就職することが出来る仕事は提督だけでした。   作:狛犬太郎

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雨続き、これが明けたら炎天夏。

ずっと雨っていうのも勘弁してもらいたいですけど真夏の炎天下は考えただけでも暑くなってくる……。

学生の皆さん、夏休みまでもう一息!

社会人の皆さん、一緒に腹くくろう……。

では本編どうぞ。


就活戦争28日目

ちょっと気が重いんだが、部屋に戻ってきた。

 

「お、やっと帰ってきたわね?一体どこまでほっつき歩いていたのよ?」

 

「いや、ちょっと親戚の家まで挨拶にな……。」

 

と言うかコイツら何で当たり前の様に人の部屋に居るんだ……。

 

「にしてはちょっと遅かったね。」

 

「この人の事だから脱走経路でも探してたんじゃないですか?はい北上さん、あーん!」

 

「こうちゃん、もう夜なんだからあんまり外をウロウロしないでください。こうちゃんの脱走経路なら把握済みですから諦めて下さい。」

 

さらっと淀姉さん俺の今後の行動を潰してくるのやめようよ。夢も希望もないじゃんか。

 

「まぁ遅れたのにも理由があってだな……とりあえず、俺の従姉妹に当たる子で山屋風奏ちゃんでーす。」

 

後ろからコソッと現れてみんなに挨拶する風奏ちゃん。

 

「……はじめまして。」

 

「「「……はじめまして。」」」

 

急な新キャラに大半はびっくりしてるなこりゃ。

 

まぁこの中で面識あるのは淀姉さんぐらいか?

 

「……確か昔1度お会いしましたね、覚えていらっしゃらないかと思いますが。」

 

「…何となく顔は覚えてるけど名前が……。」

 

「ですよね、では、改めまして私は淀川恵、艦娘大淀として海軍で働いてます。これからよろしくお願いしますね風奏さん?」

 

「…よろしくお願いします。」

 

その頃、面識ないグループではひそひそ話が開始されていた。

 

『……随分可愛いらしいのが出てきたね〜?男の人ってああいう子に保護欲唆られるんじゃなかったっけ?』

 

『私は北上さんの方が可愛いと思います。……でも親戚でしたよね?それなら妹的な感じじゃないんですか?』

 

『従姉妹、って言ってたね。幼なじみと同じように面倒なポジションだよ。見たところ距離も近いし、私達のライバルになる可能性も……。』

 

『…アンタ、さらっと大淀さんに喧嘩売ったわね……。分からなくもないけど。まぁ、従姉妹から好かれるって言ってもあれでしょ?男兄弟がいなくて親戚のお兄ちゃんが来て嬉しいって奴でしょ?流石にそれは……いや、ありそう。』

 

「さっきからみんなで何話してるっぽい?」

 

「ううん、何でもないよ夕立。」

 

「そうそう!なんでもないわ!……とりあえず座ったら?お客さんを立たせたままはまずいでしょう。夕立、湯のみ取ってくれる?」

 

「っぽい?」

 

今回のひそひそ話に夕立は参加させてもらえなかった。

後でボロが出ると困るからという事らしい。

 

「はー!良いお湯だった〜!あれ?他にも誰か来てる感じ〜?」

 

俺達が席に着いたと同時に明石が帰ってきたようだ。

 

「あ!?風奏ちゃんじゃない?久しぶり〜!!3年ぶりかしら〜!?」

 

「…………どうも。」

 

風奏ちゃんは挨拶もそこそこに俺の後ろに隠れてしまった。

 

うわぁ……すげぇ嫌そうな顔……。明希姉、風奏ちゃんに何したんだよ……?

