その1
「さてアーシア、準備は出来たかな?」
「はい、いつでも!」
今日は日曜日。神様だけじゃなくて悪魔も休んじゃう日ですよ。なお人間は……うん。皆まで言うとダメージ受けそうな人多そうよね。
いつもなら、朝っぱらから店に行って立ち上げ、営業、閉め作業のフルコースがあるのだが色んな人に無理矢理休まされた。いやでも、僕曲がりなりにも店長ですよ? マニュアルだってまだ完成してないし。
『ブラック勤務をさせるつもりはないのだけど!?』
とお怒りの
なお今名前を挙げた2人は部長が悪魔として契約して雇った方々らしい。理不尽なリストラの憂き目にあい、『仕事欲しい』という願いとしてウチの店での業務を提供したのだとか。喜びに喜んで高校生の僕にまで頭下げ出すもんだから肝が冷えた。……いやぁしかし、部長はこういうの上手いのではないだろうか? よく分からんけど、人材を拾って活用するって点だと、うん。
とりあえずマニュアルの整理と最低限の追記事項は纏めたから、新人が一気に増えた状況でもなんとかなる……はず。中村サンと立山サンいてくれたらとりあえず店は回る。明日の発注に関しては客足次第だけど、月曜日だから金曜日程じゃないにしても多目……だけど天気予報だと明日は雨だからその0.8倍ぐらいか。平日は野菜大盛りが意外と出るから、モヤシとキャベツ、ニンジンは多めに……と、平野サンには伝えてあるけども。一応確認はしたいから18時の中間売上と材料ロスを送ってもらった上で判断しなきゃな……。
余談だが、僕の復帰は従業員並びに常連さんに大層喜ばれたことをここに記しておこう。
…………とまあ、とりあえず九頭龍亭のことはいいんだ。せっかく休みを貰えたので、どうせならアーシアと交流を深めておこう! ということにした。
アーシアは留学生として、僕のいるクラスにやってきた。とは言え僕が暴漢相手に大立ち回りをして留学生を守ったって話は結構広まってたので、騒がれたけどそこまで大きくはならなかったかな。あと悪友2人が『美少女と同じ屋根の下とか……どこでフラグを建てた、言えェ!』と叫んでたのが笑えた。おう二人とも、モブ顔が美少女とくっつくとか漫画の世界でしかねーから、と笑顔で言うと肩を叩かれた。うん、その反応は逆に傷付くぞ。
んで、ホームステイ先の生徒ってこともあって、学校での案内も僕が大半を受け持つことになり(女子しか行けない場所の案内は、友人と言ってもいい女子、桐生に任せることにした)、勉強やら何やらで、多分ここ最近で1番の接してるヒトになったね。
夜間は、僕は店の方に顔を出し、彼女は僕の通った道でもあるチラシ配りをしているらしい。大変だけれど、やり甲斐があります! と(うっすらとも見えない)力こぶを作って言うアーシアは、まあ可愛かった。
ただまあ……まだ慣れてないのか、それともトラウマがあるのか、朝アーシアを起こしに行くと若干目が腫れてたりするし、まだ日本のことについて知らないこともあるだろうから(そもそも世間知らずなところがあるから、それだけに留まらないかもしれない)、ガス抜きも兼ねて連れ出してあげようと思った。
本当ならグレモリー眷属の女性陣の誰かに頼んだ方がいいと思ったんだけど、助けた責任もあるし、最初は僕が聞いた方がいいんだろうなぁってことで。
知らない人から見られたらどう見てもデートだが、そんな甘いだけのものではない。いいね?
