グレモリー先輩のお陰で乗り切れた授業。怠さは消えないが眠気は吹っ飛んでくれたので居眠りという醜態は晒さずにすんだ。やったぜ。
まあそんなこんなで放課後。僕は部活をせずに、学費の補填とお小遣いのためにバイトをしている。どこでバイトをしてるのかと言うと……
「いらっしゃいませー! 食券お預かりします!」
「平麺、麺かた、背脂かえしマシで」
「かしこまりました、少々お待ちください!」
ラーメン屋である。
飲食店のバイトは、キツい、ブラック……だと聞くが、実際その通りだと思う。それでも僕はかれこれ2年目に到達してる中堅アルバイターだ。時給は悪くないし、賄いでラーメン食べれるのもあってキツい部分は帳消しになってる。もっとも、賄いのラーメンは何も大盤振る舞いしてくれてるというわけじゃなくて、作り手がラーメンの味を把握するため、という側面が大きいけど。それでも食べ盛りの男子高校生には神からの施しに思える。
さてオーダーは醤油ベースの背脂かえしマシか、麺は平麺だからゆで時間は2分半、硬めなので30秒マイナスってところか。ウチのラーメン、○郎系インスパイアのだから麺の上に野菜をこんもり乗っけるんだけど、焼くのに少し時間かかるからなぁー。まあ今空いてるから焦らず慌てずきっちりと。ワンオペでも10人までなら一度に捌ける自信がある! ……7時まではワンオペなんだよ、なんで混み始める6時台も一人なんすかねぇ……? と、4時を回ったところを指す壁時計を見て、心の中で溜息を零す。あ、落ち込んでる場合じゃねぇ、ラーメンだよラーメン。
まず、コンロに火をかけて、野菜を焼き始める!
少し放置してゆで麺機のテボ(湯切り)に平麺投入、すこし解して2分のタイマーセット!
だいたいその辺で野菜がいい感じに焼けてくるので味付けをし、何度か鍋を振って焼き野菜完成、完成した野菜を避けておく皿にもっておく!
そしてラーメン丼ぶりに味のベースになるかえしダレを多めに入れ、同様に背脂も多めにし、ゆで麺機の上で温める!
麺の茹で上がる20秒前ぐらいになれば、丼ぶりをゆで麺機のうえからソーサーの上に移し、スープ寸胴からスープを掬って丼ぶりに投入!
タイマーが鳴ればテボをゆで麺機から上げ、振り下ろしつつ湯切り、スープの中に投入!
麺をスープの中で解し、野菜を乗っけ、チャーシューを添えたら完成だ!
この間だいたい3分である、ラーメンは速さが大事なのだよ! ほら、伸びると不味いし。
「お待たせしました、醤油固め背脂かえしマシです! ごゆっくりどうぞ!」
なお、混雑時には6個あるテボがフル稼働する場合もある。でも基本的には30秒から1分の感覚を開けることで、手際良く、それでいてスープで麺が伸びないようにしていたりする……ウチの店のマニュアルにそう書いてた。ワンオペのマニュアルはなかったけどなーあはは! ……店長は、月の出てない夜道には気をつけろと心の中で言っておく。
とは言え、悪いことばかりでもない。さっきも言ったように給料はいいし、賄いも出る。その上この店は学校から近いので、よくうちの学校の生徒もやってくる。見知った顔から見知らぬ顔、たまに先生や、ビッグネームもやってくるので案外面白かったりする。常連さんは好みの味まで覚えてる程だ(必須技能)。
と、そんな思考に耽っていると、店の入口から次のお客様が入ってきた。
「いらっしゃいませー! お客様、1名様でよろしいでしょうか?」
「(こくん)」
「それでは、奥の席へどうぞー!」
噂をすれば、って展開多いな今日は。駒王学園の制服を来た女子生徒がやってきた。白髪のちんまいあの子は、確か有名だったな。ロリコンのケがある元浜が騒いでたな、学園のマスコットだなんだって。えーっと、確か『塔城小猫』ちゃんだったかな? 今年度に入ってから何度か来てるね、彼女。
「食券をお預かりします! …………ソフトクリームでよろしいですか?」
「(こくん)」
……あと、ラーメン頼まないことでも印象深いね。
いや、ウチの店。何故かソフトクリームやってますけど。実はラーメンより評価高かったりするけど。でもソフトクリームだけ食べに来るのは彼女だけだったりする。勇者や、この子……!
