今年もよろしくお願いします。
『できたぞ』
「早いね……」
なんのことかは言われずとも分かる。『傲慢』と『憤怒』の件だろう。すぐに形にしてやれると言っていたのですぐにそうなるとは思ってたけど、二日程度で済むとは思わなかった。籠手の進化が目覚しいねぇ。
「じゃあ名前もさっさか決めていくか。傲慢は『
『…………』
「なんだよ、言えよ。センスが終わってるって」
無言になられたらそれはそれでムカつくので促す。返ってきたのは深い深〜い溜息だった。
『いや、もういい。俺は諦めた。好きにサジェスト汚染するといい』
「諦めんなよ、反抗しろよ。それを切り捨ててニヤニヤするのが密かな楽しみなんだからさァ」
『はぁぁぁぁぁ…………』
より深い溜息に少し溜飲が下がったので思考を次に回す。……多分、すぐに使うことになるんだろうなぁコレも。じゃあ軽く試運転というか、仕様確認はした方がいいかもしれない。
部屋の時計を見る、24時回ってもう2時。夏季休暇で冥界に帰省するアレコレで駒王町エリアの契約業務は委託済み、つまりこんな夜中にトレーニングルームいるヤツぁおらんだろ。こっそり訓練できそうである。
「そうと決まればレッツゴー、いやぁ意外と家の中で完結するって素晴らしいね!」
『適応が早すぎやしないか相棒……まあいいことなのだろうがな』
心配ごと無くなれば人間皆羽目を外すものさね〜。僕悪(短縮)。
ともあれエレベーターに乗り込み、トレーニングルームのフロアへ潜航。そしてさァ今から訓練だ! と息巻いてエレベーターを降りると……
「んにゃ、小猫チャン!?」
「…………。どうも、先輩」
何故か先客、何故に先客。バツの悪そうな顔をした後輩が、トレーニングウェアを纏って構えの練習をしていたのだった!
◆◆◆
「いやぁ驚いたよ。まさか夜中のトレーニングルームを使おうと思うのが他にもいるなんて」
「暗に馬鹿だと言ってませんか?」
「深読みし過ぎだしそれ翻って僕のことを馬鹿だと言ってないかな!?」
若干思い詰めた表情だったので話を聞くべきと思い、ベンチに座って雑談でもと思ったが、なんだか今日はトゲトゲしい。どうにも焦っているように思える。
「それに……私だけじゃないです。朱乃先輩も、こっそりここで訓練してます。もしかしたら今日も来たのかと思って油断してたら……」
「僕だったと。うーむ、もしやお邪魔したカタチなのかな?」
「……別に。此処はイッセー先輩達の家ですし、先輩が無駄に気を遣う必要は無いです」
そうは言うがね……と頭の裏をポリポリと掻く。眷属なら誰でも使っていいことになってるとは言え、邪魔をしたのなら申し訳なく思う程度の心は持ち合わせている。そして恐らく、こんな夜中に訓練をするに至った理由不明の焦りを説明するつもりはないのだろう、多分僕には。なら別方向で攻めていくか。
「ちなみにさっきは何をしていたの? 構えを取って立ってるだけに見えたけど、汗もかいてたし何かの訓練なんだろう?」
「あれは站椿功と言います。中国武術の訓練の一つで、基本中の基本とも言えるものです」
「はァ、基本」
思わず気の抜けた声が出たが、決して小猫チャンの行動を軽んじたつもりは無い。が、僕に武術の触りを教えてくれた彼女が、基本も基本のような感じのする訓練が必要なのかという疑問は浮かんだ。もちろん基本は大事だと思うのだが、僕の中での彼女のイメージとは噛み合わなかった。
「中国武術には『百練より、一つの站椿功』という言葉があります。下半身を鍛える以外にも、精神鍛錬にも最適です。……一度、初心に立ち返るためにも、今の私には必要だと思ったんです」
「ふぅむ……」
何かここ最近で彼女に何かあったかな? と思い返す。返す……が、何も思い至らなかった。僕みたいに恐ろしいやらかしをしたワケでもあるまいに。…………いやそうか。何も、ないからか。
「……察しの良い先輩が、今だけはムカつきます」
「口には出してないんだけど!?」
「目は口ほどに物を言うんですよ」
ツン! と拗ねたようにそっぽを向いたが、彼女はすぐにしゅんと俯いた。
「とりあえず……間違ってるカモだから聞いてみるけれど、もしや自分が遅れてるとか感じてる、とか?」
「……はい。私は今の眷属の中で1番弱いかも、しれません」
