就職することが出来る仕事は提督だけでした。   作:狛犬太郎

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お久しぶりです。
狛犬太郎と申します。

今後も不定期で更新していこうと思いますので
何卒宜しく御願い致します。

イベント資材厳しい…


就活戦争34日目

…まるで12年前の悪夢を見ている様だ。

 

燃える街、空と海を覆う黒い影。

 

全身から嫌な汗がシャツを湿らせ、警報と避難を呼びかける放送の音がそれを現実だと改めて教えてくれる。

 

俺、相良航輝は公園から祭り会場へと繋がる林道の坂を駆け下りていた。

 

今この時も淀姉さんは1人で敵と戦っている。不安ではあるが俺が活路を開いてくれると信じて出撃した淀姉さんが無事でいる事を信じるしかない。

 

「くっそ!携帯さえ繋がれば、直ぐにでもみんなに連絡出来たのに!」

 

何とか海軍大本営には事態を報告することが出来たが、仲間たちに連絡を取ろうとした瞬間、これも敵の攻撃なのか電波障害が起き、祭り会場にいるみんなとの連絡がつかなくなってしまっていた。

 

「連絡は取れないけど、アイツらの事だ、会場の入口辺りにに集まってる筈だ!」

 

不安に押し潰されぬよう自分を奮い立たせるよう叫びながら坂道をひたすら下る。

 

そんな俺を何かが追い抜くように飛んできた。

 

「提督さん、お急ぎの様ですね。」

 

案の定、いつも俺の周りにいる妖精さん達だった。

 

「あぁ!めちゃくちゃ急いでるよ!ついでに急ぎすぎてお前達を叩き落とす所だった!」

 

最初、コウモリか何かかと思ったよマジで、一瞬気がつくの遅かったらぶっ叩いてた。まぁこいつらの事だし何とかなる…

「もし、叩き落とされてたら提督さんが寝ている間に、耳を齧ってたよ〜。」

 

前言撤回、間違っても手を出すのは止めておこう。

結構強いんだよこいつらの噛む力。

というかこんな時まで能天気な奴だ。ちょっとイラついたから後でデコピンしておこう。

「皆さんの場所はお分かりで?」

 

「携帯が繋がらないからどうだか分からないが多分アイツらの事だから入口辺りに居ると思う!」

 

「誘導しますよ。私達は艦娘の気配が分かるので。」

 

おぉ、ありがたい妖精さんの謎スキル!

 

「しかしもう暗いですね、何か灯りがあれば…」

 

「お?96式?96式?」

 

お前じゃねぇ工廠妖精さん、座ってろ。

お前もこれ解決したらデコピンな。

 

「ぶー、分かりましたよ。流石に今回は真面目で行きますよ。…ハリウッド映画ばりの照明やってみたかったなぁ…。」

 

そんな呟きと共に、どこからともなく現れた信号拳銃を工廠妖精さんが上空へ向けて照明弾を発射する。

 

「どうだ、明るくなっただろう…?」

 

いつだかの成金風刺画じゃねーんだよ明るくなったけど…

 

「工廠妖精さん、こんな時につまらないネタはもう止めておきなさい。提督さん、皆さんいらっしゃいましたよ。」

 

1人まともなのがいてよかったと思う。こうして林道を掛け出ると俺の休暇に付いてきた舞鶴第二鎮守府の仲間たちと風奏ちゃんの姿があった。

 

「提督ーー!!」

 

時雨達が向こうから駆け寄ってくる。

 

「ここだ!すまない!」

 

「ちょっとちょっとこうちゃん!?一体全体何事よ!」

「アンタこの緊急時に何処ほっつき歩いてるのよ!というか大淀さんは!?」

 

明石と叢雲が息を切らせながら叫んだ。

 

「俺の事は後だ、その淀姉さんが今1人で深海棲艦と戦ってる!こんな状況だがみんな行けるか!?」

 

「当たり前っぽい!」

 

「そういう事なら早く大淀さんを助けに行かないと!」

 

夕立と時雨が頷く。

 

他の奴らを見渡せば同じように頷いた。

 

「とりあえず移動だ。説明は移動しながらする、行くぞ!」

 

「「「了解!!」」」

 

「皆さん、少しお待ちください。」

 

駆け出そうとする俺達を呼び止める声がした。

 

振り返れば先程のまともそうな妖精さんだった。

 

「どうした?移動しながらじゃダメ…ってどうしたお前…身体がめっちゃ光ってるんだが…」

 

照明弾、程明るい訳では無いが先程の妖精さんに光が灯っているのだ。

 

「提督さん、私は貴方達の覚悟を知りたいのです。本当に、大淀さんを助けたいですか?」

 

「当たり前だ!」

 

「ここに居る皆さんを信じますか?」

 

「勿論!」

 

「これからも鎮守府の皆さんと共に歩んで頂けますか?」

 

みんなの視線が俺に集まるのが分かる。

つまりはそういう事だ。

 

お前はここで身を固める覚悟があるのかと。

 

この妖精さんは俺にそう問いかけてるのだ。

 