 

「明石さん、アンタその3年前に何やらかしたのよ?」

 

「凄く嫌そうな顔されてるね。」

 

「え〜?普通にお話ししてただけなんだけどなぁ……?」

『『『多分そのせいだと思う。』』』

 

満場一致だった。明希姉の普通は普通じゃないから。

恐らく風奏ちゃんにマシンガントークを浴びせたり、過剰なスキンシップをしたんだろう……黙ってれば美人なんだけどなぁ。

 

「あ、そうそう淀姉さん、風奏ちゃんなんだけど、妖精さんが見えるらしいんだ。」

 

「…声も聞こえた。」

 

「あら、風奏ちゃんにも艦娘適性が出たのね。こうちゃん、ご両親と本人の了承は得ましたか?」

 

「……どっちも取ったけど、本当に良いんだな?今ならまだ変えられるぞ?」

 

「…問題無い。」

 

マジで風奏ちゃんも艦娘になるのかよ……。

 

さっきの言動もあるし、面倒な娘が増え……いや待て、まだ俺の鎮守府に配属になると決まったわけじゃないか。

 

それに適性が見つかったからってすぐ艦娘になる訳じゃない。そこから海軍学校で色々身につけて初めて艦娘になるんだ。

 

まぁ風奏ちゃんが正式に艦娘になるのは一年後、早くても半年はかかるだろう。

 

因みにここ10年の間に最速で艦娘になったのは淀姉さんらしいです。

 

知識は自分の親が海軍元帥だけあって問題なし、スキルも抜群、艦の気との同調率も非常に高い数値を叩き出した淀姉さんは2週間で艦娘になったそうです。

 

まぁ、偶に1ヶ月ぐらいで出てくる人もいるけど、これもそうそう無い。ウチの鎮守府で強いて言うなら加賀、赤城はその類だったらしい。赤城が1ヶ月、加賀が1ヶ月半と聞いた。

 

……ドロ刑の時の赤城を見てると果たしてそうなのかとも思ってしまうがね。とりあえず今は風奏ちゃんだ。

 

「じゃあ淀姉さん、確かに伝えました。」

 

「はい、確認しました。では風奏ちゃん、私が休暇から帰ったらと書類を準備して送りますね。多分来週までには封書で届くと思いますので。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「さて、夕飯も食べたし、提督はお風呂に行ったし……。」

 

大淀さんは大本営に風奏ちゃんの適性発現の報告、明石さんは酔い潰れたので隣の部屋に寝かしてきた。

 

残された僕達と風奏ちゃん。

 

「私は駆逐艦夕立っぽい!よろしくね!風奏ちゃんって呼んで大丈夫?」

「…うん、問題無い。よろしくね夕立。」

 

おぉ、夕立が行った。無邪気、純粋無垢の塊みたいな子だからね。流石だよ。

 

「僕は時雨、夕立とは同型艦で姉妹みたいなものさ。よろしく。」

 

「…よろしく。」

なんと言うか掴みどころのないというのが山屋風奏ちゃんの第一印象だ。

 

この娘はまだ本性を隠してるんじゃ……?とも思っている。

 

私達に続いて叢雲、大井、北上も挨拶していく。

 

「そう言えば風奏ちゃんはこーちゃんと従姉妹なんだよね?……小さい頃の風奏ちゃんとこーちゃんってどんなんだったっぽい?」

 

あー悪い顔、いたずらっ子の顔だね。後で相良くんに昔のネタを振る気満々って感じだ。

 

だけど僕も気になるので止めない。むしろもっとやれ。

 

「あ、それ僕も気になるな。提督、普段から自分の事話さないからさ……。それにこれから仲間になる風奏ちゃんの事も知りたいな。」

「どんなって……?」

 

「うーん……あ、思い出とか!?こーちゃんが面白いことした話とかないっぽい?」

 

「…お兄ちゃんとの思い出……。」

 

他の3人を見れば口には出さないもののチラチラ見たり髪の毛をいじったり、興味ないフリして聞き耳をバッチリ立ててるのが丸わかりだ。

 

少しでも相良君の情報が欲しいのは誰もが同じという事らしい。

 

「…お兄ちゃんは凄く優しくてカッコよくて、私に色んな事を教えてくれた。…私、一人っ子だからっていうのもあるかもしれないけど、本当に私のお兄ちゃんのような人だった。」

 

け、結構言うね。でも分かってるじゃないか。ふふん!だけど提督の魅力はそれだけじゃないんだよ!色んな事が出来てそうだけどちょっとズボラだったり、そこがまた支えてあげたいポイントだったり、この間も執務中にお茶入れに行ったら相良くんが居眠りしててその顔がまためっちゃ可愛いかったなぁ……

