を見ながら××××はさらに聞く。

 

「血に過敏なのは?」

「苦痛を和らげるためだ。……恐らくだが」

「苦痛?」

 

 ××××が聞き返すと、彼は深く頷いた。

 

「そうとも。白い丸薬が作られる前、教会は灰血病患者に血の施しを与えた。それは荒削りだが血の医療の原型で、治癒はもたらさなかったが苦痛は和らげた。そして彼らはそれを覚えているのだろうよ」

 

 つまりは灰血病の痛みに苦しみ続けるが故に、束の間の安楽を探して死にものぐるいに血を求めているということらしい。

 

 ……ああ、なるほど。

 だからこそ血に渇いた獣なのか。

 

 納得した××××に、デュラは小さく微笑む。

 

「満足したかね? では、私はもう少し風を見ることにしよう」

 

 指を立てたままそう言う。

 そしてしばらくした頃、デュラは素早く腰を上げてこちらに目配せをする。

 

「いいか、貴公。三つ数えたら出るぞ」

 

 ××××は慌ただしく立ち上がりつつそれに答えた。

 

「ああ」

 

 ××××が立ち上がり、身構えたのを確認するとデュラは数え始める。

 

 

「三」

「二」

「……一」

 

 最後の数を数え終えた瞬間、デュラは走り始める。

 そして荷物の中に手を入れて、酒瓶と共に何かを投げた。

 

「!」

 

 すると獣たちが一斉に酒の周囲に集まるが、そこで唐突に炎上する。

 火勢からして恐らくはどうにかして酒に引火させたのだろうが、獣たちは突如目の前に現れた火に恐慌を起こしていた。

 

 

「なにを?!」

「時限式の火炎瓶で酒に火をつけた! このあたりの獣は火を恐れるし、引火させてしまえば血の匂いも長くは残らんからな!」

 

 怒鳴るように返して、それからデュラは例の爆弾を取り出す。

 

「目を閉じろ! 足は止めるな!」

 

 言い終わるかどうかの瞬間に、奔(ほとばし)る閃轟。

 

 音と光の洪水が氾濫を起こし、獣たちの知覚を塗りつぶした。

 

 そして炎と爆弾の撹乱により、××××たちは一旦獣の包囲を走り抜けることに成功する。

 

 しかし当然獣たちが追いかけてくるが、そこでデュラは小さななにかを大量に掴んでばらまいた。

 

「水銀を塗った棘(とげ)をまいた。少しの間足止めになる!」

 

 それになにか言う余裕もなく、××××は必死に走る。

 そうして通路を抜け、階段が見えてきた頃。

 

 ようやく獣の気配が遠くなってきたと……そう思ったその時。

 

 ××××の右手の崖から這い登ってきた黒い狼の獣が、唐突に爪を振りかざし飛びかかってくる。

 

「貴公!」

 

 デュラの声が聞こえた。

 

「…………!」

 

 反撃と回避、どちらを為すべきか躊躇う。

 生存と不殺の狭間で判断が遅れる。

 

 そしてその致命的な一瞬を突かれ、××××は押し倒された。

 

 

 

「が……あ……」

 

 首根に喰らいつかれた。

 目を見開く。

 力が抜けた。

 

 避けようもなく迫る死に抗おうと激痛の中でもがいていると、不意にのしかかる重圧が消えた気がした。

 

 しかし消失しつつある意識の中ではそれを確かめることもできず、なすすべなく××××は気を失った。

 

 

 




遅くなってすみません。
それから、血に渇いた獣の血は本当に灰色です。
毒液も恐らく血だと思われます。

それから寄生虫(武器)の眷属汁やアメンドーズの液体なんかも同じ色だったりします。
もしかすると灰血病は血の医療の実験やらなんやらの一環として旧市街の住民に上位者エキス的なものを摂取させたことで起こり、何らかの形で伝染したのではないだろうかと妄想しています。
これについてはいまいち確信がないので物語には絡ませません。

これからのあとがきでは主に考察の理由や補足、物語には載せられない範囲での妄想についてお話させていただければと思います。
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