「…………」
そんなことは、と口で言うのは簡単だ。事実僕は嘘無くそう言える。……が、この状況だと大事なのは本人の認識だ。周りが否定しても、本人がそう思ってるならそれが彼女の中では全てだ。ならば、問うべきは……
「そう思うに至った理由は? 申し訳ない話、フィジカルならアーシアが最弱、戦闘員区分だと僕かギャスパーが該当すると考えてる。この考えはそう間違ってるとは思わないんだケド」
「はい。その見立てで間違いないです。フィジカルだけなら、私は眷属内でもトップだと思います。……ですが、
『それだけ』という言葉が、血を吐くように。……僕は馬鹿だが、死ぬほど鈍感ではないつもりでいる。彼女の視線に立って考えてみると、成程確かに危機感を覚える状況だ。
フィジカルなら強いだろう。だがソレを簡単にひっくり返せる赤龍帝の僕がいる。戦闘力で考えても飛び道具が強過ぎる部長に全方向で能力の高い朱乃サン、聖魔剣という強烈な個性を持った祐斗クン、時間停止のギャスパーと選り取りみどり。アーシアと比べるのはそもそも違うと考えてしまうだろうし、彼女は彼女で傷を治せるという特殊な方向で貢献できるのだ。本当にそうかはともかく、ただ腕っ節が強いだけだと大した強みには思えないだろうな。同じ状況なら僕もそう感じていたはずだ。
「イッセー先輩は、強いですよね」
「……僕のは、単に中身のクソトカゲが強いだけだよ」
「そんなことはないです。仮にそうだとしても、先輩は心が強い。……私には、自分の中にある憎んで憎んで仕方がない力を使う勇気が、ないんです。先輩みたいに、割り切って使えないんです」
「優先順位の問題だ、結局僕は嫌なことから逃げてるだけの…………って言っても納得できねぇよなァ」
こくん、と首肯で返されて選択肢が塞がっていくのを感じる。というかやっぱなんかあったよ小猫チャンにも。部長、ワケあり人材コレクターだったりするのだろうか? ……そんな与太はともかく、話の根は深そうだ。
「祐斗先輩は聖剣を赦して前に進みました。ギャーくんも怯えながらでも自分の目の恐怖を乗り越えました。朱乃先輩も自分の出自と向き合おうとしています。アーシア先輩は悪魔になった経緯が経緯です。……私だけです、私だけが前に進めていません」
「んァー……その感覚は覚えがあるなぁ」
というかむしろ、劣等感というのは僕の負のアイデンティティだったまである。何をしても普通で、無力で仕方がなくて、自分が嫌いで仕方がなかった頃の僕と隣に座って縮こまってる後輩の姿が被る。
「…………」
「あ、その顔嘘だと思ってるな」
「……嘘とは思ってません。けれど、余計に落ち込みました」
「なんでよ!?」
思わず反射でツッコミを入れたが、くすくすと彼女が笑ったから少し安心した。苦さが滲み出てるけど、それでも下を向いてるよりは幾らかマシだ。
「イッセー先輩は、どうやってそれを乗り越えたんですか?」
「単なる意地だった。出来ないからって、能力で劣ってるからって、ソレを理由には出来ないって歯を食いしばっていた。自分の感傷なんか見て見ぬフリしてたよ。だから病んだ、
「あぁ……」
「だからまァ……落ち込む必要はないよ。僕は健全に折り合いをつけれなかった。自分の弱いところから目を逸らし続けてこのザマだ。自分の弱さを直視した上で頑張ろうとしてるんだから、僕なんかよりも小猫チャンの方がよっぽど偉いよ」
むしろ、何か理由はあるにせよ安易に自分の中の力に飛びつかずに訓練で状況の打開を図ってるんだから、やっぱすげぇよ小猫チャンってなるんだよね逆にこっちは。……やっべ、凹んできた。
「だからその、なんだ……事情話してくれない? そしたら何か力になれるかもだし、後輩の力になれたら僕の自己肯定感も上がるし…………」
「落ち込んでる後輩に『自己肯定感も上がるし』とか言いますか普通…………」
しまりが悪くなったが、そこは僕のアジということで許してもらおう。いい感じにトゲも抜けたみたいだしね。
◆◆◆
「…………というのが、私の経歴です」
「あのこれ、僕が聞いて良かったヤツ???」
「するように言ったの先輩じゃないですか。…………私は、先輩に聞いてもらいたかったです」
「ならいいけれども……」
