兵藤一誠は『異常な普通』です   作:しにかけ/あかいひと

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その10

◆◆◆

 

 

『僕はただ、普通(あたりまえ)になりたかったのです』

 

 

◆◆◆

 

 

 奇跡的なことに、僕はまた生き延びることが出来たらしい。身体中穴だらけだったはずなんだが、一部の痣を除いて全部塞がっていた。

 目覚めた場所は病院で、意識が戻ったのと同時に父さんと母さん……あと例のシスターさんが駆け込んできた。おいおいと泣かれて、すごくいたたまれなくなった。申し訳ない。

 どうやら、僕は『シスターさんを守るために暴漢から体を張って、その末で打ちどころが悪くて昏倒したのだ』という設定になってた。多分、そうしたのは部長なんだろうと思う。でも打ちどころが悪くて3日も昏睡ってあるのか……いや、植物状態とかあるしな。

 

『無茶をしないでちょうだい』と、母さんに泣かれた。

『男らしくて誇らしいが、肝が冷えた』と、父さんに怒られた。

『本当に無事でよかった』と、シスターさんに泣かれた。

 

 検査して特に問題がなければ、明後日には退院出来るのだそうだ。……どういうことなんだろう? どんな奇跡が起きたんだろう? 頭が回らない。

 

『心配かけてごめん』とだけ言い残して……力尽きた。まだ、疲れていた。

 

 次に目を覚ますと、窓からは夕日が射していた。

 僕が横たわってるベッドの側で座っていたのは、部長だった。

 

「気がついたかしら?」

 

 顔は微笑んでいたが、目が笑っていない。強ばっていた。

 身体を起こそうとして、止められる。安静にしろとのことだった。

 

「聞きたいことが、沢山あるわ」

「でしょうねー……」

「それでも、最初に言う言葉は決めていたの。…………本当に、無事でよかったわ」

「……腑甲斐無い下僕で、本当に申し訳ないです」

 

 本当に、悪魔として腑甲斐無い。シスターさん助けて死にかけるとか、もう本当に。後悔はしてないけど、反省はしなきゃだろう。もっとも、リストラされなければ、だけど。

 

「僕は、リストラですか……?」

「バカ言わないでちょうだい。あなたは、私の唯一の『兵士(ポーン)』なんだから……」

「……ポーン? チェスですか?」

「そうね、そんなこともまだ教えられてないのよね……ちゃんと教えるから、今にも捨てられそうな仔犬の様な目をしなくても大丈夫よ。でも今回のことは二重の意味でやめて頂戴。私も心配したし、心情的な面を抜きにしても危ない橋を渡っていたのだから」

 

 そんな目をしていたのか……想像以上に不安だったのか? ……不安だったのだろうね、恩人に失望されるのは、怖い。

 しかし危ない橋、とは?

 

「堕天使が何かコソコソと私の領土で何かの準備をしてるのに気がついていたわ。それを踏まえた上で、放置していたの。現在、天使、堕天使、悪魔の三陣営は冷戦中という話はしたかしら?」

「……チラッとだけ」

「ならやっぱり私の落ち度ね。今この三陣営は停戦状態であり、だからこそ迂闊にあの堕天使達を潰すわけにはいかなかった。何かの準備というのが、堕天使全体の計画だった場合、何かの拍子でまた戦争が始まってしまうもの。いずれはそうなる相手とはいえ、今は時期尚早。今回はたまたま一部の堕天使による暴走だったから良かったものの……ってことよ」

「う、うわぁ……」

 

 え、これ一歩間違えてたら大戦犯としてその名前が後世に刻まれてたパターンですか……? 一気に汗がダラダラと吹き出すと同時に、自分の悪運の良さが半端ないことに感動した。

 

「今回のことは実際に問題がなかったことと、私の判断を仰げない状況にあったこと、それと私が説明責任を果たせてなかったことで不問とするけれど、次からはちゃんと私に相談しなさい。そうでない場合は、自分の立場を考えて行動すること。分かった?」