とりあえず、バックヤードに下がって、コーンにマシンから出したソフトクリームを上手いこと乗せていく。これをお客様に出せるレベルのを身につけるのに3週間かかったのは笑い話だったりする。
「お待たせしました、ソフトクリームです! ごゆっくりどうぞー!」
さぁて、今お客様少ないし、今のうちに賄い食っておくかなーっと。普通のストレート麺をテボの中に突っ込んで、タイマーを3分でセットする。野菜は……面倒臭いからテボで茹でるか。
「ふんふーん♪ ……ん?」
丼にかえしと背脂を適量突っ込んで待ってると、カウンター席に座ってる……えーと、塔城サンか、彼女が若干羨ましそうに、さっきの平麺の常連さんのラーメン見てるような気がした。……本当はラーメン食べたかったんだろうか? まあ、1杯750円だし、ソフトクリームも入れると結構な値段するか。
「………………」
……いつものことだ、いつものお節介だ、いつものことだ、なんてことはない。そう自分に言い聞かせて、丼にスープを注ぎ、麺を入れ、ゆで野菜を乗っける。チャーシューの代わりにサイコロチャーシューと、あと割れて使い物にならなくなった味玉子を。
そして、その賄いラーメンを塔城サンの前に、デン! と置いた。
「……えっ?」
「先輩からのお節介ですよ、後輩さん。その制服、駒王学園のでしょ?」
「…………」
どうしていいのかオロオロしだしたので、トドメを刺すために言葉を続けた。
「もし良かったら、次からラーメンも頼んで欲しいっていう先行投資? ……まあバイトの僕がここまですることないんだけど」
「……ありがとうございます」
「いえいえ」
腹は膨れないけど気分はいい。特に美味しく食べてくれてる姿を見ると、作り手としては最高のってやつ。武士は食わねど高楊枝ってこういうこと? ……違うか。
……余談だけど平麺の常連さんがまた食券を買って、それを僕に押し付けて帰って行ったのは、賄いを上げたように見える僕に『これ食え』ってことなのだろうか? 情けは人の為ならずって本当だね、回収はやすぎだけど。
◆◆◆
「おつかれさまでしたー」
そう言って店を出て入口にかかった暖簾をくぐる。時刻は10時、条例の問題で(あと校則の問題で)高校生はそれ以降の時間働けないし。
……そう言えば、塔城サン。意味深に『先輩、帰り道に気を付けてください』と言ってたな。夜襲の宣言ってわけでもなさそうだったし、多分僕のことを心配してくれたってことだよね。
まあ夜道に気をつけるのは当然のこと、店先に停めていた自転車の鍵を外し、ライトのスイッチを入れて跨り、走り出した。
「ふーん、ふんふふんふ♪ …………」
……鼻歌なんて歌ってみるが、何故か頭で警鐘が鳴り響いていた。いや、何故ではないか。妄想でのあの夕方の時みたいに、人通りが全くない。この時間なら、とも思うが、それ以上に静かすぎて耳鳴りがしそうな程だ。もしこの状況で、誰かの姿が見えたら、一目散に逃げてやろうと思う。いやマジで。流石にこんなのが続いたら、真相はともかく逃げたくもなる。
……幸い、夜中なので身体の調子は必要以上にいい。夜目も効くのか、街灯の光がない場所でも鮮明に確認出来る……遠くの方のブロック塀についた傷まで把握できるんだから。
「………………………………」
ずっと現実逃避してたけどさ、やっぱあの天野夕麻っての、妄想じゃなかっただろこれ。
同じ感覚を覚え、あの殺された日から僕の身体はまるで別物みたいに夜型になって……視力とか聴力が明らか人間離れしてる。だって、そこの家の中から会話が普通に聞こえちゃってるし。なんなのコレ、単なる夜型にジョブチェンジって表現では追いつかない。
全てあの日からだ、ここまで来ると、流石のおめでたい僕の脳みそだって、寝ぼけたことは言ってられない。
(早く帰ろう、帰って寝よう)
真相の究明はその後だ。僕は今、心の底から怖くて怖くて、自室のベッドで布団に包まりたくて仕方がない!