 

「…よそ見してて田んぼに落ちたり、好物の唐揚げを一気に食べて喉に詰まらせたりおっちょこちょいな所もあった。」

「あー……相良君らしいね。」

 

「こーちゃん食い意地はり過ぎっぽい。」

 

「…学校から出された宿題も『なんとかなる!!』って言ってギリギリまでやらなかったり……。」

 

「はぁ、アイツのサボり癖は昔っからだったってわけね……。」

 

叢雲から大きなため息が出る。

 

確かに書類を溜める癖はなんとかして欲しいものだ、手伝う人の身にもなってよ……。

 

「まぁでも風奏ちゃんがこーちゃんの事、お兄ちゃんって言うのも分かるっぽい。確かに夕立もこーちゃんはお兄ちゃんって感じがする。」

 

「あー、確かにねぇ〜。」

 

「言ってしまえば何ですが姉の明石さんが『アレ』ですから……。」

 

「アイツもまだまだお子様だけどあの二人のやり取りを見てるとどっち上なのか分からなくなるわよね……。」

 

明石さんは自由奔放過ぎるというかなんというか、ね……。

 

「…確かにお兄ちゃんはそそっかしいところもあるけど凄く優しい人。お兄ちゃんは私の救世主でもあるから。」

「へぇ〜その話気になるっぽい!」

 

「……あんまり聞いてて楽しいものじゃないよ?」

 

「そこまで言われたら気になるじゃない。でも、言いたくないなら言わなくても大丈夫よ?誰しも思い出したくない、言いたくないことなんてあるものよ。」

 

大井がそう言うと風奏ちゃんはぽつりぽつりと語り始めた。

 

「…初めてお兄ちゃんと会ったのは私が6歳の頃、あの頃は家がこんな田舎にあるのが凄く嫌だった。」

 

………。

 

「…歳の近い子は近所にいない。小学校の友達と遊ぼうにも山一つ越えないと行けない。お父さんお母さんも仕事で居ない。遊んでくれるのはこの旅館の源じぃと初さんや中居さんが空いた時間に遊んでくれたぐらい…。私は1人お人形やお手玉で遊ぶ毎日……。」

 

風奏ちゃんは目尻に涙を浮かべながらも続ける。

 

「…そんな毎日が続き、夏休み、お兄ちゃんがやって来た。…お兄ちゃんが私を孤独の牢屋から連れ出してくれた!毎日お兄ちゃんと一緒に遊んだ!川で釣りもした!夏祭りにも行った!花火も見た!本当に毎日が楽しかった!」

 

「……でも何事にも終わりは来ちゃう。お兄ちゃんは夏休みが終われば帰ってしまう。…そしたらまた私は一人ぼっち。でもお兄ちゃんは次の夏休みも来てくれた。その年の終わってしまっても次の夏休みが楽しみだった。」

 

「…だからお兄ちゃんが海軍学校に行くことになった時は凄く悲しかった。」

 

そう、海軍学校に入学すれば遠出するの事は難しい。学校から泊まりで出れるのは三が日とお盆ぐらいだからね。だから実家が遠い人なんかは帰らないという選択をする事もしばしばある。

 

「…でもお兄ちゃんはまたいつか必ず来るからって、そしてその約束を守ってくれた…7年も待ったけどね。」

 

確かに風奏ちゃんの一番楽しく、一番寂しかった相良君との思い出だったのだろう。

 

「…この7年間、私も艦娘になれればと思ってた。そしてようやく、その願いが叶った!これからはお兄ちゃんと一緒に居られる。近くには艦娘の仲間もいる。もう一人ぼっちじゃないんだって!今はまだだけど……。」

 

「何言ってるっぽい風奏ちゃん、風奏ちゃんはもう夕立達の友達っぽい!」

 

「……え?夕立ちゃん達と私は、もう、友達……?」

 

風奏ちゃんはポカンとした顔で私達を見つめる。

 

「当たり前っぽい!みんなでお話ししてお菓子食べればもう友達っぽい!」

 