「分かりました、部長」

 

 と、ここで説教フェーズは終了したらしい。少し部長の表情が柔らかくなったことで、僕の強張りも幾分マシになった。

 

「まず、先に現状確認するために説明をするわね。もう聞いているかもしれないけど、兵藤さん達や学校含めた表向きには、女の子を庇い、暴行の末の昏倒ということで処理したわ。実際、外れてはいないみたいだし」

「ありがとうございます。……いや、なんというか、すげぇ恨まれてたみたいで。僕を殺した堕天使から」

 

 そう言うと、微妙な顔をしつつも『納得がいった』と言わんばかりの表情をした。何故に?

 

「……イッセーを悪魔に転生したあの日、あなたは原型をとどめてない程に、ぐちゃぐちゃにされていたわ。……一体、何をすればここまで恨まれるものなの?」

「あー、なるほど。いえ、その日デートという名目で出掛けてたんですけど、その最後で『死んでくれないかな?』なんて言われて、実際腹にぶっ刺されたもんですから、最期に仕返しぐらいはしてやろうと、唇を噛みちぎってやったんですよ」

「………………そう」

 

 幾ら仇敵にあたる堕天使とはいえ、同じ女性として思うところはあるのだろう、少し同情の色を孕んだ返事だった。

 

「あなたの怪我については、あの子が治してくれたわ」

「……そんな力があったんですか、あのシスターさん。そう言えば、よくあのシスターさん追い出してませんよね? 普通に仇敵なのでは?」

「それ、あの子を全力で守ろうとしたあなたが言えたセリフではないわよね。大丈夫よ、取引……というよりは提案をして、受け入れてもらったから」

「提案、ですか」

 

 大丈夫なんだろうか、悪魔に取引持ちかけられるシスターさんって。もっとも、あの子ワケありっぽかったしなぁ……。

 

「その辺の説明は……私が先にするべきではないわね、あの子から聞いた方がいいわ。あの子の名前も」

「分かりました」

 

 次会ったら、まずお礼を言おう。まだ生きていられてるのは、間違いなくあの子のお陰だ。じゃないと、天野夕麻を名乗った元カノ堕天使と相討ちになっていただろうから。

 

「……あ、そう言えば、あの堕天使は?」

「あの子に呼ばれて私が来た時には、既に事切れていたわ」

「そう、で、すか……」

 

 今になって、実感が追いついてくる。僕は、命あるものを、殺した。殺して、しまった……。

 

 仕方ないじゃあないか、と思う。のだが、やはり割り切るには、堕天使が人間に近すぎた。

 

「気に病むことはないわ。それに、いずれは慣れなければいけないことよ」

「……そうですか、なんとかします」

 

 そう、慣れなければならないということは、『普通(あたりまえ)』ということだ。人間にとっての普通でなくとも、悪魔としての普通ならば……耐えられる。

 天使と堕天使を殺すことは『普通(あたりまえ)』、命のやり取りをすることも『普通(あたりまえ)』。

 何度も、暗示をかけるように呟くことで、若干気分がマシになった。まだ慣れないだろうけど、ちゃんと当たり前にしてみせる。甘えは許されない。

 

「……今はこんな所かしらね。まだ疲労も抜け切ってないだろうし、また明日にするわ。ちゃんと、安静にしていること」

「了解です」

 

 そうして部長は立ち上が…………らない。何かを迷った表情で、僕を見ている。な、なんだよう、そんな綺麗な顔で見られても『わーい観賞用だー、眼福眼福』としか思えないぞぅ!

