大橋の上。
黒い毛並みの犬のような獣が二匹。
まず飛びかかってきた片方の牙を避け、かわしざまに反撃の一撃を叩き込む。
深々と肉を抉り、さらにそれはその上刃をねじ込み致命傷にできそうだった。
だがもう一体の急襲を察知し、××××は身を翻す。
爪の振りをかわされた獣はそれでは止まらず、さらに噛みつきを放とうとする。
しかしそれを読んでいた××××は発砲。
攻撃を潰され大きく怯んだ獣の喉をノコギリで斬り抉り一撃で仕留める。
そして先ほど手傷を追わせた獣に向き直り、傷にもがくその頭を鉈で叩き割った。
「…………」
狩りを重ねた今の××××には、遺志が流れ込むのが分かった。
そして彼らの死体、その傷口に腕を突っ込み、溢れ出る血の中に固形物を探る。
「……あった」
一体目には何もなかったが、二体目にはそれがあった。
どこか粘性を帯びたあまり良い香りのしない血液。
その中に、時折あの時人形から渡された血の石と同じ物が存在することがあるのだ。
血の石をポーチにしまい、それから大橋の脇の家の中に歩みを進める。
聖職者の獣の縄張りを避けて、××××は狩りを続け力を蓄えていた。
「…………」
家の中、どうやら待ち構えていたらしい斧を持った獣の刃を軽くいなす。
まだ力では獣には勝てないが、それでもある程度は対抗できる。
それは人形の手を借りて、××××が己の能力を高め続けていたからだ。
増強された筋力で獣の攻撃を跳ね除け、深い傷を与える。
高められた持久力は、何度も何度も刃を振るうことを可能にする。
そして、なによりも強くなったのは生命力だ。
「がっ……!」
斧の獣を殺した××××の、その背後から銃撃。
紛れもなく心臓を撃ち抜かれたが、今の××××はこの程度では死なない。
強度を増した肉体は弾丸の貫通による破壊を極限まで抑え、また遅々としたものだが傷を塞ぎ始める。
最早人間だとは言えない有り様だが、××××はそれでも良かった。
膝をついて少し血を吐き、けれどすぐに立ち上がる。
そして振り向くと、銃を持った車椅子の獣がそこにいた。
「悪いな」
すぐに首を斬り落とし、弾丸を奪う。
それから輸血液を体にいれると、傷は元々何も無かったようにしてきれいに塞がった。
「…………」
そして人心地ついたところでまた歩き出し、そろそろ潮時かもしれないと、そう思う。
この夜は体感なのかあるいは真実そうなのかは分からないが、異様に長い。
いまだに月が登る気配すらないのだから、これからどれほど長くなるのか全く分からないほどだ。
だがそれでも獣化防止の鍵となるかもしれない聖堂街に近づけるのは獣狩りの夜だけなのだ。
ぐずぐずしていては機を逃してしまうかもしれないし、水盆の使者のお陰で血や弾丸にも余裕がある。
そろそろ聖職者の獣に挑むことを考えてもいいだろう。
そう思い立った××××は踵を返し大橋に足を向けようとして……思い留まった。
あの少女がどうしているのか、一度見に行くのも悪くないと思ったから。
―――
××××が訪ねると、少女はすぐに出迎えてくれた。
しかしどうも相当に気が弱っているようでもあった。
「……狩人さん、来てくれたのね。その……」
玄関口で言葉を詰まらせ口ごもる少女の前で、××××はゆっくりと首を横に振った。
××××はもう随分とあちこちで狩りをしているが、それでも彼女の母親らしき人物は見つからなかった。
「そう、ありがとう。……でも、あなたが無事でよかった。中に入って休んだらいいわ、疲れたでしょう」
そう言って気丈に微笑む少女に、××××の胸も流石に痛む。
彼女が自分のせいで獣になるかもしれないのだから、それはなおさらだった。
「……どうしたの?」
足を止めて動かない××××に、泣き笑いのような顔で少女が振り返る。