「うん、そうだね。風奏ちゃんが正式に艦娘になったら友達どころか僕達の姉妹になるかも!」

「友達……姉妹……。」

 

「そうだ!風奏ちゃん、明日、夕立達と一緒に遊ぶっぽい!昼は川遊び、夜は夏祭りに行くっぽい!わたあめ焼きそばたこ焼きチョコバナナ……うーん、どれも捨て難いっぽい!」

 

「…うん、うん行く。私も皆と、お兄ちゃんと遊びたい!わたあめも焼きそばもたこ焼きもチョコバナナも食べたい!」

 

「決まりっぽい!」

「夕立はそういうのでお金無駄に使うんだから程々にしなさいよ……。」

 

「うぐっ!?ま、まぁまだなんとかなるっぽい!」

 

「…あ、今の宿題ギリギリまでやらなかったお兄ちゃんっぽかった。」

 

そして暫く談笑して時刻は22時……事件は起きた。

 

「じゃあそろそろお開きにしようか。僕はもう一度お風呂に入ってから寝るよ。」

 

嘘である!

 

時雨はお風呂に行くふりをしてタイミングを見計らい、相良の眠る部屋で一緒に寝ようと考えているのだった!

 

「私は喉が渇いたから飲み物買って外のベンチで夜風にでも当たってくるわ。ここは星も綺麗だし。」

 

嘘ではないが虚偽である!

 

叢雲が自販機で飲み物を買って向かうのは外にあるベンチなどでは無く、勿論相良の部屋!相良の寝顔を堪能しつつ縁側で待機。適当なタイミングで物音を立て、相良を起こす。縁側で星空を見上げる少女というロマンチックな展開(ソースは叢雲愛読の少女漫画から)しようとしているのだ!

 

「じゃーアタシ達は部屋に戻りますかー。」

 

「北上さんと二人っきりの部屋が良かったなぁ……。」

 

嘘である!!

 

北上が戻る部屋は相良の部屋!途中、相良が起きて何か言っても「あー、ごめん部屋間違えちゃった〜。でも動くの面倒だしこのまま寝るね〜。」と誤魔化す気満々である。

 

そして大井、大好きな北上さんに便乗して相良の部屋に行こうとしてるのは明白。布団配置的には大井・相良・北上さんになると想像してるが大井としては相良・大井・北上さんにならないかなー?と期待してたりしている!

 

各々が私利私欲の頭脳戦を展開していたその頃……

 

「風奏ちゃんは今日お家に帰るっぽい?」

 

「…源じぃにお願いして泊めてもらえる事になった。だからお兄ちゃんの部屋で寝ようと思ってる。」

 

「あー!いいなー!夕立もこーちゃんと寝たい!風奏ちゃん、私も一緒に良い!?」

 

「…構わない。」

 

『『『『…………え?』』』』

 

これに焦ったのは残りの4人。

 

せっかく練った計画もこれでは台無しだ。

 

4人は瞬時に状況を理解した。まずやるべきはこの2人に釘を刺しておくことであると。

 

「駄目よ夕立、今日はアイツの休暇でもあるんだから。偶にはゆっくりさせてあげないと。」

 

「風奏ちゃんも寝るなら僕達の部屋で寝るといいよ。ちょうどこっちの部屋は3人だったからね。風奏ちゃんがいればぴったり4人だ。」

 

「それにほら〜、これから艦娘になるなら色々話せるし、多分駆逐艦だろうから夕立から色々聞けると思うよー?」

 

「それに提督とは明日遊べるし、提督と遊ぶなら提督にはしっかり休んでもらった方がいいじゃないですか?」

 

苦しい言い訳だが自分達の名目を保ちつつ2人を行かせない為にはこれしか無かった。

 

だがその程度で止まるような2人ではない。

 

「大丈夫っぽい!静かにしてそのまま寝るっぽい!」

 

「…お兄ちゃんには迷惑かけないしそもそも起こさないよ。じゃあ、おやすみなさい。」

 

サッと部屋を出ていく2人。

 

「ちょ、まっ!」

 

慌てて部屋を出るとそこには……。

 

「………大淀さん、何してるっぽい?」

 

相良の部屋の前に立っている大淀さんがいた。

 

「あら、夕立ちゃん。こうちゃんがちゃんと寝ているかどうかの確認をね。」

 

嘘である!!この海軍元帥の娘さん、堂々と部屋に忍び込んで相良と一緒に寝ようとしていた所だったのだ!