「晩御飯までには帰ってくるのよ二人ともー!」
「あいよー」
「わ、分かりましたお母さま!」
そう返して、意気揚々と玄関を出て……さて。
「じゃあ、服買いに行こうか」
「えっ、服ですか?」
だってキミ、ウチの学校の制服きてるジャン。
◆◆◆
学校とはそう遠くない所に、ショッピングモールがある。僕もよく雑貨や服を買うのでお世話になっていたりする。
「アーシアは此処に来たばかりなので、無いと困るものがまだ用意できてない事だと思うんだ」
「いえ……机と、筆記用具があれば……」
「あまい、あまいよアーシア! 凍らせたスポーツドリンクの一口目ぐらいあまい!」
そりゃ、シスター時代は質素倹約で暮らしてたのかもしれないよ。そうあるべきなんだろう。
でもニッポンの花のJKですよ? 部屋をオシャレに飾るとか、メイクとか、服とか、色んなものがいるはずだ!
「まあ僕も詳しくは分からんから、それっぽいことしか言えないけど。でもこうやって雰囲気でもつかんでおけば、友達と出かけた時にスムーズだと思うぜ?」
「『友達』、ですか……」
まるで、届かないものを見る子供のような顔で、彼女は呟いた。……ううむ、これは地雷を踏んだかもしれないな。
だが僕はそんなこと気にしないぞ、ウケケケケ! 畳み掛ける様にセリフを吐く。
「だからまあ僕は男だけど、今日は日本での友達1号と来てるってことで、大目に見てくれよん?」
「え、友達、1号…………私の、ですか?」
「他に誰がいるんだよアーシア。いいかい、確かに友達はなろうと言ってなる場合もあるが、そうでない場合もあるんだ。一緒に行動して、一緒に飯食って、一緒に遊んで、それが楽しかったらそいつは友達だよ、多分。少なくとも、僕の方はそう思ってたよ?」
「……あ、わ、私もですイッセーさん!」
「ん、よかった!」
本当によかった、一方通行だったら少なくない傷を負ってたところだったぜ……! 物理ダメージ換算で腹部に光の槍。あ、それもう即死じゃん!?
「そういえば、私の服を買うと言ってましたけど……私、そういうことも詳しくなくて……」
「ああ、そこはちょっと調べたんだ。基本的に決まった店で買うから久しぶりだったよ」
「……私、イッセーさんと同じ店の服でよかったのに」
「それは本当にオススメしない、うん」
基本的に僕はパーカーとジーンズ信者なので、アヴェクロの様なところで充分なんだけど、母さん曰く『要らんところに要らんワンポイントさえなければ……』と言ってたので、何かしらまずいんだろう。なお今日の僕は半袖の少し大きめの赤パーカーとジーンズで、超無難に決めている。流石だね『異常な普通』、服装まで個性があまりない!
そんなことはまあいいんだ、いつまでもアーシアが制服だと悪目立ちするし、早いところショッピング、だ!
◆◆◆
……結局、無難な感じになってしまったなぁと、白のワンピースに、紺のカーディガンを羽織ったアーシアを見て思う。履き替えたヒールに慣れてないのか、時折よろめく姿が不安である。
「すみません……こんなに買って貰っちゃって……」
「いーのいーの、お祝いみたいなものだよ。それに、バイトの給料跳ね上がってウッハウハだしね」
とはいえ、白ワンピースを来たアーシアの可愛さは、それはもう目が焼ける程だった。観賞用、此処に極まれり。店員さんも息を飲んでた辺り、僕の感性はそうおかしなものではなかったようだ。
しかしさっきから若干目立つような……まあ美少女とモブ顔歩いてたら目立つか。おいそこの僕を見て釣り合いが取れてないって言ったお前、安心してくれ荷物持ちだ!
