『ピピピピッ! ピピピピッ! ピピピピッ!』
「……………………」
……という、夢だったのサ! ハッハッハ……というオチだったら、どれだけ良かったのか。いや、本当に夢オチだったという可能性は捨てきれないけれど。
ここの所毎日あの時の夢を、妄想彼女に殺される夢を見る。トラウマがそうさせてるのか……いや、ないな。いろんな意味でアレは過去のコトだし。好きになろうと努力はしたけど、それは向こうが好意を持ってくれていたのが前提だ。どうもそうではなさそうな以上、大して傷はついてない。『まあ、そうだよな』ってなもんだ。まあすったもんだの末死んじまったような気もしてるけど、結果的に生きてる以上、さっさと忘れて日常に戻りたいところである。夢オチであることを切に願うよ、ホント。誰も『天野夕麻』の名前を覚えてなかった以上、マジで妄想の類かも。アレだけ突っかかってきたエロコンビがいつもの様に話し掛けてきてるので確信した。だってこいつら、『裏切り者!』って喚いてたからねぇ。
問題はそれよりも、例の死んじゃった事件(もしくは、幻覚妄想事件)以降、明らかに自分の身体が変調をきたしていることだった。
基本、僕は朝6時に起きることにしている。目覚まし時計もその時間にセットしてる。しかし割と優秀な体内時計のおかげで、僕はこれまで目覚ましにお世話になったことがなかった。朝に強いのは、僕のちょっとした自慢だったのだ。
……が、今僕は時計のアラームが鳴っている自室の中で、二度寝の欲求と戦っていた。酷く目覚めが悪い。
これが1日2日のことなら、『病気か……?』で済ませるけど、1週間も続いたら怪しく思う。不思議に思って診療所にもお世話になったけど『至って健康体』と言われて口を噤んだ。
変調は寝起きだけの話じゃない。というかここの所、日中が異様にダルい。したこともない授業中の居眠りのせいで、先生から本気で心配されるというレアな体験をした。一応普段は態度だけ優等生くんなもので。
家にも連絡が行ったらしくて、父さんが『最近なにかあったのか?』と聞いてくるわ、母さんが『いじめられてない?』と聞いてくるわ……。まるで学校に行きたがらない子供だな、これが自分のことだと思うとマジで泣けてくる。品行方正の兵藤一誠クンは何処にいったのやら。
……でも、あながち間違いじゃないんだよなぁ。学校に行きたくない、と言うよりは、『外に出たくない』。もっと言うと、『陽の光を浴びたくない』。最近自分が吸血鬼にでもなった気分だ……太陽光を浴びてるとマジでダメージを受けてる感じがする。日焼けだって黒くならずに赤く腫れる辺り、ダメージを受けてるのは間違いない。基本的にアウトドア人間だった筈なんだけど、そのせいで外に出るのが億劫になってしまった。
逆に、日が沈んでからは日中の怠さが嘘のように復調する。いや、復調どころか前よりも力が漲ってるかもしれない。だって握力とか軽くやって以前の3倍とか出てたし。異常な普通も返上かな、とか思ってしまったね。いろんな意味で夜型人間になったのかもしれない。
ともあれなんとか誘惑に勝ち切り、制服に腕を通して部屋を出て階段を降りる。リビングテーブルには、心配そうな父が僕におはようの挨拶をし、口には出さずとも『無理はするな』と言っているようだった。キッチンで朝ごはんを作っている母も同様。……参ったなぁ、こんなに心配させることになるとは。ちょっと本気で大学病院とか行った方がいいかもしらん、と思いながら、『大丈夫だ!』と伝えるようにおはようと返した。
……さあ、今日も辛い1日が始まる。
◆◆◆
私立駒王学園、僕の通う学校だ。
元々は公立の……僕の成績では苦しいところを目指していて、駒王学園はその滑り止めのつもりだった……んだけど、見事に落ちて結果滑り止めで受けてたこの学校に通うことになった。とはいえ駒王学園はかなりの進学校(目指してた難関公立の数倍は進学校)で、ぶっちゃけ難関だ。でも僕の場合中学の時の内申点が頗る良かったので(推薦書いてもらえる程度には)、それを加味すると通りやすい学校だった。
……でも、正直この学校に通いたくはなかったんだよねぇ。理由は大きく2つ。
1つは、単純に学費の問題。私学なもんで、やっぱりかなりの学費ですよ。駒王学園に通い始めてからの食卓からおかずが1品減り、父さんの晩酌のお供であったビールが発泡酒にランクダウンしてるので少なからず家計を圧迫してる、非常に申し訳ない。
もう1つは……この学校の成り立ちだ。元は女子校……それもつい数年前まで。なので男女比が異様に偏ってるのだ。僕のいる高等部第2学年が、男女で3:7。一個上の第3学年が2:8の時点で察してもらえるだろうさ。
そんでもって元女子校だからなのか、校風からなのか、人数の問題なのかは分からんけど、少し男子の肩身が狭く女子の発言力が強い。
……発言力はともかく、基本ムッツリなので、女子が多いという環境はその……うん、ね? ね?