(暴れられた時用の睡眠導入剤と手錠は常備。)

 

結局の所、全員が全員、似たような事を考えていたわけだったのであった……。

 

妥協案で誰も提督の部屋に行かない(と言うかお互い牽制し合って行けない)ことになったとさ。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

※ここから先は彼女達がもし相良君のお部屋に行ってたらのifストーリーとなります。(実際は誰も行けなかった。)

 

 

 

if① 時雨……

 

誰も見ていない事を確認して時雨は提督の寝ている部屋に入っていく。

 

鍵はどうしたかって?そこはいつも相良君の近くにいる妖精さんに頼んで開けておいてもらったんだ。(対価としてカステラをあげた。)

 

幸いな事にみんな普段の疲れが溜まっていたのだろう。おしゃべりした後、みんなすぐに眠ってしまった。

 

本当のことを言えば僕も眠い。だけどこんな時じゃないと出来ないことだってある。

 

「…ふふっ、可愛い寝顔。」

 

相良君の隣に腰掛け、彼の寝顔を見る時雨。

 

普段はおちゃらけてたり、大淀さんにビクビクしてたり

と大変そうだ。……まぁ、大淀さんの件は書類溜めた提督が悪いんだけど。

 

でも眠る時ぐらいはゆっくりしてもらいたいな。

 

「僕は艦娘、この国を深海棲艦から守る兵器だ。」

 

「……でも、それ以前に一人の女の子でもあるんだよ。だから好きな人が出来たって不思議じゃないのさ。」

「君が僕の好意に気付いてくれるのはまだまだ先かもしれない。ライバルも、多いし。でも必ず……必ず僕は、君を、振り向かせて、みせるから……すぅ…すぅ…。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

if②叢雲……

 

思った以上に事が上手く行く日だった。

 

時雨、大井、北上はお風呂へ。

 

夕立と風奏は部屋で寝ている。夕立ナイス。『風奏ちゃん、一緒に寝るっぽい!!』って言って引き止めてくれたからね。もし風奏がアイツと一緒に寝るとか言い出してたらどうしようかと思ってたわ。

 

とりあえず喉が渇いたのは事実、ロビー端にある自販機でレモンチューハイを購入し一口飲む。

 

滅多にお酒を飲まないが今日は飲みたい気分だった。

 

まぁ明日仕事がある訳でもないし、1杯飲んだぐらいどうって事はないでしょう。

 

時間は有限なので早速アイツの部屋に向かうとしようかしら。

 

そして2分後、部屋の前に到着。一応、辺りを見渡して誰も居ないことを確認し、部屋に入る。

 

音を立てないようにゆっくりと歩き、眠る航希を確認する。

 

朝、航希を起こすのは叢雲の役目……という訳でもないが、いつもやっている。

それ故に航希の寝顔は別段、珍しい訳ではない。

 

しかし珍しくないから見ない訳では無い。むしろ、起こしに行く時、偶に5分ほど航希の寝顔を眺めている事もある。

 

「……いつもふてぶてしい顔してるのに、寝てる時は可愛らしいものね。」

 

叢雲は暫く航希の寝顔を眺めていたが思い立ったように立ち上がり、縁側の窓を開け、縁に腰をかける。

梅雨が明け、一気に暑さが増した。普段は暑いと思うが今日は風もあって、心地良い。

 

レモンチューハイを片手に星空を見上げる。

 

「……鎮守府から見る星空も良いけど、ここもまた素敵なものね。」

 

時折、風が叢雲の髪をさらりさらりと靡かせ、月明かりに照らされた銀色の髪は幻想的なものだった。

 

「……確かに綺麗なもんだな。」

 

「あら?起こしちゃった?」

 