 

「……ねぇイッセー。どうして、あなたはあの子を助けたの?」

「…………?」

 

 しばらく待っていると、投げかけられたのは、そんな問だった。意図が掴めない。

 

「あなたは私に真実を告げられてから、これ以上なく冷静で、自分の立場を理解して、立ち回っていた様に見えるわ。少なくとも、自分から愚かな振る舞いをしようとはしなかった」

「うーん……まあ、そうなるんですか、ね?」

 

 自分から馬鹿なことをするやつは稀だろう、と思うのですけど。少なくとも、そんな馬鹿ではない……と思いたい。

 

「そのうえで、あなたはあまり精神的に強いとは言い難いのも知っている。理不尽と変化に苛まれて、耐えきれなくて泣いたあなたを、私は知っているわ」

「………………」

 

 そう言えばそんなこともありましたね。遠い昔のように思えます。……ぶっちゃけ思い出したくのうございます、ビービー泣くとか黒歴史なので。

 

「だからこそ不思議で、不可解なの。あなたがお人好しなのを加味しても、あなたは自分の行いの危うさに気がついた筈よ。しかも、眼前には格上であろう堕天使。あの子を助けるにしても、一緒に逃げようとは思わなかったのかしら?」

「うーん、どうなんでしょ? なんか随分と部長は僕のことを高く評価してくれてるみたいですけど、友達からは『ノータリン』と言われちゃうような、考えたりてない系の男子ですよ?」

 

 おどけてそう答えると、睨まれる。真面目に答えろと、雰囲気が物語る。……態度はともかく、大真面目なんだけどな。

 

「……分かんないですよ、本当に。ただ、僕はずっと、自分の思う『普通(あたりまえ)』をし続けてきただけですから」

「当たり前……?」

「はい」

 

 本当に、それだけの話なんだ。

 

「恩人に救われたら、その恩に見合ったお返しをするのが『普通(あたりまえ)』です」

「自分の思うかっこいいヒトになりたいという思いも『普通(あたりまえ)』です」

「困ってる誰かの力になりたいと思ってしまうのも『普通(あたりまえ)』です」

「心の狭いヒトに見られたくないのも『普通(あたりまえ)』です」

「ムカつく相手に仕返しをしたいという気持ちも『普通(あたりまえ)』です」

「何をやってもいい相手にやり過ぎてしまうのも『普通(あたりまえ)』です」

「それだけの話です。僕はただ、『普通(あたりまえ)』になりたかったのです。何をやっても『普通(へいきん)』っていう『異常』を塗り潰せる以上の、個性ある『普通(あたりまえ)』になりたいんです」

 

「ああ、だからと言って心情をおいてけぼりにして、当たり前に固執する様なヒトと思われては困ります」

 

「あなたに救われて、恩を返したい思うのは僕の心だ」

「あなたのように、誰かを救いたいと思うのは僕の心だ」

「誰かが困ってたら目をそらすことが出来ないと思うのは僕の心だ」

「少なくとも、出来ることから逃げて心が狭いと思われたくないのは僕の心だ」

「僕を殺してくれやがった女に仕返しをしたいと思ったのは僕の心だ」

「僕を殺したんだから、何されても文句言えないだろって思ったのは僕の心だ」

 

「僕の心に準じて、当たり前と思ったことをやった。本当に、それだけの話です」

 

 そう言い切ると、部長はなんだか泣きそうな顔をしていた。

 

「……あなたの渾名、『異常な普通』って言うらしいわね」

「気に入ってるので、自称もしてます」

「本当に、ピッタリね。……本当に」

 

 そう言って、部長は立ち上がって『また明日来るわね』と病室を後にした。

 

 一人になった病室で、独り言が漏れる。

 

「当たり前、当たり前、当たり前、ねぇ」

 

僕を救ってくれた、あのヒトのことを想うのも…………

 

「……いいや、それは違うな」

 

 そんな気持ちはあってはならない、あのヒトをそんな風に見てはならない。それが、『普通(あたりまえ)』。観賞用、観賞用っと…………。

 

 だけど何故だろう、妙に悲しかった。

 

 

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