まあ折角通うことになったのなら頑張るしかあるまい、と僕はせめて態度だけは優等生であろうと努力していた。ちゃんと一定の成績確保してたら、大学部はエスカレーター式だ。就職率も良いし、幸せな未来設計図的にはむしろいい環境だし。実際このままなら、両親に負担はかけることになるが、ちゃんと大学も行けそうなのだ。そこは奨学金とか、バイトとかで補填をしよう……バイトは今もしてるし。
……だが、その未来設計図に修正を施さないといけないかもしれない。最近の変調のせいで、最近は優等生とは程遠いことになってるし。……はぁ、僕何かしたかな?
もし溜息つくことで幸せが逃げるなら、絶賛不幸のどん底になるぐらいの深い溜息を吐きながら、教室に入り自分の席に着く。もうこの時点で体力の1/3は削られた気分だ、しんどい。
「よーイッセー。貸したAVはどうだったよ?」
「…松田。今、凄く眠いし、突っ込む気力もないから昼休みにしてくれないか? あと貸してくれたのただのイメージビデオだったろうが……」
「……お前本当に大丈夫か? ツッコミがないとボケるのも虚しいぞ」
「いや、さっきの普通に素だったでしょ『エロ坊主』」
今にも寝そうな僕に声を掛けてきたのは、猥談仲間の松田。丸刈り頭の爽やかスポーツ青年なのは見た目だけ。いや実際いろんな記録を塗り替えてきたスポーツ万能な奴ではあるんだけど、まあエロな欲求に素直で。日常的にセクハラ発言のオンパレードで、こいつともう1人の変態コンビで生徒からちょっと嫌われているのだ。まあエロなところがなければ気のいい奴なので、道を踏み外さないように適度に誘導してやれば実害はないし面白いやつだ。ただ何故写真部に入ってるのかは未だに謎だ……まさか、女子高生をフィルムに収めたいとか思って……ないよね?
「まったく……これでは今朝のパンチラについて語り合えないではないか」
「お前は小学生のガキか、元浜……」
そして続けて声をかけてきたのは変態コンビのもう1人にして猥談仲間の元浜。ちょっとキザっぽくきめているが、発言から分かる通りこっちもエロな欲求に素直なメガネ男子だ。なおメガネを通して女子を見ると、スリーサイズを正確に把握出来るという特技を持っている。……将来服飾関係にでも勤めたら活かせるんじゃないかな、うん。
「俺だってその程度では満足したくはないさ。だがな……」
「覗きは犯罪です、もし次やろうとしたらお前らとの友情見直すぞ?」
「「まだ捕まりたくないので勘弁してください」」
「そのまだってところが信用ならないなぁ……」
そこまで言って、口からアクビが漏れた。……本当に、眠いし調子出ないしで、踏んだり蹴ったりだ。
「あー、どこかに甘やかしてくれる年上巨乳おねえさんいないかなー」
「包容力ありそうな年上巨乳さんなら、ウチの学校にいるじゃねぇか」
「それも2人も」
「もしそれ駒王二大お姉さまのこと言ってるなら、馬鹿と言っておくぞ? 高嶺の花は観賞用だって何回言えば……」
「そうやって割り切れるの、お前ぐらいだと思うぞイッセー……」
「変なところで枯れてるな、本当。……っと、噂をすればだぞ?」
そう言って教室の窓を指さす元浜に促されて、窓から校庭を覗く。そこには、血を思わせる真紅の髪をたなびかせる女性が、周囲の視線を独り占めしながら歩く姿があった。今ちょうど話題に登った駒王の二大お姉さまの片割れ、この学園のアイドルである『リアス・グレモリー』先輩だ。
「(…………やっぱり、ここまでくると『観賞用』だよなぁ本当)」
彼女の美貌を僕の足りない語彙で表現するのなら、『人間離れしてる』といったところか。一流の人形師が精巧に作ったそれみたいに整った顔に、男の欲望でも込めて作られたのかと思いたくなるボンッキュッボンの体型。髪だって腰まで伸びてるし、そもそも紅い。肌も白いし、少なくとも日本人じゃないよね……実際北欧の方の出身だと聞いている。まあ、率直に綺麗だよね。
少なくとも僕は、あの人……正確には、あそこまでのレベルの人とどうこうなりたいとは思わない、まあそうなることは万が一、億が一ありえないとは思うけど。いやそりゃ見ててわーきゃーとかするし、恥ずかしいけど夜のお供にその曲線美を思い浮かべて……みたいなことはあるさ。でも、だからこそ現実味薄いって言うか、『身の丈にあった幸せ』を得たいと思う僕としては、あんな向き合うだけで破滅しそうな傾国レベルの方とお付き合いとかマジ勘弁だっての。妄想の天野サンでもギリギリのラインだったってーのに。
…………だから、それは完全に不意打ちだった。
「…………ッ!?」
朝から珍しいもの見れたなーって気分で視線を逸らす直前、遠くにあった彼女の透き通る様な碧眼が、射抜くように僕を見つめた。
僕の錯覚かもしれない…………だけど何故か、その瞬間、心臓を掴まれたかの様に息が詰まった。彼女が微笑んで、視線を逸らすその時まで、まるで蛇に睨まれたカエルの様な気分を味わうこととなった。
……とりあえず、もし何かの間違いで話すことがあるとすれば礼を言おう。お陰で、今日は居眠りをしそうに無いほど、目が覚めてしまった。