ドクンドクンと、跳ねる心臓を押さえつけて……ペダルを踏む力が上がる。……だけども、フラグってやつだったのかな? 唐突に後ろから声がかけられちゃったんだ。
急ブレーキを掛け振り返ると、誰もいなかった所に、スーツを着た男が突っ立っていた。ホラーかな? だなんて茶化すが、全然笑えないしそれどころじゃない。
「……ほう? これは数奇なものだ。こんな地方都市の外れで、貴様の様な存在に ──────」
ここまで聞いて僕は自転車のベルを
いやだって、この状況で『貴様の様な存在』とか言い出したら、危険度役満級だっての! 対面が白と中をポンして、まだ河に流れてない發を切るような暴挙だろスルーしたら! 実際わなわなと震えだして黒い翼拡げてるからビンゴだし。
くっそう、逃げなきゃ! 鳴り響く警鐘に従って、僕は死ぬ気で自転車を漕いだ!
◆◆◆
「(……な、なんとか撒けた、か?)」
家に着いてこられるのも困るので、ひたすら追跡しづらい小道を走りながら県境を目指して走り、なんとか警鐘も収まった。途中右腕に光の槍が刺さったり(その時焼けるように痛かった)、自転車がひしゃげて乗り捨てるしかなかったりと踏んだり蹴ったりだが、生き残れたことを今は喜ぼう。
刺さって抉れた部分は、汗ふきタオルで縛って止血。染みて痛いが、血を垂れ流し続けるよりはマシだし……腹を貫かれたあの痛みを思うと、耐えられないそれではなかった。ここ数日で、痛みに対しての耐性が自分でもおっかなく思う程付いてしまったな。
落ち着くと、泣きたくなった。なんで僕がこんな目に、と悲しくなった。基本的に品行方正だったじゃん、お節介なだけの男子だったじゃん。こんな私的制裁に巻き込まれる程、悪どいことに手を染めたことはなかったじゃん。もうこれ、仮に神様なんて存在がいたとしても、それ信じるに値しない神様だろ。こんなスプラッタファンタジーに巻き込まれてる現状、神様だっているのかも、だけど。
……ファンタジーと言えば、僕の身体のこともそうだったな。平均、平凡がウリのスペックだった筈なんだけど、さっき明らか乗用車以上のスピードで走ってた気がする、自転車のベルも引きちぎれたし。光の槍が刺さった時なんて、前回と違って蒸発しそうな感覚したし。
ああもうなんてこった。誰にも頼れないし、もうこれ家に帰れないじゃん。これからあの堕天使に見える謎生物の襲撃に怯えながら、逃げ続けなきゃいけないのか?
本当に、耐えられなくなった。もう一度立ち上がるにしても、泣かないとやってられなかった。熱い液が、目からボロボロと零れて仕方がなかった。
「くそっ……くそっ……! なんだよ、なんなんだよこれ……! 僕が、僕が何をしたって言うんだ……!」
先行きが見えない、喩え暗がりが見えてもお先真っ暗だろこれ。どうすればいいんだ、僕は……。
みっともなく、えぐえぐと泣いてへたり込む山の中。
ガサリ……、と草を掻き分ける音がした。
「ッ! 誰だ!?」
また謎生物か? いいだろう、少し泣いてスッキリした。こうなったらトコトン生き抜いて、復讐してやる……!
と息巻いたはいいが、視界に入ってきたのは、紅い髪の……
「……怖がらないで。もう大丈夫よ、今まで放っておいて、本当にごめんなさい」
「は…………え…………?」
リアス・グレモリー先輩が、若干肩で息をしながら僕にそんなことを言っていた。今朝方僕の心臓を掴んだ様な、竦む感覚は全くなく。その蒼い目は、慈しむ色を乗せて僕を見ていた。
本当なら、この先輩も謎生物であることを疑うべきだろう。いや、そうでないとおかしい。雰囲気が、人から外れたそれにしか思えない。
だけど、僕は、そのセリフを、どうしても疑えなくて……
「あ、あぁ…… ────」
手を握られ、そこから伝わる熱に心底安心しきってしまう。一度緩むと、もう力が抜けてしまい、そのまま一緒に意識まで抜け落ちた。