「ところでお昼ご飯どうするよ?」
対ショックで有名な腕時計を見て言う。気がつけば時刻は昼を過ぎて1時を回っている。結構服選びに時間かけてしまったな……。
「あ、それなら私、食べたいものがあるんですけれど……」
「ほほう?」
「その……イッセーさんが作ってるっていう、ラーメンというものを……」
まさかのまさかの選ばれたのはラーメンでした、である。無難にファミレスかバーガーショップかなと思っていた所にそんな希望を言われて面食らってしまった。
「本当にいいの? 言ってはなんだけど、結構な量で女の子には……」
「何事も経験なのです!」
ふんす! と気合を入れる彼女に、仕方ないなぁと苦笑して……じゃあどうしようかと頭を回す。
こってり系やガッツリ系はNGだな。男ならともかく、女性がラーメンの入門としてそれらを食べるのは難易度高いと思う。じゃあ、無難に醤油ラーメンを出す店がいいな。
となると、とカバンからスマホを取り出して、ここのショッピングモールのフードコートには何があったかなーっと検索して……ビンゴ! 大手のチェーンである『峡楽苑』があることを確認する。
ここの醤油ラーメンはオーソドックスで美味しい。僕にはたまに味が濃いかなーって気もするけど、まあ誤差みてーなもんです。
「じゃあ、此処にラーメンあるみたいだし、そこに行こうか」
「はいっ!」
◆◆◆
「い、飲食店がこんなに密集して……!?」
初めてのフードコートに、元シスター驚愕。まあ初めて見る人からすれば異様な光景に見えるよね。
「こういう形にしておくと、食べたいものが同じにならなくても一緒に食べられるっていう利点があるわけだねぇ。さ、まだお昼どきだから人もごった返している。イス取りをちゃんとしないと!」
とは言え運良くテーブル席に座り込めたので、貴重品だけ抜いてカバンと荷物を置いて、目的の『峡楽苑』へと向かう。
オーソドックスな醤油ラーメンと、餃子セットを注文。お金を払って、呼び出しベルを貰って席に戻る。
「イッセーさん、そのアイテムは?」
「アイテム言うほどのものじゃないよ。これは無線で料理が出来たのを教えてくれるベルだね。こいつがなったら、取りに行くって感じ」
「さ、流石技術大国……!」
「いや、この程度のはどこにでもあるよ!?」
……いや、呼び出しベルがあるかはわからんけど。でも余程のド田舎でもない限り……ああ、世俗と切り離されてたらそうなるか。
ラーメンだから、用意するのもそんなに掛からない。5分もすればベルが鳴り、テーブルの上に醤油ラーメンと餃子が並んだ。
「これがラーメン……」
「和風スープスパゲティとでも思えばいいのかな? 味は醤油だけど」
「確かに近いものがあるかもしれませんね、それでは…………」
と言って、アーシアが固まる。どうしたんだろう? ……と思った時点で答えは出て行動は終わっているっ! 客商売をナメるなよ!
「まだ箸が使えないと見た! 丁度僕のカバンの中に使い捨てのプラスチックフォークあるけど、これ使う?」
「ありがとうございます!」
そう言って、彼女は袋から出したフォークで、麺をクルクルと……うん、スープスパゲティみたいなって言ったのは僕だし。それに音を立てて食べるって言うのが通だと思ってる人もいれば、マナーに欠けた食べ方だと思う人もいる。食べやすいように食べる方がいい。
とはいえ若干苦戦してるようなので、助け舟を出そう。麺長いからスパゲティのようには行かないのよね。
「お嬢様、その食べ方ですと、こちらのレンゲなるスプーンを使うとですね」
箸で麺を少量すくって蓮華に入れ、少しスープを入れてやると、プチラーメンっぽくなる。それを口元に持っていって……パクリ! うん、上手い。
「なるほど!」
とアーシアも真似をして、フォークで適量を救ってレンゲに乗せて、スープと一緒にパクリ。
「……お、美味しい、美味しいです!」
「ふふっ、それはよかった」
では僕も、今度はいつもの様にチュルチュルと頂きましょうかねっと。