××××は答えて、玄関に武器を置いて少女について行く。
「なんでもない」
部屋の中は特に変わりない様子だった。
ちろちろと燃える暖炉の前。
ソファーに腰掛けて、少女が自分の横をぽんぼんと手で叩く。
「今行くよ」
そう答えて、それから××××は少女の横、少し離れた場所に腰掛ける。
一応夢に帰ってから来たので、体はきれいなはずだった。
けれどどうしてもなにか少女を汚してしまう気がして、××××は少し離れて座ったのだ。
「君の父親も狩人なのか?」
××××が尋ねると、少女はわずかに瞳を揺らす。
「そうよ。お父さん、すっごく強いの。……だから、生きてるよね?」
「……ああ」
希(こいねが)うような色が隠しようもなく滲むその瞳を見ていられなくて、慌てて××××は目を逸らす。
そしてなにかいい話はないかと頭の中を探るが、そこはどうしようもなく空っぽだった。
「……そうだ、いいものを見つけたんだ」
「いいもの?」
苦し紛れにようやく絞り出せたのはそんな言葉で、我ながら呆れつつ××××は荷物を漁る。
「ほら、これだ」
そう言って机に取り出したのは、十数枚の硬貨だった。
金貨もあり、銀貨もあるし銅貨もある。
けれどやはり、一番多いのは銅貨だろうか。
「あら、狩人さん……これはお金よ」
「流石にそれくらい。……だから君、これを小遣いにするといい」
「ほんと? これだけあればきっとケーキを買えるわ!」
嬉しそうに微笑む少女を見ていると知らず××××にも笑みが漏れる。
「しかし、この街にもケーキなんてあるんだな。……その、なんというか、すごく陰気だからな」
ギルバートの言葉と、それから狩りの途中行く先々で××××を門前払いにしてきた住人たちのことを思いながらそう言う。
すると、少女は心外だというように頬を膨らませた。
「あら、狩人さん。この街が陰気なのは獣狩りの夜だけよ。血の医療のおかげで病気や怪我はすぐに治るし、それに夜さえ明けたらお祭りだってやるんだから」
「……祭り、か」
なるほど。
凄惨な夜が明けたことを祝う祭りなのか、それとも死者を悼む祭りなのか。
それは分からないが、この街にも人間らしい営みはあるらしい。
「それより狩人さん、もっと他になにかないの?」
外に出てはいけない夜。
なにか特別なものがあるのではないかと、彼女はそんな期待を抱いているのかもしれない。
年相応の好奇心に瞳をきらめかせ、少女は身を乗り出すようにして語りかけてくる。
「ああ、これなんかどうだ?」
取り出したのは白い丸薬。
そのあたりで拾った、何かの足しになりそうなので持ってきた薬らしきものだ。
「……それは、お薬よ」
「お薬?」
××××が聞き返すと、少女は少し得意そうに頷く。
大人が知らないことを教えるのは、まだ幼い少女にとっては誇らしかったりするのかもしれない。
「そう! かいけつびょう? というような病気がむかーし流行ったんだけれど、その時に作られたお薬なの。でも大体なんにでも効くから、近所のおじさんは何かあるとすぐ飲むのよ。ちょっと前なんて足を擦りむいて飲んでたんだから!」
「それは……変わった人だな。血を入れるのなら分かるが」
そう言って、次に取り出すものを選ぶ。
「薬といえば、こんなものもあった」
そう言って黒い丸薬を取り出すと、少女は頬を引きつらせた。
「そ、それ絶対飲まない方がいいわ」
「何故?」
「……なんとなく。きっとお腹壊しちゃうもの」
「そうか」
次に、瓶に入った濃厚な香りのする血液らしきものを見せてみた。
すると、彼女はなんとも言えない表情になる。
「……それ、知ってる」
「どういうものなんだ?」
「下水の近くに住んでるおばさんが、気が落ち着くって言っていつも飲んでるの……」