沈黙が辺りに立ち込めた。

 

じっ…と妖精さんは俺を見つめる。

 

すっと肩に手が置かれた。振り返れば時雨がいた。

 

「提督、僕は君の意見を尊重する。でもひとつ言うとすれば…僕は君を信じてる。だから提督も僕を信じて欲しい。こんな時だけど僕は言うよ、ううん、今しかない。『僕は君が大好き。』これからも僕達と共に居て欲しい…その為なら僕は頑張れる。」

 

時雨…

 

「アンタの事、まぁ、嫌いじゃないっていうか…ってそういう事じゃなくて!アンタは私が支えてないとダメダメなんだから!!じゃなくて、〜〜〜っ!!あぁもう、1度しか言わないから心して聞きなさい!?『アンタは私が支えてあげる!だからアンタも私を支えなさい!!』ふんっ!!」

 

叢雲…

 

「夕立、難しい事は言わないっぽい。だから2つだけ確かな事を言うわね。夕立はこーちゃんの為なら、こーちゃんが夕立を信じてくれるならもっともっと強くなれるつぽい!そしてね、『夕立はこーちゃんの事がだーーい好きって事!』」

 

夕立…

 

「なーんか駆逐達に先越されちゃった感じ?でもまぁ〜、これもワビサビよねぇ〜。『あ、アタシはこうちゃんの事、大好きだよ〜なんせ、ハイパー北上様と大井っちだからね』ねー、大井っち〜。」

 

「…ふぇ!?ちょ、ちょっと北上さん!?私、心の準備が…おほほほ〜…はぁ、でもこんな所でこんな雰囲気で私だけ引っ込む訳には行かないわ…。はぁ、提督、良く聴いていてくださいね?『私、大井は提督の事も、愛してます。』」

 

北上、大井…

 

「アタシは、まだお兄ちゃんの、事を、みんなほど分かってない…だから、艦娘がどうあるっていうのは、分からないけど、お兄ちゃんの力に、なりたい、なれたらいいな…お兄ちゃんはアタシの、恩人で『アタシの、想い人だから…』」

 

風奏ちゃん…

 

「うーん、私的には全然ウェルカムなんだけど、お姉ちゃんって言う家族関係もあるから流石に言い難いんだけどな〜でもでも!こうちゃんが望むなら私もー「あ、そう言うの大丈夫なんで…」ちょっとこうちゃん!?タンマタンマ!!流石にこんな時までこういう落ちを持たせるのよくないと思うよ!?お姉ちゃん…いや、『明石は提督の事大好きですよー!?!?』」

 

…まぁ、そういう事なんだろう賑やかなお姉様です事。

 

「…さて、提督さん、貴方はどうですか?」

 

妖精さんは静かに、改めて問いかけた。

 

その問いに俺は、一呼吸置いて答える。

 

「……そうだな、俺の答えは『 ___ 』だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ゴアァァァァァッ!!」

 

「ふっ!」

 

グシャリと音をたてて軽巡ホ級が吹っ飛ぶ。

 

一体、また一体と潰していく。しかし数が数だ。

 

数も多いが中には駆逐イ級が燃料満載のドラム缶を咥えて特攻を仕掛けてくるのだ。

 

弾の消費を抑える為、特攻艦には主砲、近接戦闘は明石の工廠からパクった、元い、借りてきた大きめのハンマーで対処する。

 

第1スロットの15.2cm連装砲の弾が無くなる。

すぐさま15.2cm連装砲を投げ捨て、2番スロットの20.3cm3号砲を取り出す。

 

海も敵だらけだが、空にも敵は溢れている。

 

蝙蝠の群れのように蠢く敵艦載機には艤装の甲板上に取り付けてある3番スロットの12cm30連装噴進砲を叩き込んだ。

 

「…全く、キリが無ければっ!休む暇もありませんねっと!」

 

そう言った矢先、敵の攻撃が止まった。

 

凌げたか?と思ったが、それは違った。

 

ゲームで例えるなら、ボス戦の始まりだ。

 

それまでの雰囲気とは違う個体がゆっくりとこちらに近づいてきた。

 

深海棲艦達はそれに道を空けるよう左右に別れていく。

 

「…ツクヅク、シブトイモノダナカンムストイウモノハ…。」

 

「……空母棲姫。」

 

お互いに睨み合ったその雰囲気には周りの深海棲艦達も思わず後ずさる。

 

「タントウチョクニュウニキコウ、オオワタツミノユビワハドコダ。ユビワノアリカヲイエバオマエハミノガシテヤル…。」

 

『大綿津見の指輪』はるか昔、大綿津見神が海の調和を保つ道具の1つとして伝えられるもので、現在はとある場所で祀られている。

 

伝説では、この指輪を付ければ穢れを払い、海の力を操る事が出来る…と言われている。

 

それならば私達、艦娘が使えば戦況を有利にする事が出来るのではと過去に指輪を嵌めて出撃する試みはあったが何か効果があるということは無かったのだ。

「…さぁ、存じませんね。仮に知っていたとしても教えて差し上げる気はありませんが。」

 

当然、すっとぼけるに決まっている。

 

敵が狙っている物をわざわざ教える阿呆は居ないだろう…ウチの鎮守府には居ないと信じたい。

 

「フ、シラントイウコトハナイダロウ?カイグンゲンスイノムスメトモアロウカンムスガ。」

 

っ!?コイツそんな事まで!