情報量が中々にあったので僕の貧弱脳味噌じゃ処理しきれない……とりあえず整理しよう。
小猫チャンは、猫魈と呼ばれる妖怪である。簡単に言うと猫又の超凄いやつ。妖術に加えて仙術なるものを扱う素養があると聞けば、その詳細が分からなくても凄い種族なのは分かる。
そして彼女には唯一と言っていい家族がいた。姉である。親を早くに亡くして身寄りのない二人は力を合わせてその日その日をなんとかやり過ごす生活を続けていた。
そんな二人にも転機が訪れる。とある悪魔に拾われたのだ。姉が眷属悪魔に転生することで妹の小猫チャンも一緒に面倒を見てもらえることになった。コレで一安心、明日に怯えることのない生活が始まる……はずだった。
問題を起こしたのは姉。やらかしたのは主殺し。悪魔になったことに加え、猫魈の潜在能力が解放されたことにより姉の力は主を超えるまでに至り、力に溺れてしまったのだそう。
勿論主殺しの眷属悪魔なんて殺されるに決まっている。冥界を離れた姉には追撃部隊が差し向けられ……その尽くが返り討ちにより死亡。自然とその矛先は小猫チャンに向けられる。鬱憤ばらしと、あとは『こいつもいつか牙を剥くんじゃないか?』という恐怖。
とはいえ彼女はなんにも悪くないし、何もしていない。魔王サーゼクス様が間に入り、監視することでなんとか極刑は免れた。その関係で彼女は部長の眷属となり、今日に至る、と。
うーん……これ、話の流れ的には『姉が闇堕ちするに至った原因の猫魈の才能には手をつけたくない』ということに言及するのが正解、なんだよな? だけど…………。
「ごめん、小猫チャン。僕は今から気の利いた台詞どころか、大元の話に関係ないかもしれないことを言って君の神経を逆撫でするかもしれない。それでも、僕はこの疑問をそのままにしてはダメだと思うから言おうと思う」
「…………?」
首を傾げられつつも先を促されたので、恐る恐る口にする。
「……キミ、この話が
「………………はい?」
あくまで僕の所感ではあるのだが、姉について話している時の彼女の表情は複雑極まりないものだった。彼女が主殺しをするまではたった一人の肉親、支え合って生きてきた家族なのだろう。だからこそ自分を窮地に叩き込んだ姉のことが信じられないし、その凶行を思えば自分の才能に手をつけたくないのも分かる。だが、どうにも引っかかる。
「勝手なイメージなんだけど、僕が持ってる仙術というものに対してのイメージってさ。長年の修練によって得るような、溺れるようなそれとは対極にある力だと思ってるんだよ。実の所、それはどうなんだろう?」
「私も詳しいわけではないですが……恐らく、個々人に拠るとしか」
「そうなのか。なら余計におかしい」
人は……いや、人じゃなくても。良くも悪くもそんな簡単に変われない。たかが力を持ってるだけでヒトが変わったように残虐になるワケが無い。環境やその他諸々の要因で精神がある程度固まってしまえば、ヤバい奴はずっとヤバいまんまだし、優しい奴はずっと優しいんだ。大切な姉だったと彼女は言った。たった一人の肉親だと彼女は言った。恐らくそれは、姉の方にも言えることだ。
「待って……待ってください。何を言ってるんですか、先輩。だって、私はそう……」
「誰に聞いたんだよ、人伝なんじゃあないのか? 僕なら、こう思う。誰かに嵌められたか……もしくはそうせざるをえなかった、とか」
そも、そもそもだ。猫魈という生き物が希少というのなら、僕ならデータが欲しい。悪辣に、人の心を無くして思考を回すなら…………そうだな。
「それにこんな悪辣の極みみたいな想像を抜きにしても、悪魔からしたら他所の技術、力。喉から手が出る程に欲しいデータ。……君の口からは、お姉さんが妖術や仙術の訓練をしていたことは聞いたけど、君自身はなんにもやってない。というか今の今まで自分で触れてこなかったのが答えだろう。…………もしかしたら君のお姉さん、黒い思惑で嵌められたんじゃあないのか?」
当時、事実確認をちゃんとしたのだろうか? 恐らくしてないと私は思いました(口封じ)。まあそれで逆に殺されてて世話ねーなとも。
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