「あまり良くないもののようだな」
速やかに荷物にしまって、それから血石の欠片を少女に見せる。
「それ、臭いわ」
「臭いか?」
紋様はきれいなので、喜ぶと思ったのだが。
「ええ、とても臭いわ」
「それは悪かった」
後は荷物の中には油壺やら火炎瓶やらしかなく、仕方がないので××××は苦し紛れに石ころを取り出してみる。
「きれいな形だろう?」
「なーにそれ? なんだかそれ、目玉みたいね」
口を尖らせてそう言って、少女は笑う。
「あなたって何でも拾ってくるのね!」
「待て、狩りの役に立つこともあるんだ」
「ふふっ」
くすくすと笑って、それから少女は鼻を鳴らす。
「いいわ、狩人さん。私の宝物も見せてあげる」
「見せてもらおうかな」
××××の言葉に、少女は行動で答える。
頭につけていたリボンを外して、××××に手渡した。
「……これは?」
「リボンよ、狩人さん。お母さんがね、私に似合うって言って昔お祭りの日に買ってくれたの」
「実際、似合ってるよ」
××××がそう言うと、少女はまんざらでもなさそうに笑った。
「あら狩人さん、口が上手いのね。外の人は皆そうなのかしら?」
「みんな?」
「お父さんも凄く口説き上手だったんだって。お母さんが言ってた」
少し顔を赤らめて、そう言った少女はソファーの上で足をばたつかせる。
「そうか」
父母の話題が出たことに一瞬ひやりとしたが、少女は楽しげに笑っていた。
だからそれに安堵して、××××は口を開く。
「これから……その、大きな獣を倒してみようと思うんだ」
「大きな獣?」
「ああ、そうだ」
そう答えて、××××は手を組んで俯く。
それは彼女の両親を探すことよりも、××××が優先していることがあると思われたくなかったのかもしれない。
「大橋を塞いでいる強い獣を倒して、聖堂街に行ってみる。そこでも君の両親を探してみようと思うんだ」
「そっ……か」
その言葉は嘘ではないが、偽りのない真実ではない。
子供ならではの鋭さでそこに気がついたのか、少女は顔を伏せる。
「君の両親はきっと見つける。けど、それまでこんな所に一人でいるのも辛いだろう。だからもし、聖堂街に俺が安全な場所を見つけたら……一緒に来ないか?」
聖堂街で獣の病の治療を受け、共に医療教会に保護されるのだ。
そうすれば、少女と××××はこの夜を生き延びられる。
……正直な所、夜が明けた後この少女の両親がいるとは限らなかった。
××××としては死んだことも考えていた。
けれど見ず知らずの自分を助け、慰めてくれたこの少女を××××もまた助けたいと思っていた。
出会ってまだそんなに経たないというのに、すでに××××はなんとか彼女を支えたいと思っていた。
「……ごめんなさい、狩人さん」
「…………」
俯いた顔をそろそろと上げる。
すると、悲しげな表情を浮かべた少女がこちらを見ていた。
「あなたは優しいね、狩人さん。でも、少し考えさせてほしいの。……ありがとう」
「……いや、俺の方こそ、配慮が足りなかった。……悪かったよ、聖堂街に行けたらまた様子を見に来る」
そう言って、××××は腰を上げる。
すると少女は玄関まで見送ってくれるようだった。
「狩人さん、頑張ってね」
髪の前にリボンを結びながら、少女が××××に微笑みかける。
のこぎりと銃を手に取りながら、××××はそれに答えた。
「ああ。何も力になれなくて、すまない」
「私だって同じよ。こんな夜だもの、仕方ないわ。そうでしょう?」
「……そうだな」
返ってきた言葉は存外に強く、そして温かかった。
××××はそれを大事に胸にしまいこんで、家を出ていく。
「いってらっしゃい、狩人さん」
そして薄い扉の向こう、夜の闇の中へと××××は足を踏み入れる。