「なんか物音がするもんでな。てかなんで俺の部屋に居るんだよ?」

 

「向こうはさっきまで騒がしかったのよ、だから静かな所に行きたかった訳、そんなとこよ。」

 

「ふーん、そんなもんかい。」

 

「そんなもんよ。」

 

航希も縁側に移動してきて椅子に腰かける。

 

「………。」

 

「………。」

 

沈黙。しかし、その沈黙もまた心地が良いものだった。

 

「なんだお前、酒飲んでるのか?珍しい。」

 

「……そうね、普段は誰かさんが面倒事を起こしてくれちゃうから中々飲む機会が無いのよね。」

 

「誰の事やら……俺ももう一杯飲み直そうかな。」

 

航希が立ち上がろうとすると叢雲からレモンチューハイを投げ渡された。

 

「……少しぬるくなっちゃったと思うけどあげるわ。飲むなら少し付き合いなさいよ。」

 

「流石初期艦様、気が利くことで……。じゃあ、有難く頂こうかな。」

 

「感謝なさい、今日は月も夜空も綺麗で気分も良いから特別よ?」

 

「あぁ、確かに綺麗だな……それじゃあこの月に」

 

「この夜空に」

 

「「乾杯。」」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

if③北上、大井……

 

「……んで、なんだってわざわざこの部屋に来るわけなのよ君たちはさ?」

 

「いやー、こうちゃん寂しがってるんじゃないかなーって。」

 

「いやいや、もう寝ようとしてたんですがそれは。」

 

「まーまーいいじゃないですか、そーゆーわけでお邪魔しまーす。」

 

「邪魔するなら帰ってくれ。」

 

「ドリフネタ、伝わる?」

 

「さぁな。」

 

呆れたように、そして半ば諦めたような表情で私達を部屋に通してくれる。

 

「ほら、お前も上がってけよ。あれだろ、北上の暴走に巻き込まれたやつだろ?」

 

「……お邪魔します。」

 

「邪魔するなら帰ってくれ。」

「同じネタを2度使うのはウケませんよ。」

 

「1度目も滑ってるから気にすんな。」

 

私は上がるついでにお茶を入れる。

 

「ありがと大井っち〜。」

「ほら、提督もどうぞ。」

 

「おー、ありがとう。」

 

3人同時にお茶を飲んで一息。

 

「「「はぁ〜。」」」

 

「大井っちは将来良いお嫁さんになるよ。ね、こうちゃん?」

 

「ちょっ!?北上さん!?」

 

「あー、確かに。大井、家事も出来るし料理も上手い。」

 

「それでいて可愛いところもあるし、なんでも出来ちゃうか思えばおっちょこちょいな所もあるし。」

 

「あ、あの……二人とも、もう……」

 

「いやだからさ、この間秘書艦の時に夕飯作ってきてくれたのよ。そん時の飯が美味いのなんの。あの肉じゃがとか間宮や伊良湖に匹敵するぐらい美味かったぞ?」

「お、こうちゃんラッキーだねぇ。肉じゃがは大井っちの得意料理なんだよ。それを作ってもらえるなんて愛されてるねぇ〜!」

 

「え?マジ?それは……北上さん、北上さん、まずいですよ。」

 

「え?あ、まずいですねこれは……。」

 

「……二人ともそこに並んでください。」

 

大井っちが貼り付けたような笑顔でこちらを見つめていたのであった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

if④夕立、風奏……

 

控えめなノックと騒がしい声で俺は目を覚ました。

 

「こーちゃん、開ーけーてー!」

 

「…夕立ちゃん、あんまり大きな声出しちゃ駄目。」

 

ドアを開けるとそこには想像通り夕立と風奏がいた。

 

「夕立、他のお客さんに迷惑かかるだろ。鎮守府じゃないんだから静かにしろ。」

「……ごめんなさいっぽい。」

 

「まぁ分かればいいんだ……んで、どうした?2人して俺に何か用か?」

 

「うん、お兄ちゃんと一緒に寝ようと思って。」

 

「っぽい。」

 

言われた通り声を小さめで話す2人。

 

「お前達部屋があるだろ?」

 