 

思わず動揺する。そんな情報まで知られているとは…。

 

「…マァイイ、ユビワノケハイモコノチカクニアルヨウダシ、マチヲヤキハラッテサガセバイイ…イヤ、オマエヲイタメツケテゲンスイノマエニモッテイッテヤルノモイイカモシレナイナ…」

 

…近くに反応?そんな馬鹿な。指輪は横須賀の大和さん達が…っ!?

 

私は直感に従い慌ててその場から身を引く。

次の瞬間、私が先程まで居た足元が爆ぜ、辺りに水飛沫を撒き散らす。

 

空中、海上に動いたものは無かった…となれば!

 

「アラ?ハズシチャッタカシラァ…ザンネンネェ、アタッテレバクルシムコトナクシズメタカモシレナイノニィ…。」

 

音もなく忍び寄り、敵を倒す深海の暗殺者がそこに居た。

 

「……潜水棲姫」

 

考えうる最悪の状況とはこの事かもしれない。

しかし、どんなに最悪だったとしても、私は諦めることは出来ない。この国の為にも大好きなこうちゃんの為にも。

 

眼鏡に付いた水飛沫を拭い、主砲を握り直す。

 

「ソウダ、ソノメダ…ソノメ二ゼツボウヲウカベルスガタガマチキレナイ…ダカラ、カンタンニシズマナイデクレルカシラァ!!」

 

こうして、宵闇の祭りは幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

鎮守府の裏にある山道を少し行くと鳥居が現れる。

鳥居を潜り、また少し歩けば今度は洞穴が口をぽっかり開けている。そんな洞穴の入口に私を待ち構える者がいた。

 

提督の命令通り、この社で祈祷を行う姉を呼びに来たのだ。

 

普段であれば、私が来るとニコニコしながら掃除をしたり、握り飯を頬張っている姉だが今日ばかりは凛とした面持ちで私を出迎えた。

 

「…大和、薄々勘づいているとは思うが、奴らが動いた。」

 

「……12年前、だったわね。」

 

「あぁ、まだ先代の大和達の時だ。」

 

夕陽が差し込む境内でポツリと呟いた。

 

前回の大襲撃は先代の大和達が命を賭して、この国を守り抜いた。

 

「…場所も12年前と同じあの場所なの?」

 

「あぁ、やはりあの場所には何かあるのかもしれんな。」

 

深海棲艦が2度も狙った場所だ。何かがあの場所に隠されているのかもしれないと武蔵は睨んでいたが、大和の考えは違った。

 

「…私はあの場所と言うよりは、何か別の要因があったのではないかと思っています。彼の地には私もあの戦いの後赴きました。ですがあの土地自体からは大綿津見神の気配は感じられませんでした。」

 

私は巫女の仕事よりは艦娘としての仕事が多い。私、武蔵には武の才、姉の大和には巫女の才が色濃く出た。

 

色濃く出ただけで私にも巫女の力はあるし、大和も戦えない訳では無い。もし、戦に出れば十二分にその力を振るえるだろうが、神社を守る巫女の立場としては中々戦場に行かせることも行くことも出来ないのだ。

 

私が海域攻略に出ている間、大和はあの場所に訪れていたのだろう。

 

ですが…と大和は少し濁すような言い方をする。

 

「…大和にしては珍しいな、何か引っかかるのか?」

 

「…えぇ、確かに彼の地自体には気配は感じられません。ですが、確かに大綿津見神の気配、残り香と言うのでしょうか。その気配はあったと思います。」

 

「…武蔵も分かると思いますが、今の社に大綿津見神は居ると言えば居らっしゃる。」

 

「…しかし、大綿津見神の大部分の気配が無い。」

 

「私は思うのです、深海棲艦があの場所を狙うのはあの場所自体に何かがある訳では無く、何かが来たから大綿津見神もその場所に現れているのではないかと…。」

 

「……まさか、大綿津見の指輪の適性者が現れたとでも言うのか!?」

 

洞穴の中にある社を見れば大綿津見の指輪がそこにあった。以前に大綿津見神の力を使えないかと、指輪を付けて出撃するという試みがあったが指輪は何も反応しなかった。

 

「確証はありませんが、私はそう睨んでいます。大綿津見神の力を感じればその力を狙う深海棲艦も現れる…そして大綿津見神も自身の適性者を探している…その適性者が現れたと。」

 

「……ならば、真相を確かめに行かねばな。大和よ、提督から私達に出撃命令が下った。彼の地へ向かうぞ。」

 

 

 

 

 

 

海に夜の帳が下りてきました。大綿津見神よ、願わくば暗い私達の航路を照らして頂けますか…?

 

 

無人となった社には指輪が海を眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 


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