……うちのと比べて麺の弾力がすげぇな。あわでもウチがこの麺使うとイマイチだからどうしようもない。
あとこの焼き餃子、野菜も多めで美味い美味い。人によるけど、僕は焼き餃子なら野菜多めで噛みごたえのある方が好きである。
「そういえば、前はどんな食事だったの? 食べ慣れてる味の方がいいってこともあるだろうし、ちゃんと母さんに言うんだよ?」
「いえ、お母さまの料理はとても美味しいので全然気になってませんよ、大丈夫です。……そうですねぇ、前はパンや薄味のスープなどが主でした」
やっぱり、そういう質素な感じのものになるのか。なまぐさの入らない精進料理とはまた別物だろうけど、贅沢ではないって所は同じかもね。
「って、アーシア!? スープまで全部食べちゃったの!?」
「お残しは『もったいない』って聞いてるので……。うぅ……お腹いっぱいですぅ……」
……先に言っておけばよかったね、イッセーくん反省。ともあれ、アーシアは文字通りラーメンに満足したようだった。
◆◆◆
あの後も、ウィンドウショッピングを楽しんだり、ゲーセンに寄って一緒に遊んだりして、十分に休日を満喫した。
二人してヘトヘトの帰り道を歩く中、この辺りかな……と僕は話を切り出すことにした。
「アーシア、今日は楽しかった?」
「はい、とても」
満面の笑みを浮かべる彼女に、さらに言葉をかける。
「辛さは、マシになった? ほら……起こしにいったとき、泣いて腫れてたりしたから、サ……」
「あ、あはは……恥ずかしいところ、見られちゃってたんですね」
困ったような、少し泣きそうな、そんな笑みに変わった彼女の顔を見て、思い過ごしではなかったと、そう思った。
「でも、今はもう大丈夫です。……イッセーさん、もう少しお時間を頂いても、いいですか?」
日はまだ沈んでおらず、茜色の空。そして、通り過ぎるところだった、公園。……どうも、大事な場面ではよくこの公園と関わることになるらしかった。
公園のベンチに座り、彼女の話を聞く。語られたのは、『聖女』と祭り上げられた少女の末路。
創作ならよくある話だ。生まれてすぐ捨てられた少女が、治癒の力を持つ『神器』を発現させ、周りにあれよあれよと祭り上げられる。そしてたった1回、悪魔を癒してしまうことで、掌返しを喰らい、『魔女』の烙印を押されて追放。誰一人、助けてくれることはなかった。誰も、彼女の味方はいなかった。
ああ、創作ならよくある話だ。ただ残念なことに此処は現実であり、現実で聞くには胸糞悪いってレベルじゃない話だってこと。本当に、胸糞悪い。
「……きっと、私の祈りが足りなかったのだと、思いました。私、抜けてますから。これも、主の与えた試練なのだと、自分を騙していたんです。そうやって目を逸らして、我慢してたんです」
「……アーシア」
「だから私、あの時イッセーさんに救われたんです。シスターでしたから、敵だったのに、それでも助けてくれようとしたイッセーさんに、救われたんです」
そうだったのか……とその言葉を咀嚼する。確かに色々考えたけど、深く考えた発言ではなかったから、若干の申し訳なさを覚えた。
「私、夢だったんですよ。こうしてお友達と一緒に出かけて、おしゃべりして、買い物して……。今、とても幸せです。今までの我慢はこのためにあったんだと思える程に」
だから、とアーシアは一筋の涙を零しながら、言った。
「ありがとうございます、イッセーさん」
「…………ったく」
そう言って、カバンからタオル地のハンカチを取り出して、涙を少し乱暴に拭ってやる。まさに友達といった気安さで。
「泣くんじゃあない。幸せなら、この世の春を謳歌してる様な顔で笑うんだ。この国のことわざにも、『笑う門には福来る』ってあるくらいだ」
「え、えへへ……そうですね。でも、まだどこか夢の様で……」
「夢じゃ無くなるように頑張れ。僕も、友達として付き合ってあげるから」
「はいっ!」
そう返事した彼女の表情に、もう影は残っていなかった。