「それでもお兄ちゃんと一緒に寝たい。昔はいつも一緒に寝てたじゃない?」

 

「夕立、こーちゃんと風奏ちゃんのお話聞きたいっぽい。」

 

「うーん……。」

 

「……お兄ちゃん、ダメ?」

 

「……っぽい?」

 

うぐっ!そんな顔で見るなよ……。

 

「しょうが無い、今日だけだぞ?明日は自分の部屋で寝るように。」

 

「「やっ!……しー。」」

 

布団を敷いて早速ごろんと布団の上に転がる2人。

 

布団の配置は俺を挟むようにして夕立・俺・風奏という川の字になった。

 

夕立は最初楽しそうに話していたが、疲れていたのだろう、途中からすぅすぅと寝息を立て始めた。

 

俺も寝るかなーなんて思った頃

 

「…お兄ちゃん、起きてる?」

 

「あぁ、起きてるよ。」

 

「…こういうの、懐かしいね。」

 

「まぁ、7年も前だからな。久しぶりだろうよ。」

 

少しの沈黙。

 

「…お兄ちゃん、私、友達出来たよ。しかも沢山。」

 

「良かったなぁ。」

 

「…今まで早くお兄ちゃんが来てくれないかなってずっと思ってた。このまま寂しいのが続くんじゃないかって考えちゃうと寝れない時もあった。」

 

「……。」

 

「…でももう大丈夫、夕立ちゃん達がいる。LI〇Eも交換したからいつでも連絡出来るし。」

 

「……そう、か。」

 

「…でもね、思ったの。確かに一人ぼっちでは無くなった。でもお兄ちゃんと会えないのはまた別に寂しいんだって。」

 

「………う、ん。」

 

「…今度は待つ側じゃない、だから直ぐにお兄ちゃんの所に行くよ。」

 

「………すぅ……すぅ。」

 

「だからちょっとだけ待っててね、私の大好きなお兄ちゃん。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

if⑤大淀……

 

どうしてこんな事になっちゃったんだろう?

 

そう思うことがよくある。

 

私は彼に怯えて欲しいわけではなかった筈なのに…。

 

大淀がいるのは暗い部屋の一室、相良の部屋だった。

 

目の前でこうちゃんはすぅすぅと寝息を立てて眠っている。

 

「幸せそうな顔……。」

 

4月頃よりは表情が柔らかくなってきた。

 

逃げる逃げる言ってるけどなんだかんだでまだ提督をやってくれている。

 

……確かに私が妨害してるのもあるけど、多少は提督を楽しんでる所もあるようだし。嬉しい事だ。

 

このまま提督辞めるつもりは無いとか言ってくれないかなぁ……そしてあの時の約束も……いや、それは高望みよね。

 

変わらなければ生き残れない。何処かで聞いた言葉が今胸の奥に突き刺さる。

 

この戦いにはライバルが沢山いる、それも強者揃い。

 

「……まずは私が変わるべき、か。」

 

こうちゃんが跳ね飛ばした布団を掛け直す。

 

「……私も直ぐには変われないかもしれません、でもこうちゃんが昔みたいに私に笑顔を向けてくれるように、私もこうちゃんに真っ直ぐに笑顔を向けられるよう頑張ります。」

 

「ですから、もう少し待ってて下さいね?私も待ってますから……。」

 

一瞬だけ、こうちゃんの頬と私の距離がゼロになった。

 

大淀は部屋を後にした。

 

静寂に包まれた部屋でポツリと呟く声。

 

「……ならば俺も変わるべき、か。」

 

頬の感触を確かめながら航希は再び布団の中に潜り込んだ。

 




僕の名前を呼ぶのは誰〜?

遠いようで近いようで〜

部屋の外から聞こえたようで〜

「起きなさーい!!ご飯の時間よ!!ご飯食べたら川に行くわよ!!」

そうさ僕は眠たくて〜

眠たくて眠たくて〜

僕は此処に来たんだ〜なぁそうだろ〜?

過去がくれたのはヴォイス〜

明日に導くヴォイス〜

叢雲が近くにいる〜起き〜る〜よ〜

「……ねっむ」

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